アルマは二度死ぬ ~硝子の心臓に復讐を~   作:裃 左右

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第4話 我が舞台で踊るは人形師

 街は大いなる熱気に包まれていた。

 年に一度、開かれる大きなコンクール。人形師の技と魂がぶつかり合る晴れ舞台。

 しかも、今年に限っては、師アルベール・デヴァンニの後継者を決める上で、今後の行方にも影響することだろう。

 優勝候補として、街の人々の口に上がったのは、やはりクアルソの名だった。

 

 コンクールの前夜、工房には寝泊まりできるビドリオ以外にいるはずもない。

 月明かりが窓から差し込む中、数々の傑作(ドール)が影を落とし、ビドリオを見つけている。

 そんな視線を感じながらも、ビドリオは決行した。

 

 忍び足、震える手。してはならないことをせねばならなかった。

 

(ボクは、ボクは生き残らねばならない。……ただ師とアルマを失いたくないんだ。そのためには、これしか、ないんだ)

 

 取り払われた白い布の下。

 隠されていたのは、息をのむほどに美しい二対のバレリーナ。しなやかなポーズでじっと出番を待つように佇む姿は、ただあるだけでも芸術の極地と言えた。

 クアルソの才能は、間違いなく優れている。汚したくない、こんなにも素晴らしい傑作を。

 

(きっと、クアルソがこれを動かせば……すごいことになるんだろうな)

 

 ビドリオを引き留めたのは、友情でも愛情でもなく。さらなる芸術への熱意だった。

 見てみたい、と思った。この作品が舞台で何をして見せるのか。観客を沸かせるその光景を。

 

 なによりも振り払わねばならなかったのは、芸術に生きる己自身。

 

「クソ、なんで……ボクがこんなことを、しないといけないんだっ!」

 

 涙で目の前が曇っても、ビドリオの卓越した技術はなにひとつ鈍らなかった。懐から取り出した工具を使い、バレリーナの内部に一つの細工を施した。

 

 ビドリオの目からはとめどなく涙が溢れながらも、バレリーナたちに布を被せ、その場を立ち去る。

 工房の人形たちと暗闇だけが、許されざる罪を目撃していた。

 

 

***

 

 

 コンクールの審査員席には、師アルベールの姿もあった。隣には、緊張した面持ちで舞台を見つめるアルマ。

 次々と人形師たちの作品が披露されていく。工夫を凝らした力作揃い。

 

 大きな拍手と共に、クアルソが舞台に登壇する。まず深呼吸を一つ、自信に満ちた表情で二対のバレリーナを中央にセットした。

 

「二人の名は『キトリとバジル』。禁じられながらも愛し合う恋人たちの情熱を表現したいと、おれは思いました」

 

 盛大で優雅な音楽が流れ始める。

 ゆっくりと『キトリとバジル』が動き出す。よどみなく溌溂と、生命力に満ち溢れた恋人たちの表現に、観客たちは息をのみ見入った。

 アルマもまた、期待と感動で見つめている。

 音楽がクライマックスに近づき、『キトリとバジル』が連続した高速回転(ピルエット)で魅せようとした。歓声が聞こえる。

 

 ―――ガキンッ!!!

 

 すべてを止めたのは、甲高い不吉な不協和音。

 

 それまで優雅に回転していた『キトリ』の動きが、突然、ぎこちなく止まった。バランスを崩すと、繊細な衣装が破れ、無様にはじけ飛ぶ。がらんがらんと音を立てて、崩れた。

 

 施されていたのは、作り手すらも気付かぬほどにわずかな、しかし致命的狂い。

 人形が華麗なステップを踏み、観客が最も期待する最高潮。その刹那にだけ、仕掛けがかみ合わなくなるように施された技。

 

 長い静寂は人々の期待感の表れだった。続くどよめきと、困惑。

 クアルソは、顔面蒼白で立ち尽くしていた。

 

「そんな……馬鹿な。どうして?」

 

 師アルベールも審査員たちも、驚きと失望を隠せない。アルマは両手で口を覆う。

 

 舞台袖にいたビドリオは、一部始終を眺めていた。あまりにも完璧に成功してしまったことに抱いたのは。

 

 『自分の技』と『美への探求』を汚してしまった己へのやるせなさだった。

 続く、ビドリオの作品は持ち味である正確無比な技術と、師アルベールの作風を忠実に受け継ぎつつも、独自の世界観が高く評価された。

 

 傑作、人形師(ドールマスター)。人形を操る人形が、舞台を演出する名演は歴史に刻まれるに値した。

 そう、皮肉なことに、コンクールで優勝に輝いたのは、ビドリオだったのだ。

 

***

 

 コンクールの後。クアルソは失意のまま工房から姿を消した。

 

「待ってくれ、クアルソ! キミの人形は見事だった、次があるはずだっ!」

 

 追いかけようとしたビドリオの声は、彼の背中には届かなかった。

 弟子たちは手分けして行方を捜し、アルマは何度もクアルソの部屋を訪ねたが姿はなかった。

 

 アルマは、クアルソがどれほど深く傷ついているかと胸を痛めた。

 

「クアルソのせいじゃないわ。あんな失敗、彼がするはずないもの。きっと、何か不運な事故だったに違いないわ。ビドリオもそう思うでしょ?」

「そう、だね。……クアルソは、優れた人形師だ」

 

 ビドリオも彼に消えて欲しかったわけではない。

 その芸術性は自分にはないもの、尊敬に値する。だから、表現への熱意を持ったままでいて欲しかった。

 

(ただ、ボクは居場所を守るために、一時だけ、ただの一度だけ。その才能を押さえて欲しかっただけなんだ)

 

 たった一人の友を失いたかったわけではない。

 慣れないながらも、アルマに慰めの言葉をかけたが、それでもどこか上の空だった。

 

 ――報せが工房にもたらされたのは、数日後だ。

 街を流れる大きな川の下流で、クアルソが遺体となって発見された。雨で川が増水した日だった。

 

 発見された遺体のポケットにはブローチがあったそうだ。アルマに贈った、貝殻細工のチューリップの色違い。黄色とオレンジ。

 

 事故なのか、それとも自ら命を絶ったのか、真相は誰にも分からなかった。

 アルマは知らせを聞き、泣き崩れた。

 

 「もし、わたしが、もっと彼を励ますことができていたら。いえ、まさか。忙しいさなかに、わたしへのプレゼントを手掛けたからあんな失敗を?」

 

 ビドリオも予期せぬ悲劇に激しく動揺した。ここまで事態が悪化するとは考えていなかった。

 そう、本当にそんなつもりではなかったのだ。

 

 悲しみに沈む工房のなか、師アルベールは決断を下した。

 

「ビドリオ。……おまえがこの工房を守っていけ」

 

 アルベールは、ビドリオを工房の正式な跡継ぎとし、アルマを娶らせることを宣言した。

 ついに、ビドリオは望んでいたものを手に入れた。師の後継者の座も、愛するアルマも。これからは堂々と、ここを家として暮らすことが出来るだろう。

 

 だが、心は満たされず、安堵も達成感もない。

 ビドリオが手に入れたすべては、あまりにも大きな代償の上に成り立っていた。掛け替えのないと友への裏切りと、己が技と芸術を汚した烙印。それらを永久に死ぬまで背負うこととなった。

 

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