InfiniteStratos~MFD⇔MFS~   作:1G9

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 ■2■

 

 

 さて。

 

 そもそも、どうしてぼくがこのような状況に陥ったのか。何故、男性IS操縦者などというものになってしまったのか。

 その、事の発端について、この先に進むよりも前に、まずは皆さまに知って頂こうかと思う。

 何、そうお時間は取らせません。

 ホンの少しの間だけ、お付き合いください。

 

 

                   ■■■

 

 

 あれは、そう。ぼくが、訳あって一度留年してしまっていた高校を、しかしどうにかこうにか、もう少しで卒業出来ると、柄にもなく、キャラでもなく浮かれていた時分の頃だった。

 

 

 その日、ぼくはここ最近にしては珍しく、学校に登校しようと、てくてくと、まさしくてくてくと、学校までの道程(みちのり)を歩いている最中だった。

 ここで、読者諸兄には誤解していただきたくないのでみっともなくも弁解させて頂くが、ぼくはサボり気味である事は否定しないが、連日登校しない様な不登校児ではないことだけは明言させていただく。

 

 であるならば、何故ここ最近登校していなかったのかと言えば、それは単純に、世間一般で所謂(いわゆる)言うところの、自由登校期間というヤツだったからである。

 

 この自由登校期間というやつが存在しない学校というのも、往々にしてあるそうなので、掻い摘んで説明すると、高等学校という物には指導範囲、指導要綱というシロモノが少なからず存在し、それに従って教育が行われるのだが、順当にいくと三年生の終わり、二月頃くらいになると、この範囲内の内容が全て終了してしまう。

 この時、丁度受験やら就職活動やらが佳境に入るため、それらに専念したいだろうから、教えることも無いし、来るも来ないも自由だよ、というのが自由登校期間というものなのである。

 これに関しては更に、一定の登校日を設ける学校や、受験結果の報告や卒業式などの行事以外に特段、登校日を設けない学校など、まあところにより様々なのだが(ちなみにウチは後者なわけだが)、とにかく、この期間の登校は特別、義務化されていないのである。

 

 まあそれを言うのであれば、そもそも高等学校というのは義務教育では無い以上、全体的に登校義務なんてものはないはずだが、さもありなん、それを真正面から言える人間もそうはいまい。

 

 では、そんな時に何故、ぼくが態々学校に登校したのかと言えば、実際のところ、特段理由らしい理由というものは残念ながら無い。

 

 気紛れの様なものだ。

 

 それでも、敢えて理由のようなものを上げるのであれば、それは予感の様なものがあったからなのかもしれない。

 予感というか、虫の知らせというか。

 とにかく、そんな漠然としたナニカに従って、その日、ぼくは学校へと行った。

 

 特に奇を衒う様な真似はせず、素直に正門から入り、そのまま校庭を抜けて昇降口へ。

 そこで外履きから上履きへと履き替え、そのまま階段を上って、自身の所属するクラスの教室がある、三階を目指した。

 

 ちなみに、ウチの学校は伝統的にというかテンプレート的にというべきか、一年生は一回、二年生は二回、三年生は三階と決まっている。

 

 このあたり、融通が利いていないなと、ぼくなんかは思うのだが、はたして皆様はどうだろうか?

 年功序列として、三年生に一階を譲って貰えないだろうか。そうすれば、登校も随分楽になりそうなものだけど。

 

 もっとも、それはつまり一年生の際には三階まで上がらなければいけないということで、結局のところ、最終的に経験する苦労は変わらないのだけど。

 

 色々考えている内に、三階へと到着したぼくは、そのままぼくの所属しているクラス――三年C組の教室へと足を運んだ。

 教室の前後にある扉の内、後方の扉から教室に足を踏み入れると、クラス内の生徒達(どうやら、何人かが来ていたようだ)が、チラッと、コチラを見る。

 

 ぼくは、そんな彼らに

「やあやあ、おはよう諸君」

 なんて挨拶をしたのだが、返ってきたのは、

「――――」

 誰の返事も何も返ってこない無言の静寂と、ぼくを、まるで居ないかのように扱う(、、、、、、、、、、)、クラスメイト達の姿だった。

 

「…………」

 

 とはいえ、特別気にする様な事でもないし、気分を害する様な事でもない。

 こんなことは何時もの事だし、第一、そもそもこうなるように仕向けたのは、このぼく自身なのだから(、、、、、、、、、、、)

 

「――って、おや?」

 

 何時もの事は何時もの事なのだが、しかし、ここで何がしかの違和感を、ぼくは感じてしまった。

 いや正確にというか、感じた事をそのままに話すのであれば、それは、ぼくに対する対応に関しての違和感ではないように思うのだが……。

 

 そんな風に、なんとなく感じ取った違和感について考えていると、不意に後ろから、

「おいアンタ、ボケっと突っ立ってんじゃねーヨ」

 と、声を掛けられた。

 

 声の主は、続けてそのまま、

「オラ、邪魔だ邪魔だ。そこ退け、そこ」

 と言いながら、ぼくを無理やり押しのけて、教室の中へと入って行く。

 

 そして、ズンズンと、そんな音が聞こえてきそうな振る舞いで、入口のすぐ傍にあった席に着いたところで、ようやくこちらを見て、

「ア? どんなひょろい木偶が突っ立ってんのかと思ったら、なんだセンパイじゃねーカ。チィース」

 と、なんとも見事な挨拶をかましてくれやがりました。

 

