期末試験までちょうど二週間となり、ほとんどの生徒が試験勉強に精を出していた。
それはグリフィンドールの悪童たちも例外ではなく、フレッドとジョージ、リー・ジョーダンすら、ふざけながら互いに問題を出し合っている。しかも、答えるときにはきちんと正答しているのだから、普段の悪ふざけを知る者には、いささか調子の狂う光景だった。もっとも、途中からは誰が一番馬鹿げた答えを思いつくかという大喜利大会になり、真面目に勉強したい生徒は誰も寄りつかなくなったが。
もちろん、我らがデイヴ君も勉強をせねばならないことは重々承知しているようで、テーブルを占領して教科書と授業のノートを取った羊皮紙を広げ、頬杖をついて眺めていた。そこへディーンとシェーマスがやってきて、場所ばかり取っている教科書を勝手に脇へ寄せると、自分たちの勉強道具を広げ始めた。
「おい。俺の机だぞ」
「みんなの机だろ。そんなこと言ってないで、一つでも覚えなよ」
「そうだそうだ。どうせ眺めてるだけなんだから」
「うっせえよ」
さて、教科書を手元へ引き戻したデイヴであったが、いざ勉強を始めようとして、一つ見過ごせない事実に気づいた。比較的真面目にノートを取っていた科目が、変身術と魔法薬学しかないのである。ほかの科目にも羊皮紙だけは用意されていたが、試験勉強の役に立つかどうかはまた別の話だった。
これはもしや留年では……? という考えがうっすらと頭をもたげたものの、そんときゃそんときだ、という楽天的発想によって、ひとまず現実逃避には成功した。それでも、何を覚えなくてはならないのかくらいは把握しておく必要がある。そこで教科書から大事そうな箇所を拾い、手つかずの羊皮紙にまとめ始めたのであった。
しかし、デイヴはホグワーツに入るまで、プライマリースクールの宿題のために机へ向かうことすら、ろくにしてこなかった男である。教科書を読み、要点を選び、それを書き写すという地道な作業に、そう長く耐えられるはずもなかった。
「デイヴ、勉強しないの?」
早くも羽根ペンを置いたデイヴを見て、ディーンが尋ねた。
「する気はある。しかしやる気がないんだな、これが」
デイヴはインク瓶を指先でくるくる回しながら、さも仕方のないことのように答えた。ディーンは何か言いかけたが、結局やめて、自分の羊皮紙へ目を落とした。
その隣では、シェーマスが太陽系の惑星を順番に思い出そうと奮闘していた。名前だけでなく、それぞれの特徴も書き出しているらしく、時折宙を睨んでは、舌の先を出してせっせと羽根ペンを走らせている。その必死な顔があまりに面白かったため、ディーンの羽根ペンはいつの間にか、ノートの余白にシェーマスの横顔を描き始めていた。当の本人は勉強に夢中で、自分が模写されていることなど少しも気づいていない。
デイヴは似顔絵を覗き込んでにやついたが、ここで一緒になって遊び始めれば、自分の羊皮紙は今のまま試験当日を迎えかねない。先ほどはあっさり追い払った留年の二文字が、今度は母エルサの顔を伴って頭に浮かんできた。留年すれば、あの圧倒的威力の拳骨――デイヴはこれを死と呼んでいる――を食らうことはまず間違いない。
そう考えると、さすがにインク瓶を回している場合ではない気がしてきた。しかし、だからといって教科書の文字を追う気にもなれない。そこでデイヴが選んだのは、同じ勉強でも、まだしも退屈せずに済みそうな実技の練習であった。
とはいえ、今さらここでウィンガーディアム・レビオーサを練習しても仕方がない。デイヴは一度男子寮へ戻り、ライターをなくしたときのために大量にくすねておいたマッチの中から一本を持ってくると、針に変える練習を始めた。
一度目は先の尖った銀色の棒になり、二度目には針らしい形になったものの、根元にまだ木目が残っていた。三度目でようやく、どこからどう見ても文句のつけようがない、先の鋭く尖った針がテーブルの上に転がった。そこで今度は趣向を凝らし、糸を通す穴をつけたり、記憶を頼りにミシン針のような形に変えてみたりした。教科書を読んでいたときとは打って変わって、杖を握る手も、出来栄えを確かめる目も、なかなか熱心である。
