《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
集落は確かに再生しつつあった。けれどその再生は、どこか脆く、幻想めいていた。
焼かれ、壊され、失われていく命に、今の自分は、何も出来ていない。
地図の上で、村の数は確かに増えている。
だが、同じだけ――いや、それ以上に、消えた印も増えていた。
リン・イゼリア・ナヴェラは、再びその地図を見つめていた。
指先に微かに走る電気の揺らぎ。
それは苛立ちではなく、焦燥だった。
「……わたしの、力だけじゃ……」
呟いた声は反響し、ただ冷たい沈黙だけを返してきた。
「このままじゃ……間に合わない」
自分たちの魔法では、今や限界がある。
癒しは追いつかず、祈りは焼かれ、雷すらも届かぬところで仲間が倒れている。
この森の力だけでは、もう――
「助けが、必要よ。外からの」
誰に言うでもなく、吐き出すように告げたそのとき。
「っわ、わ、わ、わたしっ……!」
裏声のような、今にも泣きそうな震えた声が、入口の影から飛び込んできた。
反射的に雷を帯びた指先を構え――だがすぐに、止める。
そこにいたのは、見覚えのない少女。
目は赤く、息は荒く、両手は固く握られ、体はずっと震えていた。顔を真っ赤にして、声を裏返しながらの登場。
だが、逃げなかった。足は止まったまま、必死に声を出していた。
「ティリア・フェンリエル、ですっ!」
顔を真っ赤にして、わけのわからないほど必死に名乗ったその様子は、あまりにも不器用で、あまりにも真剣だった。
リンは、ほんの少しだけ眉を上げた。
「……で、何の用?」
問いに、ティリアは一瞬びくっと身をすくませたが、それでも――逃げなかった。
「り、りん、さまが……っ。ち、ちがう、リン様“も”、も、森の外に行くって、思ってて……!」
「……っ」
ティリアは深呼吸して、拳をぎゅっと握る。
「わ、わたしっ……! リン様の、役に立ちたくて、き、来ましたっ……!」
「……ふぅん」
リンの視線を受けて、ティリアの喉が小さく鳴る。
だが彼女はもう逃げなかった。
「わたし、祈れませんし、癒せませんし、魔法もまだ、あんまり上手く、ありせません……!」
「じゃあ何ができるの?」
「で、で、でも! 歩けます! どこまでも! ひとりでだって、行けます……!」
「……」
「それなら、わたしが、行きます。リン様は、森にいてください」
静寂。
リンの、紅嵐の神の瞳が、真っ直ぐにティリアを見つめた。
その視線に、ティリアは凍るような思いを抱く。だが、その返事は――
「いいわ。あなたに託す」
たったそれだけだった。
「……えっ」
数瞬の沈黙の後に、それがどういう意味かを理解して、ティリアは顔を輝かせる。
「ほ、本当に!? あ、わ、わたしで、いいんですか!? こ、こんな、ただの……!?」
「“ただの”なんて子に、使者は任せないわ」
その言葉に、ティリアの胸の奥で何かが破裂した。
何もかもが報われた気がした。
その想いは“好き”とか“信じて”とかいう言葉では到底足りない、何か。
「わ、わたし……ぜ、絶対に、必ずっ、立派にやりとげますっ……!!」
「ええ、期待してる」
リンの言葉は淡々としていた。
けれど、そこには確かに“信頼”の重さがあった。
こうして、紅嵐の神は森に残り、
少女は、希望を託された風となって、外の世界へと歩み出すこととなる。
*
やった、やった、やった――!
私が! 私がお姉様に、任された……!
脚が震えてる。手が震えてる。胸がうるさい。呼吸が苦しい。
でも、全部――気持ちいい。気持ち悪いくらい、気持ちいい。
わたし、見られた……ちゃんと見てくれたっ!
あの紅い目に、ちゃんと映った。
炎をまとって現れた伝説の王子様――その人の目に、わたしが、映った。
(ふへっ……ひひひっ!)
声が漏れそうになる。変な笑いを飲み込む。
他の誰かに見られたら変だと思われる。でも、いいの。だって、今は、世界のすべてが光ってる。
(ぜったいに……失敗しない)
(失敗なんて、絶対に、許されない)
これはただの任務じゃない。
これは試練。これは選定。これは――
わたしがお姉様の一番になる唯一の道!
(外の世界にだって行ってやる。人間だって平気。ドワーフ? 見た事も聞いた事もないけどなんとかなる!言葉が通じなくても、手でも足でも、魔法でも、なんでもする!)
(だって、わたしは、あの人の役に立つって、誓ったから!お姉様の言葉……まだ耳に残ってる……「気に入ったわ」って……!あれってつまり、そういうことでしょ? 私のこと、嫌いじゃないってことでしょ? なら……)
(なら――もう、“ただ見てるだけ”の私じゃない!)
頬が熱い。顔が焼けそう。頭がふわふわする。足元がふらつくのに、心だけは雲の上を歩いてるみたい。
歩ける。どこまでも行ける。どこにだって行ってみせる。