InfiniteStratos~MFD⇔MFS~   作:1G9

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その男、不吉につき
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 ■1■

 

 

 事実は小説より奇なり、という言葉がある。

 

 現実に起きる出来事は、ともすれば物語の中で起きる出来事よりも不思議で面白い、という意味だそうだが、ぼくとしては、自身の人生の中で奇妙だと思った事は数あれど、面白いと思ったような出来事は一度もない。

 

 今の状況もそうだ。

 奇妙ではある。

 しかし、面白くはない。

 愉快では、まあ、あるけれど。

 

「とは言え、実際は奇妙だと思っていた事も、蓋を開けてみれば妥当と言うか、不思議でもなんでもないことばかりなんだよねぇ。予定調和というか、さ」

「……? どうしたのです、急に。独り言ですか? 気持ち悪いですね。気持ち悪い人ですね」

「――いやぁ、ただの戯言ですよ。何でもありません……後、気持ち悪いって二回も言わないで下さいよ。こんなぼくだって、一丁前に傷ついたりするんですから……いや、嘘ですけど」

 

 そうですか、と。

 そう、何とも思ってなさそうに呟いて、彼女――陸上自衛隊所属一等陸尉、嵐山(あらしやま)(あらし)は、乗車しているモノレールの窓の外へと向けていた視線を、こちらへと向けた。

 

貴方(アナタ)が傷つこうが、傷つくまいが、私にはどうでもいいのですよ。貴方が気持ち悪いのは事実なのですし……正直怖気が立つので、こっちを見るの、止めてもらっていいですか」

「……嵐山一等陸尉って、仮にもぼくの護衛ですよね? そう言うのって、護衛対象のメンタルケアとかも含まれていたりしないんですか?」

「ハッ」

「――!? 鼻で笑った!?」

 

 いや失敬、と。まるで失敬したと思ってなそうな顔(とはいえ、彼女が表情を変えた事を、短い付き合いとは言え、ぼくは見た事がない)で、ぼくに謝ると、しかし悪びれもせずに続けてこう言った。

 

「申し訳ないとは特に思っていませんし、残念とも思っていませんが、私の職務には、貴方のメンタルケアは含まれていません――私の職務は、貴方を無事にIS学園まで移送(、、)することです。それにそもそもの話、貴方にメンタルケアなんて必要ないでしょう」

 

 図太そうな顔してますし、なんて言わなくてもいいことまで付け加えて。

 

 ……本当、何の遠慮も無しに酷い事を言ってくれる。

 護送ではなく移送(、、)と言うあたり、こっちのことを人間ではなくISの部品か何かだとでも思っているのだろう。究極的な話、生きてさえいれば五体満足でなくてもいいのだ。その辺、昨今の女尊男卑の考えからではなく、素でこうなのだから恐ろしい。

 

 きっと彼女は、自分自身のことですら、健全に社会を動かすための歯車の一つでしかないと考えているのだろう。

 酷く合理的で、正しく客観的。

 

 彼女にとって大事なのは社会(システム)そのものであり、例え、それが守るべき人間(こくみん)だろうと、内閣総理大臣だろうと、はては男性IS操縦者だろうとも、総体としての国民(じんるい)がより良く生きるためならば、個というものは犠牲になって当然だと考えている――少なくとも、ぼくにはそう見える。

 

 最大多数の最大幸福。

 最小単数の最小不幸。

 

 要は、行き過ぎた全体主義な訳なのだが、これを唱える彼女を、冷たい人間だと皆は思うだろう。

 それは言うまでも無く、彼女の思想が、個人の価値や感情を一切排した、全体効率のみを重視した考えだからに他ならない。例え、それが結果だけを見れば正しくとも、人は感情論を一切含まない、人間味の無い意見を認める事は無い。

 

 理解出来ないからだ。

 

 人が理解できないモノを恐れるのは、当然の帰結である。

 ……とは言え、彼女のこの主義思想が、イコールで彼女の感情の無さ、冷たさを肯定するわけではない。

 

 むしろ逆だ。

 

 彼女は人類というモノを心底愛しており、それが故にこそ、この全体主義を通しているのである。

 彼女が持つ感情は、ただただ人類への無償の愛であり、捨身(しゃしん)とも言うべき奉仕精神なのだ。

 ただ、その愛の向き先が種としての人類であって、個としての人間ではないというだけの話。

 