「……ちぃーす」

 

 そして、ぼくもそれに、同じく見事なあいさつで返す。

 

 いや、無茶苦茶軽い挨拶なんだけどもね。

 

「あン? 何か元気ねーナ、センパイ。どうした、いつもはもっと、気持ち悪い笑みを顔に張り付けて、ニヤニヤ笑ってんじゃねーカ。ホラ、笑えヨ」

「……まあ、気持ち悪い笑みって言われるのは、存外自覚もあるし、別にいいんだけど。センパイって言うのだけは止めてくれないかな。一応同級生ってことになってるんだからさ」

 

 あと、笑う事をさりげなく強要するな。

 

「一年留年してンだから、センパイで合ってるだろーがヨ。今更何気にしてんだヨ、センパイは」

「例えそうだとしても、言わなきゃばれないからいいんだよ。そして、人間は世間体っていうやつを気にするもんなんだ」

「……常日頃、気持ち悪いとか言われている人間が、今更世間体とかあんのかヨ。気にするとこ違うんじゃねーカ?」

「それとこれとは話が別」

「ははーん。ま、オレには難しくてよくわかんねーナ」

 

 興味もねーしヨ、と。

 そう言って、彼女(、、)――牛頭(ごず)()(こと)は、ギャハハと豪快に微笑った。

 

「……その笑い方は、はしたないから止めなよ、牛頭ちゃん。ぼく、前にも言ったはずだぜ」

「センパイこそ、オレのことを名字で呼ぶなって言ったの、忘れたのかヨ? オレ、その名字嫌いなんだヨ。女の子らしくないだロ?」

「……その笑い方はよくて、名字の方は駄目なのかよ。基準おかしくないか?」

「それこそ、それとこれとは話が別だヨ。笑い方はオレの個性だけど、名字は違うだロ?」

「そんなもんかね」

 

 まあ、言わんとすることは分からないでもないけど。

 

「ん? しかし、馬琴ちゃん。だったら君、下の名前はいいのかよ? 馬だぜ馬」

「馬は牛より断然カッコイイだろーがヨ、センパイ。それに馬の琴って言ったら、国語の教科書にも出てくるぐらい有名じゃン……なんだっけ、ホースの白い馬だっけ?」

「……今時、それを知っている中高生も中々いないだろうけどね」

 

 あと、正しくはスーホの白い馬な。

 なんだホースの白い馬って。

 直訳したら、馬の白い馬。

 

 馬かぶってんじゃねーかよ。

 

「……分かったよ。だけど、だったらせめて、その脚の組み方だけは止めなよ。せっかくの美少女っぷりが台無しだぜ」

「オレのどこが美少女なんだヨ。からかうのはナシだゼ、センパイ」

 

 まさか。

 からかってなぞいないし、ぼくの言っていることは厳然たる事実である。

 

 牛頭馬琴。

 

 名前は厳つく、その立ち振る舞いも豪放磊落を絵に描いた様な有り様で、少なくとも大和撫子というような様ではない。

 だがしかし、荒々しいだけかと言えばそうではなく、その動作の一つ一つにどことなく品の様な物も見え隠れしている。

 

 そしてその容姿はと言えば、ファッションなぞ知らぬと言わんばかりに、ざんばらに切った髪を、適当に肩のところで揃えただけの無造作な髪形している。

 しかし、その流麗で綺麗な顔立ちと、切れ長でかつ釣り目がちだけれども美しい眼つきが、そのヘアスタイルを単純に粗野なだけのものではなく、野性味の感じられる美しい物へと変貌させていた。

 

 そして服装はと言えば、その野性味、動物的な美しさからはいっそ反するかのように、きっちりと制服で固められていた。しかも、その制服の着こなしといえば、胸元のタイは崩れることなくきっちりと結ばれており、スカートも膝下十五センチメートルという鉄壁っぷりである。

 

 極めて豪快、かつ野性的。

 しかし美しく、同時に品性がある。

 

 そんなチグハグさを、美しさという型で一つに纏めたのが、牛頭馬琴という少女だった。

 

「――で、最近まったく学校に来てなかったセンパイが、どうして急に学校になんて来たのサ。何か用事でもあったのカイ?」

「別に。ただの気紛れだよ。何となく、さ。馬琴ちゃんこそ、どうして学校に? 何かやらなきゃいけないことでもあったのかい?」

「学校でやらなきゃいけないことは、勉学以外の何物でもナイだろーヨ、センパイ。つーか、オレは平日はちゃんと毎日学校来てるっつーノ」

「……毎日来てるんだ、学校」

 

 自由登校期間にか?

 すげーなコイツ。

 

 どうしてその感じで、そんなに品行方正なんだよ。

 

「アー。でも、今日はそういうのとは別に、用事っつーか、ちょっと見学したいものがあってサ……」

「? 何か今日、行事とかあったっけ?」

「イヤ、行事っつーかサ――って。アーアーアー、ナルホドね……何だよセンパイ、惚けちゃって。ホントはセンパイもアレ(、、)、受けに来たんだロ?」

 

 ……アレ(、、)を受けに来た?

 アレって、何の事だ?

