《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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問答の先は

 

 

 「あそこ」――それは、ドワーフ達が口にすることすらはばかられる場所だった。

 

 厳重な封印の扉が、静かに開いていく。

 金属とも石ともつかぬ材質の重たい門が、音もなく開かれるのは、内部の空気がどこか異質であることを予感させた。

 

「……禁忌とは言ってもな。門番の役割には“内部の監視”も含まれる。……だから、俺はここに入る権限がある」

 

 そう言いながら、ドルンは振り返る。

 眉間には深い皺。だが、その目には怯えも諦めもなく、ただ静かな覚悟があった。

 

「気を引き締めてついてこい。……中の空気は、外とは違う」

 

 通された先は、まるで地下神殿のようだった。無数の石柱が並び、その奥にはエルフの遺跡とよく似た、装置の残骸がいくつも佇んでいた。

 

 ……ただし、違いがあった。

 

 装置に刻まれた人型の等身が、エルフのそれとは違っていた。

 

「……あれ」

 

 先を歩いていたティリアが、小さく声を上げて立ち止まった。

 

「……この形……あの遺跡で見たのより……小さい。脚も太いし、腕も……」

 

 呟きながら、筒の一つに手を触れそうになり、そっと止める。

 そして、ドルンを見つめた。

 

「これ……ドワーフの体格に近い……?」

 

 ドルンが立ち止まり、顔をしかめた。

 リンも何かを言いかけて、思考に沈む。

 

 沈黙。

 

 誰もが声を失うなか、セイロスがぽつりと呟いた。

 

「……違う種族に、それぞれの等身。遺跡ごとに“器”の形が違うなら……そもそもだが」

 

 彼は振り返り、静かに言い放つ。

 

「――“人”も、“エルフ”も、“ドワーフ”も……すべてが、“ここで生まれた”のではないか?」

 

 その言葉に、空気が凍る。

 

 リンが息を呑み、ティリアが戸惑い、ドルンがゆっくりと目を閉じる。

 

 「バカな……」と誰かが呟こうとしたその時――

 

 「記録が、あるにはある」

 

 ドルンが低く呟いた。

 

「……とても古い文。読み解くには何年もかかったが……そこにはこうあった。“土より器をつくり、そこに宿す。水を分け、火を通し、風を吹き込む”と」

 

 「それは……?」とリンが問う。

 

「古の詩だと、俺たちは教わった。だが、“土”“水”“火”“風”は、魔力や生命に関係するなんらかの技術の隠喩かもしれん」

 

 セイロスは、その場に立ち尽くしながら呟いた。

 

「……ならば、僕たちは何者なんだ? 誰が、“初め”を作ったんだ?」

 

 沈黙が、空間を覆った。

 

 足元の石床、壁に刻まれた線刻。

 それらが、今にも口を開いて答えそうな気配がする。

 

 だが、沈黙は続かない。

 四人の間に、風が逆流するような気配が走った。

 空気が震える。遺跡の中心、紅く脈打つ残骸の前に――突如として、「影」が立っていた。

 

 影の輪郭は曖昧で、まるで空間の歪みが形を成したかのよう。

その姿が徐々に明確になると、長く垂れた外套、顔を覆うフード、黒い旅装束――

 明らかに、この場所の誰とも異なる、外の者だった。

 

「っ……! 魔族!?」

 

 ティリアが身を引き、セイロスも手をかざして魔法詠唱に移ろうとする。

 だが、その二人の前にリンがすっと一歩、進み出た。

 

「……違う。彼は――放浪者よ」

 

 放浪者。

 

 その言葉が空気に広がった瞬間、ティリアとセイロスの緊張が別の意味に転じ、ドルンの目が見開かれる。

 

「……嘘、だろ……この目で、見るとは……」

 

 呆然としたまま、ドルンは言葉を失い、ただその影を――放浪者を見つめた。

 

 リンは淡々と続ける。

 

「以前、会ったことがあるの。襲撃が増える直前……まるで風のように現れて、言いたい事を言って風のように去っていったわ」

 

 静まり返った空間に、セイロスが僅かに躊躇いながら口を開く。

 

「……その、“放浪者”という名前……ドルン殿」

 

 セイロスがイゼリアの地を発つ直前にエリオットから密かに託された言伝を伝える。

 

「――『彼に会いました。そして話をした。』と」

 

 ドルンはただじっと放浪者を見つめたまま、額に深い皺を刻んだ。

 

 「……そう言ったのか?」

 「ええ」

 

 その間にも、放浪者は一切動かず、ただ静かに、彼ら四人を見つめていた。

 フードによってその表情は伺えない。

 だが、どこか――確かに、何かを知っている者の眼差しが、そこにはあった。

 

 彼は、四人を見渡し、静かに口を開いた。

 

「――問いを持つ者たちよ」

 

 その声は低く、どこか乾いた響きをもって空気を震わせた。だが確かに、耳ではなく、魂に触れるような声だった。

 

「我が名は無く姿は忘れられ、ただ放浪者と。

されど、お前たちはようやく私の立つ理由を得た」

 

 四人は動けず、ただその言葉に耳を傾けるしかなかった。

 

「お前たちはそれぞれが“問い”を抱いている。

 そしてその問いは、過去より繋がれし何かを、未来へと運ぶための“鍵”になる」

 

 放浪者の視線が、まずリンへと向けられる。

 

「――お前は、紅き光を得て以来、誰にも見えぬ少女の影を視ているな」

 

 リンの目が驚きに揺れる。

 

「それは幻ではない。記録に刻まれた“因果の残滓”――もしくは、意思なきもの。お前がその問いを抱く限り、私は在り続ける」

 

 次に視線が、ティリアとセイロスに流れる。

 

「お前たちは異なる道を歩みながら、同じ問いに近づいている。

 “生命はどこから来たのか”。

 “我らは何者なのか”。

 その問いは滑稽でありながら、忌避され続けてきた。だが、遺跡に立ち、かの器を前にした時――お前たちは口に出さずとも、既に答えを欲していた」

 

 セイロスはごくりと喉を鳴らし、ティリアは戸惑いを隠せず顔を伏せる。

 

 最後に、ドルンを見やった。

 

「そして、“門番”。お前が代々背負い、誇りとともに受け継いできた役割――その本懐の意味だ」

 

 ドルンの目が見開かれ、唇がわななく。

 

「私は答えを与える者ではない。ただ、かつて“問いに至らなかった者たち”の、敗北の記録を持つのみ」

 

 そして、放浪者は手にした古びた手記――ヴァルデンの記録を静かに掲げた。

 

「お前たちが“現実”を見据え、

 “理性”を貫き、

 “罪”と向き合い、

 そして“水と油”を超えようとするならば――

 この記録は、次の“鍵”を照らすだろう」

 

 フードの下から、かすかに、微笑したような気配が洩れた。

 

「……問い、答えを示せ。己に、世界に、そして“かつて答えに辿り着かなかった者たち”に」

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