 彼女が愛しているのはニンゲンであって――

 ――決して、ヒトではないのだ。

 

 彼女はきっと、どんな悪人でも結果的に人類に有益ならば守るだろうし、例えどんなに聖人でも、その存在が人類に損失を与えるなら殺すだろう。

 だからこそ彼女は、男性IS操縦者という肩書を持ち、国にとって本来なら有益な存在となる筈のぼくを、それでも、こんなにも蛇蝎の如く嫌っている。

 

 彼女は理解し(わかっ)ているのだ。

 

 本能で。

 感覚で。

 経験で。

 

 ぼくが、その肩書でもって人類にもたらすだろう有益(モノ)以上に、ぼく自身の本質が人類に与える損失(モノ)のほうが、きっと大きいのだということを。

 

 ……まいったなぁ。

 

 そういう感情(おもい)を持つのは厳禁なのだと、わかってはいるつもりなのだけど……

 ともすればまったく、惚れそうになってしまう。

 

 あるいは、

 彼女こそがぼくを、

 ■■■■くれるのではないかと――

 

「――いや、それはないな」

 

 残念なことだが、彼女では些か役不足である。

 この言い方は本来なら誤用で、実際はまあ力不足が適当なところなのだろうけど、ここでは敢えて役不足と言わせていただこう。

 

 彼女に割り当てられた(キャスト)では、求めるところではないだろう。

 

「また独り言ですか。気味の悪い人ですね。気持ちの悪い人ですね。悪い人ですね」

「ついには悪い人になりましたね……まあ、あながち間違ってもいないんですけど」

「じゃあ口答えしないで下さい。面倒くさい人ですね」

「わー辛辣」

 

 と。

 まあ、楽しいお喋りはこのくらいにして。

 

「ところで、嵐山一等陸尉? ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「? なんでしょうか。あまり貴方と言葉を交わし合いたくはないので、手短にお願いします」

「はは。いやいや、そんなにお時間は取らせませんよ。ただ、この状況が些か気になりまして」

「……この状況、ですか?」

「ええ。いや、このモノレールって、本州とIS学園のある人工島とを結ぶ、唯一の交通手段という触れ込みでしたよね、確か」

「ええ。とはいえ、実際は物資搬入用の港などがあったりもしますので、一概に唯一とも言えませんが……まあ、一般ではどう考えても利用はできませんので、そんなものはカウントする必要もないでしょう」

「ですよね。で、明日にはIS学園の入学式がある、と」

「今更な確認ですね。貴方は、その入学式に間に合うように、今こうしてこのモノレールに乗ってるのを忘れたのですか」

 

 気持ち悪い上に馬鹿だったなんて、と。嵐山一等陸尉は、呆れ果てたように呟いた。

 

 ……というか、さすがにちょっと気持ち悪い、気持ち悪い、言い過ぎじゃあないですかね。

 流石のぼくだって、こうまで言われたら幾らなんでも傷つくんだぜ?

 よしんば傷つかなかったとしても、だからといって何を言ってもいいわけじゃないんだぜ?

 

 閑話休題(まあ、それはさておき)

 

「それぐらいは知ってますよ、流石に……そうじゃなくてですね、そもそも、本来は明日の筈の入学式に間に合わせるために、何故今モノレールに乗ってIS学園を目指しているのかと言えば、あそこが完全入寮制だったために、準備云々の関係で早めに学園まで来い、という話だった思うのですが」

「随分と説明臭い台詞ですね……いいでしょう――ええ。本当なら警備などのことを考えて、もう少し早く到着をしておきたかったところですが……まあ、致し方がないところでしょう」

「耳が痛い話ですね……それはそれとして。ということはですよ、このモノレールには、同じようにIS学園へと向かう生徒達がそれなりには同乗しているはずですよね?」

「……その通りですが。貴方、さっきから何を言いたいのですか?」

「いや、単純な話なんですけどね。そういう話なら何で――この車両には人っ子一人居ないんでしょうか?」

 

 ぼくと嵐山一等陸尉が乗る、IS学園行きのモノレールの車両。

 