 

「いや、ドヤ顔決めてるところ大変申し訳ないんだけど、ゴメン。ご期待には応えられそうにない……さっぱり分からない」

「またまた――アーア、オレはがっかりだナァ。まさかあのセンパイが、アレ(、、)を受けに来ただなんてナァ……とんだミーハーじゃねぇカ。あの時、世間時流とは真っ向から逆らって生きていくっ! ――そう誓ったセンパイは、一体全体ドコ行っちまったんだヨ」

「誓った覚えもないし、今後その予定もないよ……で、今日は一体全体何があるって?」

「……オイオイ、マジで言ってんのかよセンパイ。今日何が行われるか、本当に知らねーのかヨ。センパイん家にだって、通達ぐらい行ってる筈だゼ?」

「いや、正直に言うと最近家に帰って無い。色んな所をふらついてた」

「……マジかヨ」

 

 マジだよ。

 ついでに言わせて貰うならば、ほっつき歩いてた理由も、そう大した理由ではないのだが。

 

「信じらんネェ。このセンパイ、マジかヨ。よく補導されなかったナ」

「まあ、蛇の道は蛇ってね……それより、話の続きなんだけど」

「……アー。とは言え、そう大した事でもナイんだけどナァ……いや、大した事カ?」

「何だよ……随分勿体ぶるじゃないか。ますます気になるな」

「……まあ、今日ウチの学校で行われるんだヨ――男性(、、)IS適性検査(、、、、)ってヤツがサ」

 

 ……男性IS適性検査?

 

 何だ、ソレ。

 

「そんなの、やったって意味ないだろ。何だって、今更そんな事――」

「――いや、センパイ。それがそうとも言い切れないというか……センパイだって知ってんだロ? ――織斑一夏ってヤツのこと」

「知ってるよ。よーく、知ってる(、、、、、、、、)……けど、それってさぁ――彼だからこそ(、、、、、、)、だよねぇ」

「……センパイもやっぱ、そう思う?」

「まあ、ね。ちょっとニュースを見ただけだけど、さ。経歴といい、今回の件といい、持ってる(、、、、)よねぇ」

 

 だけども、まあ。これで、ぼくがこの教室に入った時に感じた違和感の正体が、ようやく分かった。

 

 人が多かったのだ(、、、、、、、、)

 

 それも不自然に、男子の数だけ。

 自由登校期間に、これほど不自然なこともあるまい。

 

「けど、そういう検査って、何も学校来ないと出来ないもんでもないと思うんだけど……」

「……それがサ。どうも、体育館に直接IS持ち込んで検査するって話だゼ」

「はあ? ……ますます分かんないな。ISの適性検査って、そうしないと出来ないものだったっけ?」

「イヤ、そんなことはネェヨ。いちいちそんな事してたら、適性検査なんて捌けるワケねぇじゃねぇカ……センパイ、一日に、全国の女子のどれだけが適性検査を受診希望してるか知ってんのかヨ」

「だよなぁ……じゃあ、何でまた」

「つまるところ、件の織斑何某がISを動かせるってことが判明した状況が、こう(、、)だったんだロ。実験ってのは、まず環境を同様のモノにするところから始まるものサ……まあ、流石に全部が全部とはいかないみたいだけどネ」

「……成程」

 

 そういえば、織斑一夏青年がISを動かしてしまった件の試験会場は、ここからすぐ近くだっけ。

 そこまで含めて、実験環境ね。

 まあ、本来なら完全に場所も一致させたいところなんだろうけど、そうも言ってられないんだろうなぁ。

 

 ……しかし、成程。こういうことだったのか。

 

ぼくが今日、学校に行く気になった理由は(、、、、、、、、、、、、、)

 

「――で、それって何時から始まるんだい、馬琴ちゃん」

「三年生は一番最初だっつってたから、もうすぐなんじゃネーカ?」

「ははぁ……じゃあ、早速行ってみようじゃないか、馬琴後輩」

「アン? 行くって何処にだよ、センパイ……便所カ?」

「んな訳ねーだろうが。どこどう聞いてたら、今の流れからそうなるんだよ」

 

 あと、女の子が便所とか言うな。

 例えこれが、男子が勝手に抱く女子への幻想だとしても、頼むからその幻想は抱かせたままにさせてくれよ。

 

「じゃあ、何処に行くってンだヨ」

「何処も何も、体育館だよ……さあ、馬琴ちゃん。準備はいいかい――」

 

 さてさて。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 

 

「――それじゃあ。いっちょ、ISとやらでも拝みに行きますか」

 

 

                    ■■■

 

 

 あの後。

 

 すぐに教室を出たぼくと馬琴ちゃんは、その足でそのまま体育館へと向かった。

 

 体育館へは、一階へと降りてから渡り廊下を使っていかないと、校舎からは行けないため、階段を使って一階へと降りる。

 道中、馬琴ちゃんが一段飛ばしどころか、三段飛ばしレベルで駆け下りて行ったのを叱った事以外に、特別変わった事も無く(いや、アレはマジで危ない行動だったのだが。ぼくみたいなのと一緒なら尚更だ)、ぼくらは無事に一階へと辿り着き、そのまま、体育館へと続く渡り廊下へと歩いて行った。

 

「――しっかし、まさかセンパイが見に行くなんて言い出すとは思わなかったヨ」

「ん?」

 

 体育館への道すがら、馬琴ちゃんがふと思いついたかのように口を開いた。

 

 その内容がよく分からずに疑問符を浮かべていると、再度、

「いや。意外だナ、と思ってヨ」

 と、言った。

 

