口に出さずとも態度で伝わってしまうのだろう。次第に話題はポケモンを中心とした内容となったが、ポケモントレーナーの基礎をなぞるような内容だった。
とは言え、ポケモントレーナーを目指すのにアイドル系統ばかりの話題でなくなったことは素直に喜ばしく、その謝礼とばかりに放課後等はアイドルや芸能人の話題に興じた。カントー地方随一と謳われるポケモントレーナーズスクールの注目を集める成績トップの三人は、どのようなアイドルが好きなのか、どのような芸能人を好ましく感じるのか。
好きなアイドルで「ポケモン」と広義に解釈し、好きな芸能人で「オーキド博士」と宣ったのはグライス一人だったが、大真面目に滑るような回答でも場は盛り上がるようだった。
(意味が、わからん……。)
何故わらう? 好きな
しかめっ面を奥底に沈めて、わちゃわちゃと集まるクラスメイトたちを見守ることに専念した。しかし、どうしたって求めてしまうのは、マサラタウンで共に育った幼馴染ならではの話題ばかりでなかなか長引く言葉の羅列を微笑み躱す。打てば響く太鼓のような小気味よさが、恋しくなる。話題が合わず、会話の趣味も合わんのによく長続きする技量は見事なものだと感心した。
コミュニケーション能力と言うよりも話題の引き出しは、それこそ山のようにあるのだろう。それをうまく相手に合わせて引き出し、または、相手から引き出させるか試行錯誤するうちにコミュニケーション能力がつく。
疲労を抱える精神状態で求めるものは癒しだった。ポケモンの話題を希望しても、すぐさま取り下げられて不可解な会話が続く。恋愛? 好きな女の子? どんな女の子が好き? どう答えても場の空気が盛り下がったり、可笑しくなったり、幼馴染に被害が行ったりする。幼馴染だからと言えども知らぬことの方が多かろうよ。フォローを入れたとしても、大人も子どもも無理にでも聞き出そうとする輩は埃の掃き溜め以上に見た。
「レン・アイ……アイ…目型のポケモンか。いや、流石に知らんな。グリーンは知っているか?」
「なんだそれ新種のポケモンか?」
「……マルマイン?」
取って付けたかのような語尾ではあったがこの際だ、とグリーンは見逃すようだった。表情で察したが、グライスも今はさておくことにする。
さっさと乗っかれ、と目配せしたグライスが舵を取る大船に覚悟を決めたグリーンも乗っかり、先入観という名の帆を張る。これからしばらく背負わなくてはならない一切のまじりっけない純粋な風を受けたことで加速した船は、前方で望遠鏡を持つ船乗りによって方向性が定まった。彼こそが本物だ。
「嘘だろ天然記念物かよ!?」
「グリーンくんもなの!? か、かわいい…!」
「レッド氏は解釈一致でござる。」
「確かに球体形状ゆえに白色部分を注視すれば遠くから見れば目型にも見えるだろうが、おそらく異なるものと考えるべきっすよ。そっちの方が何倍もロマンがある、っしょ?」
「確かにそうだな……!」
「…………!」
「あれそのまま続けんの? ねえ、グライスくんの天然具合凄すぎない?」
天然なものか。グライスはグライスで必死だった。
人間を勉強することの八年でようやく形になりつつあるというのに、奇妙な嫉妬や悪意に晒されて大混乱している。人間たちはよく卵の殻を身体にくっつけたまま悪意を振り回せるな。おもちゃのようにぶん回すのが普通なのか? どうやって慣れる。回避する。マサラタウン男児三人組の返しに騒ぎ立てるクラスメイトたちを横目にしながらも思う。
オーキド博士の研究所に立ち入り、広大な中庭でポケモンたちと戯れる日々のこと。語り尽くせるのは、やはり同郷の幼馴染だけなのだ。
気づけば彼女と距離を取るようになってしまったけれども、物足らなさを補うには故郷で顔を合わせる面々が揃わねば始まらぬ。グリーンたちも一緒に帰りだけでも共は無理だろうか。
「ぐ、グライスくん……っ!」
「そうだよな!」
「……! !!」
肩を小突き合う男子三名。