 そこそこの広さのそこには、しかし今現在、ぼくと嵐山一等陸尉以外の人の姿はどこにも見えなかった。

 

「確かに、前日に駆け込むと言うのも、些か遅れ気味なように思いますけど、だからと言って一人も居ないというほどじゃないでしょう? ましてや、難関IS学園とはいえ、入学者の総数から言えば、それなり以上には居そうなものですが」

 

 ぼくの疑問に、嵐山一等陸尉が眉を(ひそ)める。

 その顔は、「わかりきったことを聞くなんて、貴方は本当に馬鹿な人ですね。馬鹿ですね」と、そんな彼女の心情をありありと語っていた。

 

「わかりきったことを聞くなんて、貴方は本当に馬鹿な人ですね。馬鹿ですね」

「本当に言った!?」

「……貴方が何を言っているのか、私にはさっぱり分かりませんが。何のために、貴方の移送に私の様な警護が、嫌々ながらとはいえ、就いていると思っているのです? 当然、保安のため、この車両どころか、このモノレールそのものを貸し切っているに決まっているじゃないですか――このモノレールには、私と貴方、それと他幾名かの警備の人間しか居ませんよ」

「――なるほど」

 

 なるほど。

 じゃあ。

 それなら。

 

 ――きっと死人は、でませんよね(、、、、、、、、、、、、、)

 

「……貴方、さっきから本当に一体何を言っているのです?」

「嵐山一等陸尉がこのモノレールを貸し切ったのは、ぼくを守るためですか(、、、、、、、、、、)? それとも、他の学生を守るためですか(、、、、、、、、、、、、)?」

「……どちらも、です。貴方を狙う人間、組織は多い。それらから貴方を、そして、それによる被害から他の人を守るのが、私達の仕事です」

「本当にそう思ってます?」

 

 ぼくのその言葉に、嵐山一等陸尉の眉が微かに歪められたのを、ぼくは見逃さなかった。

 

「本当ですが、それが何か?」

「この期に及んで嘘はやめましょうよ。ぼくを狙う輩から、ぼくや他の人を守るため? ――違うでしょう。ぼくは守られる対象じゃないし、誰から守るかと言えば、それは寧ろぼくからでしょう(、、、、、、、、、、、、、)?」

「――」

「まあ、勿論。他に警備に就いている方々はそれであっているのでしょうし、もっと偉い方々もそうなのでしょうね。でも、貴方の認識は違う筈だ――貴方は、ぼくの方をこそ危険だと思ってる(、、、、、、、、、、、、、、、)

「……何故、私が貴方を危険だと思わなければいけないのです? ISも持っていない貴方に」

 

 ……駄目だなぁ。

 ここでそんなことを言う様では、貴方ではやっぱり力不足ですよ。

 

「そういうことじゃないんですよ。嵐山一等陸尉だって、そのくらい分かってるんでしょう? だから、貴女はこの車両には自分以外誰も配置していないんでしょう?」

 

 そしてそれでいい。

 それが正しい。

 

 ――でも、まだ足りない(、、、、、、)

 

「……まだ、足りない?」

「ええ。それじゃ足りないっつってんですよ。全然足りない。まだ足りない。まったくもって充分じゃない。貴女はぼくをこの車両に一人にすべき(、、、、、、、、、、、、、、)だったし、ぼくと会話するべきじゃなかった(、、、、、、、、、、、、、、、)

「何を、言って――」

「――ところで。このモノレールって、あとどのくらいでIS学園に到着するんでしょうか?」

 

 ぼくの露骨な話題転換に、不審そうにしながらも、「後二十分ほどです」と答える嵐山一等陸尉。

 全く以て律儀な人だと感心しながらも、ぼくはそんな彼女を無視して立ち上がった。

 

「じゃあ、そろそろですかね」

 

 そう言いながら、立ち上がったまま、その場で軽く伸びをする。

 バキバキっと、いい音がぼくの身体から聞こえてきた。

 

「――さっきから、貴方は本当に何なんですかっ!」

 

 はぐらかす様なぼくの態度に、いい加減腹が立ったのだろう。嵐山一等陸尉は勢いよく立ち上がると、ぼくを()め付け、怒鳴りつけた。

 

「いい加減、人を煙に巻くような喋り方をするのは止めなさいっ! こちらにも、我慢の限界というものがあるのですよ!」

 

