【Pokemon】邯鄲の歩み   作:夜鷹ケイ

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◆時は遡り、ポケモンスクール時代の話。


11 内気な少女と(1)

 なにがはじまりだったのか。

 どれだけ考えたって、分からなかった。実家の花屋の話。好きなポケモンの話。花屋に遊びに来るポケモンたちの話。オシャレの話。日常だったはずなのに。

 挨拶を交わし合ったクラスメイトたちからは遠巻きにされたことには、正直なところ雰囲気がちくちくするなってくらいでなにも気づかなかった。しん、と静まり返った教室が異質だっからから内気な彼女はなにも聞き出せぬまま席に腰かけるのはいつものこと。

 ひゃー、何があったんだろう。もじもじしながら教科書を引っ張り出して、時間割順に整頓してお道具箱の中に入れるのもいつものことだった。

 

 授業開始の十分前なら教室にはパラパラとクラスメイトたちが集まり始める時間だ。少女の親が心配症で送迎を車でしてくれるから少し早めに到着するけれど、寝坊でもしなければマサラタウンの四人組は似たような時間に登校する。同じドードーの鳴き声で起きるからと言うのもあるけれど、朝の走り込みはポケモントレーナーを目指す幼馴染たち共通のトレーニングだから。

 そこはかとなく重苦しい雰囲気を突き破るように、欠伸を携えながらグリーンが教室に入ってくる。んあ゛ー、と中年じみた呻き声にはクラスメイトもびくりと肩を揺らした。やっと来た!怖かったんだよ! 内心騒ぎながら遅れてやって来る同郷の幼馴染たちの存在に気づき、ぱあっと表情を明るくする。

 

 

「オハヨーサン。」

 

 

 重たくて息苦しかった教室も、彼らが来てしまえばガラリと雰囲気を変えるのだ。その理由は分からなかったけれど、ブルーはそれが有り難かった。

 

 

「なんだなんだ、その年から徹夜漬けか~?」

 

 

 まさしくその言葉通り徹夜明けの研究者のようにびっしりと目の下に隈をこさえ、からかい混じりに灰茶色の指先がくすぐる。キュウリを背後に忍ばされたエネコのような動きで驚きに飛び退くグリーンの肩を抱きながら、ぴょこ、とその後ろから顔を出したのはグライスだ。

 ときおり古めかしい言葉遣いが飛び出す異郷の風味(エキゾチック)な少年は、その一風変わった相貌と言葉巧みな話術によってブルーたちの世代かまわず人の目を集める時の人だった。

 

 

「お、おはよう! 今日はちょっと遅かったね、ケンタロスがまた干し草を食べてたの?」

「おはよう、ブルー。ああ、今日の道草はどうも上級生の授業に使うものだったらしく、今しがたまでオーキド博士と一緒に野外でかき集めてたんすよ。」

 

 

 このように。

 そういうときは側に居る幼馴染からばしり、と背中を叩いて一言。

 

 

「かたい!」

「……ん? んー、間に合ってよかった。」

「よし。そうだな。」

 

 

 個性あって佳きかな、と思えるのは警戒態勢を不要とする日常に身を置く者だろう。すこしでも己の個性を叩き落して周囲に紛れ込むようにしなくては、隠れ潜む意味無し。

 その一心で、グライスはこうした口調の叩き直しを幼馴染たちに依頼した。年上には敬語とやらを使うようだったが記憶の中にあるのは、竜の己を見上げながら敬虔深く慕って来る竜の巫女たちの姿。それを模倣してみるとなんとも恭しすぎる、どうにも畏まりすぎる、それでもかたすぎる。

 駄目だし食らうこと数百発を超えて順当に若者たちと変わらぬ口調を、ようやっとのことで身につけたのだ。たまに、なんだか体育会系あるある、なんちゃって敬語を習得した経緯はそんなところであった。

