《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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紡がれる伝説①

 

 

 レドの姿をしていた魔族は、雷に焼かれ、精霊に包まれ、その肉体の奥に宿っていた“何か”が、剥がれ落ちていった。

 美しく整っていた顔は崩れ、目の光は虚ろに。その肉体からレドとしての“面影”が完全に消えていく。

 

 残されたのは、奇怪な皮膚と、凶悪な骨格。

 魔族、本来の姿。

 

 だがその身体もまた崩れ始め、地に伏していた。断末魔にも似た低い呼吸のなかで、魔族はいつもの不協和音ではなく、言葉を告げる。

 

 「……門番、上位個体……精製機……」

 

 声は割れていた。

 しかし、確かに言葉として、リンたちの耳に届いた。

 

 「面倒なことが……増えたな」

 

 吐血しながら、魔族はさらに笑みを深くする。その表情は、どこか達観した死者のようで

 

 「……だが、あの厄介な男を処分できた」

 

 その瞬間、リンの背に、ぞわりと冷たい風が走った。“厄介な男”――誰のことか、すぐに察してしまった。

 

 セイロス。

 

 リンとドルンが思わず振り返るが、ここからでは遠く離れた戦場の様子は見えない。

 

 

 

 

 「集合体をまともに扱えんほど愚かか」

 

 レドの腕が、再びティリアに向かって伸びかけた、その瞬間だった。

 

 ――轟音。

 

 まるで空間が砕けるような音とともに、天井が崩落する。

 

 石塊と塵が一斉に舞い上がり、視界を覆った。誰もが思わず身を屈め、咄嗟に防御の姿勢を取る。

 セリスがティリアを庇い、セイロスは反射的に魔法障壁を展開。フレイは咄嗟に短剣を構え、崩落の中心を睨む。

 

 土煙の向こうに、何かが「落ちてきて」いた。

 いや――誰かと、何かが一緒に。

 

 やがて、煙が静かに晴れていく。

 瓦礫の中心、蒼い炎の残滓とともに現れたのは――

 

 「……エリオット……!?」

 

 セリスが声を上げた。

 彼は荒い息と共に血が混じった唾を吐き、剣を杖代わりに地面に突き立てていた。その肩には黒焦げの傷跡、服は裂け、血がにじむ。

 しかしその瞳だけは、燃えるような激情を湛えていた。

 

 その向こうにいたのは――

 赤黒い炎を纏う魔族。その魔族の視線はエリオットから逸れ、すぐにレドへと向かう。

 呼ばれた側と、呼んだ側――そこには奇妙な主従関係のようなものが垣間見えた。

 

 「逃げたからな、追ってきた」

 

 エリオットがその場を見渡し、状況を確認する。レドは焦る様子もなく、口角をゆるめると不気味に笑った。

 

 エリオットは剣を握り直し、赤黒い魔族へと歩み寄っていく。その背中には、かつての革命の影と、今の希望のすべてが宿っていた。

 

 エリオットが剣を構え、赤黒い炎を纏った魔族と対峙するその瞬間、彼の背後にあった混乱が一気に静まった。

 

 「――非戦闘員は即座に退避!」

 セリスが声を張り上げる。

 彼女の叫びに応じて、評議会の老齢の者たちや傷を負った兵、補給兵や文官たちが退避を開始する。

 

 「フレイ、頼むぞ!」

 エリオットの叫びに、フレイはにやりと笑い返した。

 

 「任せとけ。俺の華麗な後衛護衛、見せてやるさ」

 

 彼は手刀を振り、周囲のドワーフの半数と共に退避支援の護衛に回った。

 短剣と煙幕の小瓶を手に、細かな指示で周囲を動かしていく姿に、兵士たちも次第に落ち着きを取り戻していく。

 

 残ったドワーフの前衛部隊が、一糸乱れぬ布陣を敷く。

 鋼鉄の盾を掲げ、戦槌や斧を構える彼らの足元には、古の紋章が浮かび上がっていた。

 

 一方――

 後方支援として控えたセリスとセイロス、そしてティリア。

 

 「セリス、ティリア……支援魔法の範囲はここまでだ」

 「了解。私は臨機応変にする」

 セイロスが冷静に判断を下す。

 セリスが頷き、魔法を準備する。

 ティリアは短く深呼吸をし、精製機を抱く。

 その中からすでに漂い始めた光が、微かに脈動していた。

 