もっとも、その熱心さがいつまで勉強に向けられていたかは怪しかった。しばらくすると、デイヴは出来上がった針を指の腹の薄皮に通し、指先から横向きにぶら下げて遊び始めた。本人は痛くもないのに、見せられた方はなかなか嫌な顔をするという、小学生の頃からお馴染みの遊びである。隣へ突き出してみたところ、ディーンが思ったとおり顔をしかめたのでひとしきり笑ったが、それにもやがて飽き、針を抜いて教科書の上へ置いた。
ディーンとシェーマスは、そんなデイヴに比べれば真面目にノートを作っていた。似顔絵もひとまず完成したらしく、ディーンの羊皮紙には再び魔法薬の材料名が並び始めている。
ほかの同級生たちも、それぞれのやり方で試験に備えていた。少し離れた席では、ラベンダーとパーバティが色とりどりのインク瓶を並べていたが、途中で羽根ペンを持ち替えたり洗ったりするのが面倒になったらしい。いつの間にか普通のノートと色ペンを取り出し、重要な箇所に線を引いていた。使われなくなったインク瓶だけが、勉強を始めた頃の意気込みを物語っている。
「シェーマス、忘れ薬って何回かき混ぜるんだっけ?」
ディーンは作り方を書いた箇所で羽根ペンを止め、擦れた文字を読み取ろうと顔を近づけた。シェーマスは自分の羊皮紙に目を落としたまま、片手で魔法薬学のノートを引き寄せた。
「どこのところ? 途中でまた混ぜるだろ」
「最初の方。ここ、インクが擦れて読めないんだ」
「待って。僕のは――ああ、この辺。自分で探してくれよ。今、木星の月を忘れそうなんだ」
ディーンが差し出されたノートをめくる横で、シェーマスは覚えかけの名前を頭につなぎ留めようと、ぶつぶつ唇を動かしていた。しかし、三つ目を書いたところで羽根ペンが止まり、しばらく羊皮紙を睨んだ末に、結局ディーンの方を向いた。
「なあ、木星の大きな月って、イオと、エウロパと、ガニメデと……あと何だった?」
「カリスト」
「ああ、それだ。どうしていつも一つだけ出てこないんだろうな」
ホグワーツの天文学は、星を眺めて綺麗だと言っていれば済む授業ではなかった。夜の天文台で望遠鏡を覗くだけでなく、星や惑星の名前、その動き、周りを回る衛星についても覚えなくてはならない。シェーマスの前には観測の際に描いた図と授業中の走り書きが重なり、その隣で、試験勉強用の新しいノートが早くも同じように雑然としてきていた。
「一番大きいのはガニメデだよな?」
「うん。水星より大きいって書いてある」
「月なのに?」
「月なのに」
ディーンが開いた教科書の一節を指すと、シェーマスは身を乗り出して確かめ、ガニメデの横に「水星より大きい」と書き足した。さらに、その下の「太陽系で最大の衛星」という説明にも目が留まり、窮屈になった余白へ羽根ペンを押し込む。ようやく四つの名前が揃ったと思ったのに、一つ覚えるたびに、その先に覚えることが増えていく。
「それじゃ、水星の方は何で惑星なんだ?」
「太陽の周りを回ってるからだろ。ガニメデは木星の周り」
「ややこしいな。大きい順にしてくれればいいのに」
シェーマスはぼやきながらも、空いている場所を探し、木星を表す丸の周りに小さな丸を描き始めた。ディーンは借りたノートへ戻り、忘れ薬の手順を確かめていたが、視界の端を横切った手に気づいて顔を上げた。デイヴが、羊皮紙の脇に置いてあった消しゴムをつまみ上げている。
「デイヴ、それ僕の消しゴム」
「借りるだけだって」
「何に?」
デイヴは答える代わりに、消しゴムを自分の前へ置いて杖を持ち直した。ディーンはその杖先と、教科書の上に転がった針とを見比べると、まだ蓋をしていなかったインク瓶を自分の方へ引き寄せた。
ディーンがインク瓶を遠ざけるのを見て、デイヴは杖先を止めた。そこまで露骨に警戒されると、何かしてやりたい気もしたが、教科書の下から覗いている自分の羊皮紙には、先ほど書いた数行しか文字がない。さすがにそろそろ集中しなければまずい。
もっとも、今から教科書を一冊ずつ読み返し、何が大事かを選んでノートを作っていたのでは、まとめ終わる頃には試験まで終わっていそうだった。デイヴは消しゴムをディーンの前へ戻すと、談話室を見回した。少し離れたテーブルでは、パーバティが書き終えた羊皮紙を揃え、ラベンダーに何か説明している。
デイヴは自分の羽根ペンと羊皮紙を持ち、そちらへ向かった。
「パーバティ。お前、魔法史のノート取ってる?」
「取ってるけど、どうして?」
「俺の、ところどころ抜けてんだよ。ちょっと貸してくれねえ?」