 なお、本人としては真面目に敬語を覚えたつもりで、周囲の反応は年齢相応の初々しさを思わせる口調を愛嬌として認識し、そのままでも良しとした。年を重ねれば重ねるほどきちんとした敬語を覚えて行くだろうと発展途上の成長を見据えての習得であることは、本人のみぞが知らぬところである。今後、多少なりとも苦労することはあろうが、それはそれ。

 

 

「ふー……」

「ハンカチ使う?」

 

 

 ぱたた。と滴る汗を見やり、ブルーは気遣うようにハンカチを差し出した。ポケモンの(わざ)でぬらしても大丈夫だよ、と言葉を付け加えて。

 普通の布地ではポケモンの技に耐え切れず破れてしまうのだが、ポケモントレーナーズスクールに通学する子どもたちの持ち物は総じてポケモンの技に耐えきれる学校指定の物品であることが義務付けられる。彼女のハンカチもその為に耐久値がそこそこあるもので、何より家が花屋である故に水タイプにはよくよく耐性のある品揃えの装いだった。

 そんじょそこらのお嬢様が金目に物を言わせて購入する品とて、金額に見合った耐久や品質を持ち合わせるが、用途に見合った花屋御用達のそれと比較するとやはり耐久面では劣る。

 差し伸べるには勿体なさを感じた少女は、スカートのポケットに忍ばせかけた手を胸元に寄せて腕を組むことで誤魔化した。いっつもあの子ばっかりなんですもの。ふん、と顔をそっぽむかせるのは幼馴染と宣う見目麗しき殿方に囲まれるクラスメイトの姿を見るのが嫌だったからだ。

 晴れ間ばかりの空模様を見上げ、ブルーはやっとこさで話題を一つ。ただのボヤキのようなものではあったけれど、彼女にとっては精一杯の会話への取っ掛かりであった。

 

 

「あついねぇ……。」

「もうすぐ夏っすからねえ、台風も過ぎたしこれから暑くなって来るって話っすよ。」

「げえッ、マジかよ……!」

 

 

 やだねえ。呑気にそんなことを宣う彼女に同意するように、少年たちもウンウン頷く。地面から茹だるような暑さが続くと思うだけで顔をしかめたくなる気持ちは分かる。

 そうするうちに気づけば教室で孤立することとなっていて、どうして口をきいてくれないのかと質問しても手を乱暴に振り払われてしまうばかりだった。決まって同郷の幼馴染たちが居ないときばかりを狙って、クラスメイトの少女たちは結託してブルーを追い立ててくるのだ。

 最初は小さな悪口ばかりだったけれど、わりとぽやんとしたブルーが気づけるはずもなく。ぽやぽやんとスルーしてしまっているうちに、徐々にエスカレートしていった。

 名誉損壊するようなあられもない噂話の流布。クラスの中で意見交換や発表があれば必ずブルーとは正反対の意見を掲示し、彼女の意志を無視したような物言いで無理矢理に賛同させる小さな衝突。肩をぶつけたりだとか、背中を押したりだとかの身体の接触事故。流石に、上履きや教科書を隠されたり、ズタズタに引き裂かれるようになってからは危惧を覚えたようだった。

 

 その年頃のグライスは。ポケモントレーナーズスクールに通学中の頃は、体調を崩し始めたサーナイトやエルレイドの看護にほとんどかかりっきりだったので教室に立ち寄ることは稀だった。

 飛び級制度を利用し、遠慮なくガンガン学年を上げまくって卒業手前で足踏み状態。あらゆる条件をクリアしたことによって出席日数なんてものは関係あるはずもなく、あとは卒業論文を残すのみであったのだ。ゆえに、顔を出すときは卒業論文以外のことで気になることがあった場合。経験で培われた実績の伴う相談をするときなどで、クラスメイトの顔すら覚えていない。

