《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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まどろみの目覚め

 

 

 ――熱い。

 

 焼けるような痛みが胸にある。

 けれどそれ以上に、包まれているような温かさがあった。

 

 (……なんで……こんなに……優しいの……)

 

 耳の奥で誰かが叫んでいた。

 誰かが光を放ち、誰かが闇に立ち向かっていた。

 その誰か――セイロスが、震える手で自分を支えていた。

 

 (……わたし……これ、知ってる)

 

 倒れそうな時に支えてくれる人。

 死にかけた時に、手を伸ばしてくれる人。

 どこかでずっと、そういう「王子様」を探していた。

 

 ――お姉様。

 優しくて、真っ直ぐで、少し怖くて。最初に会った王子様。

 

 ――セリス様。

 美しくて、冷たくて、でも芯が強くて。なにより、エリオット様と私を引き離そうとしきた王子様。

 

 ――エリオット様

 とっても温かい人。優しさの奥に、熱を隠している王子様。

 

 けれど――

 

 (……なんで、セイロスが……一番、王子様っぽいの……)

 

 ひどい顔で、ひどい視線で、変なことばかり言うのに。なぜか、痛みの中でもその姿が一番はっきりと見えた。

 

 (変態、変質者、変な人……なのに……)

 

 そんな思いの中、不意に服から何かがこぼれ落ちた気がした。視界は霞んでいた。けれど、それが何かはわかる。

 

 ――ドルンから預かった、ドワーフの遺物。

 「使い方はわからん、効果も不明だ。だがエルフが使えるかもしれんから持っておけ」

 そう言って、ごつごつした黒鉄の箱。角張りった箱をお守りのように渡された。

 

 (……役に、立たないかも……って……)

 (それでも、もらったとき……少しだけ、嬉しかったな……)

 

 腰に下げた袋でわずかに淡く、箱が脈動するように光った。それは、ティリアの中に残る意識を、わずかに現実へ引き戻す。

 

 セイロスの声が聞こえた気がした。

 「君だけはっ!」

 

 (……だからもうちょっと……だけ、起きてる……)

 

 ティリアは心の中でそっと、そう答えた。

 

 

 倒れていたティリアの服に下げた袋から――ドワーフの遺物が、かすかに震えた。

 

 始まりは、風の音のような微細な振動だった。しかしそれは次第に共鳴音へと変わり、辺りに漂う魔力を吸い寄せるようにして、白銀の光を纏いはじめる。

 

 「これは……!」

 

 ティリアに覆い被さるようにしていたセイロスが驚きに目を見開いた。

 輪の中心が開き、そこから立ち昇るように現れたのは――透き通るような光の粒子。

 

 それは人の形を持ち、セイロスはすぐに“精霊”としか呼べない存在だと理解できた。

 

 けれど、それは今までエルフも見たことがないような高純度の存在だった。自然の奔流、森の揺らぎ、風の旋律、全てを内包したかのような……まるで世界そのものの断片。

 

 「な、なんだ……これ……」

 

 セイロスが言葉を失う中、人の形をした精霊はそっとティリアの額に触れた。

 次の瞬間、ティリアの体に纏わりついていた血と傷の痕が、まるで時間を巻き戻すかのように癒えていく。

 そして傷跡だけでなく、ティリアの内部にあったなにかが開放された。

 

 ティリアの睫毛が揺れ、そして――

 

 「……せ、イロ……ス?」

 

 かすれた声とともに、目が開かれた。

 その瞬間、あたりの空気が震えた。

 

 「精霊が……いや、“それ”は――!」

 

 レドが――いや、魔族が、ティリアの覚醒を目にし、悲鳴のような叫びを上げた。

 

 頭に直接響く、金属を引き裂くような咆哮。

 聞き取れぬはずのその音が、どこかの言語体系を持っているとセイロスは本能で理解した。

 

 (呼んでいるのか、仲間を……!)

 

 魔族の叫びは周囲に拡散し、空気そのものが震えた。その気配に呼応するように、地面から――黒い影が、生まれ始める。

 

 「……くっそ、やっぱり、お前が……狙われてるんだな……!」

 

 セイロスは顔を顰め、ティリアの前に立ちふさがる。だが、その背後に、ティリアのかすかな声が響いた。

 

 「……ねえ、セイロス……私、たぶん……魔法、うまく使えるかも」

 

 その声とともに、空間にふわりと花びらのような光が舞った。

 ティリアの瞳は、これまでよりも遥かに強い意志と光を宿していた。

 

 

 ――かつて、リンのようになりたかった。

 

 森を守る者、皆の憧れ。美しく強く、静かに魔法を操るエルフの象徴。

 けれど、どれほど願っても、魔法はティリアに応えてくれなかった。

 

 だからこそ、剣を取り、弓を引き、研ぎ澄ました反射神経で逃げてきた。

 それでも、ずっと心のどこかにあったのだ――「魔法が使えたなら」と。

 

 「……今なら、使える気がする」

 

 ティリアの呟きに、精霊が再び舞う。

 この身に宿された回路が、束縛を解かれたかのように輝きを帯びる。

 

 「雷よ――我が叫びに応えよ!」

 

 空気が弾けた。

 

 轟音と共に、彼女の指先から放たれたのは、天よりもなお高く鋭い雷光。

 濁流のような蒼白の雷が、大地を這うように駆け、迫る魔族へと襲いかかった。

 

 断末魔にも似た咆哮が上がり、黒い影が弾けるように吹き飛ぶ。

 たちまちのうちに2体――その姿が消滅していた。

 

 「……やった……!」

 

 セイロスが目を丸くして、背後のティリアを見返る。

 ティリアは、自分の手のひらを信じられないように見つめていた。

 

 だが――

 

 「まだ、3体……しかもあいつは――!」

 

 レドを中心に残った魔族3体が、円陣を組むように陣形を整える。

 雷光が生んだ蒸気と煙の向こうで、奴らは確かに怯えていた。だが、後退はしない。

 

 再び、奇声と共に黒い炎が噴き上がる。ティリアとセイロス、そして守りに残ったドワーフの1人が応戦するも、形勢は拮抗し、次第に体力が削られていく。

 

 ――そして、その時だった。

 

 「おーい、お嬢様方、お坊ちゃま方。そろそろ潮時だぜ?」

 

 陽気で軽やかな声と共に、瓦礫の上から影がひとつ跳ねる。

 それはマントを纏った男、フレイ。

懐から銀の管を2つ取り出し、魔族達の前と、セイロス達の前にそれぞれ投げる。

 

 「煙幕ってな」

 

 白煙が瞬く間に広がり、視界がゼロになる。

 

 「逃げるぞ! この娘、俺たちの希望だ!」

 

 煙幕の中、3人と残ったドワーフの護衛たちは消えた。

 

 その場に残されたレドは、セイロス達が逃げる直前、追おうとした途端煙の中から放たれたフレイのナイフが額に深々と刺さり、その場に止まってしまいセイロス達を追えずにいた。

そして焼け焦げた仲間たちの跡を見下ろし、低く呟いた。

 

 「……なぜ今になって集合体が?精製機は残らず破壊したはず」

 

 ナイフを引き抜いたレドの眼が、黒い影の紋章の中でゆらりと揺らいだ。

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