戦争を採点するとして、それが常に満点の結果であることはありえない。
誰かにとっての100点とは、誰かにとっての0点なのだから。
だが、自分が満足したいのなら、100点は目指すべきだ。
悔いが無いようにな。

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 薄暗い尋問室があった。この世のどこからも隠されたような、狭間のような部屋が。

 そこで、ボロ切れのように薄汚れた白い服を着せられた痩せた男が、後ろ手に手錠を掛けられた状態でパイプ椅子に座らされていた。

 白い男の視線は焦点が合わず、虚ろだ。どこにでも目を向けているが故に何も見据えることができない。

 その眼前には、黒い帽子に黒服を着込んだ男がいた。目深に被った帽子のせいか、顔は見えない。

 帽子を抑えるその手に刻まれた皺から、恐らく壮年の男性であることは察しが付く。

 黒い男の視線はただ一点を見詰めていた。白い男だ。そこにしか向けていない。帽子で視線が隠れていようとも、彼だけを見据えていることは明白だった。

 

「……私はこの20年、何を成してきたのか。

 あの日の記憶を忘れたことはない。忌々しい、おろかな過ちの記憶だ。

 他でもない私こそが、その引き金だ」

 

 黒い男は訥々と語る。声は低く、口調は強い後悔と懺悔に満ちていた。

 

「そうだとも。それを悔いなかった日はただの一度も無い。

 私の浅はかな行いが、全てを破滅に追いやったのだ」

 

 だが、……黒い男には、悔いる以外の感情が燃えていた。

 それを現すように、予備動作なく白い男の顔面を片手で強く掴んだ。皮膚に爪が食い込むほどに。

 この状況は、この二人の関係性をあまりにも明確に示していた。被害者と、加害者だ。

 

「君は、小学生の頃、テストで満点を取ったことがあるかね?」

「……あ、あ、あり、ます」

「そうか、素晴らしいな。教師から出された問題に対しては、100点の解答ができていたわけだ。

 出題に対して、求められる答えを出す。社会においては常に要求される事柄だが、これはひどく難しい。

 100点など常に取れるものではない。近づけることはできるだろうが、それだけだ」

 

 皮膚に食い込む爪から血が滲み始める。白い男は苦悶の声を上げ始めるが、黒い男はただ力を強めるばかりだ。

 だが、唐突に興味を失ったように顔から手を放した。爪に付着した血など気にも留めていない。

 白い男は脂汗を浮かべながら肩で息をし、一時安堵を得る。その2秒後に顔に刻まれた傷の痛みを実感し始める。

 

「はーっ、はーっ……」

「痛いか? そうだろうとも。だが痛みを堪える人間の顔には価値がある。男前になったな」

 

 黒い男の声は、目の前の男が苦しんでいることに何の感慨も抱いていなかった。

 ただ、言葉にできない憎しみだけがあった。

 

「一つ、昔話をしよう。聞いてくれるとありがたいのだが」

「聞きま、聞きます。だから、だから──」

「だから?」

「こ──殺さないで、下さい」

「それは、君次第だな。

 ……20年前。私が両親と離別した日のことだ」

 

 黒い男は、白い男の周囲をうろうろと歩き始める。物思いに耽りながら散歩をするかのように。

 コンクリートと靴底が鳴らすかつ、かつ、という冷たい音は、白い男にとって何かのカウントダウンのようにも思えた。

 

「今でも思い出すよ。私は当時、ドクターXという日本のテレビドラマが好きでね。

 幼い頃、父の付き合いでよく見ていたんだ。特に、劇中のBGMがお気に入りだった。

 あの日も。お気に入りの音楽が地獄に響いていたよ」

 

 ◆◆◆

 

 ありえない。まず、最初に抱いた感想はそれだった。

 私と両親を乗せていた車が、突如暴走を起こした。運転手は、自動制御のAIだ。

 

「──父さん、父さん! 返事をしてくれ、父さん!!」

 

 暴走を起こした車はトラックと衝突、大事故を起こした。

 母は即死。父は重体。そして、私はごく軽い怪我で済んでしまった。

 父が担架で運ばれていく。苦悶の表情を浮かべる父に、私は枯れんばかりの声で呼びかけた。

 大破した車の中からは、私がオーディオプレイヤーに入れたドクターXのメインテーマが、虚しく再生されていたよ。

 

