《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
紅雷の祈りが、レドへと放たれた。
精製機が生み出す高純度の精霊と共に
その膨大な“浄化”の奔流が、混ざり物となったレドを包み込む。
まばゆい光に焼かれながら、レドの足が崩れる。膝を折り、地に這いつくばるその顔から、嗤いも呻きも消えていた。
静かだった。
それが、はじめての沈黙だった。
レドの脳裏に、微かな“雷鳴”が木霊する。
――“君は、まだ生きてると思ってるの?”
それは誰の声だったのか、わからない。
ただ、あの村が襲われ、黒い影が人々を引き裂いた夜だけは、やけに鮮明に思い出せた。
血の匂い。
誰かが泣いていた。
そして、自分も――
叫んでいた。助けを、祈りを、命を。
「……ああ」
ぽつりと、レドは呟いた。
「そうか…あの時、もう……」
浄化の光が、彼の肉体を焼き、魔族の呪いを剥がしていく。だがそのどれよりも、胸の奥が、冷たく痛んだ。
「信じていたんだ、救われたんだと……思ってた……だけど違った。私がしてきたことは導きじゃない……」
懺悔でも、後悔でもない。
それはただ、認識だった。
「――私はもう、死んでたんだな……」
光の中、膝を折ったレドは、ゆっくりと目を閉じる。かつての名前も、罪も、錯乱も、すべてが崩れ落ちる。
そして彼は、声なく祈るようにして、静かに、光へと還った。
*
眩い浄化の光が、戦場の一角を包み込んでいた。レドが懺悔のように光へ溶けてゆく。
しかしその中央から、エリオットは一歩も動かなかった。
剣を握る指が、白くなる。
蒼き炎が、彼の背から噴き上がる。
風を焼き、空気がうねる。
目の前にいるのは、赤黒い炎を纏った魔族
「もう、逃がさん」
エリオットの声は、低く、研ぎ澄まされていた。
刹那、魔族が地を滑るように接近する。
足音すらないその動きに、エリオットは剣を半身に構えた。
瞬間、赤黒い炎が爆ぜる。
炎が剣を裂き、空気が音を置いて燃える。
それを裂いて、エリオットが前へ踏み込む。
蹴り――
読めない軌道で放たれた膝が、魔族の顔面に突き刺さる。だが魔族は怯まず、腕を振るって赤黒い火柱を立ち上げた。
咄嗟に剣を盾のように構える。
蒼き炎と赤黒い炎が拮抗し、風が爆ぜる。
火と火がぶつかり合い、火花ではなく業火の壁が広がった。
エリオットは後退せず、踏み込む。
その右手は剣。左手は蒼い炎。
しかし、戦い方は常軌を逸していた。
剣を振るいながらも、炎を用いて地面を蹴り、炎を叩きつけるように使いながら、時に炎を引き裂く。
剣戟と蹴りが混ざる、型の無い型。
赤黒い魔族が腕を振り上げ、炎の大剣を形成する。エリオットはそれを視界の隅に収めながらも、剣を回転させた。回転の勢いを乗せた刃が、魔族の大剣にぶつかる――!
咆哮と爆ぜる衝撃。
瓦礫が飛び、地が裂ける。
しかし、エリオットは押し負けない。
彼は知っていた。
――あのときの父は、こんな力を持ってなどいなかった。相手は父よりも強い。
「だとしても!」
炎が爆発する。剣が閃く。
そして、エリオットの蒼き炎が、赤黒い炎を裂いていく。
もう、技などなかった。
ただ、斬る。叩き込む。刺し貫く。
両者ともに傷だらけだった。
蒼き炎は弱まり、赤黒の魔力は不安定に爆ぜる。
そして――
決着は、ほんの一瞬の隙だった。
赤黒い魔族が踏み込み、炎の刃を横薙ぎに振るう。エリオットはそれを避けず、真正面から受けた。
エリオットの剣が半分砕けた。
破片が空へ舞い、蒼い火の粉が散る。
魔族が勝利を確信した、その瞬間。
エリオットの剣が、一閃した。
すべてを振り絞った渾身の突き――
蒼炎を纏った刃が、魔族の胸を貫いた。
同時に魔族の剣もまた、エリオットを貫いた。
轟音はなかった。
ただ、空気が抜けたような、静かな衝撃音だけが残る。
魔族の目が、わずかに見開かれた。
己の胸に突き刺さる蒼き剣を見つめ、何かを呟こうとしたが……その言葉は、音にならなかった。
崩れるように、魔族が後ろへと倒れる。
赤黒い炎が、音もなく消えていく。
地に伏した魔族の身体は、徐々に形を失い、灰へと変わっていった。
その場に残ったのは、立ち尽くすエリオット一人。
腹部に穿たれた傷からは、血が滴っている。
しかし、彼は膝をつかない。
かろうじて剣を地に突き立て、それにもたれながら、呼吸だけを繰り返す。
――荒く、熱く、喉を焼くように。
「……まだ、終わってない」
そう呟いた彼の目は、まだ燃えていた。
父を模した魔族との戦いは終わっても、戦場には、まだ仲間たちが、敵が、希望が残っている。
彼は、倒れなかった。
崩れ落ちることを許されぬ者のように――