《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
キィ……ン……
魔法で拘束されたセイロスが、床を引きずられるたびに、鈍く鉄のような音を立てた。
片腕、片脚、それぞれに束縛魔法の鎖がかけられており、頭には小さな沈静の魔封結晶。
意識はあるが言葉を発せない――いや、発せないようにされている。
「……ったく……ほんとに、どの口が“研究者”って名乗ってんだか」
セリスはため息をつきつつも、引きずる手を緩めない。薄暗い地下通路。石壁が冷え、歩くたびに自分の足音と鎖の擦れる音が反響する。
しばしの沈黙。だが、その胸中には静かな波があった。
――エルフ。
その単語に、自分でも驚くほど反応しているのをセリスは自覚していた。相手はまだ顔も名前も知らない。性格も、目的も、敵か味方かすら――わからない。
それでも。
(エリオットが自分以外の“誰か”と、深く関わるかもしれない)
そう考えるだけで、どこか胸がざわつくのだ。
「……はぁ……めんどくさいな、私」
誰にともなく呟きながら、セリスは頭を振った。それに、やきもちなんてくだらない感情で済ませられる話ではない。
ヴィリュスの森――かつて“神の怒り”に触れたとされる地。
そんな場所から、危険を冒してまで使者が来るということは――
(襲撃者たち。あれが、エルフの森にも現れている……?)
ただの異種族交流では済まないかもしれない。それは、種族を超えた脅威の共有の可能性だった。
上階へ続く石段の前で、セリスは一度だけ振り返り、地面に転がるセイロスに一瞥をくれる。
「エルフ、ね。どんな顔してるんだか。……どうせまた、耳とか長くて、妙に綺麗なんでしょ」
そう呟いて、軽く舌打ち。そしてまた、鎖を引き――セリスは音を連れて階段を上がっていった。
*
「おやぁ偶然だな。お前が地下から上がってくるタイミングで出くわすなんて」
飄々とした口調と共に、ボサボサの髪がゆるく揺れる。
フレイだった。いつものようにマントをたゆたわせ、微笑を浮かべている。
セリスは眉ひとつ動かさず、静かに言った。
「……あんた、丁度いいとこに来たわね」
「お、それは珍しいことがあったもんだ、お前から“丁度いい”なんて言われるとは」
言い終わる前に――
ガコンッ!
床に音を立てて投げ出されたのは、魔法の鎖で拘束されたセイロスだった。片目が白目を剥き、よだれを垂らして仰向けに倒れている。
「この変質者、“エルフ”って言葉聞いて理性吹っ飛ばしたから。縛ってしておいて」
「キモ……なるほど、じゃあ下の部屋の床にでも転がしとくか?気がついたらまた叫び出すかもしれねぇけど、それもそれで趣がある」
「……放っておくとほんとに何しでかすか分かんないから、口にも猿轡追加して」
「はいはい、セリス様はいつだって手際がいい」
フレイがロープを持ち出すと、セリスが手を振る、それに呼応するように光の鎖がふわりと持ち上がり、セイロスは見えない力に抱えられて浮かんだ。そのままフレイはぐるぐると縛り上げ、それを見届けてからセリスは魔法を解く
「そんじゃあお前の“嫉妬の対象”とご対面、頑張れよ〜」
「……殺すぞ」
無表情に呟くセリスの背に、フレイの笑い声が遠ざかっていく。
*
応接間の扉をノックしてから開けると、微かに草木の香りがした。
部屋の中央に、長い金髪を後ろで束ねた少女が、きちんと膝を揃えて椅子に座っていた。
瞳は濃い瑠璃色、肌は滑らかで陶器のように白く、衣服は旅で多少汚れていながらも、どこか儀式的な印象すらある。
その少女――ティリアは、セリスを一目見るなり、ぴたりと動きを止めた。
「……っ」
心なしか、彼女の目がきらりと潤んだように見えた。
一方のセリスは、その少女を一瞥したのち、感情を読ませぬまま口を開いた。
「あなたが……ヴィリュスの森から来た“エルフ”の使者?」
「……はい、お姉様の、いえ、私は。紅嵐の神、リン・イゼリア・ナヴェラ様から遣わされたティリアと申します……!」
緊張と興奮とが混じったティリアの声に、セリスはほんの一瞬だけ目を細めた。
――ああ、これは面倒なタイプかもしれない。
けれど同時に、彼女の奥に何か、鋭くしなやかな意志のようなものを感じたのも確かだった。
*
長旅の疲れは、まだ足に残っているはずだった。だがティリアの胸は、それどころではないくらいに騒いでいた。
(……こんなに広い部屋、人の建物って、森の木よりも高いの……?)
窓の外では、空が切り取られたように四角く見える。石と鉄で作られた部屋は、森に比べて精霊の気配が薄く、どこか“乾いて”感じられる。呼吸は少し苦しい。でも――
(お姉様のため……私にできることを……)
この旅の意味を忘れたことはなかった。
森が焼かれ、子供たちが怯え、リンが疲れた背で祈るように空を睨んでいたあの時。
その背を見て、決めたのだ。
「外の世界に行って、お姉様に力を届ける」と。
手のひらをぎゅっと握る。
トン……トン……と、軽やかな、けれど威圧感のあるノックの後、扉が開いた。
(――この人が、人の国の指導者?)
そう思い、顔を上げたティリアの視界に、セリスの姿が映った。
光を受けつけないけど艶のある黒髪、湖底のような静けさを宿す瞳、ただ歩いているだけなのに、世界の中心にいるような――
ティリアの思考が、止まった。
(……あっ……)
脳裏で、何かが爆ぜた。
心の奥で、かつてリンを見たときと同じ、物語の中の王子様がまたひとり、増えた気がした。
(……どうしよう……私、リン様のこと……好き……すごく、好きなのに……でも今のこの人、なんか……すごく……すごく……)
好き!!
心が叫ぶ。
ティリアの頬はほんのり紅に染まり、目は何かを見てしまった少女のように揺れていた。
(ち、ちがっ……ちがう……浮気じゃなくて……!!これは、その……“尊敬”とか……!)
だが体は誤魔化せなかった。
椅子の上で背筋を正しながらも、心拍だけが異常に跳ねていた。
やばいやつ2人目