【Pokemon】邯鄲の歩み   作:夜鷹ケイ

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17 まわりと(2)

 次に彼の意識が覚醒したのは、修行がひと段落してからのことだった。

 半年ほどの歳月をかけて、かつてよりかはずっと劣ろうものではあるものの無理なく波動を使えるようになるまで引っ張り上げた。修行の内容は後から思い返すだけでも自分で組んだ修行だったとは言えども顔をしかめたくなるようなハードスケジュールではあったけれど、旅立ちまでには形をとっておきたかったので後悔はしていない。

 精神面やら身体の内側やらのエネルギーが安定したので、次は肉体を、と思って起きたところ。ぱちりとグリーンと目が合って。

 

 

「お、お、起きた~~ァッ!!」

 

 

 前代未聞のグリーンによる大号泣の末に力強く抱擁を受けて、今は、空腹だろうからと気配りで果物を磨り潰した栄養を補給している。

 

 

「……ぁむ、」

「ってワケで俺様の家にオマエが居るんだよ、分かったか?」

 

 

 咀嚼しながら理解を示すようにパチパチと瞬きをした。痛む喉や肺の負担を減らす為に否定なら一回、肯定なら二回と目覚めてすぐに教え込まれたので、律儀に守っているのだ。 

 そしてこれは、目覚めて開口一言目の「何処だ此処……。」というグライス・エトワールの呟きに対しての返答だった。口に突っ込まれているのは起き上がったばっかりでは固形物も食えんだろうと哀れんだ翁たちによるマサラタウン産の「モモンの実」は、同じく起きたばかりで手も動かせんだろうと案じたグリーンの手によって一口大に皿へと切りそろえられており、ちょくちょく手ずから食べさせられている。

 波動のおかげで動く分には問題なく、と弁明しようにも先手を打たれて口を聞けぬし、心配を掛けたと自覚があるのでグライスはやりたいようにしてもらうことにした。

 黙々と顎を動かすうちに限界を知る。あ、……もう駄目だ。食事は確かに半年もコンコンと眠り続けた胃袋では、果物三、四切れでもかなりの重労働のようだった。はふ、はふ、と乱れた息を整えながら咀嚼物を飲み込んで制止の為に目を閉じる。

 

 

「うん? もう休憩するか? それとも終わるか?」

「…………」

「わかった、終わるんだな。じゃあ残りは俺たちが貰うわ。」

「おつかれさま、グライスくん。……あの、えっと、わ、わたしは、汗をふくね!」

「……ぼくがする。」

 

 

 グリーンへの返答にどう応えようか迷ううちに、レッドの通訳が入る。気後れせぬようにと残った果物をぱくつく二人の気配りには感嘆ものだ。

 その直後に、汗を拭くねと寝巻のズボンを引っ張られてヒヤリとしたが、真剣な表情でレッドが制止してくれたおかげでなんとか男児としての砦は守られる。看病であったとしても女の子にそのあたりを任せてしまうのは、なんと言うか年齢的には問題ないと感じられたとしても人間社会で恥じらいを知った身としては憚られた。

 

 ポケモントレーナーズスクールでの暴挙は、たびたびマサラタウン並びにトキワシティの新聞をざわつかせる事態となったようだった。

 それもそうだろう、と思う。そも、ポケモントレーナーズスクールとは、義務教育学校も兼ねた専門学校のことである。一般常識や就労前の希望技術を詰め込む場を多く設けてくれるそこは、実際のところ施設内ではポケモンや他人との共存、学びの姿勢、交流、成績、発想を学ぶ場だ。

 学ぶどころか、あらゆる手で他者を貶めることに掛かり切り、危険性を加味したうえでも共存可能であると触れてまわるべきポケモンたちのわざを使って、同じ学び舎で過ごす仲間の命を奪おうとするだなんて、もはや論外なことである。首謀者はポケモントレーナーの資格を永久剝奪の通達が為され、首謀者の御家族も監督不行き届きとして国家資格以外の取得は不能となったので返還することとなり、今後の就職はポケモンリーグ協会が定める指定の場所以外は不可となったと聞く。一生涯を囲われて過ごすことになったのも、まだ温情のある対応だ。