パーバティは差し出された羊皮紙へ目を落とし、それからデイヴの顔を見上げた。
「ところどころ?」
「そこはまあ、細けえこと気にすんなって」
「ほとんど何も書いてないじゃない」
隣から覗き込んだラベンダーが笑うと、パーバティもつられて口元を緩めた。それでも自分のノートの束をめくり、必要な箇所を選んで差し出してくれる。
「いいわよ。でも、ここで写してね。私も使うから」
「助かる。ありがとな」
デイヴは空いていた椅子を引き寄せ、借りたノートを広げた。見出しがあり、年号があり、その下に何が起きたのかがきちんとまとまっている。教科書のどこが重要なのかを自分で考えずに済むというだけで、先ほどまでの作業とは随分違った。彼はインクをつけると、早速ものすごい勢いで羽根ペンを走らせ始めた。
「デイヴって、どこ出身だったっけ?」
パーバティが頬杖をつき、動き始めたばかりの羽根ペンを眺めながら尋ねた。
「訛り聞きゃわかるだろ。マンチェだよ」
「そんなのわからないわよ。私、マンチェスターに行ったことないもの」
「じゃあ今覚えたな。俺みたいな喋り方する奴がいたら、大体あの辺だ」
顔を上げずに答えながらも、その声に面倒くさそうな響きはなかった。デイヴは女の子には割合優しい。少なくとも、ノートを貸してくれた相手の質問を無視して、黙々と写し続けるような真似はしなかった。
「フットボールも好きなの?」とラベンダーが聞いた。「ディーンとよく話してるでしょ」
「好きだぞ。シティもユナイテッドも」
「二つとも?」
「うん。どっちも観る。ディーンはウェストハムだけどな。あいつ、あの話になると長えんだよ」
デイヴはそこで一度顔を上げ、元のテーブルへ顎をしゃくった。ディーンはシェーマスの描いた図を指さして何か言っており、話題にされていることには気づいていなかった。デイヴが再びノートへ目を落とすと、今度はパーバティが少し顔を傾けた。
「ねえ、目、とっても綺麗ね」
羽根ペンは止まらなかったが、デイヴの口元がにやりと上がった。
「ありがと。もうちょっと見とくか?」
わざわざ顔を向けてやると、パーバティは笑いながらその肩を軽く押した。
「そういう意味じゃないわよ。すごく青いなって思っただけ」
「マムも同じ色なんだよ」
「じゃあ、お母さん似なの?」
「さあな。あの人に言わせりゃ、俺はこんなに生意気じゃなかった、だと」
「それ、顔の話じゃないじゃない」
ラベンダーが吹き出し、パーバティも声を上げて笑った。デイヴは涼しい顔で肩をすくめると、ノートの次のページへ手を伸ばした。口を動かしている間も、羽根ペンはなかなか休まない。年号と名前を写し、説明を書きつけ、行の終わりで入りきらなくなった単語を少々強引に押し込んでいく。
「デイヴって、見た目ちょっと怖いけど、面白いね」
パーバティに言われ、デイヴは当然とばかりに頷いた。
「だろ? 俺ってカンペキなの」
「自分で言う?」
「誰も言わねえから、自分で言っとかねえと」
そう返すと、また二人が笑った。授業中のことや、試験でどの科目が一番心配かという話をしながらも、デイヴの羊皮紙は着々と埋まっていった。自分でまとめようとしていたときにはあれほど進まなかったというのに、写すだけなら実に早い。最後の一行を書き終えると、デイヴは羽根ペンを置き、指を伸ばした。
「よし。できた」
「もう?」
ラベンダーが身を乗り出し、パーバティも横から覗き込んだ。しかし、二人は揃って、感心したような顔から何とも言えない顔になった。
字が汚かった。急いで書いたところは文字同士がつながり、長い名前は途中から潰れ、行は右へ進むにつれてじわじわ上がっている。元になったパーバティのノートと並べると、同じ内容を書き写したものとはにわかに信じがたかった。
「……これ、あとで読めるの?」
「読めるだろ」
「ここなんて、私には何が書いてあるか全然わからないわ」
パーバティが指で示すと、デイヴは一瞬だけ目を細めた。それを見逃さず、ラベンダーが笑い出した。
「完璧じゃないじゃん?」
「読めりゃいいのさ」
デイヴは平然と言い切ると、借りていたノートをきちんと揃えてパーバティへ返した。自分の羊皮紙はインクの乾いた端をつまみ、椅子を引いて立ち上がる。
「ありがとな。助かった」