 どうやら、嵐山一等陸尉は相当お冠らしい。

 まあ、ぼくだって怒るだろうけど、こんなヤツ。

 

「煙に巻いてなんていませんよ。ただ、些か回りくどいのは性分でして……それで、さっきの話の続きでしたよね?」

「そんなことはもうどうでもいいです。貴方の話に付き合うのには、もう辟易しました。いいから、もう少しで到着するので席に着いてください」

「そんなつれない事を言わないで下さいよ……そうだ。嵐山一等陸尉、何か感じませんか?」

「……何か、ですか?」

「ええ――例えば、このモノレール。不自然に揺れてませんか(、、、、、、、、、、、)?」

「っ!?」

 

 ハッ、としたように辺りを見回す嵐山一等陸尉。

 そんな彼女を嘲笑うかのように、揺れはどんどん大きくなってゆく。

 

「何なんですか、これはっ!?」

「さあ? 車輪のゴムが破けたり(、、、、、、、、、、)でもしたのかもしれないし、あるいはレールに亀裂でも入った(、、、、、、、、、、、)のかもしれません」

「――そんな馬鹿な。仮にもIS学園と本州とを繋ぐ、数少ない交通手段の一つですよ? そんな簡単に破損するわけ……」

 

 そう言うと、嵐山一等陸尉は(おもむろ)に胸元に付けた無線機のような物に向かって、何やらボソボソと喋り始める。

 おそらく、他の警備の人間に連絡を取ってでもいるのだろう。

 

「……何者かに襲撃された訳でもない。それなのに、どうして揺れが収まらないっ――!?」

「…………」

 

 スッ、と。

 

 少しずつ激しくなる揺れに、常の冷静さを失くした嵐山一等陸尉を見詰めながら、ぼくは彼女の方へ一歩踏み込む。

 それを見た彼女は、ヒュッ、と息を吸う様な悲鳴を上げながら、ぼくから距離を取るように後退りをする。

 そんな彼女を見詰めながら、ぼくは、彼女が距離を取った分だけ、さらに彼女の方へと近づくように踏み込んだ。

 

「そんな怯えないで下さいよ。別に、ぼくは嵐山一等陸尉に危害を加える様な事はしませんし、そもそも、そんなことはできませんって」

 

「ISも持ってないですし、ねぇ」と、これみよがしに溜息を吐きながら、ぼくは、まるで嘲笑うかのように肩を竦めて見せる。

 

 今、ぼくの顔ははたしてどのような表情を浮かべているのだろうか。

 きっと、酷く醜悪な顔をしているに違いない。

 まあ、そういう人間なんだから、しょうがないよねぇ。

 

 

「――? あれ、鬼ごっこはもうお終いですか?」

 

 近づいてくるぼくから、決して背は見せずとも、まるで逃げるように後退していた嵐山一等陸尉が、車両と車両との間、連結部分にある貫通扉の前でピタリと立ち止まる。

 どうもこのモノレールの貫通扉は自動で開閉するタイプだったらしく、彼女が近づいたことで、その扉が今は開放されていた。

 

 ……今時の電車は、自動で開くんだ貫通扉。

 普段乗り物には乗らないから、寡聞にして知らなかったよ。

 

「……これは、貴方が引き起こしたのですか?」

「いやぁ、そんなことあるわけないじゃないですか――ただの人間にこんなこと(、、、、、)、出来ると思います?」

「……貴方をただの人間だと、今更、私は思えませんし、思いません。貴方は、ISなんて持っていなくとも、実に危険な存在だ。それを今、私は確信しました」

 

 ――だから、こうします。

 

 と。

 そう言って、嵐山一等陸尉はその懐にあるホルスターから拳銃を取り出すと、その銃口をぼくに向けて構えた。

 

 それを見て、ぼくは彼女に近づこうと前に出しかけていた足を止める。

 それは、別に向けられた拳銃に対して恐怖したという話ではなく、ただ単純に彼女の行動に感心した結果、足を止めてしまったのだ。

 

 こんなぼくに対して、とはいえ。

 こんな状況下で、とはいえ。

 