 グリーンは祖父であるオーキド・ユキナリ博士の研究所に缶詰めだったし、付随するようにレッドは研究所の大自然の中でゆったりと知識を付けて行ったと聞く。

 教室の空気感があまり好きではなかったと言うことなので、野生の直感に満ち溢れていたレッドは、おそらくは薄っすら殺伐とした空気を感じ取りでもしていたのだろう。

 

 そんなわけで、滅多と顔を見せぬ同郷の幼馴染たちを頼れるはずもなく、彼女の言葉を聞く限りでは、ブルーの孤立はさらに加速して行ったようだった。

 異変を察知したグリーンの言葉に従って、顔を出すようになってからは一応場所や回数が減ったようだけれど。ひとたび三人ともが不在の隙を見せればブルーを害することばかり考える娘たちの得も言われぬ所業は、どうにも考えものだった。

 抵抗するんだと言ったところでブルーは内気で臆病な性格。早々抵抗らしき抵抗が出来ようはずもなく、あうあう、狼狽える姿がたびたび目撃されたのは言うまでもない。

 今ではすっかり「マサラタウンカルテット」の末姫であるブルーには悪いとは思うが、彼女との記憶は、そんなポケモントレーナーズスクールの中から始まった。

 教室でバッタリ出会った頃は、挨拶をするために下げた頭を自分の教机にぶち込めると言った暴挙を為して額を赤く含まらせたのだ。ありがとうを言うときすら同じように頭を振り下げるものだから、「あぶなっかしい。」と眉を潜めて仕方なしに面倒を見るグリーンに同意した記憶はまだまだ鮮明である。

 ド真面目にポカをやらかすブルーや言葉足らずのレッドの言葉を補完するグリーンと一緒に世話を焼くたびに「危機管理能力がしんどる……」と呆然として。

 悪戯妖精の仕業か、風の悪戯か。「小屋に閉じ込められちゃった、えへへ。」と今まさしく生命の危機一髪であった状況下ですら照れたように笑う小娘の姿に衝撃を受け、最終的には「駄目だ、此の小さな命を守らなければ……」と使命感に駆られるようになったのだ。

 サーナイトやエルレイドがより寝込むようになった時期で、どうしようもなく気が沈みがちだった頃だったから、ブルーの世話を焼くことはひとえにグライスの心にゆとりを持たせた。

 

 女性同士のことは分からん。

 素直で真っ直ぐな心根の少年たちの意見は揃い、ポケモントレーナーズスクールの先輩たちやブルーの家族、レッドやグリーンの家族に相談を寄せた。

 決まって女性は口揃えて言うのだ。「女心は複雑だから……」 他のクラスメイトたちを構うようにグライスたちに言うものだから、大人しく従って交流した。誰の予想をも外れたのは、グライスたちの話題や議論にほとんどの人間がついて来れなかったことだろう。今まで打てば響くようなやり取りは禁じられて、フラストレーションばかりが募る。

 壱にも弐ににもポケモンのことばかりの彼らのことだ。アイドルがどうのこうの、芸能人がどうのこうの、と言われたとて興味の湧く分野ではなかったらしい。関心のないことをわざわざ調べ上げてまで深めねばらならぬ関係性を、半年ほど乗り越えたグリーンやレッドは嫌がった。

 

 

「つまんねぇ……」

「………………。」

 

 

 ブルーなら一緒に討論出来るのに……。

 年齢相応にやんちゃな顔をのぞかせていたグリーンはしかめっ面が多くなり、普段からあまり口を開くことのないレッドは寡黙さが加速した。唯一だれとでもそつなく会話の出来るグライスはと言えば一辺集中の「騒ぎ立てる」を受け、看護系統の話題にすり替えるようになったのだが。それでも、ブルーなら、と思わぬところで求めてしまう。

 寝込んでしまったサーナイトやエルレイドが心配で帰りたいのだろうという気持ちは汲んでもらえるので、根は悪い子たちではないのだよな。という気持ちで、それを繰り返していた。

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