【Pokemon】邯鄲の歩み   作:夜鷹ケイ

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其は弱きを助け強きを挫く者
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 そんなことを。

 そんなことを心の中で言っていたからだろうか。

 

 

「グライスくん――――ッ!!!」

「うで、……ああッそんな嘘だろ、腕が……!?」

「――――……ッ!!」

 

 

 悲鳴をよそに許容範囲だと断じて再起動する。目の前の悪意が、故郷からの追手とは無関係であることは明白だけれど、彼らに仇名す輩に相違なし。

 しかし、文字通り(・・・・)腕の一本をくれてやることになった事実は、不徳の致すところ。さりとて致命傷以外はすべてかすり傷だ。竜の頃はもっとひどい目にあったこともあるから、この程度ならば止血さえすれば何ら問題なく動き回れる。ぐわんとくる眩暈を切り捨て、目の前の惨劇に集中した。

 

 

「己がした発言の責任は、取らねばな。――――てなわけで、オレのことは気にせず離脱を……、脱出を出来てたら此処に居る由も無しか。」

「グライスくんのこと、置いて行けるわけないでしょう!?」

 

 

 援軍を呼ぶ為に撤退することと、ただ置き去ることとは全くの異なる意味を持つ。バトルの最前列から退く選択をした彼女に、戦場に身を置けと言うのは酷なことだと思う。

 故に、グライスが彼女に依頼したことは前者であり、たとえ後者を選んだとしても自分一人ならば無理なく撤退できる経路を確保した状態での突入をした。突入後の退路は幾つかピックアップしたうえで時間は有限なので十分な検証は取れなかったが、元軍属のマチスに「無茶が過ぎる」と言わせしめるような経路だ。どれもこれもが特殊な動き方をするので自分以外は真似できんだろうと想定した道筋は、彼なりに援軍を呼ぶ為に撤退する彼女を慮った(自分を囮にした)作戦だった。

 テロリストの巣穴を爆撃する幼馴染たちと合流した後、正規ルートを塞がれた時点で一応は試したものの。幾ら野生のポケモンもビックリするような動きが出来る幼馴染たちでも、部類が違うから見様見真似で出来るものではない。

 マァ、フードやら帽子やらで顔を隠したとしても手持ちのポケモンまでは隠しきれん。タマムシシティでも同じ面々で突入したわけだし、記録はあったのだろう。当然のことながら、侵入者への対策はしてくるよな。普段から無作為にテロリストの巣穴に飛び込む幼馴染たちの先手を打って、せめての下準備は当然のこととして手回しをしたのだが。

 今度はグライス・エトワールの意志で自ら飛び込んでしまったので、習慣づけを一瞬で無意味に帰した現状ではグライスの下準備とて十分ではなかったことは反省すべき点だった。落ち込むのは後回しにして。

 逃げ遅れた被害者たちを誘導しつつ、安全なルートを模索して脱出手前まで来たというのに。乱闘に巻き込まれてしまったのでは、一対一ならばともかく一対多の場数をあまり踏んでは来なかった幼馴染たちでは荷が重い。

 

 

「シグマ!」

「グァウウ!」

 

 

 ましてや相手はルール無用の殺戮を目的とした犯罪集団。下手に相手の倫理観や道徳へ期待を寄せると、腕の一本は容易く飛ぶハメになる。

 

 

「どうしたもん、すかねえ……」

「……どう、して、」

 

 

 久々に、レッドの声を聞く。

 よく澄んだ通る声をしているので聞き取ることに苦労はしないが、結構な寡黙ぶりにあまり日の目を見ることの出来ない声帯を懸命に震わせていることが分かる声量だった。

 ぱちぱち、と目を瞬かせてグライスは声の主の顔を見る。サイコキネシスでぶらつく腕を支えながら冷凍ビームで肩から手首にかけて丸ごと凍り付かせたおかげで、余計な熱を感じることは少なくなった。けれど、汗は未だにひかず、だらだらと体中から貴重な水分を奪ってくる。