 彼女は、本来なら護衛対象であるところのぼくに凶器を向けている。

 その意味が分からないほど、彼女は馬鹿ではないはずだ。それでも彼女は、ぼくをその手で殺す決意をした。

 例え自分はその後どうなろうとも、ここでぼくを殺しておかねばと、そういう決断をしたのだ。

 

 その決断力に。

 その行動力に。

 

 ぼくは敬意を表さずにはいられない。

 

 ……惜しいなぁ。

 やはり彼女は、今まで出会ってきた人達の中でも一、二を争うほどの逸材であることに間違いはない。

 そう、間違いはない。

 

 けど。

 

 

「――特別でもない」

 

 

 冷めたようにそう呟くと、ぼくは、向けられた銃口を一切気にも留めず、さらに一歩、嵐山一等陸尉に近づいた。

 

「――っ!」

 

 そのぼくの行動に、一瞬驚いた様な、まるで有り得ないモノを見た様な顔を見せた嵐山一等陸尉だったが、そこは流石と言うべきか、すぐに気を取り直すと、ぼくの足元へとその引き金を引いた。

 

 パンッ、という音と共に、銃口から弾丸が発射される。

 矢の如く飛び出した銃弾は、寸分(たが)わずにぼくの足元へと着弾し、一つの弾痕を刻み込んだ。

 

「次は当てますよ」

 

 再度、銃口をぼくの方へ向け直した嵐山一等陸尉が冷徹に告げる。

 その視線と銃口は、彼女の『殺意』というモノを明確に表していたが、『次』なんていう言葉が出てくる時点で、こちらとしては甘いと言わざるをえない。

 

「当てればいいじゃないですか」

「――は?」

 

 ふてぶてしく言い放つぼくを、呆けた顔で見詰める嵐山一等陸尉を、しかしぼくは気にも留めず、再度そのまま、

「だから、当てればいいじゃないですか」

 と嘲るように――嘲笑うかのように言った。

 

「さっさと撃てばいいじゃないですか。威嚇射撃なんかじゃ、ぼくどころか誰だって殺せませんよ? ――それとも、はなから殺す気がないんですかねぇ」

 

 まあ、それならそれでいいんですけど。

 土台、彼女に出来るとも思っていない。

 それは、やる・やらないの話ではなく、物理的な意味で出来ないと言っているのだ。

 

 

 彼女に、ぼくは、殺せない。

 

 

「……貴方こそ、正気何ですか? もしかして、私が本当は撃たないんじゃないかと思っているのではないでしょうね? ――だとしたら、そんな期待は捨てたほうがいい。次は当てますよ」

「どうぞ。撃てるものなら(、、、、、、、)

「――――っ!」

 

 ぼくの挑発的な発言に、いい加減我慢の限界が来たのだろう。嵐山一等陸尉は、その手に持つ拳銃の銃口を、しっかりと構えなおし、ぼくの心臓へと狙いをつけ――

 

 その、

 引き金を、

 引いた。

 

「……っ、なん、で」

 

 

 果たして。

 しかし、その銃口から銃弾が発射されることはなかった。

 

 それは嵐山一等陸尉が引き金を引かなかったのではなく――引く事が出来なかったのだ。

 

「……何で、そんな、こんなこと」

「さあ、何でなんでしょうね?

 ――もしかして、さっき威嚇射撃した時(、、、、、、、、、、)にでも、弾が詰まったんじゃないんですかね?」

 

 呆然とした顔をして、自らの手に持つ拳銃を見詰める彼女に、さらに一歩近づきながら、ぼくはそう告げる。

 

 彼女は、こちらをチラッと見上げると、

「――そんな、馬鹿な」

 と呟いて、再びその手の拳銃へと視線を向けた。

 

「そんな馬鹿な事……たった一発の威嚇射撃ですよ? 整備だって欠かしたことはありません。なのにそんな、こんなタイミングで……」

「こんなタイミングだからこそ、ですよ。いやでも実際、危ないところだったんですよ? ――心臓狙いの的確な一発じゃなかったら、確実に弾丸は発射されていたでしょうからね」

 

 いやぁ、貴女が殺す気で助かった。

 

 と、微笑いながらそう言ったぼくを、彼女は心底有り得ないモノを見る様な、もう今迄の覇気もない、色の見えなくなった瞳で見上げ――

「……貴方は、一体何者なんですか?」

 と。

 そんな馬鹿げた問いを、力なく呟いた。

 