「どうして、こんな……ありえないだろう、こんな──」

 

 原因はわかり切っている。AIだ。車の暴走は、制御AIになんらかの不具合が起きたことによるものだ。

 ……そのAIを開発したのは他ならぬ私と、私の会社だった。

 今や、あらゆる機械が自動制御で動く時代。車とてその例外ではなかった。私の会社は、そんなAIを開発する事業で業界トップクラスの実績を持っていた。

 事故など万に一つも起こり得ない。にも関わらず、このような結果が訪れた。

 そのせいで父は重症を負い、今まさに生と死の淵を彷徨っている。

 

「私のせいだ……私が、AIなどを信用してしまったから……!」

 

 そして14時間後、病院で父の死亡が確認された。

 それはもう嘆いた。己の開発したものが取り返しのつかない事故を起こした事実に。

 みっともなく涙を流す暇はなかった。葬式を終え、事故の責任を取るために奔走し、やがて私は業界から追放された。

 AIが暴走した原因は最後まで解明されることはなく、だが致命的欠陥があるものとして扱われた。

 なぜかはわからないが、暴走したのだからきっと欠陥品なのだろうと一方的に決め付けられた。

 私は自暴自棄に陥った。酒に溺れ、堕落した。

 そんなある時だった。

 

「──貴方が、■■さんですね?」

 

 知らない男が家に訪ねてきた。小奇麗な身形の優男だ。

 

「例の、暴走AIの開発者だとか」

 

 躊躇なく、単刀直入に、その一件について踏み込んできたよ。

 

「……そうだとしたら、何だ?」

「もう一度、AIを開発してみる気はありませんか?」

「バカバカしい」

「……安酒でその身を滅ぼす日々を送るよりは有意義だと思いますがね」

「君になにがわかる、私のなにが──」

「報酬は、弾みますよ」

 

 自慢じゃないが、私は色々な意味で有名人だったからね。胡散臭い輩がこうやって商談を持ちかけてくることは珍しい話じゃなかった。

 だが当時の私は限界だった。金銭的にも、精神的にも。

 もはや浴びる酒すら無い、といった具合だ。だから。

 

「──引き受けよう」

 

 その日、人生最大の過ちを犯した。アルコールで正常な判断力が欠如していたからでは済まない過ちを。

 ……私は優男の経営する会社で、言われた通りAIの開発に従事した。

 まず始めに、この会社が擁する巨大なマザーコンピュータのAIを手掛けることになった。

 自己学習型のAI、やがて自意識を持つに至るであろう規模のAIだ。

 開発は不気味なほど上手くいった。報酬もよく、開発機材も整えられた最高の環境だったから当然とも言える。

 だが、その会社がどういった事業を主としているかは調べてもわからなかった。

 そして、開発がひと段落したある日。唐突に実態を知ることになった。

 

「いやぁ〜、実に素晴らしい! あの侵攻速度! 正しく、戦場を支配する力だ!」

 

 テレビに映る光景を見ながら、優男が愉快そうに笑い、手を叩く。

 ──どこかの国で起きた戦争の生中継だ。無人兵器が人を殺す非道さ、それを訴える内容のね。

 ただそれだけなら、ごくありふれた話と言える。

 問題の焦点となっていたのは、その無人兵器がAIによって暴走したものだということだ。

 あらゆる機械が電子制御される時代であれば、このような事態も起こり得るのだ。

 ……優男に呼び出された私は、最初、なにがそんなに愉快か理解できなかった。寧ろ、不快だった。

 

「ああ、見て下さい■■さん、うちの会社の成果が出てますよ!」

「──は?」

「とある筋から依頼されましてね。うちのAIをこの国の戦争に介入させたんですよ。

 マザーAIは話が早い。瞬く間に主要戦力となる無人兵器群を掌握してみせました」

「どういうことだ! 戦争だと!? 