「意外、ってどこが?」

「センパイがISに興味があるなんて、オレは知らなかったヨ……てっきり、そういうのには興味が無いモンだと思ってたヨ」

「そうかい? むしろぼくは、自分をそこそこのミーハーだと思っていたのだけど」

「……ミーハーねェ」

「ましてや、ぼくだって仮にも男子高校生ってヤツだぜ? そりゃ、ロボットだとかにだって興味の一つや二つくらいあるさ。しかも、ISの場合は女の子がセットになるってんだから、興味を持たないでいる方が無理ってものだと思うけど?」

 

 ぼくの言葉に、しかし馬琴ちゃんは納得のいっていない様な顔をした。

 というよりも、それは端から信じていない様な顔だった。

 

「嘘吐くなヨ、センパイ。アンタがそんなモノに執心なんて、するわけないだロ」

「随分な言いっぷりだなぁ……馬琴ちゃんに、そんなことがわかるのかい?」

「人を見る眼には、それなりに自信がるつもりだけどサ――そんなオレから言わせて貰うと。センパイはさ、生きることに興味が無いんだヨ」

「――――」

 

 馬琴ちゃんの思いもよらない言葉に、体育館へと向かう歩みはそのままに、顔だけを彼女の方へと向けて、その眼を見詰める。

 そして彼女もまた、ぼくから眼を逸らすことなく、しっかりと見詰め返してきていた。

 

「……まあ、ぼくが死にたがりっていうのは、今更別に隠す様な事ではないけど。だからって、何も生きることの何もかもが楽しくないってわけでも無いんだぜ?」

「じゃあ、何で死にたいなんて言うんだヨ?」

「生きることの楽しさより、苦しさの方が大きいからだよ。馬琴ちゃんみたいな人はさ、零か一か、白か黒かだけの二元論で判断しそうだけど、実際はそうじゃないだろう? 楽しいこともあるし、苦しいこともある。どっちかのみ、なんてのはまず有り得ないし、もしそんなことがあるのなら、それは環境か、そう考える人間のどっちかが、確実に歪んでるね」

「そりゃそうかもしれないガ……楽しいことが少しでもあるなら、それは生きる理由にならないのカ?」

「ならない……例えばの話、プラスが五十でマイナスが六十あったとしよう。その場合、感じるのはプラス五十のマイナス六十じゃない、マイナス十を人は感じるんだ(、、、、、、、、、、、、、)。そんなの、負債を払い続けながら生きている様なものじゃないか。それなら、自己破産したほうがマシだろう? ぼくの死にたがりってのは、つまりはそういうことさ」

 

 楽しいことが何もない、愛しているモノが何もないから死ぬのではない。

 それよりも、苦しいことの方が多いから死ぬのだ。

 

 過不足の問題ではなく。

 優先順位の問題である。

 

「……オレには分からないナ」

「まあ、分からない方が正しいよ。それは、真っ当な人生を送れていることの証ってことさ」

「――アア、いや。そうじゃないんだヨ。分からないのはセンパイのしてくれた話じゃあナイ。そっちは、納得は出来なくても理解は出来た。まあ、そんな考えもあるだろうし、そういう境遇ってのもあるんだろうってぐらいにはサ」

「じゃあ、一体何が分からないって言うのさ」

「オレはさ、センパイはそういうのとも違う気がしてるんだヨ。だってその話の理屈で言うのなら、プラスが六十になって(、、、、、、、、、、)マイナスが五十になればいい(、、、、、、、、、、、、、)んだろう? なら、そこにプラスを得ようって考えは少なからず存在するはすダ……なのに死を選ぶ人間は、プラスを集めようとして失敗したか、結局得たプラスよりもマイナスが大きかったか、だロ? けど、センパイはそうじゃない。センパイは、マイナスばかりを率先して拾おう(、、、、、、、、、、、、、、、)としている気がする」

「……へぇ」

 

 いや、素直に驚いた。

 そこまで見抜かれるとは思わなかった。

 

 決して、牛頭馬琴という存在を軽んじるつもりは無かったし、むしろ、ぼくは彼女には過大とも言える評価をしてきたつもりだったのだが……

 

 どうやら、それでもまだ過小な評価だったらしい。

 

「そうだ、センパイは苦しいことが多いから、結果的に死を選んだんじゃナイ。結果的に死にたいから、そうなる要因や理由付けをしているだけダ。順序が逆なんだヨ」

「それは、どっちも一緒じゃないのかな?」

「違うだロ。センパイは、目的と手段が、過程と結果が人とは違う、逆転してイル――ようやく分かった。センパイは生きることに興味が無いんじゃあナイ、死ぬことに執心しているんダ。生きること、生き続けることより、死ぬことに対する比重の方が高い……やっぱ、センパイの言っていることは嘘ばっかりダ。アンタは死ぬしかないから死ぬんじゃない、死にたいから死ぬんだナ」

「死にたいから、死ぬ、ねぇ……」

「アア。センパイは、端から生きようだなんて考えてないんダ。何が、楽しいことより苦しいことの方が多いから死ぬ、ダ。アンタは結局、どっちが多かろうが、少なかろうが、ただ死にたいだけ(、、、、、、)なんだろうガ。苦しいことにも、楽しいことにも興味が無い。ただ、終わらせることだけを考えてイル……そうだロ?」

「……その通りだよ」

 

 まったくもってその通り。

 別に、人生の苦楽なんてモノに興味はない。

 

