《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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蒼炎の灯火

 

──王宮・玉座の間

 

外では革命の狼煙が上がり、歓声と怒号が空を裂いていた。

しかしこの玉座の間は今も変わらず静寂に沈んでいた。

 

王──黒きマントを羽織った男が、崩れかけた玉座に腰掛けていた。その双眸には狂気の光。

かつて人を導こうと願った聡明な目は、今やあらゆる感情を焼き尽くす“業火”そのものとなっている。

 

そして、扉が軋む音が響いた。

 

青い上衣を羽織り、煤けた息を吐きながら進み出る青年、エリオット。

王の血を引きながら、民の未来を願い、立ち上がった者。

 

「……来たか。」

 

王は静かに立ち上がる。

その身にまとった狂炎は、見る者すべての意志を屈服させる“支配の火”。

 

だがその炎は、今、目の前の青年に届いていなかった。

エリオットの胸元で、別の“火”が灯っていた。

――淡く、温かい。

まるで夜を照らす松明のように。

 

「お前が私の王座を奪うつもりか?……それともこの灯火の継承に希望などという名をつけて、民に夢でも見せるのか?」

王の声は低く、笑っているようで怒っているようでもあった。

 

「夢ではありません。

エリオットの声は、柔らかく、だが確かな意志に満ちていた。

 

「ふん、私は手に入れたのだぞ、エリオット。

かつて誰も手にできなかった、王の意志そのものを。この“炎”は人を繋げ、動かし、国すら造る。お前のその火──温い火には、それができるのか?」

 

王が腕を振ると、空間が軋み悲鳴を上げる。

彼の背後に、嗚咽するような火のうねりが現れる。

それは赤黒く、見ているだけで心が焼け落ちそうな“狂炎”。

かつて、王が灯したもの。

民衆を操るために、意思ではなく支配のために使った“意思なき炎”。

 

エリオットは拳を握りしめ、その光から目を逸らさなかった。

 

「……俺には、誰かを従わせる火なんていらない。ただ、“誰かが歩きたいと思う道”を照らす火があれば、それでいい」

 

言葉と共に、彼の胸に宿る灯火がふわりと広がる。その光は玉座の間の闇を優しく照らし、王の火とは対照的に、蒼白い輝きを放つ。

 

 

 

王は嗤った。短く、だが確かに。

 

「甘いな、エリオット。……民は強き者に従う。

優しさは、愚かさに繋がるだけだ。お前のその火では、この国を治めることなどできぬ」

「それでも、僕は歩きます。民と、仲間と……未来へと」

「ならば見せよ、その火の力を!」

 

狂炎が咆哮を上げる。

王が右手を振ると、空間が裂け、炎が洪水のように襲いかかる。

床が焼け、空気が震え、影すら消えたその瞬間――

 

 

 

蒼い火が、静かに広がった。

 

まるで息吹のように、胸元から溢れた灯火が王の炎を受け止める。

燃えず、屈せず、ただ静かに対峙する。

 

その火は、セリスやフレイ、孤児たちや名もなき民の“願い”と繋がっていた。

決して命令ではなく、誰かの“想い”に応える形で。

 

 

 

エリオットの瞳に、“かつての”王が映る。

 

「父上…いえ、父さん。貴方は間違えた。けれど、貴方の姿を覚えています。優しかった、民の声を聞いていた頃のあなたを……。」

 

王の狂炎が静まり、目が揺れた。

だが、それは一瞬のこと。

 

「愚か者が……!」

 

吐き捨てるように叫ぶ王の姿は、もう“父”ではなかった。炎に飲まれ、最後の理性を手放した“器”に過ぎない。

だが、エリオットは前を見続けた。蒼白い火は揺るがず、王の炎を包み、静かに覆い尽くす。

 

まるで、赦すように。

まるで、最期の温もりを与えるように。

 

――そして、蒼白い炎は止んだ。

 

 

 

王の姿が崩れ落ちる。

狂炎の余熱だけが残された玉座の間で、蒼白い火はまだ、うっすらと灯っていた。

 

その光は、王の失ったものを照らすように、

そして、誰かの背を押すように、

静かに──けれど力強く、燃え続けていた。

 

 

 

 

エリオットは去り、王は倒れ、狂炎は消え、かつてこの部屋に満ちていた威圧と支配の気配は、灰と共に風に溶けていった。

 

その静寂の中。

 

一つの影が、扉の裂け目から滑り込むように現れた。

 

身に纏う黒衣によって顔の半分はフードに隠されている。

まるでそこに「在る」ことすら忘れられたような男。だがその目だけは、確かに過去と現在を見通していた。

 

──放浪者。

 

焼け跡に座し続けた記録者を知る者。

終わりの先に言葉を託し、ただ人々の営みを見つめ続けた記録者を知る者。

 

彼は崩れかけた柱にもたれ、誰にも気づかれることなく呟いた。

 

「……まさか、見ることになるとはな」

 

その声は静かで、けれど、深く滲むように。

 

「かつて、この世界は“火”によって栄えた。

それは理の象徴であり、力であり、知識だった。我らはそれを《叡智》と呼び、全ての民に与えようとした。だが……」

 

放浪者は噛み締めるよう一歩、また一歩と玉座へと近づく。跪いたまま動かぬ王の影を見下ろし、目を閉じた。

 

「火は照らした。だがその光は、影を殺し、意志を焼いた。選ばせることをやめた者たちは、次第に火を“道具”ではなく、“王冠”とした。

そうして、世界は……焼け落ちた」

 

ひゅう、と風が吹き抜ける。

王の黒き外套がなびき、その下に埋もれた汚れのない王笏が転がった。

 

「灰の中の火にすがったあの男…もう一度だけ、正しく燃える“灯”があるのなら……と」

 

視線がゆっくりと王の遺骸へと移る。

 

赤黒い炎が空間に裂け目を作り消えていったのを見送り、ゾッとするほど低い放浪者の声が“誰もいなくなった”墓場に響く。

 

「管理者権限の付与か……今になって歴史の再現で学ぶつもりか」

 

放浪者は視線と共に思考を切り、この国で戦った者達、勝ち取ったもの、変わる世界について思う。

 

「エリオット、君は“選んだ”のか。誰かに与える火ではなく、共に歩む火を。人を屈服させる“王の火”ではなく、人に寄り添う、希望の“火”に……あの男が出来なかった事を」

 

放浪者は懐から真新しい手帳を取り出す。手帳らひとりでに開かれ文字が刻まれていく。

 

蒼炎の光と、記録者の残響。

過去と未来が、そこで一瞬だけ交差した。

 

放浪者は背を向け、歩き出す。

 

「……我らが焼いた世界の、その果てに……

ようやく“火を使いこなす者”が現れたか」

 

その声が、風に消える。

 

やがて、誰もいない玉座の間に、青く揺れる小さな火の粉だけが残った。

 

そしてその灯は、

夜明けと共に、世界を照らし始めるのだった。

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