【Pokemon】邯鄲の歩み   作:夜鷹ケイ

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 グライス・エトワールを愛し育ててくれた二人のポケモンの葬儀は、保護者代理として名乗りを上げたオーキド・ユキナリ博士の助力もあり、恙なく行われた。

 

 法律としては、十歳で仕事やアルバイトを請け負うことが可能になり、ポケモンと一緒に旅に出ることへの認可として「成人」という肩書きを頂くこととなる。

 しかし、土地や建物の契約等は、世帯主なるものの大人同士(・・・・)の契約によって賄われており、グライスが生きる環境もまた然り。大人なる概念は、何処にでもあった。何かあったときの責任能力を問われるための制度であり、やさしさであり、取り決めであることに理解はある。

 なんにせよ、グライス・エトワールは二年という歳月が足らず。大人同士の契約とやらには乗り上げることは許されぬ子どもであった。

 あの大きな城で子どもが一人だけで過ごすことに不安がと、周囲からやんや言われるうちに面倒になったらしい当の本人に土地権利書を持ち出されて「あの一角()をのぞき土地を丸ごと売りに出して、オレのことは施設にでも入れてくれ」などと申し出られた日には、オーキド博士は悲嘆なるウツボットになったし、彼の幼馴染たちは遠くの地方で言われるネッコアラ化した。それも同じ樹木(グライス)に引っ付くタイプの新種の。

 

 ところで、グライスは事の真偽を知っている。

 両親が行方不明なのではなく、消息不明であることも知っていた。彼女の体験した人生――――ならぬポケモン生を、まるで臨場感あふれる一本のシアターのように。故郷から何かしらの原因で追手が放たれたことは、すでにサーナイトより知見を得たからだ。

 そして、消息不明となった理由についてもおおよその検討はつく。ところどころサーナイトの視点が可笑しかったのは、消息不明の両親(・・・・・・・)と関係があるのだろう。

 何事もなかったかのような顔をして、得た情報をもとに調べ直した。わが子(・・・)がその真実に気づかぬことを、サーナイトもエルレイドも望むから。

 

 そして。

 

 そして、彼は見つけた。

 たった一つの、信じたがき真実を。

 

 とうのむかしに、竜の身体は消滅した。正確には、銀灰の粉雪のような姿かたちをして山々に降り積もるかたちで姿を失くした、と言うべきだろう。

 竜の肉体。それにとどまらず、竜を構成するあらゆる要素は最高品質の純度と密度を持ったエネルギー体そのものである。” ヒデリ ”の中、降り続ける不自然な雪。エネルギーは燃え尽きることなく、今なお、その身を焦がし続ける灼熱地獄だった。

 よしなさい、と叫ぶ声がした。物悲しくも己の肉体の行く末を目の当たりに――――認識(実感)したことで、遠方からはるばる感覚が繋がる。

 もうとっくに頭だけの存在になって動くこともなければ喋ることもなく、意識を■■に切り取ることで人の形を得た身だけれど、それは、とうの昔に咽喉を灰にした己の声だった。

 響き続ける声は、やがて肉体に残った<守護>の本能が、意識に語り掛けるように何処かへと導くようなものになった。絞り粕のように薄っすらと揺蕩う紐を手繰り寄せて、意識を深く世界の中心へと寄せる。海中へ向ける濃厚な密度のエネルギー。火山へ向ける高圧縮エネルギー。使用の用途は違えども、確かに流れるエネルギー源は自分のものだ。

 世界を巡らせるための地脈への供給や補完とは全くの無関係なそれに疑念を抱き、そろそろとカロスの頂きより認識機能を共感して覗き込む。何があると言うのだろう。意識を切り取った後の肉体は、何を伝えようとしたのだろうか。

 

 

 エネルギー塊のなかを揺蕩う影がポツリ。

 

 

 事態は、どうしようもなく絶望的であることを理解した。

 世界にエネルギーを振り分ける行為のことを便宜上、「消滅」と定義する。爪先から削り消える肉体の感覚を知るグライスは、順番として消滅はまだ先であろう顔の辺りの欠落を感知した。

 あれは一種の自滅であり、消失だった。故にこそ、消滅。えぐり取られるような痛みと、目の周りを削り溶かすような痛みが訴える。肉体との感覚共有を薄っすら引き延ばすことで痛覚を鈍感にし、今にも発狂しそうなほどの激痛から人体が耐えうる程度のものにダメージレベルを落とす。そうでもしなければ、脆弱な肉体を持つグライス・エトワールには、耐えられなかった。

