【Pokemon】邯鄲の歩み   作:夜鷹ケイ

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18 まわりと(3)

 ポケモントレーナーズスクールとは、その名の通りにポケモントレーナーに成る為の教育施設がメインだ。ゆえにこそ、その審査はとてもシビアなものになる。

 ポケモントレーナーズスクールの命題たる自分以外の生き物への接し方、ましてや良きライバル足り得る他者への振る舞いも、遠くの地方で問題視されつつある現状では加味すべきだろうと教育団体の声も相まって、地域によっては判断基準の一つとして数えられる以上、首謀者に加担した――――脅迫を受けた生徒たちへのアフターケアも抜かりなかった。

 同じ病院というわけにはいかないから、グライスがリハビリテーション病院にうつり、被害者のような加害者は精神病棟に通院することとなったのである。

 敷地内で顔を合わせぬように調整してくれるのだけれど、時間を知らせてくれるのは何時だってジョーイだった。リハビリテーション病院でグライスの担当をしてくれるのが、ジョーイの相棒であるラッキーである以上は当然のこととも言えるだろうけれど。

 

 

「……ちょっとだけ、相談がある。」

「なんでしょう?」

 

 

 八つ九つの歳の瀬を迎えたばかりのグライス・エトワールは、幼馴染の一人を庇って転落したことに一切の後悔はなく、それゆえに寝たきりだった肉体のリハビリテーションから再び歩み始めることにも不服もありもしない。

 意識不明の重体者として扱われてしまう日々だが、眠りながらでも精神の方は波導の鍛錬で叩き上げたので、身体の動かし方を思い出すのはわりとすぐである。三日もしないうちに日常的な感覚を取り戻し、陽を跨がぬ間に草原を駆け抜ける感覚にまで漕ぎ続けた。三つの世界の記憶がある為、便宜上「ポケモンの世界」と呼ぶ此処に転生した彼の肉体は「地球」と呼ぶ世界では一般的なものである。

 確かにもっとも脆弱な肉体だとも言えるかもしれなかったが、それでも平均はあった。ポケモントレーナーとなるには、些か不安の残る耐久性だろうけれども「回避型」ポケモントレーナーを目指すのであれば些事である。しかし、過去今まででもあまり見ぬグライスの異例な回復力を喜んだのは、他でもなく彼の看病に勤しんでくれた面々だった。

 リハビリの様子をわざわざ見て、帰ったらパーティーしようと言ってくれるほどに。とても嬉しくはあるので素直に祝われるつもりであったが、胃袋の不安は取り除きたかった。

 

 

「……帰ったら『バカデカイケーキをつくって待ってる』、と言われた場合どうしたらいい?」

「眠ってる間に九歳の誕生日を終えてたんですもの。このくらいの量だったら、大丈夫よ。でも、それ以上はお腹がビックリするでしょうから……メモに書いてお渡ししますね。」

 

 

 ジョーイのメッセージですもの。見せればきっとわかってくれますよ。励ますように、祝うように、ジョーイは肩をやさしく宥めた。私も、ですけどね。喜ぶ気持ちは抑えられないものだ。

 すべてを受け止めろと言わんばかりの応援である。目が覚めてからリハビリを始めるまでの連日。受付で今にも倒れそうだったすがたや、目を覚ましたと報せを受けて狂喜乱舞に名前を署名したすがた。リハビリが順調であることに興奮し、ケンタロスを走らせるすがた。彼女の瞼裏には、そんなオーキド・ユキナリのあるがままの姿があった。

 

 ハナノ・ブルーを庇ってかわりに階段から転落したグライス・エトワールは、全治半年の怪我を負った。彼女を守るための力として波導を使用する。無理矢理に能力を解放したことで肉体のタガが外れたことを認識した彼は、ちょうど怪我を負って意識が剥がれやすくなった状況を利用し、己の生命力をコントロールする為に意識を奥底に沈めて鍛錬を積んだ。

 三ヶ月にものぼる修行の甲斐あって、彼の肉体も自然治癒力が向上した。六ヶ月かかるはずの怪我が良くなり、すっかり意識を取り戻したのである。

 目を覚ました彼は日常生活における動作の復習をした。寝たきりだった肉体を慣らし、体内をめぐる波導エネルギーを循環させるための行動である。四日目には走りまわれるまでに回復し、五日目にはさらなる向上を求めて体力づくりに勤しむようになった。

 リハビリの状況が快調であることを聞き及んだオーキド・ユキナリは、眠ったままの時期に誕生日が過ぎてしまったことを憂い、小さな祝いの席を設けることにした。

 細やかな計画段階ではあったが、孫たちを巻き込んでの準備だ。きっと喜んでもらえるものになるだろう。準備期間中にホールを彼の年齢分ほど積み上げたケーキを見上げ、けれどもやり切ったと爽快な表情で汗を拭うグリーンに何も言えなかったのは、オーキド・ユキナリの敗因である。なぜそこまで積み上げてしまったんじゃ。流石に彼の体調を案じてしまった。

 

 

「……祝ってくれて、ありがとう。」

 

 

