《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
評議会――そう呼ばれてはいるけれど、実際のところはまだ「会議室付きの王政」といったところだ。
議席はある。議論もある。
反対意見が飛び交うことも、まれによくある。
けれど――誰かが黙れば結局こう言うのだ。
「で、エリオットはどう思ってる?」
それはもう、合言葉のように。空気が凍りかけたときの便利な魔法みたいに。
王を捨てたはずの国が、王に頼り続ける。
冠を外した彼の言葉に、重さを求めてしまう。
議員たちは皆、革命の意志を持っている。
民の未来を背負っている――そう信じている。……だが、それでも。
やはり「英雄」の意見は、どこか正解に近い気がしてしまうらしい。
形式上、評議会には主導者はいない。だが、全員が「主導者がいない世界でどう立ち回ればいいか」には、まだ慣れていない。
まだ彼らは産まれたばかりなのだから。
*
扉が、音を立てて開かれた。
「報告ッ――!」
走り込んできたのは、額に汗を浮かべた若い衛兵だった。鎧の継ぎ目から小刻みに呼吸が漏れ、彼の肩が上下する。だがその目は真剣だった。言葉を選ばず、まっすぐに口にした。
「王の道にて、“エルフ”を名乗る少女が助けを求めております!」
一瞬、場が凍った。
ペンを持っていた文官が手を止め、軍人たちは顔を見合わせ、交易ギルド代表がうわ言のやうにぽつりと呟く。
「……まさか、本当に“いた”のか?」
衛兵は息を整えながら続けた。
「随行していた商人団も、彼女の言葉に信憑性があると……。彼女は、“ヴィリュスの森”から来たと申しております!」
「ヴィリュス……? あの、“神の怒りが宿る森”の……?」
「衛兵が見たってのか? 耳が長くて、異様に静かな目をした……って、あれは子どもの頃の絵本に――」
「落ち着け。現実の話をしているんだ」
ざわめきが波のように広がっていく中、エリオットはただひとつの手段を選んだ。
「……セリスに連絡する」
彼の言葉に、騒ぎは一瞬だけ収束した。目の前で、エリオットは腰のポーチから魔力通信球を取り出し、そっと起動する。
静かに、けれど確実に――“彼女”へと、言葉を送る。
*
淡い青光を放つ魔力通信球が、セリスの前で静かに浮かんでいた。通信先のエリオットの声が、部屋の中に優しく響く。
『……そっちの状況はどう? 評議会の方で、来客があってその、少し話を通しておきたくて』
「来客……? ふうん、どこの誰?」
『……いや、正確には“どこの”っていうか、エルフなんだ』
エリオットが言い淀んだ瞬間、セリスはわかりやすく眉をひそめた。
「ふぅん……なんか濁したね、今」
『いや、別にそんなつもりじゃ――』
「名前は? 年齢は? 性別は? 見た目は? なんで私がまだ知らないの?」
『……』
「いい? 変な食べ物とか渡されても絶対受け取っちゃだめ。あと、私が先に会うから。評議会に通すの、あとにして。わかった?」
その口調は、まるで過保護な姉かやきもち焼きの恋人か、あるいはその中間の何か。
『……はい。うん、来てくれれば助かる。いや、大丈夫。……うん、それはまた後で――じゃあ、頼んだ』
「じゃ、切るから」
ピッ、と音を立てて通信は終了した。
静寂が戻った室内で、セリスは小さくため息を吐く。
「……はあ……なんなのよ、ほんとに……」
そう呟きながらも、その頬はほんのり赤く、唇には微かな膨れっ面。
誰に見せるでもないその表情は――素直じゃない少女そのものだった。
セリスが椅子にもたれかかって軽くため息をついた、そのとき。
向かい側から――プルプルと震える気配がした。何かがいる。
「……なにしてんの、セイロス」
返事はない。だが俯いた姿は小刻みに震えていた。セリスが近づこうと立ち上がるその震えは限界を超えた。
「エ……エ……エ、エルフ……! エルフゥゥゥ!!!」
突如として飛びあがる人影――セイロスだった。顔は上気し、目は見開かれ、何かを超越した存在のように叫ぶ。
「エルフッ!! エルフッ!! エルフエルフエルフ!!尊い!! 純粋!! 伝説種族!! 脚が長いッ!!!肌白いッ!! 耳尖ってるッ!! 雷に焼かれたいッ!! 謝罪されたい!!」
部屋の中を駆け回る変態がひとり。
その姿を、セリスは無表情で見つめていた。
そして――次の瞬間。
「うるさ……」
バシュッ!!
爆音と共に、光の拳がセイロスの側頭部を直撃した。天井をかすめる弧を描き、セイロスは豪快に床に沈む。床材がわずかにへこみ、彼は「エル…」の音を残して沈黙した。
セリスは肩の埃を払い、呟く。
「……あんた、なんで政務に関わってんのよ……」
*
「……はい。うん、来てくれれば助かる。いや、大丈夫。……うん、それはまた後で――じゃあ、頼んだ」
エリオットの持つ魔力通信球が微かに燐光を残して沈黙する。通信が切れると同時に、エリオットは深く息を吐いた。
目の奥には、わずかに疲れの色。
問題は片付いた――そう思いかけた、その瞬間。
「……なあ、それ」
隣の席にいた交易ギルド代表が、ぽそりと口を開いた。
「今の、連絡……って言ったか?そんな魔道具、俺は見たことも聞いたこともないぞ。」
「私もだな」
軍部の将が腕を組み、髭を触りながら唸る。
「それに音も鮮明だし安定してたし便利そうだったな」
評議会のメンバー達は一斉に顔を見合わせて、エリオットを見つめる。
「……え? あれって……え? もしかして、それって“ふたり専用”だったりするの……?」
文官がにやにやと顔を近づける。
「えっ、えっ、そういうやつ? 特注? いや、まさか、でも……いやまさか!」
「まさか、わざわざふたりのために作ったとか?」
言葉の鋭さは無い。だが、表情のニヤけ具合は鋭利だった。
「…っちがうぞ! セリスが作ったんだ! 便利だから使ってるだけで!」
「へぇ〜〜? セリス殿が? 自発的に? 君と繋がる魔導具を〜?」
「へぇへぇへぇ〜〜???」
「いーや?なーんにも?ただ……なんていうか……こう……仲良いな〜ってだけで?」
エリオットの肩がわずかに跳ねた。
「してる時、口調やわらかかったし〜?」
「“それはまた後で”とか、“頼んだ”とか、ちょっと甘くなかった〜?」
「まて、本当にやめてくれ!」
ついにエリオットの声が弾けた。
だが火に油。評議員たちのニヤけた表情はますます深まる。
「革命の英雄も、魔導通信なるもので夜な夜な愛を囁く時代か……」
「セリス殿、それで怒ったことないの? “私にしか繋がらないの、当然でしょ”とか……」
「やっ、言わないし……そんなわけ……ないし……っ!」
エリオットは机に額をぶつけそうな勢いで俯いた。
そこに、ひときわ悪ノリの笑みを浮かべた年長議員がとどめを刺す。
「――まあ、愛があれば、魔法は進歩するってね。」
「進歩しなくていいから黙っててくれ……!!」