 「……来て。精霊たち」

 

 声に呼応するように、空間がわずかにきらめく。高純度の精霊が、再び彼女に力を与えようとしていた。

 

 エリオットは剣を地に構え、蒼い炎を剣先に灯す。

 

 「行くぞ。全員、死ぬなよ」

 

 その言葉に、ドワーフたちが頷いた。

 

 その視線の先には――

 不気味なほど沈黙したままの赤黒い炎の魔族、そして、じりじりと距離を詰めるレドと、背後に控える5体の魔族。

 

 静寂が、深く、深く、重くなる。

 

 そして雷のように、地響きと見間違うほどのエリオットの咆哮とともに開戦の時となる。

 

 

 

 ティリアが掲げた掌から放たれる高純度の精霊魔法。精製機から生まれた精霊は、彼女の魔力を媒介にして顕現し、雷となって天を裂く。

 

 「目標、左の二体! 貫け――!」

 ティリアの叫びと共に、空気が焼ける音がした。放たれた雷は蛇のようにしなり、二体の魔族の胴を貫通。

 焼け焦げた異形が地に崩れ落ちる。

 

 「ティリア、魔力制御が崩れる前に……!」

 

 セイロスの声が飛ぶ。

 彼は後方で魔力の均衡を保つ支援魔法を展開していた。緻密な詠唱と術式、まるで機械仕掛けのような正確さでティリアの魔力暴走を防ぐ。

 

 「制御支援、完了。もう一撃いけるぞ!」

 

 その背後、セリスが銀糸のような光を纏いながら駆ける。彼女の杖の先からは、氷刃のような魔法剣が生成され、魔族へと射出される。

 

 「あと三体!」

 

 セリスが叫び、すぐに回復魔法で前衛のドワーフの傷を癒す。

 ティリアの雷撃、セリスの攻撃魔法、セイロスの後方支援──三者の連携が完璧に機能しはじめていた。

 

 そしてその前方、エリオットが父の面影を持つ魔族と斬り結ぶ。蒼い炎を纏った剣が、魔族の赤黒い炎とぶつかりあうたび、空間が軋むような音を立てる。

 

 「まだだ……!」

 

 足払い、横薙ぎ、背中からの反転斬り。剣技に囚われず、己の肉体全てを武器にした戦い方。まるで彼は戦場を支配していた。

 

 だがその最中、別方向からもう一筋の影が飛ぶ。

 

 「ただ人の身でよくもまぁ」

 

 レドだった。

 その体はすでに“人間の皮”を脱ぎつつあり、異形に近い筋と黒紋が浮かんでいる。

 レドは叫ぶように言葉を放つ。

 

 「精製機も、上位個体へなりうる者もこの場にある……ならば、2つとも消し去るッ!」

 「させるかッ!」

 

 エリオットがレドに向けて蒼炎の剣を振り抜いた瞬間、赤黒い魔族が背後から同時に襲いかかる。魔力の奔流が交錯する。

 ――だが、彼は止まらない。

 

 右足で地を蹴りレドの腹部へ蹴撃、蒼炎の奔流を振り抜いて赤黒い魔族の斬撃を相殺。

 二対一の極限戦闘、まるで舞のような剣戟。

 

 「あいつの横にまるで入れん!」

 「迂闊に近寄れば、巻き込まれるだけか!」

 

 後方で見ていたドワーフ達が歯噛みした。

 それでも、彼らは止まらなかった。

 

 「だが、だからこそ俺たちの戦場がある!」

 

 彼らは周囲に散らばる魔族たちの相手へと向かう。戦線が乱れれば、エリオットの集中力すら奪われる。それを防ぐべく、ドワーフたちは刃を交え、鋼の意志で踏みとどまった。

 

 ティリアが再び雷を放ち、セリスとセイロスが後方で援護を続ける中、

 エリオットは蒼き残像を戦場に刻み続ける。

 

 「全てを燃やす!魔族も幻影も!」

 

 剣に宿る炎が蒼を超え、白炎すら帯びはじめる。その光景を見たドワーフの一人が、呆然と呟いた。

 

 「我らはもっと外と関わりるべきだったか。…こんな男が、人間がいるのか」

 

 もはや伝説と化しつつある戦いの中、

王を討った男が、再び世界の命運を懸けて剣を振るう。

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