《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
人は空を見上げ、神の居場所を夢見る。
エルフは森を歩き、精霊の囁きを信じる。
では、ドワーフはどこに神を見たのか――。
その答えは、地の底にある。
岩を穿ち、金属を打ち、火とともに生きる種族。その足元には、幾千年の年月が育んだ「暮らし」と「戦い」の記憶が眠っている。
カラグ・ザル――“鉄の瞼”とも呼ばれる地下都市。
山脈の腹をくり抜き、地熱を利用した住居と工房、巨大な地下湖を水源とした農地と、水路に満ちた層構造の都市である。
光は灯火ではなく、“語られざる石”と呼ばれる発光鉱石が放つ自然の輝き。
その淡い蒼光は、昼夜の区別なく都市を包み、
まるで星々が地下に降りてきたかのような静けさを与える。
音は多い。だが騒がしくはない。遠くで鉄を打つ音、歯車が回る音、地下水の滴る音。
それらが、まるでこの都市そのものが生きているかのように耳に届く。
カラグ・ザルには「言葉より鉄」という格言がある。
言葉は嘘をつくが、鉄は嘘をつかない――
そう信じる彼らは、武器を飾らず、誓いを彫る。
誰にも知られず、誰にも渡さず、
それでもこの地で、彼らは世界を見続けていた。
人が忘れた事を、
エルフが記さなかった過去を、
ドワーフは石に彫り、鉄に刻み、語らずして継いでいた。
それこそが、「閉ざされた民」の誇りであり、
いずれ来たるべき日のため、備えられた“最後の記録”でもあった。
そして、いま――カラグ・ザル、その深層。
最も古い地層のひとつに、“言及を避けられる区域”がある。
その存在は、記録にない。
しかし誰もが与太話として知っている。
名を持たぬその場所は、ただ「あそこ」と呼ばれるのみ。
入口は重く、三重の封印によって閉ざされている。
古ドワーフ語で刻まれた警句は、
読む者の心を試すかのように無言の圧を放ち、
門の前に立つだけで、胸の奥が軋むような不快が走る。
「ここに眠るは、“誰にも赦されぬ業”」
「手にしてはならぬ力」
「遺されしは、破滅の種」
かつて、語り部がこう伝えたという。
――この地がまだ都市になる以前、ドワーフたちは偶然に“他者の技術”を掘り当てた。
それは武器でも、魔法でもなかった。
むしろ“何かを造るための場所”だった。
“造られていた”のは、命。
あるいは、それに似た“もの”。
部屋には空洞となった無数の人型の器。
錆びついた施術台と、
未だに意味を成さぬ図案が浮かぶ黒い板。
リンの見たエルフの遺跡と構造はとても酷似していた。
素材も、文様も、用途も。
だが決定的に違ったのは、この施設が完全な形で残っていることだった。
ドワーフ達はその力に触れなかった。
否、触れることを恐れた。
それゆえ、重い扉が作られ、記録は削られ、
代々の「門番」によってのみ守られ続けてきた。
“過去が、未来を滅ぼすのだ”
それがドワーフの一族が世代を越えて伝えてきた、唯一の“封印理由”だった。
そして今、外から来た者たち――
かつて同じような構造を発見した者たちが、
再び“あそこ”に興味を持ち始めている。
扉の奥で、誰もいじることのない歯車が、
まるで静かに回り始めたかのようだった。
*
足音が、石の床に鈍く響いた。
無骨な甲冑に身を包んだドワーフの男――ドルンは、先頭を歩きながら口を開いた。
「……それで?お前達が見た“遺跡”の光景は?」
問いかけに、少し躊躇いながらリンが口を開いた。
「円形の部屋に……人の形をした空洞がいくつも並んでいて。そこに、紅い光が……ずっと漂っていたんです」
「中は空っぽで、壊れてましたけど……まるで何かを“育てていた”かのような構造でした」とセイロスが補足する。
それを聞いた瞬間、ドルンの眉がピクリと動いた。そして鼻を鳴らす。
「……そうかい。やっぱり、そういう話か」
不機嫌そうに足を速めるドルン。その背中に、ティリアが小声で「ご機嫌……悪い?」とささやくが、誰も答えられない。
やがて、地下都市の奥まった通路へと彼らは足を踏み入れる。
入り口には古ぼけた金属板が打ち込まれていたが、そこには何の文字も刻まれていない。
ドルンはその前で立ち止まると、振り返って言った。
「お前たちが見た遺跡と同じ構造が、ここにもある。……いや、正確には“あった”と言うべきかもしれんがな」
3人が驚いた表情を見せると、ドルンは小さく頷いた。
「だが、うちのは破壊されてる。誰かが弄ろうとする前に、何もかも“使えなく”したんだ。俺たちの先祖がな」
「なぜ……?」
「……“門番”ってのは、そういう役目なんだ」
ドルンは自分の胸を軽く叩いた。そこには、古い刻印が彫られている。斧でもなく、鎚でもない円環と鍵のような、意味深な文様だった。
「“門番”は、ただ通路を守る者じゃない。この都市の中に、“開いてはいけない門”がある。
その門の前に立ち、それが開かれようとする気配を感じたときに、命を賭してでも止めるのが俺たちの務めだ」
セイロスが思わず息を呑む。
「……あれは、命を“造る”場所だった。かつて、それが何を生み、何を残したのか……俺たちは知らない。だが、遺された記録の中に、たった一言こうあった」
ドルンは一歩踏み出し、低く呟く。
「――“繰り返すな”」
沈黙が流れる。
ドルンは肩をすくめて、いつもの不遜な態度に戻った。
「ありがちな話だ。昔々、どこかの馬鹿が触って、手に負えなくなった。……だからこそ、知ってる話を改めて聞かされるのは、気分が悪いんだよ」
だがその語尾には、どこかほっとした響きもあった。
すでに破壊されている。だから、もう誰にも弄れない。
その事実が、ドルンにとって最大の安堵であり、同時に最大の警戒でもあるのだ。