 マザーがそんなことに使われるなど──私は聞いていない!」

「そりゃ、話してませんからね」

「……まさか、この私に! 戦争利用させるためのAIを!?」

「気付くの遅いなぁ、なんとなく察して欲しかったですよ。高度な判断を上手に下せるAIは、当然人殺しも上手にこなせるんですから」

 

 優男は悪びれる様子もなく言い放った。

 曰く。無人兵器の暴走は、マザーAIが軍事ネットワークを掌握したからだと言う。

 この会社は、最初から戦争で糧を得ることを目的としていたのだ。見抜けなかった私は、愚かという他無い。

 

「■■さん、あのAIは傑作ですよ。こちらが求める結果に応じて、最適な手段と最善の方法を即座に導き出す。それも柔軟で、一つの解に決して捉われない。

 自己進化の速度も驚異的──まさに100点満点だ!」

「私にとっては、……0点だ」

「でしょうねえ。まぁ、この辺は価値観の相違ですか。

 誰もが満点だと首を揃えて言う、そんな偶然は起こり得ない。

 けれど、100点に近付けることはできるはずだ。そうでしょう? ね?」

「0点は0点だ。君が何を持ちかけようと、私は決して応じない」

「困るなぁ。足並みを乱されるのは……貴方はあのAIの第一人者だし……」

「そうだ。だからこそ君は私には手を出せまい。マザーを制御するためにも──」

「いえ」

 

 パン。

 そんな、渇いた音がフロアに響いた。

 

「──そろそろ頃合いだと思ってました」

 

 気付くと、男の手に拳銃が握られていた。銃口は私に向けられており、立ち昇る煙からその仕事は既に終えているようだった。

 腹部に鈍い痛みと熱さが走る。撃たれたんだよ。

 

「な、に……?」

「確かに、貴方は優秀な技術者だ。失うのは惜しい。けれど、引継ぎ処理はもう済ませてあるから実はそれほど問題ない。

 今日、貴方をここに呼んだのは"お別れ"の為なんです。いずれ我々の真実を知ることになれば、必ず反発するでしょうからね。変に告発でも起こされたら少々面倒だ」

「貴、様……!」

「なに、丁度良かったではないですか! 

 これで貴方は天国のご両親に挨拶ができる。我々は、今後も楽に稼げる。

 まさにWIN-WIN──」

 

 しかし、優男が得意気に言ったのも束の間。

 突如として──オフィスが閃光に覆われた。

 

 ◆◆◆

 

「──そうして、全ては戦争に塗り潰された」

 

 薄暗い尋問室で、黒服の男が淡々と語る。

 白い男の頬を冷や汗が伝う。

 

「核だよ。なんの前触れもなく放たれた核兵器が、我々を襲ったんだ。

 予兆はなかった。だがあれは、紛れも無く正解だ。マザーが下した結論としては、100点満点だ」

「あの核は……AIが撃ったものだっていうんですか……」

「無人兵器群の完全掌握を終えてなお、マザーAIは貪欲に人殺しの手段を欲した。

 やがて、こう結論を下した。"対処不可能な爆発が必要だ"と」

 

 黒い男は尋問室の隅を見上げながら語り続ける。

 

「当時は核ですら電子制御されていた。人の意思が介在する余地はほぼない。

 軍事基地で保管されていた核兵器を遠隔操作し──地球上を無差別に攻撃した。

 いや、無差別ではない。的確に、各国の急所となり得る場所へ核を撃った」

「どうして……その、どこかの国とやらの敵対国だけに撃てば──」

「それだけでは足りないと考えたのだろう。暴走ではない。熟慮した上での選択的破滅(カタストロフ)だ。

 そして、爆発の余波が直撃して優男は吹き飛び、フロアの床に伏せていた私は、またもや生き残った。

 ……無論、無傷では済まなかったが」

「──!」

 

 黒い男が帽子を取り、素顔を晒す。

 その顔はひどく焼け爛れていた。まるで人間というテクスチャを剥がされたワイヤーフレーム──髑髏か、乾き切った木乃伊(ミイラ)だ。

 

「そうして、今日まで続く不毛な大戦争は始まった。

 マザーはとうの昔に消え失せたが、核が撃たれたという事実は残る。

 撃たれたならば撃ち返すのが道理である以上、各国は報復と言う反射行動を取るしかない。

 ……どこかの誰かが納得する結果に辿り着くまで、この戦争は止まらない。"100点を取った"と歴史に認めてもらうために」

 

 それが、この世界が置かれた現状だ。

 白い男は、黒い男が何を言いたいのかがわからない。

 自分はこの男に突然拉致され、ここにいる。そして憎悪を向けられている。その理由がわからない。

 ……"優男(父親)"の話が出るまでは。

 