 ポケモンと共存を歩むことを重視する世界情勢は、極端に生命・身体に対する罪を厭った(きらった)。とりわけ目立つのは、殺人罪を。

 大昔の戦争を経過したとしても、ポケモンリーグ協会から全世界に広められた法典にも記されることとなった禁忌の一つ。手始めに戦争の道具(・・・・・)として名声の上がった波導使い(・・・・)なる存在を片っ端から駆逐する暴挙(魔女狩り)に繰り出した時代もあったようだ。

 危ないものだからすべて無くしましょう、という運動だったのだろう。しかし、蓋を開けて割ってみれば波導使いは人間(・・)を主体として組まれた組織であったことが、ロータより公表為され、世界には動揺が走った。ロータは戦士として波導使いを招集したが、当時の波導使いの地位は考えるまでもないだろう。見つかれば戦士となるか、駒となるかの選択肢かなかった時代であったにしろ、比較となるのは各国の歴史的観点における接し方であった。

 波導を扱える者として接したか。使い捨ての道具として扱ったか。波導の勇者を讃える伝統的な祝賀会があるロータは、まさしく種族に問わず平等を祈る<平和の象徴>だ。

 結果を見れば分かるだろう。ロータは魔法使いのように接して。禁忌とされる行為を最期まで貫き通したロータの敵国は、それ以外の名を失くした。兵器として奴隷のように扱ったことも明らかとなり、今では無名の亡国(・・・・・)と化したのだ。

 記録は燃やされてしまって、もはや誰も辿れぬ始末。ポケモン奴隷を扱う時代であったならばそこまで落とされることはなかっただろう。人間以外にもポケモンの波導使いも居たことが発見されてからは、亡国は批難轟々に歴史ごと名誉は地に墜落した。

 

 そう、つまりは、だ。

 禁忌を侵せば、国は世界の記録から消える。

 国という大きな存在(団体)ですら存在をなかったことにされるのであれば、単体の存在である矮小な人間が禁忌に触れてしまったとなれば、存在しないことになっても可笑しくはなかった。罪人として名が語られることはなく、ただ消えるのだ。

 

 

「学校という小さなコミュニティで」

「子どもたち同士の対立だったとしても」

「学校は国を凝縮した小さなコミュニティであり、」

「人と人の対立を煽り続け悪意に身を任せた者はやがて戦禍の火種となり得る」

 

 

 更生させる為の施設送りは、ポケモントレーナー資格永久剝奪と判定を定める手前の段階だ。すっ飛ばしで永久剥奪となってしまったのには、明確な理由がある。

 それは、首謀者の自室に犯罪計画書が幾つもあったからに他ならなかった。小説のテロップやら下書きやらではなく、殺意の計画書の作成および保管など、この御時世では禁忌の塊そのものである。計画を実行するにあたり物資の調達方法や人手不足にかかわる問題をどう解決するのかと警察の取り調べに対して、首謀者は――――要約すると「脅せばなんとかなる」と回答し、更生の余地なしとして永久剝奪の判決と相成った、と。

 

 

「グライスくんやブルーちゃんの身に、もしも(・・・)のことがあればポケモントレーナー資格の永久剝奪だけでは済まされんかったじゃろうな……。」

「ううむ、滅多なことではないが、執行されたやもしれんのう……」

 

 

 ふうん、そうか。と彼は思った。けれどもそれらはすべて終わった話である。しばらくは回復に専念することとして、自由に動かせるようになったら修行を積むことにした。

 

 した、のだが……。

 タイミングとやらがまずかったのだろうか、と彼は思った。

 

 ポケモンリーグ協会が抱える監獄塔では、赤黒い体毛のコラッタやラッタが居るらしい。滅多なことではないからこそ、ことひそやかに処刑人(ねずみ)が存在するとささやかれている。

 決して表社会にも裏社会にも、名前も声も記録の一切残らぬ罪人の刑罰。判決を下すのは当該国の法廷だが、実行にうつすのは幻の処刑人(ねずみ)なのだと。処刑人の名の下に、ヒトの血肉に餓えぬ調教を受けた特殊なポケモンによる処刑と、執行人による介錯もあるのだと聞くまでは、その存在すら形も影も知ることはなかったのだろう。

 何故グライスが知ることとなったのかと言うと、こんなことがあったんだよーと後日談を聞かされたわけではなかった。では、何故か? 答えは簡単だ。

 今まさしく、現在進行形で、経過観察のためリハビリテーション病院に足を運んだところ、大人たちが剣呑とした雰囲気で交流する場にうっかり居合わせてしまったからである。しかも、おそらく本人(ねずみ)たちによる実情ポロリ。関係者以外は立ち入れぬので油断したところで仕事終わりの愚痴大会、とやらだろう。とは言え、医療関係者とも言い切れぬねずみたちとて部外者のはずだが。

