ダンまちTACTICS【第一部完】   作:Leni

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87.見習い剣聖の帰還

『穢れた精霊』は灰の山へと変わり、地上進出という彼女の望みは志半ばで潰えた。

 主の死に連鎖するかのごとく、60階層を覆っていた紫肉の壁も灰に変わっていき、まるで雪のようにダンジョンの床へと降り積もる。

 おびただしい量の肉が灰になり、その光景はもはや風情など欠片もない豪雪地帯のようであった。

 

 勝利者となった『派閥連合』の進攻部隊は、その灰をかき分けて、なんとか一ヶ所に集合した。

 

「勝った、勝ったよ! かっこよかったよ、アイズ、ベル君!」

 

 ティオナがピョンピョンと灰の上で跳びはね、喜びを露わにする。

 すると、近くで舞い散った灰を被る形となったベートが「やめろ、糞女!」と騒ぎ、戦いが終わったばかりだというのに喧嘩が発生しそうになった。

 

 そんな妹の無邪気な行動を呆れた目で見ていたティオネ。ふと、彼女は寒気を感じ、ブルリと上半身を震わせた。

 今の彼女は、薄着を好むアマゾネスとしての好みを曲げて、『精霊の護布(ごふ)』製の服を着込んでいる。だというのに、暑さではなく寒さを感じたのだ。さすがにおかしいと、ティオネは感じた異常を口にする。

 

「ねえ、寒くない? もしかして、60階層の環境、本来の『氷河』に戻ってきていない?」

 

 その言葉を聞き、集まった一同がハッとする。

 

 肉に覆われていた60階層、そして熱帯の密林と化していた59階層。その二つの階層は、本来は極寒の領域。その環境が戻りつつあるとなれば、『精霊の護布』があるとはいえど、戦闘用に偏っている彼らの装備では長時間の滞在が難しい。

 

「みんな、疲れているところ申し訳ないが、急いで50階層に戻る。このままだと、全員まとめて凍死だ」

 

 そんなフィンの言葉に、「ヒエッ」と誰かの叫び声があがり、すぐさま皆で帰り支度を始めた。

 主力の戦闘要員であったベルは荷物をほぼ持っていない。その代わりに、戦闘中に『魔法』を連打していた後衛の精神力(マインド)を回復させるため、順番に【チャクラ】を放っていった。

 

 それから一通り【チャクラ】を掛け終え、一息吐いたベル。

 そんな彼のもとに、手持ち無沙汰にしていたアイズが近づいてくる。

 

「ベルさん」

 

「あっ、アイズさん。『竜』の討伐、すごかったよ」

 

「うん、ベルさんも。……それよりも、お礼がいいたくて。助けてくれて、ありがとう」

 

「……うん! 無事で何よりだよ!」

 

『穢れた精霊』に取り込まれた際に、脱出に協力した礼をアイズは言っているのだろう。

 それを察したベルは、笑顔でアイズの言葉に応えた。

 それから、サポーター陣が急いで出発の準備を整えたところで、フィンは皆を再度集めた。

 

「『穢れた精霊』は倒したが、ダンジョンのモンスターは変わらず出てくる。極彩色のモンスターもまだ残っているかもしれない。ここはダンジョンの奥深くということを忘れずに、50階層へ向かおう」

 

 徐々に寒さが増していっている60階層で、フィンは進行部隊にあらためて指示を出す。

 そして、ベースキャンプのある50階層へと向け、一同は陣形を組んで移動を始めた。

 

 60階層から、59階層へ。密林となっていた59階層も、下の階層と同じように灰にまみれていた。

 モンスターの姿はない。

『穢れた精霊』の侵食を受けていたダンジョンが、本来の階層に戻すための修復を優先して行なっている。その結果、モンスターの出現が抑えられているのではないか。そう、フィンが己の見解を告げた。

 

 そして、58階層へ。ここから52階層までは『竜の壺』と呼ばれる領域。底部である58階層から、上の階層へと向けて『砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)』が砲撃(ブレス)を放つ難所であるのだが……底からスタートしたフィンたちは、『砲竜』を全て薙ぎ払って灰に変えてから、52階層まで安全に走り抜けた。

 

