《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
赤錆びた金属の柱が幾何学的に組まれ、無骨な魔力の奔流が天井から軋むように響く。
その奥、静かに佇むのは、ドワーフが各地で出没していた理由。転送のための装置――円形の台座と、それを囲む複数の制御石柱。
「ここから先は、お前たちが歩く戦場だ」
ドルンは、装置の起動を確認しながら呟いた。背後に並ぶ他のドワーフ達が、次々に武具を身に纏い始めている。重厚な甲冑、神聖なる古槌、そして赤熱する魔刻の紋。
「ドルン殿は?」
セイロスが振り返る。
その問いに、ドルンは片手を挙げて「俺はこの白髪とイゼリアの地へ」と告げた。
「なぜお姉様と?エリオット様達のいる人の国が今襲われてるのに、どうしてそっちに行かないの?」
ドルンは応えない。だが装置の前から動くことなく、ぽつりと口を開いた。
「仮に、魔族の狙いが“人間”だったとして、奴らの目的はなんだ?殲滅か?」
セイロスとティリアは、視線を交わしながら黙った。
ドルンの目が鋭く光る。
「魔族は“エルフ”に用がある。人の国は囮にすぎん。」
「…その根拠は?」
ティリアの喉が詰まる。リンは黙ったまま腕を組み、何かを考える。
「連中がどこから生まれ、何を目指しているのか……まだ見えん。だが禁忌に触れた記録のなかに、妙な一文があった。」
ドルンは斧を背に戻し、装置の起動を他のドワーフに促し、準備を急がせる。
「“魔を統べる者らは、己らを操れる可能性を持つ種を恐れ、捜し、滅ぼす”……と」
言葉を聞いた瞬間、リンの喉が鳴る。自分でも無意識だった。
そして次の瞬間、ぽつりと呟いていた。
「……あの紅い光、私に宿ったあの光」
ドルンの瞳が動いた。だがその目は、驚きでも否定でもなく、ただ確かめるような静かさを湛えていた。
「確定は出来ん、そんな記録だけで全てを断じるわけでもない。だがもしその光を宿してから、魔族の襲撃が増えたのなら――狙いは、もしかするとお前かもしれん」
沈黙。
ティリアが思わずリンを見つめ、セイロスは軽く奥歯を噛んだ。
「……エルフが、魔族を操れる?」
セイロスの呟きに、ドルンはわからんとと首を横に振る。
「可能性の話だ。魔族は“エルフの何か”を恐れ狙っている。だが何を恐れているかは、まだわからん。狙いが定まってる以上、その理由は必ずある」
リンは目を伏せる。
心の奥に、あの少女――あの、紅い光の中に現れた“誰か”の幻影がちらついた。
「……私が、連れてきたのかもしれない」
「違います!」
即座にティリアが言った。
「連れてきたんじゃないです!私達が集まってること、魔族に見つかったんです!!」
セイロスが口を開こうとして、黙った。言葉が見つからない。
そのとき、ドルンが手を掲げ、転送装置に触れる。
「何にせよ、向こう側はおそらく戦場だ。覚悟を決めておくんだな。」
「……わかった」
セイロスが頷き、ティリアも覚悟を込めて目を閉じる。
次の瞬間、転送装置が光を放ち――
セイロスとティリアの姿が、それに続くようにドワーフの一団が霧のように消えていった。
「さて白髪の、さっき俺はお前が狙われる可能性があると言ったな。」
「ええ、聞いたわ」
「連中にはそう言ったが断言する」
ドルンの声には、かすかに苛立ちが混じっていた。静かにだが確かに、重く、染み入るように響く声だった。
「“紅い光”――あれは確実に、魔族に影響を及ぼしている」
リンは黙っていた。
視線を落としたまま、ドルンの言葉を静かに待っていた。
「実際、魔族と戦った時に他の魔法と違う“何か”があったはずだ」
「……ええ」
しばらくの沈黙のあと、リンはゆっくりと顔を上げた。その瞳に迷いはなかった。ただ、正確に言葉を選ぶような慎重さがあった。
「“紅い光”を宿してから使う魔法は、通常の魔法に比べて、消費する魔力が異常に少ないの。それでいて、魔族に対する威力は高い。むしろ、通常の攻撃では弾かれるような相手にも、届いた」
「つまり、魔族にとっては天敵のようなもんか」
「……多分」
リンの言葉に、ドワーフの一人がごくりと唾を飲む音が聞こえた。
ドルンは腕を組み、眉間に皺を寄せながら何度か顎を撫でるように指を走らせる。
「なら……やっぱり、お前が“狙われる理由”はそこにあるってことだ」
「……そうかもしれない。でも、私にもはっきりとはわからない。ただ……光が宿ってから、魔族の動きが確実に変わった」
「フン……」
ドルンは鼻を鳴らした。だがそれは冷笑ではなかった。
「ま、そいつを確かめるのは――これからってことだな」
そして背後に控えていたドワーフ達に目配せをし、口を開く。
「行くぞ。俺たちは森へ向かう」
「イゼリアの地へ……」と、リンが呟く。
その視線は遠く、かつて紅い光を見つけた遺跡の方角を思い浮かべていた。
あの光――自分が持ってしまった“何か”が、この戦いの行方を左右するのかもしれない。