 乱戦を着実に退避しつつ、外部と繋がる一本道に出たのはある種の賭けだった。切れ長の紅に蓄えられた水が決壊し、ぼたぼたと雫が零れ落ちていく。

 

 

「どうして、僕たちの前から、姿を消したの。」

 

 

 声を張り上げるのも精一杯に、レッドは言い切る。

 耐えようとして、堪え切れずにまろび出た本音の一部のようだった。一度、ぼろりと零した本音で堰が切れてしまってはタガが外れたのだろう。炎を噴き出す相棒に周囲を警戒させながら、紅の双眸をグライスに寄越した。

 新緑の瞳をぐわりと大きく見開くのは、グリーンだ。だくだくと今も止まらず負傷箇所から流れ出る熱を、己の衣服を裂いてつくった布で押さえながら小声で叫ぶ。

 

 

「今聞くべきかそれ!?」

「でもッ、……わたしも気になる。グリーンだってそうでしょ!?」

 

 

 息を呑む。

 噓偽りなく、グリーンは肯定した。

 

 

「ッああ気になるよ!だけど、今はコイツを病院に連れて行くのが先だろ! さっきの退路は使えなくなっちまったから、別ルートを探してもらっちゃいるけど俺たちも動かねーと!」

「そんなことわたしだって! 今聞くべきじゃないってことはわかってる、わかってるのよ。ごめんなさい。でも、今を逃せば、また、――――また、わたしたちの前からいなくなっちゃうかもしれないと思うと、わたしはわたしのためにも聞きたいの。」

 

 

 進めなくなってしまうのは本意じゃないから。

 いじめられっ子の少女の顔は面影を残したまま凛としており、覚悟を決めた少女の眼が揺れて呼吸を荒げるグライスを見つめる。応えてくれることを祈る眼だった。

 薄っすら灰色を帯びたワイシャツは、血や汗をぐっしょりと吸ってボディラインをなぞってぼたぼたと容赦なく落ちる。零れる赤は、少年の命そのものと言える。褐色の顔色も変化が分かるほど青白く。今やそれを理解する者たちしかおらぬ空間で、グライスの少年みのある胸板が、何処か苦し気に浅く荒く上下することに危機感を抱かぬものはいないだろう。

 痙攣する眦にグッと力を入れて、グライスは見つめ返す。マリンブルーの眼は、不安を抱きながらも答えを求める色をしていた。――――口にしたところで解決するわけではないけれど、気づけば少女の眼に押し負けて言葉を紡いでいた。

 

 故郷から放たれたままの追手。

 未だにグライス・エトワールをつけ狙う組織の存在。

 

 度重なるテロリストへの行軍。

 それに対するグライスなりのフォローをしたこと。

 

 無理無茶無鉄砲を貫く幼馴染たちの生態。

 決して変えることは安易ではなく、年単位で常識を詰め込む必要性。

 

 たくさんある要素をまとめたうえで状況を鑑み、ひとまずはグライス・エトワールの存在を離すことから始めることにしたこと。

 あくまでも試験的に少しずつ。最初はハナダシティでの数日からはじめたこと。問題がなかったので、保護を目的としつつシオンタウンで数週間ほど別行動をとるように誘導したこと。次にトキワシティでの数ヶ月で、離れて行動することへの忌避感をやわらげ。最後に、ポケモンリーグ手前で数年単位で姿を眩ませることは、すでに計画していたことなのだと。

 そうでなければ依存してしまう。グライスが、と言うのもあるけれど。自覚のある幼馴染たちはウッと声を漏らしてそっぽを向くしかなかった。

 

 

「依存関係も、悪くはないんすけどね。」

「側に居たら、声をかけてしまう……。」

「側に、駆け寄ってしまえる距離にいては、意味がない……。」

「なんとか出来てしまうと、危機感が薄れてしまう……。」

 

 

 我が身は未だ何者かに欲されている。いずれは何者かの膝元に下ることもあるだろう。その時に、自覚があって言葉を詰めてしまうような頽落では何も出来ぬも同義よ。

 グライスが居なくなったときに、指針を見失ってしまうようでは。最低限の根回しできなくては民草に混乱ばかりを与する者になってしまう。一般人の肩書きのまま錯乱し、混乱し、混沌に身を投じてしまうようでは意味がなかった。グライスを救うべく破壊の限りを尽くしては、それを強行した相手と何が違う? 