 51階層。『深層』では数少ない、迷路構造の階層。

 だが、サポーター陣の手もとには正規ルートの地図がしっかり残っている。よって、ときおり遭遇するモンスターを確実に仕留めながら、軽々と迷路を攻略していった。

 ここまで来ると皆の足取りも軽くなる。すると、一つ先の階層まで迫っているベースキャンプがどうなっているか、心配する声も出始めた。以前の『遠征』では、『穢れた精霊』が主力部隊とは別に後方のベースキャンプを狙うという搦め手を使ってきた。

 

 もちろん、フィンはそれを想定してベースキャンプに戦力を残している。指揮官も補佐官も置き、『異端児(ゼノス)』の集団も味方にいる。そのため、フィンは陣形を崩さないよう言い、移動のペースを守るよう注意をした。

 

 やがて、ベースキャンプを設置した50階層へと辿り着く。

 進行部隊がそこへ足を踏み入れた途端、床に灰が大量に積もっている光景を見ることになる。

 全てが、『魔石』を失ったモンスターの残骸なのだろう。明らかに、襲撃があったことを思わせる灰の量であった。

 

 それでも、ベースキャンプは無事なままであった。

 そして、進攻部隊の帰還を待ち受けていた『派閥連合』と『異端児』たちが、歓声を上げてフィンたちを出迎えた。

 

「みんな、ご苦労さま。無事、『穢れた精霊』を討伐したよ」

 

 フィンがそう告げると、残留メンバーが喜びの声をさらに強めた。

 口々に勝利を称える残留メンバーだが、その彼らもまた、激戦を繰り広げたことは想像に難くない。

 

 そこでフィンは、指揮官であるシャロンと補佐官であるリリルカを呼び、ベースキャンプ防衛戦の報告を受けることにした。

 

「極彩色のモンスターの群れと、『精霊の分身(デミ・スピリット)』が来て、もうダメかと思いましたー」

 

「欠けた者は?」

 

「いません! リリちゃんの指揮のおかげです!」

 

「シャロンの指揮は?」

 

「リリちゃんに任せました!」

 

「はあ……」

 

 指揮をリリルカに任せきったと開き直るシャロンに、フィンはため息一つ。

 派閥の幹部候補として一皮剥けてほしかったのに。そんな思いが、フィンのため息から強くにじみ出ていた。

 

 それでも、主力を大きく欠いた状況で、死者なく敵の集団を撃退できたのは快挙である。防衛部隊は大戦果を挙げたと言っていい。

 

 その後、フィンが二人に防衛戦の大まかな流れを聞いていく。すると、『精霊の分身』の討伐には【ヘファイストス・ファミリア】のヴェルフが『Lv.2』の身ながらも大活躍したことが判明した。リリルカが、事前にフィンに伝える許可を得ていたヴェルフの秘密を一つ明かしたのだ。

 

「『魔法』の発動を阻害する『魔法』か。素晴らしいね」

 

「リリたちの派閥の専属鍛冶師(スミス)ですから、お師匠様といえども横から奪っていくのは、なしですよ」

 

「そんなことはしないさ。リリルカたちが今後も傘下のままであれば、パーティメンバーである彼も、自然と付いてくるってことだからね」

 

 フィンとリリルカのそんな師弟の牽制じみたやり取りを聞き、シャロンは「自分が指揮官じゃなくて、リリちゃんが指揮官でよかったんじゃあ……」などとつぶやいた。そんなシャロンの言葉にフィンは、再びため息を吐きそうになった。

 

 それから、あらためてフィンは全体に向けて、休憩(レスト)を取るよう指示を出す。

 

 見張りを立て順番に休みを取らせ、装備を整備(メンテナンス)させる。

 

 気は抜ききれないが、ようやく休憩を取れるとあって弛緩(しかん)した空気がただよう。

 エルフを中心とした一部の女性陣が、全身にまとわりついた灰に、もう耐えきれないとばかりに不満を口にする。そして、女性陣だけで階層内に湧く泉へと水浴びに向かった。さらに、方々から喉が渇いた、腹が減ったとの声も上がる。

 

 その声を受けて、急いで地面に広がった灰の除去が行なわれ、食事の支度がなされた。

 本来なら携帯食で済ませるところだが、少しでもいいから温かいものを口にしたいという意見が多く出たため、急いでスープを作ることになった。

 

 そんな緩みきった空気の中で、ベルはベースキャンプの片隅にて、ティオナとアイズの三人で集まっていた。

 彼らは、『穢れた精霊』に関する見解を話し合っているのだ。

 

