《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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追う者達の影を探して

 

 

 

 静かな執務室に、ぱさりと一枚の報告書が置かれた。

 

 「またこれか……」

 

 評議会の一員にして、異種族交流と古代文献の専門家セイロス・ノア=イシュタルは、手袋越しの指先で資料を撫でた。

 

 炎に焼かれた村、跡形もなく消えた集落、そして“言葉を発さぬ異形”の目撃証言。

 黒衣、無言、明確な目的を持っているかのような行動――

 

「……“追う者”……」

 

 その名は、エルフの神話に登場する。

 かつて神の定めから追われた者らを、永遠に追い続ける影の存在。

 だが、セイロスが引っかかったのはそこではない。

 

 「ドワーフの鋳印書にも似たものが記されていた。『闇の金切り声』『黙して裁く手』……」

 「リザード族の骨紋にも、“言葉を持たぬ審判者”が描かれている」

 

 言語も風習も異なる種族たちが、それぞれ“同じような存在”を記している。

 そしてそれらの記述には、ある共通点があった。

 

 「どの伝承にも、“彼らは来た”としか書かれていない。どこからか、は書かれていない。まるで……“彼らだけが世界に取り残された”みたいに」

 

 セイロスの脳裏に、過去に研究所で暴れた――もとい「主張した」――あの少女の顔が浮かぶ。

 

 セリス・ウィンダリア

 前文明の痕跡について、誰よりも早く叫んだ少女。そして今や、祝福の嵐から逃げるように引きこもっているという。

 

「……さて。あの子なら、何か覚えているかもしれない」

 

 

 

 

 

 元王城、西塔の高層――通称静寂の間

 その名の通り、この部屋の中に外の喧騒は一切届かない。それは、もはや城内でも唯一の“静けさの残る”場所だった。

 

 

 その理由は、ただひとつ。

 セリス・ウィンダリアが政務と書類の波に沈み、民の歓声をシャットアウトするために“消音結界”を張りっぱなしにしているからだ。

 

窓の外では、今この瞬間も「エリオットとくっつけ」コールが渦巻いている。だがセリスは、微動だにせず政務を進めていた。

 

「……騎士団の人事調整、民兵への資材支給、東方村落からの緊急報告……」

「……革命前より、やること増えてない?」

 

 彼女の呟きは、音として外には届かない。

 かつて世界の異常を訴え、仲間とともに国を倒した少女は、今や誰よりも“静寂”を求めていた。

 

 ――コンコン。

(……また来た)

 

だが、彼女は知っている。

 この結界を破る唯一の方法が「政務」を装うことであることも。セリスはため息をつきながらも机から目を離さず、小さく指を動かした。ピッという音とともに、結界の一部だけが解ける。 

 扉が開かれたその瞬間、雪崩が起きる。

 

「セリスくーん! “新婚内閣”の件、ちょっと相談があるんだけど☆」

「おうおう、“抱き合う法律”とかまだ通してなかったっけ?」

「今度“婚姻祝祭日”を設けようって案があってね。ほら、毎年ふたりが初めて目を合わせた日を記念日に――」

「そもそも告白はどっちからだった? な? な?」

 

 ぞろぞろと現れる評議会の愉快な面々。

 彼らは公務と称してセリスの結界を破り、政務室を“祝福サロン”に変えるのが日課となっていた。

 

 セリスは微動だにしない。

 書類で顔を隠し、淡々と告げる。

 

「ここは政務室です。祝辞会場ではありません。出ていってください」

 

「えぇ~? ちょっとでいいから、顔を赤らめる姿だけでも見せてよ」

「だいたい、君が無表情だから民衆の妄想が暴走するんだぞ?」

「この前なんて『冷たい魔女がついに恋に目覚めた!』って瓦版が出てたしな」

 

「……読んでませんし、読む気もありません」

 

 誰もが笑い、からかい、軽口を飛ばしていく。彼らに悪気はない――だが、セリスには「悪気がないこと」こそが一番厄介だった。

 

(“善意”で絡まれるのが、一番逃げづらい……)

 

 誰よりも冷静であろうとする自分が、今や“祝福される側”という奇妙な立ち位置にいる。

 セリスは結界を結び直した。

 

「――はい。時間切れです。これ以上続ける場合、全員の俸給査定に影響します」

 

 ぱしん、と小さく魔力の音が弾け、再び部屋は完全な無音空間へと閉ざされた。

評議会のメンバーは不満さを隠そうとせず、しかし手を振って部屋を出ていく。

 

(……お願いだからもう来ないで)

 

彼女の茹で上がった顔色は相変わらず誰にも気づかれなかった。

 

 

 

 ようやく、部屋に静けさと顔の熱っぽさが引いて戻る。

 

――コンコン。

 

 (……今度は誰)

 

 いつものように、仕方なく魔法の一部を解く。けれど、扉の向こうから聞こえてきた声は、まったく異なる温度を持っていた。

 

「セリス・ウィンダリア。研究所以来、こうして落ち着いて話すのは久しぶりだな…外と違ってお前はずいぶんおとなしくしてるな」

「……セイロス……?」

 

 顔を上げると、扉の向こうにいたのは、あの本の塊のような青年だった。彼は軽く肩をすくめて笑う。

 

「騒ぎには興味がない。だが僕は“襲撃者”に興味がある。君が昔、研究所で言っていた“前文明の痕跡”について――それが現実になりつつあるかもしれない」

 

 セリスは静かに立ち上がる。

 消音魔法が、徐々に溶けていく。

 窓の外から、民の熱狂がじわじわと侵入してくる。

 

「……その話、もう少し詳しく聞かせて。できれば、“音の聞こえない所”でね」

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