 亡骸を運んでくるのであれば、一概に部外者とは言えんのか? どうしたものかな、と踊り場の手摺りにもたれかかりながら密やかに息をつく。

 目覚めてから五日目。もう病院を五周したって息切れしなくなったけれど、それはそれとして空気が重たくてズンとくる。波導使いにまつわる良くも悪くも伝承を学んだことで精神的に負担を受けたこともあるのだろうが、精神的な疲労を和らげるために今はとにかく休みたかった。

 強行して進んだって構わなかったが、それはそれで――――目立つ。悪目立ちしてしまうことになる。なんとしても目立つ(それ)だけは回避しなくては。

 

 

「……グライスくん?」

 

 

 足音一つ。

 穏やかな声は、聞く者の心を落ち着けるような色があった。

 流れに乗るように足音をもう一つ。今まさに到着したと言わんばかりの音を以てして、グライスは階段から降りてくるジョーイと合流した。

 

 

「根を詰めすぎては、身体にわるい……んすよね?」

「ええ、そうよ。今日はもう休む?」

「そうしよう。」

 

 

 ふう、と息をつけば気づかわし気にジョーイの視線が刺さる。無理をしたのかどうかと確認する為に頬から目の下に手を置き、目の様子を確認した彼女は胸を撫でおろした。

 

 

「半年のハンデがあるから焦りがあるのは分かるわ。でもね、朝見た時と顔色はあまり変わりありませんけれど、目を覚ましてから五日間ずうっとリハビリばかりだったもの。ちゃんと休息を取るようにしてくださいね!」

「……善処する。」

「ちゃあんと、しっかり! お、や、す、み! し、て、く、だ、さ、い、ね!」

「わ、わかった……?」

 

 

 効率を重視してきつめにリハビリをしたから適度な休憩は取るが、休憩が終わったらすぐにまたリハビリを続けるつもりだったのだ。

 ジョーイが来た。その言葉を最後に下の階からの声も音もすっかり消え去り、気配もゆっくり遠ざかる。ズズイッと前のめりになったジョーイの腕に抱えられた紙袋から、幾つか零れ落ちた果物をササっと手に取った。袋に帰しつつ、紙袋を受け取りながらズイズイ近寄っては言質を取ろうとするジョーイのすがたに、とうとうグライスは首肯した。

 押しの強すぎるジョーイは、それでも荷物持ちを無言で引き受けた小さな紳士にふんわり微笑んでお礼を告げる。満足げにはなれた笑顔を前にしては、これでもう、今日は休むしかない。

 

 

「ポケモントレーナーズスクールで卒業間近と言われてるって聞きました。だけど、卒業論文を書いているところは見たことがないわ? 今のところ、グライスくんは卒業する予定はないの?」

「――――……うん? それは、まあ、下書きはもうとっくに終わらせたから、あとは内容の検証をすすめ、書きまとめれば終わるな。」

 

 

 卒業の予定はあるが、タイミングを見計らっている。と言外に伝えると、意図を汲み取ったジョーイは目をぱちくりとさせてから微笑んだ。

 

 

「あの子たちのため?」

「どちらかと言えば、オレのため。」

 

 

 せっかくの卒業だ。幼馴染揃って、気持ちよく往きたい。

 グライス・エトワールは、その基準値を入学してから数週間でものの見事にクリアしてみせたので、あとは卒業時期を担当教師と相談のうえで見定めて卒業論文を提出し、合格通知を受け取ることが出来れば卒業出来る。

 生きる中で問われるありとあらゆる要素が評価基準の壁をクリアすることで学年が上がる制度なので、そう言った意味では彼らも標準はとっくに超えている。後はグライスが突破した試験を無事合格して、卒業論文を書き上げれば九歳でもポケモントレーナーズスクールの卒業は可能だ。

 ポケモン、という自分以外の命を背負って生きるのが常な世界なので、ポケモントレーナーにならずとも、家にポケモンが居る場合は世話をする為にある程度の知識や資格を要する。ポケモンと触れ合ずとも此の世界を生きるにはポケモントレーナーズスクールを卒業(・・)する必要があるので、有り体に言ってしまえば地球の義務教育機関とほとんど同意儀だろう。

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