 同時に、両方ともしっかり眼球が陥没していることと、海底と火山のエネルギー濃度を結びつけることは容易かった。そして、眼がそこにある理由も。

 

 

「地脈暴走の鎮圧……」

 

 

 濃密なエネルギーをぶつけることで暴走を相殺したのだろう。傍らには竜の声を聞き届けられる巫女の血族の気配が在った。

 高密度なエネルギーに晒され続けた人体は、おそらく限界だろう。小さな衝撃で崩れ去ってしまうほどに、熱の奔流による損傷が激しかった。早く医者にでも見せてやらねば間に合わなくなる。まだ、間に合う、と思える鼓動がそこにはあった。あの子を引っ張り出すためには、竜の目による相殺を適切に行えればよいのだ。

 要するに、竜の目を制御できればよい。竜の力は世界を支える数多の柱ほど強く、竜の意志は崩壊し逝く世界を支えられるほど強く、ゆえにこそ生来の持ち主か伴侶の言葉しか聞かぬ。

 だからこそ、自分の肉体(・・・・・)を操ることには造作もなかった。子ども(じぶん)の顔を両手で押さえて意識の居所を抑制する。此処じゃなくて、海のもっと向こう側に。なにせ数億年以上も伴した昔の外殻(からだ)なのである。遠方からであろうと何処ぞの彼方であろうと容易く手に取り、滑らかに動かせるほどには隅から隅まで知り尽くしたものなのだから、当然のことだった。

 ちょん、とエネルギーの形を捏ね繰りまわして魔力の糸を作る。影の周りを繭のようにやさしく囲って、外部の衝撃すら通さぬ竜の繭が完成した。只人の肉体は脳もやわっこくて仕方がなし。

 知恵熱でも出るのではなかろうかと初めての経験にそわつきながら、ゆっくりと人の気配がする方へと引きずってやる。人通りがある程度あると言っても、聖地と呼ばれるようなところなので呼び込まなくてはならない。普段なら絶対にしないようなことを、――――あえて巫女以外の人間に存在を感知させ、足を運ばせる。

 あとはもう、あの空間から――――高密度エネルギーを隔離し、現実世界のバランスを調整しつつ巫女としての権能を引き離してやるだけで、人間たちがどうにかするだろう。

 山道を転がり落ちるようにして泥まみれになって登山する人影は、ただならぬ形相で竜の繭で揺蕩う者の名を呼ぶ。何処のだれかなど名前までは聞こえなかったが、どうにかして人影と竜の繭が合流出来たところを確認して地脈制御のための最低限の共感を残して接続を切った。

 

 さて、大人のテーブルにつくことを許されぬ年の瀬であることは重々承知であったが、それで止まるようなグライス・エトワールではなかった。

 最初の世界で竜の身でありながら暗殺者と属性てんこ盛りな波乱満場の人生を歩んだおかげで、揉むに揉まれる荒波には多少なりとも耐性がある。そして、複雑すぎる家庭環境は子どもたちには秘匿されてはいるけれど、大人には時として物的証拠を紙面で保管しなくてはならない書類は無数とあるのだ。つまり、目視で確認するだけならばどうとでもなる。

 掃除の手伝いを習慣づけたことも功を奏した。隠密行動は大の得意なので、入室を禁じられた部屋にコッソリ忍び込んで拝見し、元通りに戻す。

 銀行口座欄には、直近でも保護者の名前には行方不明の男女のものと思われるものがあったので、一応は保護者の保護下で生活していると言えるだろう。保護、の意味ではあまりにもか弱すぎる後ろ盾なので、ポケモン二匹の手形による押印にて締結した契約書でオーキド・ユキナリの権威(保護者代理の名)が唸った。

 土地や建物の契約やその他の契約なども彼の両親が消息不明であるものの、銀行による振り込み技能を認められて継続することとなった。サーナイトやエルレイドの記憶によると、消息不明とは言いつつも生存は絶望である為にお金の出処が気になるところだけれど。生きているのであれば、一度でも、顔は見たいかもしれない。

 利用している銀行に問い合わせたとしてもセキュリティ対策が万全を期しており、たとえ家族であろうとも本人確認が取れぬ以上はノーコメントを貫くものだから、お金の経路は不信を極めた。追手がある以上は、明確なもの以外は安心できなんだ。

 姿を隠して生活せねばならぬ人間が路銀を稼ぐこととて苦労するだろうに、如何様にして富豪のような額を稼ぐと言うのろう。目立つようなことでなければ良いのだが。

 

 

(…………ポケモンセンターの転送装置や安全装置の開発、著作権から発生する使用料、ともなれば相当な金額になる、か?)

