《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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覚醒の時

 

 耳を裂くような、しかし言語としては認識できない――魔族特有の金切り声。

 

 レドと、赤黒い魔族が倒されたその瞬間、残された魔族たちは空間を震わせるような衝撃波とともに、その声を発した。

 その直後、彼らは霧が風に攫われるように姿を消した。

 

 奇妙な静寂。

 まるで、すべての音が奪われたかのように。

 

 そして――次に聞こえたのは、仲間たちの荒い息遣いと、互いを呼ぶ声だった。

 

 「ティリア……セイロス、大丈夫……?」

 「皆無事か?」

 「ドワーフ達は無事か、確認を!」

 

 皆が、命の有無を確かめあう。

 埃と血の匂いが混ざった空気の中、誰もが声を出し、生きている証を確かめていた。

 

 しかし、その中心にいた男だけが――沈黙していた。

 

 エリオットは何も言わず、ただ立ち尽くしていた。

 血を流しながらも剣を手にしたまま、炎の消えた瞳で前方を見据え――

 

 「……エリオット?」

 

 その異常に最初に気づいたのはセリスだった。

 仲間たちが安堵の息をつく中、彼女だけはじっと彼の表情を見ていた。

 

 目の焦点が合っていない。

 それでも立ち続けていた身体が、次の瞬間。

 崩れるように、前のめりに倒れた。

 

 「エリオット――!」

 

 セリスが駆け寄ろうとした、その一瞬。

 彼の身体は、誰かの腕に支えられていた。

 

 傷ひとつなく、静かに現れたその姿を。

 

 「…あなた」

 

 放浪者。

 

 影のように現れた彼は、血に染まったエリオットの体をそっと抱きとめていた。

 そして、ゆっくりとその顔を覗き込むようにしながら、静かに呟く。

 

 「……人類は、ついに目覚めたか。」

 

 その声に、ティリアもセリスも、セイロスも息を詰めた。誰も言葉を返せなかった。ただ、放浪者だけが、エリオットを見つめ続ける。

 

 「紅雷の神も、門番も揃った……ならば――」

 

 彼の言葉の続きを誰も聞くことはなかった。

 

 次の瞬間、風が舞い、放浪者の姿はかき消えていた。

 

 まるで最初からそこにはいなかったかのように。

 

 その場に残されたのは、荒い息を吐きながら気を失っていくエリオットと、震える仲間たち。

 だが、確かに耳に残っていた。

 

 「人類は――覚醒した。」

 

 それは、始まりの合図だった。

 

 

蝋燭の明かりが揺れていた。

 石壁の静かな病室に、誰かの寝息と、呼吸を確かめるような沈黙が続く。

 

 エリオットが目を開けたのは、あの戦いの終わりから三日後のことだった。起き上がろうとした彼を制したのは、椅子に座っていたセリスだった。

 

 「寝てなさい。まだ、腹の傷は塞がっていないわ」

 

 言われて、エリオットはようやく自分が生きていることを理解した。

 

 

 混乱するエリオットにセリスは静かに、けれど淡々と“その後”を語り出す。

 人の国に集った魔族たちは、統率を失ったかの様に消えて行ったこと。

 教徒達は全て拘束されていること。

 精製機の存在は極秘扱いとされ、ティリアは回復しつつも、この2つは箝口令が敷かれた。

 そしてセイロスがドルンとリンたちと共に動き、人・エルフ・ドワーフの三者による防衛同盟を提案。初の三種族による防衛協定が築かれることとなる。

 

 名は「暁の誓約」。

 

 ――再び、夜が来ぬように。

 

 

 セリスは最後に、少しだけ表情を緩めて告げた。

 

 「だいぶ、騒がしいのよ。国中が」

 「……復興作業か?」

 「いいえ、“救世主様の話”よ」

 

 セリスはクスリと笑いながら、わざとらしく手を胸に当てて演じて見せた。

 

 「黒き影に打ち勝ち、蒼き炎で魔を祓いし英雄――かつて王を斃した者が、今またこの国を救ったと」

 

 エリオットは眉をひそめ、諦めた様に天井を見つめる。

 

 「……レドの広めた“救世主”の噂を俺にすり替えたか。皮肉だな」

 「皮肉ではなく、事実よ。誰もが見た。貴方の剣と、炎を。希望を」

 「……本当に皮肉な話だ。革命の火種になった俺が、“秩序の象徴”か」

 

 セリスはその言葉に首を横に振った。

 

 「革命も秩序も、今はどうでもいい。ただ――あなたが生きていてくれて、よかった」

 

 珍しく率直な言葉に、エリオットは返す言葉を見つけられず、セリスから目を逸らす。

 

 「民衆は、貴方の“蒼い炎”を見て、立ち上がったの。革命の時みたいに――でも、今回は誰もが自分の意志で。英雄って言葉が、また貴方に向けられてるわよ。気持ちは?」

 

 エリオットは目を伏せて、微かに笑った。

 

 「……今は、眠たいだけだ」

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