《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

58 / 71
紡がれる伝説②

 

 転送の余波が消えると同時に、リンは目を細めた。風は焼け焦げた血の匂いを含み、街の空気は死にかけた獣のように荒れていた。

 

 「…この精霊の薄さは」

 

 イゼリアの地とは明らかに異なる。

 空も大地も、人々の心までもが、何かに蝕まれているような空虚な感触。

 

 「これが……人の国」

 

 だが、リンの眉がわずかに動いた。

 

 「いや……違う」

 

 彼女はふと、真逆の感触を感じ取った。

 

 濃い。

 いや、“濃すぎる”。

 ――精霊が飽和し、もはや“声”ではなく“形”として響いてくるほどの密度。ただ薄いのではなく、吸われているのだ。

 

 「ドルン、来て!」

 

 走り出したリンの背を見て、ドルンが舌打ちしながらも追う。

 

 「ったく、また急だな……!」

 

 瓦礫を避け、人の悲鳴と破壊の音を縫うように走る二人。やがて辿り着いたのは、崩れた建物の──視界が開けた場所だった。

 

 「……あれは」

 

 そこにいたのは、まさに“戦場の主”と呼ぶべき男だった。

 

 エリオット・カレヴァン

 背には王の名残を宿す蒼き炎、剣はすでに技ではなく意志そのもので振るわれていた。

 

 赤黒い魔族と、レドの異形。

 二体の災厄を相手にしながら、エリオットは一歩も退かず、むしろ前へ、前へと攻めていた。

 

 「……人間って、ここまで強くなれるの……?」

 

 リンが思わず呟く。

 

 その剣は鋼ではなく、信念の延長だった。

 その炎は業火ではなく、誓いそのものだった。

 

 ──革命の時とは違う。

 ──王を討った時とも違う。

 

 これは、守るための戦い。

 誰かの背中ではなく、全ての民の未来をその腕に抱いて、彼は戦っていた。

 

 「……なるほどな」

 ドルンが呟く。

 

 「こりゃあ、放浪者が放っとけねぇわけだ。ドワーフだって、恩を返さにゃならねぇな」

 

 その言葉に、リンも小さく頷いた。

 

 「精霊達も、あの炎に惹かれて集まってる……あの人は、ただの人間じゃない」

 

 リンの目に、ほんの僅かだが紅い雷が走る。

 彼女自身もまた、異なる何かに変わりつつあることを自覚していた。

 

 「ドルン。私たちも、入るよ」

 「白髪、お前に言われなくてもな」

 

 そして、二人は戦場へと駆け出す。

 エリオットという“核”を中心に、いま、新たな戦局が動き始めようとしていた。

 

 

 ティリアが魔力の流れを精製機に注ぎ込んだ、まさにその瞬間だった。

 

 ズルリ――と、影が揺れた。

 

 「ッ……!」

 

 セイロスの目に、かつてのあの一撃が蘇る。

 レドに刺された、あの悪夢のような光景。

 

 だが違った。

 

 背後に現れた魔族は、ティリアに触れる前に

 紅い雷に撃ち抜かれていた。

 魔族は焼け焦げた呻き声と共に崩れ落ちる。

 

 「遅れたわ」

 

 その声に、ティリアは振り向く。

 立っていたのは、リンだった。

 

 「お姉様!」

 

 ティリアの表情が、ほんの一瞬だけ子供のように綻ぶ。

 

 「ドワーフの遺物が動いて、精霊が、それに魔族が、レドも、まだいるの!」

 

 状況を早口に説明するティリア。その背後ではセイロスが肩で息をしながら魔力を練り直していた。

 

 リンは一瞥で戦場全体を見渡し、ティリアの言葉を頭に叩き込む。

 

 「……セイロスは無事、よかった」

 

 安堵の声はほんの一瞬。

 次の瞬間、リンの瞳は鋭く細められた。

 

 「……じゃあ、“厄介な男”って誰のことよ?」

 