最後に片目をつぶってみせると、パーバティが何か言うより先に、デイヴは元のテーブルへ戻っていった。後ろではラベンダーがパーバティに何か囁き、また二人で笑っている。ディーンは戻ってきたデイヴの手元を見て、先ほどまでとは比べものにならないほど文字の増えた羊皮紙に眉を上げた。
そんなこんなで、デイヴもようやく勉強らしい勉強を始めた。パーバティから写してきた魔法史のノートを一度は広げ、年号と人名の並びをしばらく睨んでいたが、やがてそれを脇へ寄せると、変身術の教科書を手元に引き寄せた。そちらを読み終えれば、次は魔法薬学である。材料を加える順番に印をつけ、授業中にスネイプから訂正された箇所を確かめる様子は、先ほどまでとは比べものにならないほど真面目だった。
しかし、ディーンは気づいていた。こいつ、さっきからその二教科しかやっていない。
「デイヴ。他の科目はどうするんだ?」
名前を呼ばれたデイヴは、魔法薬学のノートに指を挟んだまま顔を上げた。
「他って?」
「呪文学とか、薬草学とか。魔法史も、写しただけじゃ覚えたことにはならないだろ。あと二週間だぞ。どうするつもりなんだ?」
「まあ、慌てんなって。秘策があんだよ」
その言い方に、シェーマスまで羽根ペンを止めた。デイヴは二人の顔を順番に眺めると、もったいぶってにやりと笑い、積み重なった教科書の下から『闇の力――護身術入門』を引き抜いた。
ディーンは、一瞬だけ感心しかけた。あれほど授業を退屈がっていたくせに、実はこの科目だけは先に勉強していたのかもしれない。
ところがデイヴは教科書を開かず、背表紙を掴んで逆さにすると、テーブルの上でばさばさと振った。ページの間から小さな紙片が何枚も滑り落ち、魔法薬学のノートやインク瓶の周りに散らばった。シェーマスがそのうちの一枚を拾い上げ、目を近づける。
そこには、先ほどのノートとは打って変わった小さな文字で、闇の生物の特徴や対処法が隙間なく書き込まれていた。裏返しても文字がある。余白は、指でつまむ場所にも困るほどわずかだった。
「おいおいおい!」
「カンニングペーパーかよ!」
「失礼な。お助けペーパーだよ」
「おんなじ意味だろ!」
ディーンが声を落として言い返すと、デイヴはけらけら笑いながら、散らばった紙片を拾い集めた。
「お前、これ作ってる暇があったら勉強できただろ」
「だからしたじゃねえか。教科書読んで、大事そうなとこ選んで、こんだけ書いたんだぞ」
「じゃあ覚えろよ」
「全部覚えられねえから書いてんだろうが」
まるでディーンの方が物わかりの悪いことを言っているような顔である。シェーマスはまだ手に持った紙片を眺めていたが、やがて呆れたように鼻から息を吐いた。
「クィレルに見つかったらどうするんだ?」
「そこが肝なんだよ」
デイヴは身を乗り出し、今度は少し声を低くした。その顔には、根拠のない自信とはまた違った、ろくでもない情報を手に入れた者特有の得意げな色が浮かんでいた。
数日前、談話室の暖炉のそばで、デイヴはフレッドとジョージに試験の話を聞いていた。正確には、どの科目なら大して勉強せずに済むかを尋ねていたのである。二人はそんな相談を持ちかけられて嫌な顔をするような先輩ではなく、むしろ、よくぞ聞いてくれたとばかりに隣の席を空けてくれた。
「クィレルの小テストは、なかなか独特だぞ」とフレッドが言った。「普通、試験中にびくびくするのは生徒の方だろ?」
「ところが、あの人は誰より落ち着かない」とジョージが続けた。「この前も教室の奥の部屋へ入ったり出たりしてた。何を忘れてきたんだか知らないがね」
「一回で取ってくりゃいいのにな」
「まったくだ。こっちが気になって答案を書けない」
フレッドは大変迷惑したという顔を作ってみせたが、ジョージはすぐに笑った。
「しまいには奥へ引っ込んだきり、しばらく戻ってこなかったんだ。中で何かぶつぶつ言ってたよ」
「誰と?」
「さあ。自分を励ましてたんじゃないか? 大丈夫、これはただの小テストだ、誰も君を襲ったりしない、って」
「生徒に言わせんなよ、そんなこと」
デイヴが吹き出すと、二人も満足そうに笑った。もちろん、試験中に何をすればいいかなどと、双子がわざわざ口にする必要はなかった。デイヴはその時点で、十分に有益な話を聞いたと思っていたのである。
「――ってわけ。あの人、俺らの答案より自分の心配で忙しいんだよ」
話し終えたデイヴは椅子の背にもたれ、揃えた紙片の端を指で弾いた。ディーンは呆れたまま、シェーマスは半分感心し、半分疑うような顔をしている。
