《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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視線の交差、それぞれの温度

 

 

 

「……なるほど。森の中で襲撃が増えてきた、と」

 

 セリスは腕を組んで、ソファの背にもたれながら、ティリアの話に静かに耳を傾けていた。

 

 「はい、集落のいくつかが焼かれ、精霊の流れも……乱れていて……リン様は、それでも守ってきたんです。でも、もう……限界で……」

 

 ティリアの声は熱を帯びていた。

言葉を探すような口調と、必死さのにじむ瞳。それは演技ではなく、真剣そのものの訴え。

 

 (……嘘はない。少なくとも、この子が語る分には)

 

 セリスは思う。同時に、ティリアの瞳がふいに、自分の目を正面から見てきた。

視線が、ぴたりと合う。

 ティリアは一瞬だけ目を大きく見開いたが、すぐに逸らした。

 

 (……ん?今の……)

 

 セリスはほんの一瞬、警戒心を浮かべかけたが――すぐに思考を戻した。

 

 (……まあ、お互い“空想の生き物”とでも思ってるんでしょうね)

 

 エルフ。長い耳と自然の祝福を受けた存在。

 人の子には届かない“森の幻想”――と、かつて詩に謳われた伝説の種。

 

 (そういう目で見られてるなら、ちょっとチラ見されても……まあしょうがないか)

 

 口元に小さなため息を乗せつつ、セリスは視線を資料に戻した。

 

 (エリオットに会わせても問題はなさそうね)

 

 

 一方、ティリアの内心は別の方向で忙しかった。

 

 (……この人、髪……黒いのに艶が……? ほんとにこんな色ってあるんだ……)

 

 セリスがページをめくる仕草に、ティリアはこっそり見とれる。

 

 (なんか、目が……湖みたいで……落ちそう……ていうか……あの髪の毛、1本だけでいいからもらえないかな……?だめ? だめだよね。でも……枕の下に敷いたら幸せになれそう……)

 

 そう考えてるうちに、また視線が合った。

 ドキリとして慌てて逸らす。心臓がひと跳ねする。

 

 (お姉様……ごめんなさい……今ちょっとだけ、浮気しかけてます……!!でもお姉様が一番です! でもでも今はこの人が……)

 

 心の中で土下座しながらも、顔は真っ赤に染まっていた。

 

 

 ――セリスとティリアの会話を、窓の外からのぞいている男がひとりいた。

 

 その男はフレイ。

なんだかんだ言いつつセリスを警護とも見守りともつかない立ち位置で、風に吹かれながら窓の欄干に腰を下ろしていた。

 

「ん~……しかし、セリスも落ち着いてるし。あのエルフ、相当な逸材かもねぇ」

 

 そんな軽口をつぶやく背後で――

 

 「ンッー!! ウウウゥウウ!! エルッ!!」

 

 「フゴォ!! ウゴゴ!!!」

 

 声にならない声と、音にならない身振りで、ミノムシのように布とロープでぐるぐる巻きにされたセイロスが転がっていた。

もがけばもがくほど布が締まり、口元から漏れるのは断続的なうめき声。

 

「はぁ……さすがにそろそろ、手に余ってきたなぁ。あいつ、なんでこいつを渡す時あんなにスムーズだったんだよ」

 

 フレイは額を押さえてため息をつくと、転がる“変態ミノムシ”を見下ろす。

 

「……うん。返そ」

 

 そう言うと、何のためらいもなく、窓を開け――ひょい。

ミノムシ・セイロスを両腕で持ち上げ、室内に向けて――ぽーん。

 

 軽やかに、そして綺麗な放物線を描いて――ドンッ!!

 ソファの隅に直撃したミノムシが、部屋の空気を一瞬で変える。

 

「……」

 

 セリスもティリアも言葉を失う中――

 窓の外から陽気な声が飛び込んでくる。

 

「おーい、お前の旦那!エリオット呼んでくるから、後よろしくー!じゃっ!」

 

 風とともに消えていった声に、セリスの瞼がピクリと震えた。

 

 「……っ!? い、今のは……?」

 

 ティリアが身を縮めながら放り投げられたセイロスに視線を向ける。

もぞもぞと床の上で動く塊――セイロス。

充血した赤い眼がギョロリと覗く。

 

 「ン゛ン゛ーーー……!!」

 

 その様子を見たティリアは、一歩引きつつも、どこか申し訳なさそうに眉を寄せた。

 

 「……え、えっと……もしかして……苦しいんじゃ……?」

 (や、やばい人っぽいけど、でも……苦しそうだし……)

 

 ティリアはおそるおそるセイロスに近づく。

 指先で拘束を解こうと一部を解いたとたん――

 