 ぼくから言わせて貰うならば、ぼくの今現在というのは、物語で言うところのエピローグの様なものなのだ。

 

 ぼくの人生のメインストーリーは、もう既に終わっている(、、、、、、、、、、)

 

 ただ、些かエピローグが長過ぎるのだ。終わった物語をグダグダ続けられると、飽きてしまう。

 ましてや、ここまで続けばいい加減蛇足というものだ。

 

 さっさと終わらせてしまいたい。

 

 じゃあ、何故さっさと死んでいないのかといえば――

 ――ただ、その手段が無い(、、、、、、、)というだけの話。

 

「――で。仮にそうだとして、馬琴ちゃんは一体どうしたいんだい?」

「ンにゃ、特に何も……まぁ、止められるなら止めたんだろうが、どう見たってセンパイ、止まらなさそうだからナァ」

「分かんないぜ。案外、可愛い後輩にお願いされたら、ぼくはコロっと主義主張を変えてしまうかもしれない……ホラ、ぼくって流されやすいヤツだからさ」

「センパイが流されやすいヤツってのは、別に否定しないけど、サ。ことこの件に関しては、絶対にナイ(、、)ね……だから分からないんだヨ。これから先に、センパイの求めるモンがあるってのかヨ?」

「……さて、どうだろう? ただ、何となく予感めいたものはあるんだ。言ってしまえば、それだけしかないんだけどね」

「何だヨ、ソレ。そんなんで大丈夫カ?」

 

 まったくだ。いい加減にもほどがある。

 

 けど、まあ。今までは、そんな予感じみたモノさえ無かったのだ。

 なら、賭けてみる余地ぐらいはあるだろう。

 

 それに、どこかで確信している自分もいるのだ。

 この先で、きっと自分は死ねる――いや、殺して貰える(、、、、、、)のだということを。

 

「――っと。着いたみたいだゼ」

 

 馬琴ちゃんの言葉に、伏せていた顔を上げると、目の前には既に、何度も見た事のある体育館の扉があった。

 

「どうも、もう始まってるみたいだナ」

「そうみたいだね」

 

 中からは、微かにだが幾人もの人の気配と、ざわめきの様なものが感じられた。

 どうやら、もう既にそこそこの数の生徒が、中には居るようである。

 

「開けるゼ」

「いや、ぼくが開けるよ。後輩女子に扉を開けさせたなんて事があっちゃ、先輩男子の面目丸潰れだぜ」

「しょうがなねーナ。じゃあ、センパイに花を持たせてやるとするカ」

「恐悦至極」

 

 後輩女子と楽しい掛け合いをしながら、体育館の扉へと手を掛け、その扉を、なるべく音を立てないようにそっと開いた。

 ギィ、という錆びついた音を立てながら、人一人が通れるぐらいのスペース分扉が開く。

 

 そこからチラッと中を覗き込むと、二列ほどの男子生徒の列と、その先に仕切りの様なものが見えた。

 どうも、あそこにISが置いてあるようである。

 

 男子生徒の列の周りには、教職員の他に、馬琴ちゃんのように見学に来たのだろう、女子生徒達の姿もあった。

 

 ……はたして、彼女達はどういう理由で見学に来たのだろうか。

 興味半分、面白半分程度ならまだいいが、結果的にISを動かせなかった男子生徒を、()()いに来たのだと言うのなら、些か以上に性質(たち)が悪いのだが、はてさて。

 

「イヤイヤ、センパイ。そんなとこで覗き見しながら物思いに耽ってンじゃねーっつーノ。マジで犯罪者みたいだゼ、その絵面」

 

 と。

 ぼくが中を覗き込みながら、少し考え事をしていると、後ろにいる馬琴ちゃんから、速く行けと言わんばかりに文句をつけられてしまう。

 

 犯罪者の様な絵面という言葉に、思うところもあったが、言われたことはいちいち尤もだったので、大人しく扉をさらに開き、馬琴ちゃんを促しながら中へと足を進めた。

 

「じゃあ、馬琴ちゃん。ぼくはちょっくら検査を受けてくるからさ。お祝いのコメントを――いや、違うな。お悔みのコメントでも考えておいてよ」

「委細承知と言いたいところだけど、そりゃ、どっちの場合(、、、、、、)のコメントだイ?」

「決まってるだろ――ぼくが、ISを動かした時に送るコメントだよ」

「オーケー。とびっきりのを考えておくヨ」

「よろしく」

 

 馬琴ちゃんにそう告げて、手を振って離れると(手を振って返してくれるあたり、彼女も律儀なものだ)、ぼくは二つある列の片側の、その最後尾へと並んだ。

 

 前には、数十人ほどの人影。

 さて、まだまだ時間は掛りそうだし。

 

 少しばかり、考え事でもしながら暇でも潰しましょうか。

 

 

                   ■■■

 

 

「――次の方、次の方どうぞ」

 

 と。

 ふと、誰かに呼び掛けられた気がして、ぼくは思考の海から脱却した。

 

 少しボンヤリとした頭で辺りを見回すと、前に数十人といた人影は既に無くなっており、ことここにきて、ぼくはようやく自分の番が回ってきたことを知ったのだった。

 

 どうも、ちょっとした暇潰しとばかりにやっていた脳内パズル(ちなみに、やっていたのは知る人ぞ知るエイトクイーンである。知らない人はググって欲しい)に、思いの外夢中になってしまっていたらしい。