「小テストと期末試験じゃ違うだろ」とディーンが言った。「期末には、ずっと教室にいるかもしれないじゃないか」
「そんときはそんときだ」
「君、そればっかりだな」
デイヴは気にする様子もなく紙片を教科書へ戻し始めた。これで闇の魔術に対する防衛術については、もう手を打ったつもりらしい。
「実技はどうするんだよ。そっちは紙を見たってできないだろ?」
シェーマスの問いにも、デイヴの顔から余裕は消えなかった。
「吸血鬼が苦手なもん選んで、対処の仕方を見せりゃいいらしいぞ。ニンニクだの何だの並べてさ」
「誰が言ってた?」
「フレッドとジョージ」
「またあの二人か」
ディーンが額を押さえると、デイヴはその反応こそ大袈裟だというように笑った。
「だって、俺ら実技で何やったよ。教室にニンニクの臭いがして、クィレルがどもって、気づいたら終わってんじゃねえか。急に吸血鬼と殴り合えなんて言われねえだろ」
「そういう試験じゃないのは確かだろうけどさ……」
「だろ? だからこっちは大丈夫なの」
何がどう大丈夫なのかは怪しかったが、本人の中では、すでに一教科ぶんの心配事が片づいていた。デイヴは最後の紙片を挟んで教科書を閉じ、満足そうにその表紙を叩いた。
ディーンは少しの間それを眺めていたが、やがて脇に置かれたままの天文学の羊皮紙を指で押し、デイヴの前へ滑らせた。
「じゃあ、こっちは?」
デイヴは描きかけの星図を見下ろした。それから、まだシェーマスの手元に残っていた一枚へ気づき、何食わぬ顔で手を伸ばした。
「まずそれ返せよ。俺の大事な勉強の成果なんだから」
シェーマスから紙片を取り返したデイヴは、それを教科書に挟んでから、目の前へ押しつけられた星図をしばらく眺めた。書き込まれた星の名前より、羊皮紙の端にディーンが描いたシェーマスの顔の方がよほど目に入る。
「……先に薬草学やるわ」
「天文学から逃げたな」
「順番変えただけだろ。うるせえな」
デイヴは星図を脇へ寄せ、今度は『薬草ときのこ、一〇〇〇種』を開いた。ディーンは何か言いかけたが、少なくとも勉強をする気にはなっているので、余計なことを言ってまたインク瓶を回されるよりはましだと思ったらしい。シェーマスも天文学のノートに栞代わりの羊皮紙を挟み、同じ教科書を取り出した。
薬草学に関しては、デイヴのノートがろくに残っていないことと、授業の内容を覚えていないことは、必ずしも同じではなかった。温室で土をいじり、鉢を運び、実物を前にして教わったことは、机に座って聞いただけの話よりずっと頭に残っている。教科書の挿絵を見れば、葉の手触りや、手袋越しに感じた茎の硬さまで思い出せた。
問題は、その知識が試験で書ける形になっているかどうかである。
「これ、見分け方は?」
シェーマスが教科書を少し傾け、二つ並んだ挿絵を指さした。デイヴはちらりと見て、片方の葉を爪の先で示した。
「こっちは葉っぱの端がギザギザしてんだろ。あと、裏側」
「裏側が?」
「ほら、白っぽい毛みてえなのがついてる方。温室で触ったじゃん」
「ああ、スプラウト先生が見せたやつか」
シェーマスは教科書の説明へ目を移し、何度か頷いてから書き始めた。ディーンも横から覗き込み、自分のノートと照らし合わせる。
「君、結構覚えてるんだな」
「俺を何だと思ってんだよ」
「今のところ、試験に紙切れを持ち込もうとしてる奴」
「人の一面だけで判断すんなって」
そう言いながら、デイヴは自分の羊皮紙に「端ギザギザ、裏に毛」と書いた。ディーンはそれを見て、今度は字の汚さよりも内容の短さに眉を上げた。
「それだけ?」
「俺がわかりゃいいんだろ」
「試験では先生にもわかるように書くんだぞ」
「じゃあ、そのときは丁寧に『葉っぱの裏に毛が生えてます』って書いてやるよ」
シェーマスが笑った拍子に、羽根ペンの先からインクが一滴落ちた。慌てて羊皮紙を持ち上げる隣で、デイヴは次のページをめくり、挿絵の鉢を指さした。
「これ、植え替えんとき根っこ引っ張んなって言われたやつだ」
「茎もだろ。下の土ごと支えるんじゃなかった?」
「そうそう。お前、一回抜けなくて鉢ごと持ち上げてたよな」
「君が土を詰めすぎたんだよ!」
