《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
──夜は静かだ。
あまりにも、静かすぎる。
風の音もない。兵の足音も、遠く聞こえぬ。
この玉座の間には、私一人。まるで、世界そのものが私を遠ざけているようだ。
それでいい。いや、むしろ……心地が良い。
……ふふ。
あの頃の私は、きっと想像すらしなかったろう。この玉座に、こんなにも長く座り続けるとは。
まるで、炎の中心に立っているようだ。
燃え盛る業火の中で、誰も私に手を伸ばせない。
いや、違うな。
私が……その火そのものだったのだ。
私は、愚かだったのだろうか?
それとも──運命に選ばれただけだったのだろうか?
昔は思慮深い王だと、そう言われたこともたしかあったはずだ。
一人一人の言葉に耳を傾け、涙を流す民の声を真正面から受け止めていた。
私は、善き王であろうとした。父が果たせなかった“誠実”を、この手で示そうとしたのだ。
だが……その善良さが、弱さだったのかもしれないな。
ある日、私は知ってしまった。
我が一族に脈々と受け継がれる、“灯火の継承”という名の力の正体を。
それは、私の知る魔法ではない。
もっと……恐ろしく、人の心に根差す何かだった。
あの日、老いた助祭が私に言った。
「この火は、導きの光であり、王の証でございます」と。
「分け与えた心は、王の言葉に応じ、王の熱に共鳴するでしょう」と。
私は最初、それを信じなかった。
人の心など、そんな風に支配できるわけがない。そう思っていた。
だが、試したのだ。
ほんの少し。
ただ一人の兵に、灯火を明確に与えてみた。
何も語らず、ただ手を重ねただけで。
それからだ。
彼の瞳が変わった。
言葉の端々に熱が籠り、私の命令に疑念もなく従うようになった。
──私の声が、命よりも重くなったのだ。
それは……恐怖と、快楽だった。
何より、理解された。愛された。崇められた。
私はついに、王として“完成された”気がした。
最初は、必要な場面にだけ使った。
裏切りを防ぐため。
民を慰撫するため。
悪を抑えるため──そう、そうだったはずだ。
だがいつしか、その理由は私の中で溶けていた。
ただ与えるだけで、ただ支配するだけで、全てが思い通りになる感覚。
私はいつの間にか、手段を目的に変えてしまっていた。
ある夜、ふと鏡に映った自分の顔を見た。
私は、私ではなかった。
王冠に取り込まれた、ただの“炎の依存者”だった。
けれど、戻ることはできなかった。
私は、もう“優しい王”ではいられなかったのだ。
エリオット。
そういえば……そんなものがいたな。
あれは私の息子だ。だが、あまり関心を持ったことはなかった。
あれは、私とは違う。どこか……綺麗すぎるのだ。
たしか……なにかに会ってから、何かが変わったように見えた。
光を持っている。そう思った。
だが、危惧はしていない。
あの灯火は私の血から分かたれたもの。
ならば、いずれ私の意志に従うだろう。
──そう、王とは“絶対”なのだから。
ふふ……だが、どうだ?
この国はもはや飽和している。
私の支配の火は、あまりにも完璧すぎた。
反逆はない。声もない。
ただ沈黙と、盲目的な従属だけが広がっている。
それはまるで──静かな、死。
私はこの玉座の上で、誰からも奪うことのない勝利を得た。
勝利は孤独だ。
ああ……この感覚を、誰かに話したところで分かりはしないだろう。
誰も……もう私の高さに届く者はいないのだから。
それでも。
それでも私は、この道を選んだ。
私は誰よりも、この国を愛していた。
誰よりも、正しさを欲していた。
ただ、その正しさが……歪んでいたというだけの話だ。
そうだろう?
……だが、なぜだ。
なぜか、胸の奥が焼けるように痛むのだ。
私は……誰のために王であった?
この火を分け与えた先に、何が残った?
もはや、もう分からぬ。
だが、間違いなく言えるのは、
この国に残る“光”の最後の中心が……この私である、ということだ。
誰にも触れさせぬ。
誰にも壊させぬ。
この火は、私のものだ。
我が王冠の“狂炎”は、決して……誰にも譲りはしないのだ。
──そう。誰にも、決して──。