 「ま、待ちなさい!」

 

 どうしようかと悩んでいたセリスがセイロスに近付くティリアに気がついて声を上げるが、間に合わなかった。

 

 「エルフううううううううう!!!!」

 

 雄叫びのような絶叫とともに、セイロスが跳ね上がる。まるでスプリングのような勢いで床を蹴り、ティリアの目の前に――

 

 「ッひゃっ……!?」

 

 ティリアが後ずさる間もなく、セイロスは彼女の周囲を高速で回り始めた。

 

 「髪っ! 目っ! 肌ッ! 耳ッ!! 本物ォ!! 本物ォォ!!伝説の種族だあああ!! ありがとう精霊!! ありがとうまだ見ぬ神!!!お願い触らせて!匂い嗅がせて!!毛根でもいいから!」

 

 ぐるぐると回り続ける変態。

 その動きは完全に無駄がなく、まるで獲物を狩る獣のように滑らかだった。

 

 「ひ、ひぃぃ……!」

 

 ティリアは悲鳴寸前、顔を真っ赤にしながらセリスを振り返る。

セリスは、無表情のまま額に手を当てていた。

 

「……やっぱり止めるべきだったわ」

 

 

「セリス、フレイから呼ばれ――何だ、これは」

 

 扉が静かに開いたかと思うと、落ち着いた足音とともにエリオットが現れた。整った髪と凛とした表情――しかし、入室した瞬間、その眉がわずかに跳ね上がる。

 

 エリオットの目に映ったのは、泣きそうな顔の見知らぬ少女と、狂ったようにその周囲を跳ね回る見知った変態学者。

 

 「ッ……ッう、ふ……ッ、ち、近……くて……」

 

 ティリアは涙を堪えながら、両腕で自分を抱くように身を縮めていた。

 

 「本物ォ……すみませんちょっとだけ本物のエルフの耳に触れて――」

 

 「おい。」

 

 その一言で、空気が凍った。

 

 低く、鋭く。

 エリオットの声が、応接の間に重く響く。

 

 「……その少女が、例のエルフか?」

 

 セリスがわずかに頷くと、エリオットは視線をゆっくりとセイロスに向け――

 

 そして、爆ぜるように怒号を放った。

 

 「貴様、何をしている!!」

 

 それは、エリオットの知る者が誰も聞いたことのないような、激しい怒声だった。

 雷鳴のように壁に反響し、部屋全体を一瞬で沈黙させる。

 

 ティリアはびくんと肩を震わせ、思わずしゃがみ込む。セリスでさえわずかに目を見開き、唇を引き結んだ。

 

 そしてその中心――セイロスは、全身を強張らせていた。

 

 しばらく、静寂。

 誰も、何も言わない。

 

 「…………は、はい……」

 

 セイロスは、ぽそりと小さく呟いた。

 かつてないほどしおれた声で。

 

 「……す、すまない、私が……悪かった……」

 

 彼はティリアの前に膝をつき、深く頭を下げる。

 

 「異文化への好奇心が……過ぎた。驚かせてしまって、本当に……すまなかった」

 

 ティリアは、涙を拭きながらおずおずと顔を上げた。

 

 (な、なんだろう。さっきまでキモ……怖かったけど……この人、ちゃんと謝ってる……)

 

 エリオットはしゃがみ込んでいたティリアのそばへ、静かに歩み寄った。

 

 「……怖かっただろう。すまない。君を迎える態勢が不十分だった」

 

 柔らかな声。押しつけがましくない、けれど芯のある言葉が、ティリアの耳に優しく染み込んでいく。

 

 「大丈夫。もうあんなことは起こらない。

 ここでは誰も、君を傷つけたりしない。……だから、安心していい」

 

 その瞳に偽りはなかった。

 不思議と、ティリアは森の風に似た穏やかさを感じた。

 

 (……やさしい……)

 

 ティリアの中で、また何かが芽吹く。

 

 (お姉様は、嵐みたいな人。セリス様は、氷みたいな人。この人は……あったかい……)

 

 その胸の奥に、小さな火が灯るのを感じた。

 

 (……あれ? 私、もしかして……また、好きになりそうかもぉ……)

 

 ふわふわと、どこか別の場所に浮かぶような気持ちになりながら、ティリアはエリオットを見上げた。

 

 その視線の交錯を、セリスは遠巻きに眺めていた。

 

 「……あー、うん。やっぱり……会わせるべきじゃなかったかも」

 

 腕を組み、やや冷えた目で呟く。

 その視線の先では、またもじもじとエリオットを見つめるティリアの姿があった。

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