ディーンの抗議に、デイヴはまるで初めて聞いたような顔をしたが、すぐに笑って教科書へ目を戻した。温室で誰が何を失敗したかという話になると、三人とも妙によく覚えていた。スプラウトがそのとき何を注意したかも、一緒に思い出せる。シェーマスは途中から、教科書を丸ごと写すのをやめ、三人の話に出た注意点を書き留めるようになった。
デイヴもそれに倣い、短い言葉をぽつぽつと足していった。相変わらず他人に読ませる気のない字だったが、少なくとも今度は、自分が何を書いているかを理解している。
「薬草学はこの調子でいいんじゃないか」
しばらくしてディーンが言うと、デイヴは羽根ペンを置き、両手を頭の後ろで組んだ。
「だろ。だから心配ねえって言ったじゃん」
「全部が心配ないとは言ってない」
その釘を刺すような口調を聞く前に、デイヴはすでに呪文学の教科書へ手を伸ばしていた。薬草学で少し調子が出てきたらしく、今度は自分からページをめくり、授業で習った呪文を指で追っている。
呪文学も、実際に杖を振る方なら嫌いではなかった。呪文を唱えれば目の前の物が動いたり、形を変えずに別の働きを始めたりする。その場で結果がわかるというだけで、何百年も前の魔法使いの名前を覚えるよりずっとましである。ただし、できることと、そのやり方を順序立てて説明できることは、やはり別だった。
「浮遊術はできるんだよな?」とディーンが聞いた。
「当たり前だろ」
「じゃあ、杖の動かし方と、発音で気をつけるところ」
「振って、ひょい。あと、ちゃんと言う」
「それじゃ答案にならないんだよ」
デイヴは面倒くさそうに鼻を鳴らしたが、ディーンは教科書を閉じさせ、自分の羽根ペンをテーブルへ置いた。
「一回、僕に教えるつもりでやってみてよ」
「お前できんじゃん」
「説明する練習だろ」
デイヴは椅子に座り直し、杖を持ち上げた。まずは何も唱えず、手首を使って動きを見せる。それから羽根ペンを指し、シェーマスが身を寄せてきたので、杖を持っていない方の手でその肩を押し戻した。
「近えよ。見えてんだろ。ここで腕ごと振り回さねえで、手首使うんだよ。そんで、最後をこう――」
口で説明するより先に手が動き、杖先が小さな弧を描いた。教科書の言い回しとは随分違っていたが、ディーンは頷いて続きを促した。デイヴは一度舌打ちしてから、普段なら気にも留めない音の区切りを確かめ、今度はゆっくり呪文を唱えた。
羽根ペンがふわりと浮き上がり、三人の顔の間で止まった。
「ほら」
「だから、できるのはわかってるよ。今言ったことを書けばいいんだ」
「最初からそう言えよ」
「最初からそう言ってるだろ!」
ディーンが手を伸ばすと、羽根ペンはその指先をするりと避けた。もう一度掴もうとしたところで少し上へ逃げ、さらに追いかければ、今度はシェーマスの方へ滑っていく。デイヴは教科書に目を落としたまま、口の端だけを持ち上げていた。
「デイヴ」
「何だよ」
「返して」
「取ればいいじゃん」
シェーマスが横から掴もうとして空を切り、その手がディーンの手首にぶつかった。二人が顔を見合わせたところで、デイヴがとうとう吹き出した。羽根ペンは二人の頭上をゆっくり一周し、最後にはディーンの開いた手の上へ落ちてきた。
「操作の練習もできたな」
「君には人の邪魔をしない練習が必要だよ」
ディーンは取り戻した羽根ペンを握り、デイヴの羊皮紙を指で叩いた。デイヴはまだ笑いながらも、杖を置いて今度こそ説明を書き始めた。途中で「手首」という単語を妙に潰してしまい、上からなぞったせいで黒い塊になったが、本人は構わずその先へ進んだ。
シェーマスも杖を取り出し、自分の羽根ペンを前へ置いた。教科書を確かめてから腕を構えると、デイヴがすぐに顔を上げた。
「だから、そんな肘まで持ち上げんなって。隣の奴ぶん殴る気かよ」
「さっきよりは下げてるだろ」
「まだ高えんだよ。ちょっと貸せ」
デイヴはシェーマスの手首を掴み、杖先の向きを直してやった。ディーンはその様子を横目で見ながら、浮遊術の説明の下に、発音を間違えやすい箇所を書き足していった。
その後も三人は教科書を回し読みし、互いに問題を出し合いながら、どうにか勉強を続けた。もっとも、全員が同じくらい身を入れていたわけではない。ディーンとシェーマスが答えを確かめている間に、デイヴは椅子の後ろ脚だけで器用に釣り合いを取り、窓の外を眺めたり、羽根ペンの先で自分の名前をやたらと大きく書いたりしていた。それでも、昼間はほとんど白かった羊皮紙が、夕方にはそれなりに文字で埋まっていたのだから、本人としては十分に働いたつもりだった。