 

 

 それにしたって、国税である以上は予算上限はある。消息不明になった時点で何かしらの通達も為されるはずなのだけれど、何もない。

 居場所も分からなければ、何をしているのかすらも分からぬ。出所を確かめることは、一度隅に追いやる。不明と未知の盛り合わせのような状況に、グライスはそっと溜息をついた。

 

 グライスには、現在の、そして前世の、そしてそのまた前世の、計三つの記憶がある。最も古きものとして記憶が残る最初の人生では、剣と魔法が夢おどる世界で闇夜に生きる諜報員のひとりだった。

 現代では、<竜>とも云える存在でもあったのだけれど。その世界には人間のあらゆるものに絶望し、全てを混沌(カオス)に飲み込ませて空虚な新時代を誕生させようとする魔王が存在した。世界滅亡を目論む魔王討滅に名乗りを上げることになったのは、わずか齢十六の人間だ。彼は、村人として生まれ育ちながらも、物語で描かれるような<勇者>としての選抜を受けたのである。

 後のグライスの友人となった勇者は、聖剣の言葉を正しく聞き取って、世界の救済を謳って、あらゆる場所を旅した。その最中で次元の狭間に迷い込み、たったひとり遠くの彼方より世界を守護する竜に問答し、旅の付き人としてかつてのグライスを望んだ。

 同時に、グライスは”勇者”として選ばれた友人の最初に救われた生き証人となった。世界最強と謳われたアサシンの末裔であり、暗黒の世界を知る者(世界最古の竜の血族)であるからか。勇者の率いる最前線の精鋭部隊に組み込まれたグライスは、受けた恩を献身的に返すようにして回避とスピードに重きを置いたスタイルで数々の戦績を残して行った。

 人間との契約という、守護者としての権能で首を絞めるばかりの日々に。少しばかりの避難所を得て、安らぎの時を得たのだ。

 幾度と転生しても(といっても記憶にあるのは此度で三度になるわけだが)その実力も特技も、色褪せていない。

 あの異才揃いのメンバーの中でも戦闘能力もそこそこ高く、魔王の攻撃の一つすら掠ったことはあれど、仲間の中では大きな怪我もしたことはなかったから重宝されていた、とは思う。結局は命を落としてしまうことになるのだけれども。

 自分のとった行為に、後悔はなかった、と思う。こうしてズルズル引きずって思い悩んでしまうあたり、自信はない。

 何を封じられたのか見当がつかぬほど記憶領域のそこかしこに穴があった。記憶を回顧するにはどうも穴抜け状態ではあるので、サーナイトの言葉は正しく” 封印 ”とやらは恙なく行われたのだろう。心を護るための行動であろうから、頭部の所在を自覚したグライス側からは何もしないでおく。

 

 その次の人生では、電子科学の発展した世界で男子高校生という学生に身分をおく子どもに転生した。グライスの中で最年長で人として(・・・・)生きられたのは勇者の付き人歴まで。

 たったそれだけしか歳月を積まなかったからか、新たな世界には胸躍らせた。ゲームと触れ合うことでグライスが転生したように、まだ見ぬ世界がたくさんある可能性も否定できないとも感じたものだ。

 人の数だけ―――人の数以上に、末広がりにまだまだ続く異なる世界の冒険譚には、よくよく心を惹かれる。特に召喚獣系のゲームにはドはまりして。―――閑話休題。

 

 マア、すなわち。そんな平和な世界で少年時代を謳歌した二度目の人生で、グライスが最も愛した世界は「ポケモン」というゲームだった。

 

 此れから第三の人生を送るであろう、この世界のことである。




■成人の定義
◎10歳
 相棒のポケモンを連れて旅立つ許可が下る年頃。なお、酒やタバコの販売は20歳未満は不可であり、アルバイトや旅を通じた繋がりを使った就職を可能とする。家や土地の契約は、基本的には不可。ポケモンリーグ、ポケモンコンテスト、バトルフロンティア、その他大会などで実績を残した人物(※身分の証明が確定しており、収入等も安定する為)のみ可能。

◎20歳
 年齢制限がすべて解除される。
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