《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
リンが遺跡を見つけたのはついこの間の事の様に思えるほど前のことだった。
怒りにまみれ、それを恥じた自分が見つけた紅い光、そこには森とは明らかに異質な、石で築かれた空間があった。
誰にも告げず、リンは何度かこの場所に足を運び、その光景を見つめていた。
「……ここだ」
リンの声に導かれ、ティリアとセイロスが遺跡の広間に足を踏み入れる。
天井は崩落し、壁には黒い煤のような痕が残っていた。
床には、半壊した円筒状の──否、“繭”のような物体がいくつも転がっていた。
そのどれもが、壊れている。
人の形を成した空洞が、そこかしこに残されていた。
「な……に、これ……」
ティリアは震える声で呟いた。
何がどうなっていたのか、説明のつかない異様さ。死臭も、生命の気配もない。ただ、ぽっかりと空いた“誰かがいた痕”だけが、無言でそこにあった。
セイロスは一歩前に進み、膝をつき、ひとつの円筒の内部を見やった。
指先で金属らしき破片に触れ、人の形をしたくぼみをそっとなぞる。
「……あり得ない。これは……いや、あり得る。もし、これが……」
震えるように呟いた彼の脳裏を、かつてドワーフの与太話を綴られた古ぼけた一冊の書物がよぎった。
──《生命の写しは、己を鏡に映すがごとく作られしものなり》
それはまことしやかに語られるだけの、ドワーフの古老の与太話だと思っていた。
生命を写す? 複製する? そんなものがあってたまるかと、心の奥で笑い飛ばしていた。
だが、今この場にあるのは、まさに“それ”だ。人の形を写し取り、何かを生み出す装置。
生まれた“それら”は、どこへ行ったのか。
あるいは──自分たちのすぐ傍に、既にいるのか。
「……ドワーフは、知っていた」
セイロスは立ち上がり、青ざめた顔でリンを見た。
「かつて、生命の複製という概念を、彼らは“神のいたずら”と呼び、深層に封じたと伝えています。私はそれを与太話と綴られた書物で読み、そうだと思っていた。けど……違った。彼らは何かを見た。何かを、隠してきたんです」
リンは黙って頷いた。
彼女もまた、ここに残る“何か”の正体を知りたいと思っていた。そして、それが“過去”だけでなく、今の災厄とも繋がっていると確信しはじめていた。
「……次は、ドワーフたちへ」
その一言に、セイロスは即座に頷き、ティリアもまた覚悟を決めた。
*
「……頼んだわよ」
リンの言葉に、森の長老たちは深く頷いた。
この地は、彼女にとってあまりに重く、あまりに尊い場所だった。
両親を失い、復讐に焼かれ、そして仲間たちと過ごし、生き直そうと決めた場所。
だが今、その大地を離れようとしている。
その決意に、長老たちの眼差しは何の迷いもなく応えた。
リン、ティリア、セイロス──三人は静かにヴィリュスの森を後にした。向かう先は、北方の山岳地帯に隠された地下都市。古より「カラグ・ザル」と呼ばれるドワーフの都市国家。
鉄と火、深淵の記憶が眠るその地へ。
道中、セイロスは馬上で魔力通信具を片手に遺跡であったこと、これからドワーフの地へ向かう事を告げる。魔力で編まれた淡い光が、言葉を通し、遠く離れた国の王都へと飛ぶ。
かつての王城、今は“叡智の場”と呼ばれる政務の中心で、その通信は届いた。
《わかった。ドワーフの件は、事前に話を通しておく。用心して行動してくれ》
端的で、だが確かな信頼のこもった言葉。
だがそれだけで通信が終わるはずもなく──
《……それと、封書の返答。ドルンという者に伝えて欲しいことがある。確実に伝えてくれ》
「わかった、我が命よりも重く扱おう。……いや、それはさすがに言いすぎか」
苦笑混じりに答えながら、セイロスはエリオットとの通信を切った。
ティリアはその様子を横目で見ていた。
リンは何も言わず、ただ前を見つめていた。
風は冷たく、空は晴れていた。
木々の緑が少しずつ少なくなり、岩肌が多くなっていく。
彼らの行く先には、灰色の峰が連なる北方の大地──“カラグ・ザル”が、確かに待っていた。
*
ヴィリュスの森の最後の木々が途切れ、視界が開ける。その先には険しい岩肌と風が吹きすさぶ荒地が広がっていた。これを越えれば、北の山系……リンたちはそう思っていた。
「……あれ?」
ティリアがぽつりと呟いた時、林の中に風もなく揺れる影が見えた。
次の瞬間、大地がわずかに震えた。
「下がれ!」
リンが声を上げるより早く、岩場に見えた何の変哲もない斜面が崩れ、そこから、重厚な鎧に身を包んだ者たちが現れた。
ドワーフ──。
小柄だが重みのある体格、武骨な斧やハンマーを手にし、その目は驚くほど静かに、彼ら三人を囲んでいた。
「…どうして、ここに」
セイロスが呟いた。彼の地図には、ここにドワーフの通路など記されていない。山岳地帯まで距離はあるはずだ。それが、目の前に。
「ついてきてもらう」
先頭の一人が、低い声でそう言った。1人だけ装飾が違う彼の肩に下げられた紋章に、セイロスは目を留めた。しかし抵抗の暇もなく、リンたちは黒布のフードを渡され、目を覆われた。ドワーフたちは素早く、だが礼を欠かすことなく三人を囲い込み、消えていった。
視界が戻った時、そこはもう別の場所だった。岩壁に囲まれ、仄かに光る鉱石が灯りのように散りばめられた地下の広間。耳に届くのは、鉄を打つ音と、静かに流れる水の音。
「ここ……“カラグ・ザル”の内部?」
セイロスが唖然としつつも、目を輝かせた。
「……あの距離を、どうやって……」
「我らには通路がある」
先ほどの男──ドルンが再び口を開く。
「通路」と言われたが、リンたちが通ったのはただの岩肌だった。光に包まれ、足元を感じる暇もなく別の空間にいたのだ。
「何者にも荒らされることなく、我らは必要とされる時に現れる。かつて“導きの門”と呼ばれた仕組みが、それを可能としている。……我らの秘宝だ」
神話のような言い回しに、ティリアは呆然と口を開けた。セイロスだけがその言葉に恐ろしいほどの理解を示し、興奮しているのが見て取れた。
「それで……なぜ私たちを?」
リンの問いに、ドルンは無表情に答えた。
「──ギリギリだった」
「……何が?」
「お前たちの“国”からの使者が、息も絶え絶えにして、道中襲われてなお我らに言伝を届けた。内容は明かせぬが……急を要する、とのことだった。ならば先んじて、お前たちを迎えねばなるまいと判断した」
セイロスは顔を強張らせた。
「襲われた?魔族に?」
「恐らく、そしてそうしてでも、伝えるべき“何か”があったということだ」
ドルンは静かに言い、《サリ=グラムの輪》を3人にかざす。輪は反応を示さなかった。
それを合図に、ドワーフの兵が動き、三人を別室へ案内する。
「この先、お前たちに見せるものがある。……我らが信頼するに足る者かどうか。それを、確かめさせてもらおう」
重い扉が開く。
そこにあるのは、金属でも岩でもない、異様な“空洞”と、蒼い輝きを秘めた輪──
古の知識が眠る、ドワーフの地下都市の“核心”が、いま開かれようとしていた。