感動したように手を組む女子一名。
マサラタウンでの相談内容は、妙な共感性と感動を生んで「そうしようか」と放課後に下駄箱で待ち合わせることになった。手芸部に所属するブルーを待つことになるが、三人で会話するうちに時間はどんどん流れゆくので気にもならない。
「そろそろ時間だよな?」
「片付けの時間もあるからすこし遅れる可能性はある、とは……」
「言ってたけどよ。――――……三十分も、かかんねーよな? さすがに。」
グライスの家やオーキド研究所で見かけるブルーの平均片付けタイムは、五分から十分である。忘れ物や落とし物の確認でさらに五分使うので、最長でも十五分程度だ。
「……廊下に落とし物でもしたとか?」
普段は寡黙なレッドだが、幼馴染の危機や心配があれば意外とよく喋る。どうして廊下に落とし物をしたことが前提になるのか問うと、レッド曰く、最近ブルーはよく階段からよく物を落とすようになったそうな。
物を大事にする彼女に限って、と顔を見合わせる。そもそも噓をつくような性格ではないし。その上、レッドの言葉には裏付けがあり、落とし物をした彼女を手伝ったことが複数回もあると。
彼女の肌に生傷が絶えなくなったのは、実技の授業でポケモントレーナーになる為のトレーニング中に起きた事故だと言葉に、男女で身体のつくりも違うから慣れるまでは大変なのだろうと納得してしまったが、
善性に満ちた人格の彼女はペアの子が失敗したことを話そうとはしないだろうし、相手側がやらかしたことに巻き込まれたとしても文句も言うまい。むしろ、そうして相手を庇って出来たのだろうな、と思うような
可笑しなことだと何故気づかなかった! ポケモントレーナーになる為の授業で、ポケモンを前にして興奮よりも未知の恐怖が勝るような
前提として受講する学科や修めるべき課目が違うから、授業がまるっと被ることはない。ポケモントレーナーになる為の修行も兼ねるので、基本的にポケモントレーナーを志望する子どもたちは幼き頃よりポケモンたちと慣れあう必要がある。未知の異能を操るポケモンと共存を目指すからこそ、ポケモンを前に興奮より先に恐怖が勝るなどの状況は俎板の鯉のようなもの。自身の生命線を懸ける死活問題に直結するために、受講すら叶わんはずだ。
ポケモントレーナーズスクールと全面的にポケモントレーナー特化の学校ではあるが、特化型の学校であるがゆえに線引きの境界線もかなりシビアなはずである。
「そうだ、抗議しよう。」
「何を!?」
「普通科の子がポケモントレーナー専修課目の講座を受講してたってことを。……オレは担任教師の行動がどうにも信用できんが、どうだろう。」
「どうだろう!?」
「ぼくも。」
「ぼくも!? お前もかよ!俺ももっと早く言えばよかった!」
ああクソッ! 茶髪をかき乱しながら叫んだグリーンは、さっと声を潜ませて辺りを確認した。誰かに聞かれたかどうかを確かめるためだろうけれど、すでに確認済である。変わらぬグライスの態度に肩を撫で下ろした彼は、顔を寄せて怪しんだ行動の一連を共有した。
杞憂だったらそれでいいと警戒するぐらいで留めておくつもりだったようだが、ある日を境に、担任教師は金の羽振りがよくなり酒場に入り浸るようになったのだとか。数日前にはオーキド博士の学会に付き添ったトキワシティで見かけ、そこでは高価なスポーツカーの購入予約をする姿も見たと。
そのときは何かしらのポケモンバトルやコンテストなどの大会に参加して成績を残したから臨時収入を得たのだろうと思ったようだったが、担任教師の受け持つ課目は普通科の生徒も受けることの出来る「経営学」である。経営学に通じる教師はポケモンバトルが強くなくとも採用されることがあり、気になったグリーンは最寄りのポケモンセンターで担任教師の実績を確認した。
直近の公式参加記録や実績もなく、それなら非公式の情報をと市町村の祭りや大会を確認してみたものの、大きなお金が出来るほどの大会はなく。
