《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

38 / 71
産声はまだ上がったばかり

 評議会――そう呼ばれてはいるけれど、実際のところはまだ「会議室付きの王政」といったところだ。

 

 議席はある。議論もある。

 反対意見が飛び交うことも、まれによくある。

 

 けれど――誰かが黙れば結局こう言うのだ。

 「で、エリオットはどう思ってる?」

 

 それはもう、合言葉のように。空気が凍りかけたときの便利な魔法みたいに。

 

 王を捨てたはずの国が、王に頼り続ける。

 冠を外した彼の言葉に、重さを求めてしまう。

 

 議員たちは皆、革命の意志を持っている。

 民の未来を背負っている――そう信じている。……だが、それでも。

 やはり「英雄」の意見は、どこか正解に近い気がしてしまうらしい。

 

 形式上、評議会には主導者はいない。だが、全員が「主導者がいない世界でどう立ち回ればいいか」には、まだ慣れていない。

まだ彼らは産まれたばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 扉が、音を立てて開かれた。

 

 「報告ッ――!」

 

 走り込んできたのは、額に汗を浮かべた若い衛兵だった。鎧の継ぎ目から小刻みに呼吸が漏れ、彼の肩が上下する。だがその目は真剣だった。言葉を選ばず、まっすぐに口にした。

 

「王の道にて、“エルフ”を名乗る少女が助けを求めております!」

 

 一瞬、場が凍った。

 

 ペンを持っていた文官が手を止め、軍人たちは顔を見合わせ、交易ギルド代表がうわ言のやうにぽつりと呟く。

 

「……まさか、本当に“いた”のか?」

 

 衛兵は息を整えながら続けた。

 

「随行していた商人団も、彼女の言葉に信憑性があると……。彼女は、“ヴィリュスの森”から来たと申しております!」

「ヴィリュス……? あの、“神の怒りが宿る森”の……?」

「衛兵が見たってのか? 耳が長くて、異様に静かな目をした……って、あれは子どもの頃の絵本に――」

 

「落ち着け。現実の話をしているんだ」

 

 ざわめきが波のように広がっていく中、エリオットはただひとつの手段を選んだ。

 

 「……セリスに連絡する」

 

 彼の言葉に、騒ぎは一瞬だけ収束した。目の前で、エリオットは腰のポーチから魔力通信球を取り出し、そっと起動する。

静かに、けれど確実に――“彼女”へと、言葉を送る。

 

 

 淡い青光を放つ魔力通信球が、セリスの前で静かに浮かんでいた。通信先のエリオットの声が、部屋の中に優しく響く。

 

『……そっちの状況はどう? 評議会の方で、来客があってその、少し話を通しておきたくて』

「来客……? ふうん、どこの誰?」

『……いや、正確には“どこの”っていうか、エルフなんだ』

 

 エリオットが言い淀んだ瞬間、セリスはわかりやすく眉をひそめた。

 

「ふぅん……なんか濁したね、今」

『いや、別にそんなつもりじゃ――』

「名前は? 年齢は? 性別は? 見た目は? なんで私がまだ知らないの?」

『……』

「いい? 変な食べ物とか渡されても絶対受け取っちゃだめ。あと、私が先に会うから。評議会に通すの、あとにして。わかった?」

 

 その口調は、まるで過保護な姉かやきもち焼きの恋人か、あるいはその中間の何か。

 

『……はい。うん、来てくれれば助かる。いや、大丈夫。……うん、それはまた後で――じゃあ、頼んだ』

「じゃ、切るから」

 

 ピッ、と音を立てて通信は終了した。

 静寂が戻った室内で、セリスは小さくため息を吐く。

 

「……はあ……なんなのよ、ほんとに……」

 

 そう呟きながらも、その頬はほんのり赤く、唇には微かな膨れっ面。

 誰に見せるでもないその表情は――素直じゃない少女そのものだった。

 セリスが椅子にもたれかかって軽くため息をついた、そのとき。

 