窓から差し込む光が長くテーブルを横切る頃になると、談話室のあちこちで教科書を閉じる音がし始めた。夕食にはまだ少し早かったが、一人が席を立つと、それを待っていたように何人かが勉強道具を片づけ始める。デイヴもその流れを見逃さず、開いていた教科書をぱたんと閉じた。
「飯だな」
「まだ時間あるだろ」
「ゆっくり行きゃちょうどいいんだよ」
デイヴは伸びをしながら立ち上がり、机の上の物をまとめた。ディーンは書きかけの一文を急いで仕上げ、シェーマスは借りたままだった消しゴムを返してから、ようやく羽根ペンを置いた。
勉強道具を部屋へ置いて戻ってくると、三人は連れ立って談話室を出た。デイヴの言葉どおり、足取りは実にのんびりしたものだった。階段を下りる途中でディーンが窓の外を覗けば、シェーマスも立ち止まり、デイヴは少し先まで進んでから振り返って、今夜の夕食に何が出るかという、試験よりもずっと差し迫った問題を持ち出した。
「腹減った。肉がいいな」
「君、昼も結構食べてたじゃないか」
「勉強したからな。頭使うと腹減るんだよ」
「その割に、途中でずっとペン浮かせてたけど」
「あれも勉強だろうが」
ディーンが笑い、シェーマスが、だったら自分のペンでやればいいのにと言った。デイヴは聞こえなかったふりをして、両手をポケットへ突っ込んだまま廊下を曲がった。大広間の方からは、早くも生徒たちの話し声と食器の触れ合う音が流れてきている。
そのまま入口へ向かおうとしたところで、後ろから名前を呼ばれた。
ハーマイオニーだった。脇に本を抱え、少し早足で三人に追いついてくる。デイヴは気軽に顎を上げて挨拶しかけたが、彼女の視線がまっすぐ自分に据えられているのを見て、口を閉じた。隣では、ディーンとシェーマスが妙に静かになっていた。
「聞こえちゃったんだけど、あなた、カンニングするつもりなの?」
デイヴはポケットに手を入れたまま、ゆっくり二人の方を見た。どちらも、今になって大広間の扉に何か珍しいものを発見したような顔をしていた。
「何で俺らを見るんだよ」
ディーンが小声で抗議した。シェーマスも頷いたが、二人ともハーマイオニーの方を見ようとはしない。デイヴはその様子をしばらく眺めてから、彼女へ向き直った。
「何の話?」
「さっき談話室で話していたでしょう。クィレル先生が教室からいなくなるから、紙を見ればいいって」
「ああ。聞こえてたのか」
「ええ、聞こえてたわ」
ハーマイオニーは抱えていた本を持ち直した。デイヴの顔には、困った様子も、ばつの悪そうな様子も浮かんでいない。それどころか、彼女が続きを言うのを待ちながら、廊下を行き交う生徒を避けて壁際へ寄るだけの余裕まであった。
「それ、本気で言ってるの?」
「ちゃんと作ったぞ。見る?」
デイヴがローブの内側へ手を入れると、ディーンが目を閉じた。
「持ってきてるのかよ」
「飯待ってる間にも読めんだろ。熱心だな、俺」
教科書の間に挟んでいた紙片は、いつの間にか彼のポケットへ移されていた。デイヴはそのうちの一枚を取り出し、端をつまんでハーマイオニーに見せた。彼女の眉がきゅっと寄る。
「そんなものを作る時間があったなら、普通に勉強できたじゃない」
「それ、さっきも言われた」
「だったら、どうして――」
「お前、今日ずっと勉強してた?」
「もちろんよ」
「俺も。気が合うな」
ハーマイオニーが口を開けたまま止まり、シェーマスは堪えきれずに横を向いた。デイヴは楽しそうに笑い、彼女が紙片へ手を伸ばすより早く、それをひょいと持ち上げた。
「見せるだけ。やるとは言ってねえよ」
「取り上げようとしたんじゃないわ」
「じゃあ何?」
「何を書いたのか確かめようとしたの」
デイヴは疑わしそうに片眉を上げたが、紙片を渡しはせず、もう一度彼女の目の高さへ下ろした。ハーマイオニーはしばらく細かな文字を追い、それからますます呆れた顔になった。
「こんなに書いたの?」
「裏もあるぞ」
「その熱心さを、どうして覚える方に使わないのかしら」
彼女が本気で理解に苦しんでいるのがわかり、デイヴはまた笑った。紙片を丁寧に折り直してポケットへ戻すと、大広間の入口を顎で示す。
「歩きながらでも怒れんだろ。腹減った」