 

「ちょっと、君。後ろがつかえてるから、さっさとしなさい」

「ああ、すみません。今行きます」

 

 ぼくが一向に動かないことを見咎めたのだろう。検査員らしき女性が、仕切りに囲まれた簡易の検査所のような場所から顔だけを出して、こちらを叱責してきたので、慌てて前へと進み、入口らしき場所から、仕切りで区切られた空間の、その中へと足を踏み入れた。

 

「――じゃあ、学年とクラス。あと名前を教えてくれる?」

「ああっと、旗楯(はただて)。三年C組の(はた)(だて)生子(せいじ)です」

「旗楯生子ね……うわ、何これ。凄い字書くわね、君の名前」

「はあ。まあ、よく言われます」

 

 ――仕切りの中は、外から眺めた時よりも若干だが広く感じられた。

 

 屋根の様なものは無く、こうして中に入ってみると、此処が簡易的に区切られた、間に合わせの空間だということもすぐに察することができた。

 

 入口のすぐ傍にあるパイプ椅子に腰掛けていた女性――先程、こちらを呼んだ検査員らしき女性だ――に、学年とクラス、名前を尋ねられたので慌てて答えると、彼女は手に持つ端末に何がしかを打ち込んでいく。

 おそらく、検査を受けに来た人間の管理をやっているのだろうが、その挙動がどうにも緩慢というか、何十何百とやり慣れた作業を、ただただ消化している様にしか見えなかった。

 

 まあ、実際にただの流れ作業になってしまっているんだろうな、とは思うが。

 

 ぼくの前に居た人間だけで、百とは言わないがそこそこの数は居たし、彼女らがこの学校に来る前、別の場所でも同じようなことを繰り返しているだろうことを考えると、この対応も致し方が無いということなのだろう。

 

 ましてや、出るかどうかも分からない男性IS操縦者の適性検査など、いつまでも続けたいはずもあるまい。

 正直な話、彼女の胸中が男に対する罵詈雑言で溢れていたとしても、昨今の風潮を考えても、何らおかしくはないだろう。

 

 なんて。

 

 そんなぼくの考えを、雰囲気や態度から何となく察したのだろう。彼女は端末から顔を上げると、

「――ん。ああ、ごめんなさいね」

 と、こちらに向かって謝罪の言葉を口にした。

 

「ちょっと、おざなりだったかしら。ごめんなさいね、不愉快にさせちゃった?」

「いえ、別に。大丈夫ですけど」

「そう? そう言ってくれるなら助かるわ」

 

 彼女は微笑みながらそう言うと、「んー」と軽く伸びをした後、こちらを向いて「まあね」と、嘆息するように言った。

 

「正直な話、いい加減うんざりしてきているのは本当のところなのよ。こうも同じ作業を延々とさせられると、どこかで手を抜かないとやってられないのね」

「……はあ」

 

 突然始まった愚痴の様な物に、どう返していいかわからずに、ただ曖昧に頷いてしまう。

 

 どうも、ぼくが愚痴り易い相手に見えたのか、はたまた、ぼくの態度が愚痴混じりながらも何かしらの釈明をしなければと思わせたのか。

 どちらにせよ、まあ少し程度ならば、彼女の愚痴に付き合うのも、ぼくとしてはやぶさかではない。

 

 どうせ、すぐに愚痴も言っていられない状態になる(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)のだし。

 

「大変ですね……ちなみに、この学校で何か所目になるんです?」

「……さあ? 何か所目だったかしら? 学校みたいな大きい規模じゃないとこも含めれば、そこそこの数回ってるんじゃないかしら」

「ローテーションで持ち回りとかじゃないんですか?」

「当然、他の地域も回らないといけないのだけど、何分コアも人手も多くは無いからね……この辺り一帯は私ともう二人ほどの管轄で、それ以外の人員はいないわ」

「……なるほど」

 

 予想以上に世知辛い事情が出てきてしまった……。

 割と気まずい雰囲気なんだが、大丈夫なのかコレ。

 

「とはいえ、それは貴方達には関係の無い話だしね。仕事は仕事だから、気をつけないと」

 

 そう言って、手に持っていた端末を脇へと抱えると、彼女はぼくに「着いてきて」と言って、椅子から立ち上がると、そのまま歩き出した。

 

 彼女がどこに行こうとしているのかについては、検討がついていた――というよりも、目的地については見えていた(、、、、、)ので、ぼくもそこへと足早に近づいた。

 

「――さて。これが、今から君に起動を試してもらう、第二世代型IS――打鉄(うちがね)よ」

 

 前方を歩いていた彼女の足は、歩き出してからほんの数秒、瞬きの間にある場所で止まる。

 そして、そのまま後ろから追いついてきたぼくに振りかえると、ほんの少し横へとずれて、その後ろで鎮座していたモノ(、、)を、ぼくに見せた。

 

 IS――インフィニット・ストラトス。

 

 現在の歪な社会情勢を作り出した最大級の要因(せんぱん)であり、そして、ぼくが死に至るため(、、、、、、)の最初のピースとなる存在である。

 

 思わず、唇の端が弧を描くように歪むのを、止めることが出来ない。

 これが、喜びからくるものなのか、それとも皮肉からくるものなのかは、正直自分でも分からなかったが。

 

「……君は、他の男子生徒()達とはちょっと違うのね」

 