「何者ねぇ……」

 

 嵐山一等陸尉のすぐ目の前、ほんの少し手を伸ばせば、触れることのできる位置まで来て、立ち止まる。

 座っていた時や、横に並ばれている時は気付かなかったが、彼女の背はほんの少しぼくよりも低かったらしく、彼女を僅かながらも見下ろす形となってしまった。

 

「そんなの、決まっているじゃないですか」

 

 真正面に居る嵐山一等陸尉の胸元へ、そっと手を触れる。

 彼女は、そのぼくの手を不思議そうに見詰めるだけで、何の抵抗もしなかった。

 

「ぼくは――」

 

 そして、

 ぼくは、

 そのまま、

 彼女を、

 

 

「何処にでもいる、ただの死にたがりですよ」

 

 

 ――突き飛ばした。

 

 そして、彼女が隣の車両へと、倒れるように移動した瞬間、ぼくの乗っていた車両のみ(、、)が、ついに車両を吊るしていたレールから外れ、その車体が駅のホームと激突した。

 

 その瞬間、ぼくの身体もまた、激突の衝撃によって宙へと投げ出され、倒れた車両の壁へと激突し、そして、ぼくの意識は闇へと閉ざされてしまった。

 

 

                    ■■■

 

 

 そして、すぐに目が覚めた。

 

「――っ、あ」

 

 地面に倒れたまま、暫くの間、ボケっと宙を見詰め続ける。

 それなりに痛みや傷には耐性のあったつもりだったのだが、それと問題なく動けるかどうかというのは、やはり別の問題らしい。

 

 ……まいったなぁ。

 相当酷い打ちつけ方をしたらしく、そこかしこが痛む身体を引き摺りながらも、近くの座席を支えにして、ぼくは何とか立ち上がった。

 

「あー。こりゃ酷いな」

 

 どうやら、車体は殆ど横倒しに近い状態になっているらしく、ぼくが今まで地面だと思っていたのは、どうやらドア部分だったようだ。

 となると……。

 

 ぼくは改めてもう一度、首を上へ向けて天井を見る。

 そこには、先程地面に倒れている間に見詰め続けた、この車両の乗車用ドアがあった。

 

「流石に、この状態であそこから出るのキツイよねぇ……」

 

 ドアは何所かにある非常用のドアコックで開けられたとして、流石に今の状態であんな所まで登れる気はしない。

 

 というか、そもそもぼくはそんなに運動が得意な方ではないのだ。

 平時だって、実は割と怪しいものである。

 

「しかし、そうなると……」

 

 ぼくはチラッと目線を横へと向けて、車両の奥の方、その先あるモノ(、、)を見た。

 それは、先程嵐山一等陸尉を突き飛ばし、隣の車両へと移す為に(、、、、、、、、、、)使用した、貫通扉があった。

 

「アレを利用するしかないのだろうけど……ご丁寧に閉まっちゃってるしなぁ」

 

 そうは言いながら、痛む身体を庇いながらも、少しずつその貫通扉の方まで近づいていく。

 

 今更のように気付いたが、どうやら身体が痛むどころの話ではなく、左足に至っては、あろうことかポッキリと折れてしまっているらしい。

 爪先が向いちゃいけない方向に向いている気がするのだが、大丈夫なんだろうか、これ?

 

「……まあ、気にする所じゃない、か」

 

 さて。

 ようやく辿り着いた貫通扉の前で、思案に暮れる。

 どうやって開けようか……これ。

 

「……どうしようも何もないか」

 

 言いながら、ぼくは貫通扉のすぐ近くの壁に寄り掛かりつつ、無事な方の足で、扉を下方向へと思いっきり蹴りつけた。

 

 ガンッ、と。

 大きな音を立てた貫通扉は、しかしその音に反して、まったくびくともしなかった。

 

 ……まあ、そうだよな。

 その結果を当たり前の物として受け止めつつも、ぼくは二度、三度と貫通扉を蹴りつけた。

 

「――おっ」

 

 ガン、ガン、ガン、と。

 幾度となく蹴りつけると、ほんの少しの隙間ではあるが、扉が開いたので、すかさずそこに足を掛け体重を乗せる。

 

「よっ、と」

 