 途切れたり、もつれたりしたけれど。息を繋ぎ合わせながらなんとか気持ちを言葉にした。世の中に混乱を与えるような存在に欲しくなかったからこそ、距離を取ると言った。

 

 

「出来ることならオマエたちには、今日のようなことを、経験してほしくなかった。」

 

 

 知ってしまったら、後戻りなど出来ない。

 オマエたちは誰かのために動ける人だから。誰かの為に動けてしまう人の多くは、後先考えず、危険に飛び込んでしまいがちなのだから。

 けれど、その為にオマエたち自身を消費やら浪費やらしてほしくなかった。薄暗い世界では真っ当な人間は擦り減るばかりであることは、大昔より見て聞いて知っている。だからこそ、どうせなら、五体満足揃って、一生健康のままでいてほしい。綺麗なものばかりでは済まされぬが、キレイごとや甘言が通用する世界に居てくれることを願ってしまった。

 ぼたぼた血が零れる。意識もゆっくり閉じそうになる。――――ああ、せめて。せめて、援軍を呼んだから、三人だけでもオツキミ山の外に。

 

 

「独り善がりであったことは、百も承知。……ただオレは、」

 

 

 眉間にシワを寄せて眦を険しくする二人を手繰り寄せ、モンスターボールホルダーから幾つかポケモンを借りる。……ジュゴンと、ラプラス。そして、エーフィ。

 周囲を固めるのはフーディンとウインディ。強く意識するだけで、感情を読み取る能力のあるフーディンやエーフィはサイコパワーを駆使して自分たちの相棒を誘導する。ラプラスやウインディの背中に乗せられた三人を見上げ、岩壁に背中を引っかけるようにして立ち上がった。

 

 

「さて、オマエたち。”竜の嘶き(オレのこえ)”を聞け。」

 

 

 意志は、固まった。

 手を伸ばせば届く距離に居るのに、傷を押さえるグリーンの手をやんわりと押しのけた。あ、と声が転がり落ちるよりも早く、竜の気配をまとった彼が遠ざかる。反対に、その場のありとあらゆる生命(ポケモン)の背筋が騒ぐ。

 

 

「決して振り返らず、前に進みなさい。」

 

 

 歓喜か?

 ああ、そうだろう。我ら自然界における最も敬愛すべき貴き生命からの御言葉を賜る場に居合わせたことの幸福感で満ち満ちる、今この時こそ至上の刻。

 

 悲哀か?

 ああ、そうだろう。我ら自然界における最も庇護すべき尊き生命の御身を、またしても守らせてはもらえぬ喪失感が押し寄せる濁流は、ポケモンにしか分からぬ感覚だ。

 

 であらば、彼らの胸中を占めるのは絶望のただ一色であった。

 ああ、そうだろう。彼らが再び”御方(かの竜)”と顔を合わせる時は、きっと血濡れた肢体をくたりと力無く横たわらせた時なのだと。せっかくそれぞれに適した肉体を得たと言うに、未だあの御方の為に何一つすら出来ぬまま、ゆるされぬままなのだから。

 

 

「待って……」

 

 

 遠ざかる。あたたかな陽射しが。

 

 

「おねがい、」

 

 

 遠ざかる。やわらかな雪原が。

 

 

「待てよ!」

 

 

 遠ざかる。ゆるがぬ竜のゆりかごが。

 

 

 外に出てしまえば被害(あと)のことなど考えなくて済む。ぐんぐん遠ざかる幼馴染たちの姿を見届けた彼は、かくも竜巻を呼び込んだかのように暴れ尽くした。

 暴れて。暴れて。暴れて。暴れて。暴れて。

 意識を失った人の形をした悪意の群れの頂点で。はたまた荒れ果てた洞窟の中で、錯乱したかのように暴走する竜を止められるものは――――……。

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