まあ、どの道、中身は高校生……以上だし?
誤魔化すように何処へともなく弁明した。
羞恥心が駆られるダンスを踊らなくてよくなったのはよかったとは心の底から思ったが、エルレイドがしょんぼりしていたので流石に家族孝行としておうちで一緒に踊ったのだけど。中身の年齢を考えれば当たり前のことながら、一度経験したからと言って理解できたとは言えないし、なんの意味があるのかと当惑した。
人間社会で生きた数年の経験から、多少の理解はあった。
大人たちが動き出してくれるようアクションしたつもりだったが、頼りになったかどうかはカントー地方へと引っ越しを決定した時点でお察しである。
ちょっとばかり特殊なあの家は、周りからは排除すべき異質な存在として映ってしまったことを意味した。今グライスがカントー地方に居るのは誰よりも判断の早かったサーナイトのおかげである。どうにも馴染むことの出来なかった環境から脱する為にも、目立ってしまった状況から逃げる為にも、エトワール家は一刻も早く引っ越すことを決断したのだ。
あったことがないからこそ、なのだろう。親の故郷から離れるのはちょっと寂しかった――――ような気がした。渋るグライスを説得したのはエルレイドだった。
首がひきつるような感覚もあったが、あれはまさしく自分のからだが意識を誘導しようとしたのだろうと今なら理解が出来る。
引っ越してから生活はあまり変わらず。否、カロス地方での出来事の影響で不安が爆発したのだろう。今までの絶好調はかくも幻かと言わんばかりに不調に苛まれ、最初のころは警戒心が爆発したサーナイトやエルレイドの庇護下にあるままだったからずるずると引き篭もりがちの生活を送ることとなったのだった。近所の人がときおり友好的に話しかけてくれるのは、引っ越した後に得られた大きな変化ではあったが。
外から家へ帰るとサーナイトが用意してくれた温かい食事があったし、ポケモンの言葉は分からなかったけれど両親が用意してくれたのであろう絵本を二人はたくさん読んでくれたし。
マア、そんなわけでグライスとしては不満不服はなく、穏やかな生活であったと思う。ちょっとでもさみしいと思ったら揃って抱きしめて、胸に抱える虚しさを埋めるようにたくさんの愛情を注いでくれたから、何もかもが理想的な生活であったのだと胸を張って言える。
捨てられたと周りの言葉をうのみにして悲しみで溢れるよりも一心に愛情を注ぎこんでくれるポケモンたちの様子と彼らの心遣いをこの身に受けたものだから、安心と愛情が勝ったのだ。
「それでも聞こえてくるまっとうな愛情を受けて育たなかった、なんて誹謗中傷を信じたことないって断言できるのは、やっぱり
引っ越しの決定打となったのは、グライス・エトワール誘拐事件だろう。問題の相手は、「人間の保護者が側に居るべき」と毅然とした態度で訴えるプリスクールの女教師だった。
プリスクールの送迎時間中に、施設の中での出来事である。プリスクールへの送迎係は基本的にサーナイトがして、買い物に行くのはエルレイドが担当していた。普段通り、サーナイトが来るのを待っていると、腕を不意に掴まれて、さも当然のように「帰りますよ」と言われたのに目を白黒としたのだ。どこへ帰ると言うのだ。グライスの家は、二人の居るあそこだと言うのに。
顔を見ていないのだな、と理解して人違いを訴えながらも腕を引かれて、ずるずると連れ帰られてしまったという、れっきとした誘拐事件である。
世間一般では、彼女に同情的であった。
エトワール家のこと――――と言うよりも、家政婦ポケモンを家族のように扱う御家庭以外のことに関しては、わりとまともなことを発言するヒトで。マア、客観的に言えば、まだ二つになったばかりの歳の子どもなのだから親の庇護を受けて然るべき、と心配してくれる女性ではあるのだろう。一般的には。片手でおさまる程度の齢の童を前に、心配の表情をちっとも隠さず眉をハの字に落として頬に手を当てる女性はきっと悪者ではなかったのだろうとは思う。