 見解とは、『穢れた精霊』の正体についてだ。

 もともと、『穢れた精霊』は千年以上前の古代に、ダンジョンの中でモンスターに捕食された結果、あのような存在に堕ちてしまったのだと推測されている。

 つまり、もとになった個体がいるはずであり、英雄譚で語られる『英雄』を支援していた『精霊』であるはずであった。さらに、『穢れた精霊』の強大さから、元々は『大精霊』に類する存在だったとも考えられた。

 

 では、『穢れた精霊』はどの英雄譚に登場する『大精霊』なのか。

 幼少期に祖父(ゼウス)から英雄譚を多数与えられて育ったベルは、今回の討伐戦でその正体に思い当たるところがあった。

 

「『精霊王朝(せいれいおうちょう)スフィア』。『穢れた精霊』は多分、スフィアが従えた『精霊』の一体だったんじゃないかなって。みんなから聞いたこれまでの情報と、実際に目で見た光景から、僕はそう思ったかな」

 

 彼が告げたのは、『英雄』の中でも、特に多くの『精霊』を従えた者の名。

 その名を聞き、ティオナもベルの意見に納得したようだった。

 

「スフィアの『精霊』かー。確かに、ありそう!」

 

「『英雄(スフィア)』と約束した『精霊の楽園』。『穢れた精霊』は、他の『精霊』を取り込み続けて、自分と一体化させることでそれを実現しようとしていたのかもしれない」

 

 あくまで想像ながらも、ある種の確信を込めて、ベルがつぶやくように言った。

 

 複数の乙女を従えた『精霊の(あるじ)』スフィア。

 彼に従った乙女のうち、誰が魔物に取り込まれて堕ちてしまったのかまでは、彼らには分からない。

 だが、その乙女は堕ちて穢れたあとも、愚直に『主』との約束を叶えようとしていたのではないか。ベルとティオナは、そう意見を交わした。

 

「……『精霊』の魂は、天界に還ったのかな」

 

 ベルとティオナのやり取りを聞いていたアイズが、ポツリとそう言う。

 神ならぬ身であるベルとティオナには、その問いの答えは分からない。

 それでもベルは、ただ一言「そうだといいね」と、万感の思いを込めて返したのだった。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 50階層を出発し、数日掛けて『派閥連合』は次の『安全階層(セーフティポイント)』へと辿り着いた。

 

『安全階層』ではしっかり休み、士気を維持するために、途中で確保した水も惜しみなく使って汚れた身体を清める。

 それでも地上は恋しいもの。皆、歩きながら口々に、地上に帰ってやりたいことをつぶやいていく。

 

 明らかに気が緩んでいる。そう感じ取ったフィンは、何度か『派閥連合』に(かつ)を入れる。

 だが、それでも行きにあったような緊張感は、最後のギリギリまで戻って来なかった。

 

 途中、ダンジョン内の隠れ里へと帰ると言って『異端児』たちが去り、戦力が大幅に落ちたところでようやく全体が少し引き締まった。

 だがそれでも、地上が近づくにつれダンジョンの脅威度は下がっていく。

 

 集団で『上層』に入った頃には、皆の顔が喜びと疲れで完全に緩みきっていた。

 これには、フィンは本気で叱咤しそうになった。しかし、今さらこの状況でそんな言葉は、誰の心にも響かない。フィンはそう判断して、代わりに別の言葉を口にした。

 

「みんな、そんな顔で凱旋(がいせん)するつもりかい? オラリオを救った『英雄』たちの表情がそれじゃあ、神ヘルメスにどんな(うた)を書かれるか分かったものじゃないよ」

 

 フィンのその言葉で、ようやく一同は緊張感を取り戻すことができた。

 吟遊詩人に「『英雄』たちはアホ面で凱旋した」などと唄ってほしいとは、誰も思ってはいない。

 せっかく大戦果を挙げ『穢れた精霊』の魔の手からオラリオを救ったというのに、そんなマヌケな末路は誰も望んでいない。

 よって、一同は今回の『遠征』で一番と言えるほどの真面目な雰囲気を放ち始めた。

 

 地上に着くギリギリでなんとか体裁を整えられたと、フィンはようやく胸を撫で下ろす。

 そうして、そのまま『初層』を通り、地上へ続く大きな螺旋階段を昇り、摩天楼施設(バベル)から外へと出た。

 

 すると、道中で会った冒険者たちが先に地上へと伝えたのか、中央広場(セントラルパーク)には行きの時以上の人々が詰めかけていた。

 皆、『英雄』の凱旋を見にやってきたのだ。

 