 一瞬だけ引きつった目元を見たのは、きっとユキナリだけだろう。その眼差しが向かうのは天よ咆えろとばかりに高くそびえ立つホールケーキタワーであった。

 カビゴンの腹回りほどはあるホールサイズは、一切れの大きさも見た通り、それはもう四人家族用の大皿に小分けにしたってはみ出そうなぐらいである。工夫して乗っけられても一人で食べきるには過食。懐に忍ばせられたジョーイ特製の良心(胃薬)をジャケットの上から擦りながら、彼はゆったりとした足取りで中央のテーブルに着く。

 四つ並んだうちの一つ。すとん、と当たり前のように腰かけると、こまこま、ちまちまと足跡が三つ並ぶ。故郷であるマサラタウンは、彼らの縄張りだ。

 

 

「何食べる? わたし、とってくるよ!」

「サラダと肉と、米とってきたから食えよ。」

「あ! じゃあ、わたし飲み物とってくるね。ジュースとお茶、……お茶だね!」

「……」

「あっ、オイこらレッド!勝手に味噌汁……どこ入れとんだお前!? コップ!? コップの中に味噌汁入れちゃったのかよ!? いや便利だからっておま、んぐッ……の、のみやす、ってコップなんだから飲みやすくて当然だろーが!いやそこにお茶は入れられねぇだろうが、今すぐ飲み干した分ゼンブ洗ってこい!」

 

 

 ポケモントレーナーズスクールの一件もあり、グライス以外のマサラタウンカルテットはすっかり他者との交流を尻込みするようになったようだった。危害を加えられたブルーはまだしても、他の二人も相当に気を揉んだようである。

 権力に屈して見て見ぬふりをした教員に対する不信感から、大人に割り込まれることすらイヤがる気配を感じた。オーキド博士がやって来ると表情を和らげるからすべてがすべて敵対生物だとは思っていないようだけれど、状況としては芳しくない、と言うほかないだろう。

 オーキド研究所から少し歩いたところにある湖近くの庭には、息をつける安息の地がある。白石で折り重ねて練り込んで作られたガゼボは、追っかけインタビュアに疲弊する孫グリーンのためにユキナリがこさえた設備だった。駆け込み寺よろしくグリーンを筆頭に避難所にするうちに、そのガゼボは彼らにとっては何ものをもの妨害を受けることなく、ただ悠揚とした空間と為った。

 今までは一人分の席が欠けた状態だったけれど、ぐるりとまわるようなソファベンチを見渡せば――――灰茶色の肌が見える。やわらかな雲がほどけ、陽光が差し込んだようなあたたかさの含んだ白雪(はくせつ)が相も変わらずそこに居てくれた。

 欠けたパズルのピースが枠組みの中にかちりと当てはまったように、変わらぬ光景が、そこには在った。グリーンの肩は見るからにゆったりと降りる。強張った表情と息を殺すような呼吸を繰り返すばかりであったレッドも、ソファベンチにだらしなく横たえながら真夏のアイスクリームのように溶けた。涙ぐみながらハンカチで顔を押さえるブルーも、よかったよかったと泣き笑い。混沌とした空間に、グライスはただ微笑む。

 祝いの言葉のみが集まる今のそこは、誰も立ち入っては来ない。経緯が経緯(殺人未遂事件)なだけに、幼馴染たちが集っても何処の誰とも知れぬ何者かに侵されること無き安閑たる聖地でもあるようだ。

 

 

「お疲れ様。色々と、ありがとう。とても楽しめた。……会場の片付けは終わらせたから、明日も学校に行くつもりならもう休め。」

「え!?」

「ほ、ほんとだ終わってる!?」

「……!?」

 

 

 はふう、満腹う。とひと息しているところに、声がふわりと降りる。細やかなティーパーティーで労り祝うつもりであったのが、実際のところ労われたのは自分たちのほうであったと気づくのは、件のティーパーティーを終えてからだった。

 泰然自若とした顔でアッサムティーが入ったティーカップを傾け、白乳雲を浮かべるようにとろりとミルクを垂らしながらくるりと回す。相変わらずの早業である。ぼやんと寝ぼけ眼の幼馴染たちのみならばともかく、つぶさに様子を見渡す大人たちの目をかいくぐって彼は後片付けを遂行したのだ。

 

 

「お疲れさまの会でも、あるんだろ?」

「そ! そうだけど……!」

「何も準備に携われなかったのだし、……オレにもオマエたちを労わらせて、祝わせてくれよ。な。」

「うぐっ…!」

 

 

 わあわあぎゃあぎゃあどんちゃん騒ぎ。酒盛りを始めた大人たちを尻目に、宴の中央で燃え盛る焚き火を肴に彼はティーカップに口をつける。

 

 

「今日はもう休むし。」

「うう……それなら……?」

 

 

 こんなにも穏やかな気持ちで過ごしたのは何時振りだろうか。ソファベンチに背中を預けてレッドのように、とまではいかずとも一本の剣のようにしゃんとした姿勢をやんわり崩す。

 目は口程に物を言う。うんと甘やかしつけるような眼差しから逃れるように身をよじるグリーンとブルーは、気づけば社畜の顔を覗かせるグライスから放たれた「もう休む」の言葉に羞恥と歓喜で打ちひしがれる形相をホッと安堵に染めた。

 こうしてちゃんと自己申告してくれる分は、とても助かる。リハビリテーション病院よりティーパーティーへ直行ルートだったので、少し心配だったのだ。

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