個人的にはソレがどうにも押しつけがましく感じられて好きではなかったが。誘拐をしてしまっては。一線を越えてしまっては。ダメだろう、とも思う。
なんだかもう彼女の中の
個人の情を置き去りにしても、子宝に恵まれることのなかった彼女は、だからこそ、子どもたちの成長を我がことのように喜んでくれる素直なヒトであったことは事実だった。ちょっと踏み込みすぎなところはあるけれど率先してダメなことを叱りつけてくれるしで、貴重な部類に入る大人でもあるのだろう。などとああして言われるまではきっと笑顔で対応できたのだが、彼女は些か無遠慮に竜の巣を踏み込みすぎた。
何が「やっぱり」だと言うのか。サーナイトやエルレイドばかりが送迎に来ることを喜ぶのはポケモン好きだと思えたけれど、実際は「やっぱり今日も人じゃなかった!」と理由で喜ぶな。
カポエラーが迎えに来た子どもがショックを受けて、カポエラーを突き飛ばした姿を見てもなんとも思わんのか。異様な空気を察したカポエラーが一瞬傷つきながらも、すぐさまその子どもを背に庇った姿を見て、何も感じんのか。何処に喜びを感じている。恐怖でしかない。ねっとりとまとわりつくように、彼女は子どもを相手に斯様なことを言った。
『ポケモンは、人間の親代わりになれないの。だって、人間の言葉が通じないんだから。――――だから、グライスくんも先生の方がいいよね? 親からまっとうな愛情を受けて育たなかったグライスくんなら、わかるよね? 先生が一緒の方が安心できるものね?』
得も言えぬ肌寒さを感じた。
どこか恍惚とした表情であったのは悪事を暴く己に酔ってのことなのか、推測通りと判断したらしく、『あなた、ネグレクトを受けてるのよ。』だなんて続けて言うことだろうか。
チョット何言ッテルノカ分カリマセン。両親との距離感を掴みあぐねている時期に思いっきり地雷を踏み抜かれて、さらには何やら奇妙な勧誘を受けたことだけは理解する。しかし、あまりにも未知の領域過ぎてスンと表情が抜け落ちた瞬間の表情を見られてしまったのは拙かった。対応を失敗したのである。
『やっぱり!』
何がやっぱりだと言うのか。
彼女は歓喜に叫びながら無遠慮にグライスを抱き上げた。エ、何。怖。脆弱な人間の幼児が大人の力に叶うはずもなく、そうしてそのまま近くの児童保護施設まで連れ行ったのである。一歩間違えずとも、正しく誘拐現行犯の完成だった。
何それ状況が状況なだけにしょっ引かれることはなかったが、だからこそ、かの所業のせいで何も出来ぬグライスにはドン引きするしかない。連れられた先では、生活環境を調査する役員のような人たちからも、無遠慮かつ無礼千万な質問がボンボン無造作に投げかけられて、あまりにも不愉快であった。
最初はどんな生活をしているのかと聞かれたからポケモンたちとの生活を事細かに説明してから楽しいと言ってのければ、施設の人たちもきゅっと表情をしかめたのだ。
問答無用で遠慮なく打ち返したが、大人側からしてみればグライスのどの言葉も効力はマイナス方向にかっとんでくものばかりであったのだろう。はたから見れば二歳児がひとりぼっちであることには敏感にならざる得ない問題だろうことは分かる。わかるよ。一種のネグレクト環境と言われてしまえば、事情を知らぬ身でみればそう映るのだろうということはわからんでもない。
知らなければ自分だって不審に思うが、それ以上に言いようもなかったのだ。――――だが、自分のことなのでそれはそれ。此れは此れである。
しかし、見た目は二歳児の中身は高校生以上なのでほっといてくれるのマジ感謝ー!とすら感じるのだからしょうがない。環境を抜け出したくない自分VS子どもを助け出したい大人の図は、圧倒的に大人側に有利だった。
マジぴえんである。
今でもかなしみしかない。
ポケモンに育てられて楽しいなんておかしいと言ってきたひとには心底腹が立ったのでぴえん節を炸裂させた。そう、二歳児のマジ泣き(ぴえん節)である。鳴きではなく、泣き。ぴえん、ぴえんのぴえん。子どもの泣き声では普通聞くことはないであろう泣き方だ。