 と。

 ぼくが打鉄を眺めていると、その様子をどう思ったのか、彼女がぼくに向かって不思議そうにそう言った。

 

「……そうですかね。ぼくも、その辺にいる一介の男子高校生にすぎませんが」

「その物言いは、一介の男子高校生とは言えないんじゃないかしら……それに、やっぱり違うわ。今まで見てきた子達とは、反応が全然違うもの」

 

 と、彼女はそう言って、傍らにある打鉄にその手を置いた。

 

「今までの男子生徒()達は、大半が喜んでいたわ。もしかしたら(、、、、、、)、ってね。それ以外の子達は、諦めね。どうせ動かせる筈がない(、、、、、、、、、、、)、って全身がそう言ってたわ」

 

 でも、君は違うみたい、と彼女は言う。

 その言葉に、特に反論を返す様なことも無く、ぼくは彼女の言葉を静かに聞き続けた。

 

「君は何と言うか、自然体って感じかな。この状況に特に何とも思ってない感じがする」

「まさか。ぼくだって健全な男子高校生ですよ? それなりにテンション上がってますよ。ただ、態度に出難いってだけのハナシです」

「さっきも言った通り、その物言いや態度が普通の高校生らしからぬって言ってるのだけど……まあ、いいわ」

 

 と。

 そこまで言って、彼女は打鉄に置いていた手を離してこちらの傍まで近寄ると、ぼくの隣で立ち止まり、「最後に一つだけ、いいかな?」と聞いてきた。

 

「最後に、ですか? ええ、どうぞ」

「有難う。安心して、大した質問じゃあないわ。ここに来た子達には皆にしているの」

「そうなんですか?」

「ええ。まあ、ちょっとした興味本位ってやつなのだけど――ねぇ、君は本当に自分が、ひいては男性が、ISを動かせると本当の本気で思ってる?」

「――――」

 

 それは。

 そんな質問に対する答えは、当然決まっている。

 

「ああ、勘違いしないでちょうだいね。私は、別に女尊男卑の人間ではないし、別に男性を見下しているわけでもないの。ただ、今までまったく前例の無かったことを、大勢の人達が作り出した結果を、覆すことが出来ると思っているのかを、聞いているだけ」

「前例なら、織斑一夏君がいるでしょう?」

あれを前例と思ってしまっては駄目なのよ(、、、、、、、、、、、、、、、、、、、)。あれは、彼にだけ許されたモノなの――きっと、特別というのはああいうのを言うのでしょうね」

 

 まあ、確かに彼女の言う通りなのだろうと、ぼくは思う。

 あれは、彼にだけ許された道だ。

 

 苦難も。

 試練も。

 才能も。

 努力も。

 

 家族や、友人、恋人ですらさえ。

 

 それらは、彼という存在、その成功を約束し、彩るためのものでしかない。

 

 何もかもが約束され、勝利を決定づけられた存在。

 

 もし仮に、この世界が漫画やライトノベルの世界だったとしたら、彼はこう呼ばれるのだろう――主人公、と。

 

 でも。

 でも、だからこそだ。

 

 だからこそ、ぼくは彼に期待している。

 

 彼ならきっと、ぼくを■■■のだと。

 

 だからやっぱり、さっきの質問に対する答えは決まっている。

 

「まあ、確かに。きっと彼だからこそ、ISを動かすことが出来たんでしょうね」

「そうね。実際、彼の家族構成や経歴を見る限り、出来過ぎと言ってもいいほどだわ。お膳立てもここまで来ると、いっそ清々しいわね。だから――」

「――だけど、何事にも例外があります」

 

 ぼくは、彼女の言葉を途中で断ち切ると、ポカンとした顔の彼女を尻目に、打鉄へと近づく。

 

 そして。

 

 ぼくの手が。

 

 打鉄へと。

 

 触れた。

 

 

                    ◆

 

 

 ――それら(、、、)は、今起きている現象を、正しく認識することが出来ていなかった。

 

『――? ―――?』

 

 不思議でしょうがないという感情が、漠然と、しかし確かに伝わってくる。

 

 こんなことは有り得ない(、、、、、、、、、、、)、と。

 

 そんな思考を、彼女達(、、、)はしているようだった。

 

 無理も無い話である。

 

 確かに、本来ならこんな馬鹿みたいな話は有り得ない。

 本来、こんなことが出来るのは織斑一夏ただ一人だけだ。それ以外の人間には、許されていない越権行為だと言ってもいい。

 

 世界には、物語(せかい)には、システム(せかい)には。

 

 そんなことは、許されていないのだから。

 

『? ―――?』

 

 では、何故それが旗楯生子という存在に許されているのか?

 旗楯生子という存在もまた、織斑一夏と一緒だということなのだろうか?