 魔族が死に際に言った言葉が、脳裏に引っかかる。だが、リンはそれ以上考えるのをやめた。戦場において迷いは命取りだ。

 

 「いい、ティリア。浄化をすればあの混じった魔族は何とか倒せる…でもここは精霊の跡が濃いだけでほとんどあの人へ集まってる」

 「っなら!私精霊を呼べます!このドワーフの遺物で!」

 「これ…」

 

ティリアが差し出した黒い箱の遺物に、リンはこれが魔族の言っていた精製機と判断する。

 

 

 蒼炎と赤黒が衝突し、世界は灼け焦げるようだった。

 

 エリオットの剣と蒼き炎が暴れ狂う魔族を押し返すたびに、地が裂け、空が揺らいだ。

 人の国の王子にして、革命の象徴――その戦いは“孤高”そのもの。

 

 誰も割って入れないはずだった。

 

 だが、そこへ飛び込んだ男がいた。

 

 地鳴りのような足音とともに、鋼の斧が魔族の横腹を叩き、レドの姿をした魔族が吹き飛ぶ。

 

 「お前がエリオットか」

 

 振り返ったエリオットは、泥と鋼をまとった小柄な戦士の姿を見て、わずかに目を細めた。

 

 「君が“ドルン”か。名前は聞いてる。初対面だったな」

 「奇遇だな。こっちも名前だけは知ってた」

 

 ドルンは、あくまで敵から目を離さぬまま、斧を肩に担いだ。

 

 「こっちはお前に聞きたいことがある。“放浪者”を見たことがあるか?」

 

 「……ああ、ある」

 

 その一言に、ドルンは鼻を鳴らす。

 

 「やっぱりな。なら手を貸そう」

 「…正直助かるよ」

 

 エリオットは、再び剣を構える。

 ドルンもまた斧を構える。

 

 

 あの時の“浄化”は確かに通じた。

 

 レドと魔族が混ざり合った異形は、浄化でなければ倒せない。しかしここ人の国ではヴィリスの森と違い、精霊の力が足りない。

 

 「……数が、足りない……っ!」

 

 リンが膝をつき、額から汗を垂らす。

 精霊は応えようとしている。だがこの地の精霊は薄く、数も力も足りないのだ。

 

 そのとき――ティリアの胸元で、ひときわ強い光が放たれた。

 

 「精製機……?」

 

 ティリアが呟く。精霊の源となる、古の遺物《精製機》が脈動していた。

 

 紅く、眩く、静かに――だが、確かな意思をもって。

 地に宿る“意志”が、リンの求めに応じて精霊を送り出そうとしている。

 

 だが、それを許すほど敵は甘くない。

 残された魔族の2体が、黒い瘴気を纏い、精製機を抱えるティリアへと突進する。

 

 「行かせるかよ……っ!」

 

 セイロスが魔力盾を前に出して立ちはだかる。その横にはセリス。魔法陣を重ね、雷撃と氷の魔法を交互に放ち敵の足を止める。

 そしてドワーフ達も盾と斧を構え、小柄ながら揺るがぬ砦となる。

 

 「時間を……時間を稼げ……!」

 

 その戦場の中心、地を割るような音と共に、誰かの叫びが轟く。

 

 「舐めるなァッ!!」

 

 ドルンの一撃が、レドを地に叩き伏せた。

 

 斧ではない。地を這う鎖と杭――ドワーフの秘術で構成された封印の術式が、レドの身体を地面に縫い付ける。

 

 「動くな、混じり物……お前には“終わり”が必要だ」

 

 レドの顔が痙攣し、苦悶と狂気の混ざった嗤いが漏れる。

 

 「救いが……!」

 「黙れ。救いってのは、生きる者が掴み取るもんだ」

 

 ドルンの声は、怒りでも悲しみでもない。

 それは門番として、終わらせる者の声だった。

 

 精製機から生み出される高純度の精霊たちが、再び紅雷と交わる。その瞬間、戦場の空気が揺れ、浄化の刻が再び近づく――。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。