他者の鼓膜をビビり散らかさせる代償として、グライスの喉は一時的にダメージ量を超えて潰える恐ろしき技であった。一瞬にして、我が身を案じてくれる女性を悪者に仕立て上げる、と言ったら大変聞こえは悪いのだけれど、一瞬でも場の雰囲気を塗りけられたら十分な時間は稼げるだろうと気持ちでの会心のひと鳴きである。遠からずうちにサーナイトがテレポートで駆けつけてくれるだろうから、という打算もあった。
ギャンギャンぴえんぴえん泣きわめく子どもを抱き上げようとする女性から逃げ回り、威嚇のようにカッと口を開きながら号泣した。「やだあ、やあだぁ、」と滅多と動かぬ顔色を真っ赤にしてぐずる姿はまさしく子どもそのものである。
今更ながらに羞恥心が沸き上がった。当時は、追加で撫でにシフトチェンジした手からも激しく逃げ回りながら「今まさに精神的な苦痛を与えられているんすけど!?」と声高に叫びだしたかったが、中身はそこそこの大人――――通り越してお爺ちゃんになるわけだし、それなりの理解力もあるから、しっかり我慢したのだ。
『
マフィアよろしくの顔を持ち込んだサーナイトより、事態は収束の方向に行った。子どもを奪われたリングマのような暴れっぷりに、警察が間に入って事情聴取が行われる。
唸る公文書。子どもの証言および、園内で起きた出来事であったので目撃者多数の証言が一致したことにより、彼女は勇敢な女性から誘拐犯としての立場に移り変わった。
ところで、ネグレクトってたしか、物理的には問題がないのに保護を放棄する「積極的ネグレクト」と、知識・経済力の不足や疾患のために保護ができない「消極的ネグレクト」に分けられるのだったか。基本的には保護者の関心・意識が子どもに向いていないことをさすはずだ。
フォローするわけではないが、一度も会った記憶の無い両親はもはや言うまでもなく。はて、追い打ちをかけてしまったような気がする。状況の裏取りしようとしてもサーナイトたちは一向に教えてくれなかったから、当時は生存していると向きで考えていた。基本的な家庭環境の措置はともかくとして、サーナイトとエルレイドたちと良好な関係を築けているのだからグライスは、どちらも該当しない気がする。
そうすると、条件に当てはまりそうではあった。似たような疑問を抱きはしたものの、最終的には保護者のポケモンである彼らが身に着けているそれですべては解決した。
それも一時的なものだったけれど。おそらく子どものことが心配だから、ポケモンたちを置いて行ってくれたのだろう、と話の流れで決着したのだ。
とは言え、実際問題メガシンカと言ったとしてどれほどの人間が反応するのか。未だカロス地方で名をあげるポケモン博士はおらず、そこそこの知名度の博士は発表をしていない。だからこそ、ポケモントレーナーでなければ貴重性に気づかないし、それが意味する価値すら分からないだろうから仕方のないことなのだろう。でも理不尽に「気づけよ!!」と心の中で唸ってしまうのはヲタクの性。悲しい生き物なのである。
最強の進化できるポケモンが人間の子どもの面倒を見るその意味を!! セルフポケジョブしてまでってことは、結構な遠方からでも子どもの世話みてくれてんだろーがっ!! それでも未だに顔を会わせたことはっ!!
ゲームのようなステータスが見えないからレベルなどはさっぱりだけれど、此のサーナイトもエルレイドも少なくとも四天王とタイマン張れるはずだから説得力があった。メガシンカ用のキーストンがあるから、そういうことなのだろう。
柘榴の瞳をかっぴらき、辺り一帯をアルミ缶を握りつぶすようにひしゃげさせたメガサーナイトのサイコキネシスが炸裂し、沈黙が奔った光景は実に痛快だったと頷く。
『厭な思い出でしたわね。まるでカントー地方で言うところの“地獄”とやらのようでしたわ。今からでもシャドーボールをぶつけに行って差し上げましょうかしら?』
などと言い出した時には流石に止めたが。