返事を待たずに歩き出したデイヴに、ハーマイオニーは一瞬唇を結んだ。それでも、そのまま見送る気にはなれなかったらしく、すぐに隣へ並んだ。ディーンとシェーマスは二人の後ろをついていきながら、小声で何か言い合っていたが、デイヴが肩越しに振り返ると揃って黙った。
大広間では、長テーブルのあちこちに生徒が集まり始めていた。高い天井には暮れかけた空の色が広がり、浮かぶ蝋燭の明かりが金の皿や杯に揺れている。デイヴはグリフィンドールのテーブルに空きを見つけると腰を下ろしたが、ハーマイオニーも当然のようにその隣へ座った。
「試験で見つかったら、あなた一人が怒られるだけでは済まないのよ。グリフィンドールの点だって引かれるかもしれないわ」
「まだ見つかってねえじゃん」
「今、私に見つかったでしょう」
「お前には見せたんだろ。違うって」
ディーンが向かいの席で肩を揺らした。ハーマイオニーがそちらを向くと、彼は慌てて杯へ手を伸ばし、まだ何も入っていないことに気づいて下へ戻した。
「二人は止めなかったの?」
「言ったよ」とディーンが答えた。「普通に勉強しろって」
「紙を作るのも勉強だって言い張るんだ」とシェーマスが付け加えた。
「実際、教科書は読んだしな」
「読んだだけでは駄目なの。自分で答えられなくちゃ意味がないでしょう」
デイヴは頬杖をつき、彼女の顔を見た。ハーマイオニーはその視線を受けても怯まず、むしろ何か思いついたように、抱えていた本を膝の上へ置いた。
「それなら、今、私が問題を出すわ」
「飯の前に?」
「まだ出てきていないもの」
「お前、隙がねえな」
そう言いながらも、デイヴは席を立たなかった。勉強しろと言われるのはうんざりだったが、ハーマイオニーはどうやら、彼が一問目から答えられずに困るものと思っているらしい。それが顔に出ていたので、少々面白くなってきたのである。
ハーマイオニーは、まず教科書の前半に出てくる闇の生物について尋ねた。デイヴは拍子抜けするほどあっさり答えた。彼女は一度瞬きをしてから、今度はその対処法を聞いたが、これにも大して考えずに返事が来た。
「……じゃあ、どうしてその方法を使うの?」
そこで初めて、デイヴの目が少し宙へ向いた。思い出そうとしているらしい。シェーマスが面白そうに身を乗り出したが、口を挟む前に、デイヴは指を一本立てた。
「待て。そこ書いた」
彼はポケットへ手をやりかけ、それから、ハーマイオニーがその手元を見ていることに気づいた。にやりと笑って手をテーブルへ戻し、紙片のどの辺りに何を書いたかを思い浮かべた。細かく詰め込んだ文字の並びがぼんやり浮かび、その中から必要な言葉を拾って答えると、ハーマイオニーは小さく頷いた。
「合ってる?」
「……ええ」
「ほらな」
デイヴが得意げに向かいの二人を見ると、ディーンは呆れながらも笑っていた。ハーマイオニーだけは笑わず、今の答えを確かめるように彼の顔を見つめている。
「覚えているじゃない」
「まあな」
「だったら、そんな紙を使う必要はないでしょう?」
その言い方には、ようやく話が通じるところまで来たという、わずかな安堵が混じっていた。デイヴはそれを聞いて、ゆっくり口角を上げた。
「今の三問が出たらな」
ハーマイオニーが息を吸い込んだところで、テーブルに料理が現れた。デイヴは待ってましたとばかりに身を起こし、目の前の肉料理へ手を伸ばした。皿に取り分けながら、まだ何か言おうとしている彼女を横目で見て、大皿を少し持ち上げる。
「食う?」
「話は終わってないわよ」
「うん。聞いてるって。何枚?」
ハーマイオニーは彼の顔と大皿を見比べ、少しの間黙ってから、自分の皿を寄せた。
「……一枚でいいわ」
デイヴは注文どおり一枚取り分け、その横へ付け合わせも載せてから皿を返した。ハーマイオニーは礼を言ったものの、それで追及をやめるつもりはないらしく、膝の本に栞を挟み直している。
「食べ終わったら、続きをやるわよ」
「尋問?」
「復習」
即座に返ってきた答えに、デイヴは肉を切りながらくつくつ笑った。ローブの内側には、相変わらず小さな紙片の束が収まっていたが、ひとまず今は、それより目の前の夕食と、隣で次の問題を選んでいるハーマイオニーの方が気になっていた。
感想待ってるぜ!
続きはさっさと投稿したい!!10月1日には賢者の石終わらせたいぜ!!!!