 そうして、何度か扉に乗ったり蹴りつけたりする事で、どうにか貫通扉を、ぎりぎり通れそうな範囲まで開ける事に成功した。

 

 ……さて。

 本当にぎりぎりの隙間なため、左足を少し庇いながらも(というか、割と本格的に痛くなってきたが大丈夫だろうか?)、その隙間に身体を潜り込ませ、転がるように車両の外へと飛び出した。

 

「痛っ!」

 

 飛び出したはいいが、ものの見事に着地に失敗し、背中から地面へと落下する。

 一瞬呼吸が止まったかのような感覚に陥った後、割と容赦のない痛みがぼくの背中を襲った。

 

 痛い。

 本当に痛い。

 

 ここ最近は、ここまでの怪我をすることは稀だったため、余計に痛みが酷く感じられる。

 

 ……まったく。

 これだから公共の交通機関を使用するのは嫌だったのだけど。

 何せ、乗り物という乗り物に乗って、無事だったことなど(、、、、、、、、、)殆どないのだから。

 

 自分の境遇に今更ながら嘆息すると、ぼくは、服に着いた汚れを手で払いながらも、周囲の物に掴まる形で、なんとか片足の状態で立つ事に成功する。

 

「だ――ぃ――か!?」

「――ん?」

 

 ふと。

 その時、ようやく立ち上がったぼくの耳に、誰かの叫び声の様なモノが聞こえてきた。

 どうにも遠くて、いまいち、よく聞こえないのだが、声の高さからしてどうやら女性の声の様である。

 

 と。

 そこまで考えたところで、ぼくは、漸く此処が、目的地としていたIS学園へと続く駅の中であることに気付いた。

 

 まあ、このモノレールに途中駅というものは存在しないので、車両がホームに激突して止まったというのであれば、よくよく考えなくてもそれは、IS学園前の駅しかないと気付きそうなものだったけど。

 どうも、痛みからか頭が正常に回っていなかったらしい。

 

「誰―い――んか!?」

「……また、か」

 

 そんなことを考えていると、ぼくの耳に、また、今度は先程よりももう少し近くから、同じ女性の声が聞こえてきた。

 その女性は、どうやら徐々に此方へと近づいてきているらしく、少しずつはっきりと聞こえてくるソレに耳を澄ます。

 

 すると。

 

 今度ははっきりと、

「――誰か、誰かいませんか!?」

 という声が聞こえてきた。

 

 恐らく、この事故を聞きつけた誰か(まあ十中八九、IS学園関係者だとは思う)が、様子を見に来たというところなのだろう。

 なら、この怪我の治療――特に左足の治療もいい加減したいところだし、他の車両にいる嵐山一等陸尉や警備の方々も、まあ何かあったら寝覚めも悪いので、この声の主と合流して、さっさと救助を呼んで貰うこととしよう。

 

 というわけで。

 

「すいませーん! こっち、こっちに負傷者がいまーす!」

「っ!? ――待ってて下さい! 今そちらに行きますからっ!!」

 

 声が聞こえてきた方へ、こちらからも声を投げかけて居場所を伝えると、返事の声と共に、人が此方へと駆け寄ってくる気配を感じる。

 それを地面に座り込みながら(正直、もう立っていられなかったからなのだが)待っていると、ほどなくして、ぼくの目の前に――

 

 ――胸が現れた。

 

「――――は?」

 

 それも、そんじょそこらの胸ではない。

 圧倒的かつ大迫力のあるボリューム。その大きさはその辺りのグラビアアイドルにも負けず、その形もまた、巨乳というものにありがちな、そのまま等倍で大きくしただけの様な不格好なモノではなく、形も張りも一級品、まさしく美巨乳というものに相応しい一品であった。

 

 これこそ、まさに神の作りたもうた奇跡の品。

 

 これを神の胸、神胸(カムネ)と名付けよう。

 

「――あの、大丈夫ですか? どこか、痛いところでもありますか?」

「――はっ!?」

 

 胸から聞こえてきた――いや、胸から聞こえてくるはずがあるか。いい加減胸から離れろよ、ぼく。流石に馬鹿っぽいぞ。

 

 というか神胸(カムネ)ってなんだよ。

 ネーミングも意味もおかしいだろ。

 