「…………だ、だから何だって言うんですか……

 僕が、あなたを騙した男の息子だからって、拉致監禁までされる謂れは……!」

「そうだな。君は何も知らなかった。だから罪など無い。

 ……ああ、そうだ。もう一つ話すべきことがあった」

「え……?」

「最初のほうに話した、AIの暴走事故についてだ。

 結論から言うと、原因はコンピューターウィルスによるものだった」

「ウィルス──」

「何の痕跡も残さない、実に巧妙に作られたものだ。調べが付いたのはごく最近だ。

 ……君の父が建てた会社が、元々はハッカー集団が母体となって生まれたものだということも含めて」

「ち、父が原因とでも……!?」

「当時を知る人間を尋問して吐かせた。証拠もある。

 彼らは、最初から私を目障りに思っていたそうだ。業界を牛耳るためには自分達より優れた頭脳など不要だと。

 それで、AIの暴走事故に見せかけて私を殺そうとしたが──私は死ななかった。世間的には死んだも同然だが、彼らは無視できなかった。

 だから、自分達の元で飼い殺し……利益を絞った後には始末する。そういう算段だったんだろう」

 

 白い男の顔がみるみる青ざめていく。

 それが事実ならば、自分の父は彼を騙したどころの騒ぎではない。

 彼の両親を殺し、彼を世間的に抹殺し、一方的に利用した上で本当に殺すつもりだった。

 

「私はね、帳尻を合わせたいんだ。

 私の両親は死んだ。私の巻き添えとなって、理不尽に殺された。

 それを企んだ当人は既に死んでいるが、彼の忘れ形見は残っている。

 ──空の上にいる彼にも、理不尽に親族が奪われる苦しみを味わってもらわねば嘘だろう」

「あ、あな、……あんたは間違ってる!!」

「誰がそれを決める? 私か? 君か? 

 この地球上で起きている不毛な戦争と同様に、あの男が始めた"私達の戦争"もまた、点数を付ける必要がある。

 なに、簡単に決着がつく。核よりは平和的な方法でな」

 

 男は懐から、銃身を切り詰められたショットガンを取り出す。ごく小型で、回転弾倉式の特殊なものだ。

 その銃で、いったいなにをするつもりか。白い男は、一瞬で正答に辿り着く。

 

「いや、50点だな」

 

 白い男の脳内を見透かしたかのように黒い男が呟く。

 空っぽの薬室に2発のショットシェル弾を込め、装填を終え──銃口を、白い男の脳天に向ける。

 

「私がどれほどの恨みを抱えているか加味すれば、人道など外れて当然だ。

 しかし君の言うことにも一理ある。理不尽に理不尽で応報するなど、実に愚かな行為だ。

 故に……君には、解答する権利を与えてもいいはずだ」

「解答、って」

「──3回だ。3回以内に、私を納得させる言葉を紡いでみてくれ。

 それらをこの私が採点し、どれかが100点満点の内容だったなら、君を楽にする」

「……!!」

「始めるぞ」

 

 ガチ、と。ショットガンの銃口から、死を予感させる鈍い唸り声が聞こえた。

 白い男の脳内が急速に回転する。眼前の男に媚びへつらうような言葉の数々が頭を駆け巡り、そして。

 

「僕の父が犯した罪は許されることではありません! 

 これからの生涯を……父の罪を清算するために使います! 必ず償うと約束します! 

 本当に申し訳ありませんでした!!」

「60点」

「ッッ……!」

「教科書に書いてありそうな許しの言葉だ。学生ならそれで通用したかもしれんな。

 だが君は社会人だろう。もっと応用を利かせた言葉でないと、社会では通じんぞ?」

 

 嘲弄するかのように黒い男が言う。

 ああ、もう、わかっている。

 

「あなたのご両親は、きっとこんなことを望んでいません! 

 子どもが血で手を染めることを望む親がいますか!? 

 話し合いましょう! これからのことを! みんなが納得する未来を!」

「2点」

「うぅ──ぁあ……!!」

「論外だな。この状況で私の両親を引き合いに出すのは良くない。

 そもそも"みんなが納得する未来"とはなんだ? 今、君が納得させるべきは私だけだ。論点を履き違えるな」

 

 この黒い男は、自分が何を言っても100点満点など出さない。

 最初から殺すつもりしかないのだ。だからこれは無駄で、茶番で、無意味。

 彼の中には、自分を殺す以外の正答は存在していないのだ。

 ……白い男の中で、生きる意志が急速に萎えつつあった。その代わり、燃え上がる別の意志があった。

 

「回答権はあと一回だ。よく考えることだな」

「…………」

「時間稼ぎは感心しないな。このままずっと黙っているつもりかね? 