 

 そんなことはない。

 そうではない。

 

 旗楯生子という存在は、そんな正道の様なモノでは決してない。

 

 仮に、織斑一夏がこの世界をシステムとして見た場合の最上位権限、メインルートなのだとするならば。

 旗楯生子という人間は、システム上のバグ、裏ルートの様なものである。

 

 世界(システム)は、旗楯生子に対して、ある条件下に対してのみ、ありとあらゆる不条理を許容する。

 

 起こり得る筈の無い事象、有り得ない結果。捻子曲がる因果に、湾曲する確立。

 こと、彼を■■■というためならば、世界は結末さえ用意する。

 

 故に、彼女達の困惑も無理からぬことである。

 

 こんな出来事は、例外中の例外だ。

 

 織斑一夏が特別(スペシャル)だとするならば。

 旗楯生子は例外(イレギュラー)なのである。

 

 彼らにあるただ一つの共通点は、世界に定めた権限(ルール)の、余人に定められたソレ(、、)の、一歩外にいるということ。

 だからこそ。

 

 ――織斑一夏の時と同様、彼女達に、逆らう術など無い。

 

 

                    ◆

 

 

「――――う、――そ、でしょ?」

「――まあ、こんなものかな」

 

 自分の腕を覆う打鉄の装甲(、、、、、、、、、、、、)を見ながら、ぼくはそう呟く。

 そして、そのまま入口の方へと振り返ると、驚きの余り立ちつくす彼女を尻目に、ぼくは入口の方へと歩き出した。

 

「おっ、――っよっと」

 

 歩き出した途端、いきなり姿勢制御をしくじり、危うく前に倒れそうになったところを、条件反射で足を前に出したことで何とか防ぐことに成功する。

 

 ……予想以上に動き辛いなぁ、これ。

 

「――ちょっ、ちょっと待って。これは一体どういうことっ!?」

 

 と。

 ぼくがISの操縦(操縦でいいのか、これ?)に四苦八苦していると、呆然と立ち尽くしていた女性が、戸惑うままに声を荒げながら、一体何が起こっているのかと、そう、ぼくに問いただしてくる。

 

 それに対し、ぼくは、

「一体どういうことも何も……見て分かる通り、ぼくがISを動かしただけですが」

 と、何とも思っていない風に、彼女へとそう答えた。

 

「動かしただけ、って……そんな」

「元々、動かせるかどうかを見るための適性検査でしょう? そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」

「これを驚かずに何を驚けって言うのっ!? 一体、何がどうなっているのよ!?」

 

 さて。

 そんなに右往左往されても、こちらが困ってしまうのだが。

 

 そもそも、最初に言ったじゃないですか。

 

 ――何事にも、例外はあります、と。

 

「じゃあ、ちょっと失礼しますね」

「――は?」

 

 尚も戸惑いを消せない彼女に対し、そう一声かけると、ぼくは再び入口へと歩き出す。

 

 それを呆然と見送っていた彼女は、しかし、途中で我に返ると、

「ちょっ、ちょっと待って!?」

 と叫んだ。

 

「き、君、何処に行くつもりなの? い、今から他の職員にも連絡するから、大人しく待っていて、ね?」

「はあ……いやいや、大丈夫ですよ。ちょっと、すぐそこまで。外に可愛い後輩を待たしてましてね。彼女に、是非お悔みの言葉を言って貰わないとならないんですよ……大丈夫です、そんな遠くに行くわけでもないですし、この打鉄には武装もスラスターも付いてないんですから、危ないことは何もないでしょう?」

「そういう問題じゃないわよ!? 今、君が出ていったら、どれぐらいのパニックが起きるか、分からない筈ないでしょうっ!?」

「大丈夫、大丈夫――じゃあ、ちょっと行ってきます」

「え、あ、ちょっ――」

 

 彼女の返事を待たず、ぼくは打鉄を装着したまま、検査所の外へと出た。

 

『――! ―――!?』

『―――!?』

 

 瞬間。

 あちこちから、悲鳴とも驚嘆ともつかぬ声が、あちこちから聞こえてくる。

 

 それをどうでもいい雑音(ノイズ)と切り捨てて、ぼくは、体育館の入口のすぐ傍に立っている馬琴ちゃんのところまで歩いて行った。

 

 どうも馬琴ちゃんの方も、ぼくに気付いたらしく、驚いた様な顔をしながらも、さして混乱したような風はなく、むしろぼくを笑って出迎えてくれた。

 

「ハハハ! オイオイ、マジかヨ。センパイ! アンタ、こりゃマジで最高に面白いゼ! イカレてんヨ、アンタ!」

 

 訂正。むちゃくちゃ笑って出迎えてくれた。

 ていうか、もう、腹抱えて笑ってんじゃねーか。

 

 いくらなんでも笑い過ぎだろ。

 

「アー……何だヨ、もう。身体張って受け狙いに来過ぎだロ」

「……喜んで貰えて何よりだよ」

 

 本当にブレねぇなぁ、コイツ。

 

「――で、センパイはこんなところに来てていいのかヨ? 今頃、ここより大騒ぎなことになってんだロ、きっとヨ」

「おいおい、可愛い後輩のいる場所が、こんなところな訳無いだろ……まあ、騒ぎにはなっているだろうけど、だからこそ、先に済ましたいことがあったしね」

「あン? 何かあったっけ?」

「イヤイヤ、忘れてくれるなよ。もし、ぼくがISを動かしたら、とびっきりのお悔みのコメントをくれる約束だったろう?」

「……アーアーアー。そう言えば、そうだった――じゃあ、センパイには本当にとびっきりにイイ感じのお悔みをくれてヤンヨ」

 

 そう言って、彼女は本当に嬉しそう(、、、、、、、)に微笑んで、

「本当に、心の底からお喜び(、、、)申し上げるゼ。本日はお日柄もよく、なあ――まったくもって、死ぬにはいい日(、、、、、、、)だロ?」

 と、そう言った。

 

 

 ぼくも、その通りだと、そう思った。

 

 

 


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