*
蒼い炎が軋むように揺れた。
エリオットの体を包むその炎は、魔族の放つ赤黒い焔と、空間を裂くようにぶつかり合う。
――父によく似ていた。
面影だけではない。あの忌々しい赤黒い炎も、ここで見たことがある。
「真似か、父が操られたか、それらは問題じゃない」
低く呟くと、エリオットは盾を構えた。
盾の淵から、蒼い火が滴るように流れ落ち、地を這いながら魔族の足元へと伸びていく。魔族が踏み出すと同時、その焔は爆ぜて、動きを一瞬止めた。
その隙を逃さず、エリオットの剣が閃く。蒼炎を纏った刃が、魔族の身に斬撃を刻んだ――はずだった。
しかし赤黒い炎が防御する。鉄よりも強く、呪よりも重い怨念の壁。
蒼と赤黒、それぞれの焔が交錯するたび、空気は裂け、音は歪む。
「っ……くそっ……!」
エリオットの脳裏をよぎるのは、今後の議題などの資料ではなく。この部屋にある様々な民衆たちから送られた品々。
《エリオット様、ご結婚を!》
《新しい時代の象徴に祝福を!》
燃えないよう蒼炎を消し、一点に集中したように魔族へと蒼い光の一閃を放つ。
その一撃に押された魔族が、バルコニーの縁にぐらりと体勢を崩した瞬間、エリオットは走りながら剣を鞘に戻し魔族に抱きついた。
「はぁああああっ!」
怒気が交じった叫びとともに、両者の体はバルコニーから落下する。
石造りの屋根へと叩きつけられたのは、魔族の方だった。
瞬間、赤黒い炎が噴き上がり、屋根を焼き払う。だが、同じように蒼い炎が巻き上がり、その一部を押し返す。
「立って戦え、貴様に想いは消させんっ!」
エリオットの声に応えるように、魔族がその赤黒い焔で形作った長剣を手にする。
エリオットもまた、蒼炎をその身に呼び纏いながら剣と盾を構える。
今度は、真正面からの打ち合いだった。
剣と剣、焔と焔。屋根の上、街を見下ろす高さで、死闘が繰り広げられる。
*
城下の広場は、喧噪と悲鳴が混じる渦となっていた。
突如として現れた黒い影の紋章を掲げた者たち――“教徒”たちが、救世主の名を掲げながら民衆の間を駆け、声を張り上げていた。
「恐れるな! これは罰ではない、祝福だ!」
「我らを導く救世主が、この国に舞い降りた!」
その異様な叫びに、立ち尽くす者も、耳をふさぐ者もいた。老いた母が子を抱き、若い夫婦が互いの手を取り合い、逃げ場を探していた。
「やめろ!混乱を招くな!」
「ここから先は避難区域だ、通すわけには――!」
衛兵たちが盾を構え、通りを塞ぐ。
剣を抜くのは最後の手段と定められていたが、暴徒と化した教徒がそれを見逃すはずもなかった。
「私たちを斬るつもりだ!」
黒い影の紋章が刻まれた旗が振られ、それに呼応するように、路地裏から別の一団が現れる。瞬く間に、城門前は混乱の坩堝となった。
その混乱の中――誰かが、空を指差した。
「あれ……!」
誰の声とも知れぬその一言で、すべての動きが一瞬止まる。
老若男女、衛兵も教徒も、魔族を“祝福”と呼ぶ者も、“災厄”と見る者も、すべてが上を見上げる。
王城の高み、その屋根の上に二つの影。
空中で交差し、赤黒と蒼の焔が渦を巻く。
――戦っている。
“救世主”とされる存在は、今、蒼い炎を纏う青年に打ち据えられていた。
「……あれ、エリオット様?」
誰かが呟く。震える声で。
その名は、エリオット。
革命を導いた英雄。新たな時代の象徴。王を討ち、新たな秩序を築いた若者。
その青年が今、命を賭して“影”と剣を交えていた。
焔が吠えた。
赤黒の狂気が、蒼の信念と衝突し、空が軋む。混乱の只中で、人々はその姿に目を奪われた。叫ぶ者も、泣く者も、ただ見つめた。声を忘れ、足を止め、息を詰めた。
蒼き焔が夜空を裂く。
剣と共に、エリオットの意志が振り下ろされるたびに、赤黒い業火が弾け、魔族の咆哮がかき消されていった。
――その炎は、かつて見たものだった。
「…革命の時見た。蒼い、炎」
ぼそりと呟いた衛兵の声が、隣の衛兵の心を震わせた。
そして、それは周囲へと静かに広がっていく。かつて国を覆っていた暗き時代に、希望として燃えた炎。
王城を包囲し、剣を取る覚悟を決めた日。
民の怒りが一つにまとまり、暴力ではなく意志で世界を変えようとした、あの日の記憶――
蒼い炎は、それを思い出させた。
「立て!」
「防衛準備と共に暴徒の鎮圧を!」
「まだ終わってない!」
衛兵たちが再び前を向き、剣を手に走る。
その姿に、混乱していた民も続いた。
「安全な場所に逃げてください!」
「こっちは私たちが!」
若き衛兵が声を張ると、老いた商人が後ろから教徒の足をすくった。
「若い者にばかり任せてられるか!」
「うちの子を連れてってくれ!」
「この先の広場が空いてる、そっちへ!」
民が民を守り、衛兵が道を開き、教徒たちは徐々に数を減らしていく。
熱気と希望が、混沌の広場に吹き返る。
エリオットの炎が燃える限り、灯火のように人々の心もまた、燃え続けるのだった。