 あと10秒以内に回答することだ。10、9──」

「知らねぇよ」

「ん?」

「俺には何も関係ねぇ!! 親父がなにをしくじったかも、てめぇの親が死んだ理由も! 

 これは、ようするにてめぇが気分を良くしてぇだけだろうが! なんの意味もねぇよこんなこと! 

 殺したいならさっさと殺せばいいだろクソ老害が──納得なんて言葉で正当化してんじゃねぇ! 

 あーあーわかったわ。こう言えばいいんだろ、"ご愁傷様"! ヒヒャハハハハハハハッ!」

 

 ──終わった。なにもかも。

 死を目前にした自暴自棄の感情。それが、彼の理性を燃やし尽くした。

 汗と涙と涎を撒き散らしながら顔を振るその様は、知性を失った獣も同然だった。

 ……黒い男の表情は、目深に被った帽子のせいで見えない。

 だが、その口元は、……愉快そうに歪んでいた。

 

「100点」

「──え?」

「問題の本質を理解した誠実な解答だ。そうとも、私は復讐がしたいだけだ。

 尤もらしい"納得"など、体裁を繕っただけのハリボテに過ぎん。ただ、この感情をぶつけるに足る相手が欲しかった。

 そして、君にそれをぶつけたとて、私が喪った全てはもう戻ってはこない。まさにご愁傷様というわけだ」

 

 黒い男は鍵を取り出し、白い男の背後に回って手錠をガチャガチャと弄り始める。

 カチン。手錠はあっさりと外れた。

 白い男は、実感が湧かない様子で両の手を見た。黒い男は肩を竦めている。

 

「あぁ……ああああ……」

 

 直後。あらゆる感情をないまぜにした複雑な心境を抱いたまま、白い男は手を付いて崩れ落ちた。

 その中で一番強かった感情は? ──安堵? 怒り? 悲しみ? 感謝? 

 パラメータは常に変動し、一定の数値を示すことはなく、しかし彼は"この後"への思考を手放した。

 この地獄からの解放。それが絶対の事実としてあるのなら、と。

 

「よくできました」

 

 ガチ。

 後頭部に、なにか、硬い感触が──

 

「あ、え?」

 

 髑髏が嗤い、ショットガンが火を吹く。

 銃が吹き飛ばした頭部は血の煙となり、尋問室の床をドス黒い血で染めた。

 

「ありがとう。君は間違いなく、私が感情をぶつけるべき人間として満点だった。

 君がただの、善性を持ち合わせたつまらない男だったら解放していたところだよ。

 だが、カエルの子はカエルだな。よくもそのように、醜い言葉と本性を曝け出してくれた」

 

 心底嬉しそうに、黒い男は語る。首から上が吹き飛ばされた死体は、もう何も言わない。

 黒い男は、懐から小型のオーディオプレイヤーを取り出し、操作する。

 楽曲が再生される──彼の大好きな、ドクターXのメインテーマだ。

 

「ああ。ああ。この口笛がたまらない。何度聞いてもよい曲だよ、これは。

 地獄に響くには贅沢に過ぎる」

 

 曲を堪能しながら、オーディオプレイヤーをパイプ椅子の上に置く。

 そして彼はなんの躊躇いもなく、自分のこめかみにショットガンの銃口を押しあてた。

 銃弾は、二発装填されていた。一発目は白い男が、二発目は、

 

「父さん、母さん、私は──私の人生は、100点満点で終われそうだ。

 無論、自己採点だが」

 

 銃声。黒い男の頭部が吹き飛び、血煙となって尋問室の壁面にへばりつく。

 頭部を失った身体は、だらりと、糸の切れた人形のように力無く倒れる。

 もう、この暗い尋問室で、息をする者は誰一人として存在していなかった。

 ただ、ドクターXのメインテーマだけがBGMとして、何度も何度もループ再生され、虚しく響いていた。

 

 全ては終わった。彼らの戦争は、終わりを告げた。

 ……尋問室にへばりついた血の跡は、何かの模様のようになっていた。

 まるで、花丸だ。


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