 向かい側から――プルプルと震える気配がした。何かがいる。

 

「……なにしてんの、セイロス」

 

 返事はない。だが俯いた姿は小刻みに震えていた。セリスが近づこうと立ち上がるその震えは限界を超えた。

 

 「エ……エ……エ、エルフ……! エルフゥゥゥ!!!」

 

 突如として飛びあがる人影――セイロスだった。顔は上気し、目は見開かれ、何かを超越した存在のように叫ぶ。

 

 「エルフッ!! エルフッ!! エルフエルフエルフ!!尊い!! 純粋!! 伝説種族!! 脚が長いッ!!!肌白いッ!! 耳尖ってるッ!! 雷に焼かれたいッ!! 謝罪されたい!!」

 

 部屋の中を駆け回る変態がひとり。

 

 その姿を、セリスは無表情で見つめていた。

 そして――次の瞬間。

 

 「うるさ……」

 

 バシュッ!!

 爆音と共に、光の拳がセイロスの側頭部を直撃した。天井をかすめる弧を描き、セイロスは豪快に床に沈む。床材がわずかにへこみ、彼は「エル…」の音を残して沈黙した。

 

 セリスは肩の埃を払い、呟く。

 

 「……あんた、なんで政務に関わってんのよ……」

 

 

 

 

「……はい。うん、来てくれれば助かる。いや、大丈夫。……うん、それはまた後で――じゃあ、頼んだ」

 

 エリオットの持つ魔力通信球が微かに燐光を残して沈黙する。通信が切れると同時に、エリオットは深く息を吐いた。

 目の奥には、わずかに疲れの色。

 

 問題は片付いた――そう思いかけた、その瞬間。

 

「……なあ、それ」

 隣の席にいた交易ギルド代表が、ぽそりと口を開いた。

 

「今の、連絡……って言ったか?そんな魔道具、俺は見たことも聞いたこともないぞ。」

 

「私もだな」

 軍部の将が腕を組み、髭を触りながら唸る。

 「それに音も鮮明だし安定してたし便利そうだったな」

 

評議会のメンバー達は一斉に顔を見合わせて、エリオットを見つめる。

 

「……え? あれって……え? もしかして、それって“ふたり専用”だったりするの……?」

 

 文官がにやにやと顔を近づける。

 

「えっ、えっ、そういうやつ? 特注? いや、まさか、でも……いやまさか!」

「まさか、わざわざふたりのために作ったとか?」

 

 言葉の鋭さは無い。だが、表情のニヤけ具合は鋭利だった。

 

「…っちがうぞ! セリスが作ったんだ! 便利だから使ってるだけで!」

 

「へぇ〜〜? セリス殿が? 自発的に? 君と繋がる魔導具を〜?」

「へぇへぇへぇ〜〜???」

「いーや?なーんにも?ただ……なんていうか……こう……仲良いな〜ってだけで?」

 

 エリオットの肩がわずかに跳ねた。

 

「してる時、口調やわらかかったし〜?」

「“それはまた後で”とか、“頼んだ”とか、ちょっと甘くなかった〜?」

 

「まて、本当にやめてくれ!」

 ついにエリオットの声が弾けた。

 だが火に油。評議員たちのニヤけた表情はますます深まる。

 

「革命の英雄も、魔導通信なるもので夜な夜な愛を囁く時代か……」

「セリス殿、それで怒ったことないの? “私にしか繋がらないの、当然でしょ”とか……」

 

「やっ、言わないし……そんなわけ……ないし……っ!」

 

 エリオットは机に額をぶつけそうな勢いで俯いた。

 

 そこに、ひときわ悪ノリの笑みを浮かべた年長議員がとどめを刺す。

 

「――まあ、愛があれば、魔法は進歩するってね。」

 

「進歩しなくていいから黙っててくれ……!!」

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。