《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

59 / 71
紡がれる伝説③

 

 

 紅雷の祈りが、レドへと放たれた。

 精製機が生み出す高純度の精霊と共に

 その膨大な“浄化”の奔流が、混ざり物となったレドを包み込む。

 

 まばゆい光に焼かれながら、レドの足が崩れる。膝を折り、地に這いつくばるその顔から、嗤いも呻きも消えていた。

 

 静かだった。

 それが、はじめての沈黙だった。

 

 レドの脳裏に、微かな“雷鳴”が木霊する。

 

 ――“君は、まだ生きてると思ってるの?” 

 

 それは誰の声だったのか、わからない。

 ただ、あの村が襲われ、黒い影が人々を引き裂いた夜だけは、やけに鮮明に思い出せた。

 

 血の匂い。

 誰かが泣いていた。

 そして、自分も――

 

 叫んでいた。助けを、祈りを、命を。

 

 「……ああ」

 

 ぽつりと、レドは呟いた。

 

 「そうか…あの時、もう……」

 

 浄化の光が、彼の肉体を焼き、魔族の呪いを剥がしていく。だがそのどれよりも、胸の奥が、冷たく痛んだ。

 

 「信じていたんだ、救われたんだと……思ってた……だけど違った。私がしてきたことは導きじゃない……」

 

 懺悔でも、後悔でもない。

 それはただ、認識だった。

 

 「――私はもう、死んでたんだな……」

 

 光の中、膝を折ったレドは、ゆっくりと目を閉じる。かつての名前も、罪も、錯乱も、すべてが崩れ落ちる。

 

 そして彼は、声なく祈るようにして、静かに、光へと還った。

 

 

 眩い浄化の光が、戦場の一角を包み込んでいた。レドが懺悔のように光へ溶けてゆく。

 しかしその中央から、エリオットは一歩も動かなかった。

 

 剣を握る指が、白くなる。

 蒼き炎が、彼の背から噴き上がる。

 風を焼き、空気がうねる。

 

 目の前にいるのは、赤黒い炎を纏った魔族

 

 「もう、逃がさん」

 

 エリオットの声は、低く、研ぎ澄まされていた。

 

 刹那、魔族が地を滑るように接近する。

 足音すらないその動きに、エリオットは剣を半身に構えた。

 

 瞬間、赤黒い炎が爆ぜる。

 

 炎が剣を裂き、空気が音を置いて燃える。

 それを裂いて、エリオットが前へ踏み込む。

 

 蹴り――

 読めない軌道で放たれた膝が、魔族の顔面に突き刺さる。だが魔族は怯まず、腕を振るって赤黒い火柱を立ち上げた。

 

 咄嗟に剣を盾のように構える。

 蒼き炎と赤黒い炎が拮抗し、風が爆ぜる。

 火と火がぶつかり合い、火花ではなく業火の壁が広がった。

 

 エリオットは後退せず、踏み込む。

 

 その右手は剣。左手は蒼い炎。

 しかし、戦い方は常軌を逸していた。

 

 剣を振るいながらも、炎を用いて地面を蹴り、炎を叩きつけるように使いながら、時に炎を引き裂く。

 剣戟と蹴りが混ざる、型の無い型。

 

 赤黒い魔族が腕を振り上げ、炎の大剣を形成する。エリオットはそれを視界の隅に収めながらも、剣を回転させた。回転の勢いを乗せた刃が、魔族の大剣にぶつかる――!

 

 咆哮と爆ぜる衝撃。

 

 瓦礫が飛び、地が裂ける。

 しかし、エリオットは押し負けない。

 

 彼は知っていた。

 

 ――あのときの父は、こんな力を持ってなどいなかった。相手は父よりも強い。

 

 「だとしても!」

 

 炎が爆発する。剣が閃く。

 そして、エリオットの蒼き炎が、赤黒い炎を裂いていく。

 

 もう、技などなかった。

 ただ、斬る。叩き込む。刺し貫く。

 

 両者ともに傷だらけだった。

 蒼き炎は弱まり、赤黒の魔力は不安定に爆ぜる。

 

 そして――

 

 決着は、ほんの一瞬の隙だった。

 

 赤黒い魔族が踏み込み、炎の刃を横薙ぎに振るう。エリオットはそれを避けず、真正面から受けた。

 

 エリオットの剣が半分砕けた。

 破片が空へ舞い、蒼い火の粉が散る。

 

 魔族が勝利を確信した、その瞬間。

 

 エリオットの剣が、一閃した。

 

 すべてを振り絞った渾身の突き――

 蒼炎を纏った刃が、魔族の胸を貫いた。

同時に魔族の剣もまた、エリオットを貫いた。

 

 轟音はなかった。

 

 ただ、空気が抜けたような、静かな衝撃音だけが残る。

 

 魔族の目が、わずかに見開かれた。

 己の胸に突き刺さる蒼き剣を見つめ、何かを呟こうとしたが……その言葉は、音にならなかった。

 

 崩れるように、魔族が後ろへと倒れる。

 赤黒い炎が、音もなく消えていく。

 

 地に伏した魔族の身体は、徐々に形を失い、灰へと変わっていった。

 

 その場に残ったのは、立ち尽くすエリオット一人。

 

 腹部に穿たれた傷からは、血が滴っている。

 しかし、彼は膝をつかない。

 かろうじて剣を地に突き立て、それにもたれながら、呼吸だけを繰り返す。

 

 ――荒く、熱く、喉を焼くように。

 

 「……まだ、終わってない」

 

 そう呟いた彼の目は、まだ燃えていた。

 父を模した魔族との戦いは終わっても、戦場には、まだ仲間たちが、敵が、希望が残っている。

 

 彼は、倒れなかった。

 崩れ落ちることを許されぬ者のように――

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。