 大歓声が、摩天楼施設(バベル)から姿を現した『派閥連合』を迎える。

 すると『派閥連合』の者たちが、事前に用意していた自派閥の団旗を掲げて、力強く振った。

【ロキ・ファミリア】、【ヘスティア・ファミリア】、【ヘファイストス・ファミリア】、【ディアンケヒト・ファミリア】。さらに、少数で参加していた他の派閥の団旗も、その眷属たちの手によって左右に振られる。

 

 これには、観客たちも大盛り上がり。

 その後、『派閥連合』は観客に求められるままに、しばらく団旗を大きく振り続けることとなった。

 

 ここに『英雄』たちの凱旋はなり、『遠征』は無事、終わりを告げた。

 なお、49階層で『階層主(バロール)』を単身で倒したはずのオッタルは、結局一度もフィンたちの前に姿を現すことはなかった。誰も、オッタルが途中で力尽きるとは思ってはいないので、心配する声すら上がらなかったのだが。

 

 その後は各々の派閥に分れて解散となった。

 ベルは、彼らの帰りを待ち受けていたヘスティア神と共に、『竈火(かまど)の家』で久方ぶりの休日を過ごす――とは、残念ながらならなかった。

 ダンジョンに行って帰って、何事もなくそれで終わりとは都合よくいかなかったのだ。

 

 ベルはアイズと一緒に、【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院へと叩き込まれたのだ。下手人はアミッド。

 彼女は、()わった眼で、ベルとアイズにこう告げた。

 

「お二人は、『穢れた精霊』の体内に一度取り込まれたんです! 精密検査が必要です!」

 

 ぐうの音も出ない、正論であった。

 

 そうして、ベルは、アイズと一緒にしばらくの治療院生活を送ることになってしまった。

 オラリオ市民たちに『英雄』扱いを受けるはずが、怪我人として扱われる羽目になったのだ。

 

 なんとも締まらない終わり方だとベルは思い、精密検査が終わるまでの数日間、治療院の中で暇を潰すことになった。

 ちなみに、60階層で『蜘蛛の異形』による『寄生』を受けた数名は、精密検査どころではなくアミッド直々の本格的な治療を受けさせられている。それよりはマシか、とベルは治療後の患者を見て、思うのだった。

 

 そして、大人しく病室に籠もったベル。【ヘスティア・ファミリア】のお見舞いを受けつつも、のんびり過ごす毎日だった。

 頻繁にアイズがやってきて、会話をして時間を過ごすことも多々あった。

 

「【ステイタス】更新、したかった……」

 

 ベルの病室に訪ねてきた、簡素な服を着たアイズ。

 彼女は、ションボリと肩を落としてそんな愚痴をベルに言った。

 

「僕も【ランクアップ】に達しているか知りたかった……」

 

「……ベルさん、また【ランクアップ】するの?」

 

「実は、『Lv.1』のときから繰り越した偉業が、十分溜まっていて……。あとは『基本アビリティ』さえ500に届けば『Lv.3』になれるんだ」

 

「ムゥ……」

 

「でも、アイズさんだって今回の戦いで、偉業を達成できたんじゃないかな?」

 

「『基本アビリティ』が……」

 

「結局、そこだよね」

 

 赤裸々な【ステイタス】トークを別派閥同士だというのに繰り広げる、ベルとアイズ。

 その二人の様子は、まさしく『剣の友』と呼ぶのに相応しいものであった。

 

 こうして、【見習い剣聖(リトル・ソードマスター)】ベル・クラネルの新たな『冒険』は終わりを告げた。

『精霊』の魂は解放され、『英雄』は栄光を手にした。

 

 戦いの傷を癒やすため、『英雄』はその身を休める。

 

 再び『英雄』が聖剣を手にし『冒険』を繰り広げるまで、しばしの時を必要とする。

 だが、決戦の日はやがて来る。

『隻眼の黒竜』へと挑む『最後の英雄』は、きっと現れる。

 

 いつの日か、『最後の叙事詩(ファイナルファンタジー)』は語られる。

 

 

 

<第一部 完>

 




『ダンまちTACTICS』第一部『剣聖への道』は以上で終了です。第二部の開始は原作の刊行が進むまで待つこととなるので、一旦完結表示にさせていただきます。
第一部のあとがきは2026年7月18日の活動報告に掲載しています。
第一部の最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。もしよければ評価を入れていってくださると嬉しいです。
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