《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
焼かれた大地に、残されたのは一本の手記。
そして誰かが、その火の中から“灯”を拾い上げる。
これは、世界が歩み始めた日を記す物語。
最後の記録者が見た、赦しと希望の光。
第一章プロローグ
ヴァルデン手記 第一章より
「灰の王座にて」
──静かだ。あまりにも、静かすぎる。
喧騒も、怒号も、祈りも、もうこの地にはない。
石の街は崩れ、旗は燃え、剣も血も、ただ風の中へと消えた。
かつて、我らがもたらした知は、世界を拓いた。
炎を灯し、空を裂き、病を癒し、星を割いた。
だがその知は、同時に滅びをも呼んだ。
あまりにも自然に、理に適いすぎるかたちで。
我らは誤ったのか? いや、違う。
我らは、選んだのだ。
見ぬふりをし、耳を塞ぎ、ただ無知に貪るために、手を伸ばし続けた。
そして世界は応えた──
最も静かに、最も確かに、最も残酷に。
君臨する王を名乗った民衆は死に、
そうして、玉座は空となった。
だがそれでも、朝は来る。
皮肉なまでに変わらぬ太陽が昇る。
焼け落ちた街に、誰の命令もなく、鳥が歌う。
まるで、すべてが赦されたかのように。
──だが、赦されてなどいない。
かつてこの街を支配した者も、
その王座を奪った者も、
誰ひとりとして、赦されてなどいない。
私は見ていた。
自らが歪めたこの世界の、末路を。
終わりを望んだ者たちの、終わりを。
希望の顔をした絶望を、正義を装った業を。
すべてこの目に焼きつけた。
だからこそ、今、私は書く。
この手に積み重ねた業の果てに、いかなる未来を託すべきかを。
そして今、この灰の中で、
ふたたび「火」が灯されようとしている。
⸻
とても静かだった。
声はある。音もある。だが、それらは沈黙に似ていた。
活気とは違う。生の匂いとは程遠い。
この街は、死んでいる。
石畳を踏みしめる車輪の音。
広場で叫ぶ商人の声。
路地裏ですすり泣く母と、飢えた子供の瞳。
……だが、誰も何も言わない。
それが当たり前になっていた。
王は、見ない。
貴族は、聞かない。
兵士は、ただ命令に従う。
民は、忘れようとする。
そして私は──王の息子として、この腐敗の中に生まれ、
この首が絞まる沈黙の中で育った。
偉大だった父はかつて言った。
「支配とは秩序だ。苦しみを与えるのではなく、許さぬことが大事だ」と。
けれど私は思う。
この王国は、許されてばかりだ。嘆きも怒りも、誰かの叫びも、
すべて無関心という名の裁きで、打ち捨てられている。
それでも、国は回っている。
税は集まり、兵は育ち、記録には“繁栄”と記される。
まるで、それこそが正義だと信じ込むように。
私は……私に流れるこの血が酷く怖い。
この眼差し、この手の温度、この沈黙のなかで育った私が、
あの父のように、あの王のようになるのではないかと──
笑いながら、誰かを踏みつける日が来るのではないかと。
けれど、私はまだ知っている。
この街の音が、静寂ではなく、
“声なき叫び”であるということを。
だから、私は見てしまう。
誰も見ようとしないものを。
たとえ、見たが最後、
戻れぬ場所があったとしても──
私は、赦されぬままでもいい。
ただ、この街の…国の沈黙を、終わらせたい。