じゃあ、全てに参加したのかと言われると。昔の記録がほとんどまっさらで、登録ポケモン数が一匹である以上は担任教師の肩によく飛び乗るバチュルぐらい。レベル帯は、一度もポケモンバトルに出したことの無いシグマとどっこいどっこいだろう。ともなれば。
「その実力もなかった。……ポケモンを借りた線は?」
「ないな。むしろ、ポケモンを借りた方が記録に残んだぜ?」
「なるほど。……一日くれないか、調べてくる。」
「わかった。じゃあ、この俺様が華麗に時間稼ぎしてやるよ。」
「ぼくもなるべくブルーの側にいるね。」
あわただしくも軽やかな足音が聞こえてくる。今度こそ人の気配だとグライスは緩やかに崩していた姿勢を戻し、ゆんわりとした微笑みを携えた。
その微笑みから相手を察した二人の少年もそれぞれ鞄から小説やぬいぐるみを取り出す。ぽっちゃりとしたふくよかなお腹にちょっと不格好な三角の耳が一対生えたぬいぐるみは、彼女が最初に手芸部でつくったお手製のカビゴンである。
ぎらつくまなざしは相手を見据えて、喉元を食い破ろうとする気概を見せた。嘘が苦手だなオマエ。嬉しそうに、案じるように、薄く口角の上がったグライスからのアドバイスだった。
要は、口元を隠せるものがあればいい。表情が見えなければいい。それもあってブルーからのぬいぐるみを抱きかかえて、ぬぼーっとした表情をとることで普段通りを装うのだ。
「お、お、お待たせ~っ!」
それぞれの役割を定めた少年たちは、指先に怪我を増やした少女の顔色をさりげなく視認して、あえてパッと表情を明るくしながら手を振った。駆け下りようとする少女の正面からホエルオーにも負けず劣らずの「ゆっくりなー」と穏やかな声が人気の少ない昇降口に木霊する。
「ごめんね、せんぱいが針を落としちゃったから探してたの。」
「そっか。見つかった?」
「ばっちり!」
「よかったな。」
「うん! そっちはどうだった?」
「オレたちはずっと談笑していて」
「固い!」
「お喋りしていて」
「そう!」
グライスの言葉にすかさずグリーンが声を張る。流れるように訂正し、流れるように肯定した声は教室ではあまり聞けぬやり取りだった。その間もぱったぱったと上履きを動かした彼女は、ようやっとのことで昇降口にたどり着き、靴箱に差し掛かったところで、不意に手が止まる。
「わ、わたし、……どこかに靴をお、おいてきちゃったみたい!」
「体育の授業って上履きで何処かに移動したか?」
「今日はグラウンドを使用したから、上履きの活躍はなかった。」
「固ェ……!」
「え、此れでもか。うん、……外だった。」
「まあ、……そう。」
どれどれ、と覗き込む少年たち。
「あ、ちょっ、ちょと、まって! あ、あっ!」
穏やかな表情だったグライスからスコン、と感情が根こそぎ落ちた。途切れたビデオテープのように機能停止したグリーンは横からその表情を目視してしまい、ヒェ、と委縮する。
「……そう、くるか。受けて絶とう。」
今までに聞いたことの無いド底辺な声がした。愚鈍な道化師を奈落に叩き落してやろうな。と聞こえたような気もする。
「受けて立つな! あれ音が違ったような気がするんだけど!?」
「終わったな。」
「終わらすな!」
「えっ、えっ、」
ニコーッと太陽顔負けのぺっかぺっか笑顔を浮かべたグライスは、尊敬の念を抱く。人間は、人間が許容する怒りの範囲を超えると、たまらず笑顔になるのだな。今さら相手がどのような許しを許しを懇うたって一切合切を問答無用で切り捨ててしまう。
むしろ、辺り一面をブレスで焼き払ってしまっても良いのではないだろうか。なにもよろしくはありませんので、グライス・エトワールが竜体ではなかったことに感謝するべきである。
結局、わーきゃーと幼馴染たちが騒ぐので有耶無耶になってしまったが。グライス・エトワールは裏方でひっそりこっそり殺るタイプなので、人知れず犯行の証拠どころかあらゆる情報を特定された犯人は少女に手を出したことを心の底から悔やむことになるだろう。