 どんだけトチ狂えば気が済むんだ、ぼくは。

 

 とにかく再度、胸――じゃあなかった。その上、声の聞こえてきた方向、顔のある場所へと視線を上げる。

 はたしてそこには、此方を心配そうに覗き込む、緑髪の、あどけない女性の顔があった。

 

 その瞳は不安そうに揺れており、此方を心配そうに見詰めている。

 きっと、先程から返事をしないぼくを、気にしているのだろう。

 

 ……ぼくは、この人相手に胸胸言ってたのか。

 

 やべぇ、死にてぇ。

 今すぐ死にたい。

 恥死だ。

 いや、致死だ。

 

 常日頃から死にたいと言っているぼくだけど、今回はそういうのとは別に死にたくなってきた。

 ぼくの、あったのが不思議なくらいのなけなしの良心が疼いている。

 

 そうか。良心の呵責に耐えかねて、なんて事象は本当にあったのか。

 よし、死のう。

 

「あの! 本当に大丈夫ですか?」

「――え? ……ああ、大丈夫です。ホント、大丈夫です。ちょっと足が折れてるだけですので」

「それ絶対大丈夫じゃないですよねっ!?」

 

「わわ、大変大変。どうしましょう!?」などと慌てる彼女を尻目に、どうにかこうにか、ぼくの方は落ち着いてきたので、現状について少し考える。

 

 さて。

 この女性は、はたして何処の誰子さんなのだろう。

 

 IS学園の関係者なのだとは思うが、こう言っては何だが、余りそういう風には見えないがはたして。

 

 未だにあたふたとしている彼女を、チラッと見上げる。

 

「えーと、えーと。こういう時には警察でしょうか? ……いやいや、怪我人がいるんですし、まずは救急車ですよね。ああっ! でも、こんな事故ですし、レスキュー隊とか呼ぶべきなんでしょうか!?」

「…………」

 

 何と言うか、全体的に幼い。

 ぱっと見は、成人している風にも見えるのだが、この慌てぶりといい、その所作といい、どうにもちゃんとした大人には見えないんだよなぁ。

 まあ、顔立ちが幼いというのもあるのだろうけど。

 

 正直、実はIS学園の生徒だと言われても、ぼくは驚かない自身があるぞ。

 

「……そうだ、全部呼びましょう! きっとそれで解決します!」

「いやいやいや」

 

 あながち間違ってるとも言えないけども。

 それはそれでどうなんだ。

 

「……この場合、ここの立地的にはおいそれと警察とか救急車とか呼べないでしょうし、まずはIS学園へと連絡を取ってみてはどうでしょうか?」

「ふぇ……? あ、ああ、そ、そうですよねっ!? まずは状況報告ですよねっ!? ええっと、先輩先輩――」

 

 おい、今ふぇ、って言ったぞ。ふぇ、って。

 現実で初めて聞いたんだが、それ。

 

 しかし、懐から何やら無線機の様な物を出して、何処か――まあ、IS学園にだとは思うのだが――へと連絡を取り始める彼女は、どうやらやはり、IS学園の関係者だったらしい。

 今も漏れ聞こえてくる会話を聞いている限り、「どうすればいいでしょうか、先輩」とか、「負傷者の数は……えっと」とか言っているので、おそらく上司か誰かに、状況の説明でもしているのだろう。

 

 ……やれやれ、これで休めるなと思っていると、すぐ傍で、「――えっ? 負傷者の素性確認ですか? ええっと、ちょっと待って下さい――」という声の後に、

「……あのう。すみませんが、お名前と所属、あ、えっと……ご職業をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 と、申し訳なさそうに聞かれたのだった。

 

「……はあ、名前と職業ですか」

「はい。申し訳ありませんが――って、あれ? その格好、もしかしてIS学園の――」

「――ええ、はい」

 

 ……何だ、気付いてなかったのか。

 じゃあ、読者の方も知らないだろうし。

 知りたくない方もいるだろうけども、ここらで一つ、自己紹介といこうか。

 

「申し遅れました。

 ぼくの名前は旗楯生子(はただてせいじ)――」

 

そこまで告げて、ぼくは少しのためを作った後、続けてこう言った。

 

「――二人目(、、、)の、男性IS操縦者です」

 

 


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