《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》 作:ケン3ヴァルデン
耳を裂くような、しかし言語としては認識できない――魔族特有の金切り声。
レドと、赤黒い魔族が倒されたその瞬間、残された魔族たちは空間を震わせるような衝撃波とともに、その声を発した。
その直後、彼らは霧が風に攫われるように姿を消した。
奇妙な静寂。
まるで、すべての音が奪われたかのように。
そして――次に聞こえたのは、仲間たちの荒い息遣いと、互いを呼ぶ声だった。
「ティリア……セイロス、大丈夫……?」
「皆無事か?」
「ドワーフ達は無事か、確認を!」
皆が、命の有無を確かめあう。
埃と血の匂いが混ざった空気の中、誰もが声を出し、生きている証を確かめていた。
しかし、その中心にいた男だけが――沈黙していた。
エリオットは何も言わず、ただ立ち尽くしていた。
血を流しながらも剣を手にしたまま、炎の消えた瞳で前方を見据え――
「……エリオット?」
その異常に最初に気づいたのはセリスだった。
仲間たちが安堵の息をつく中、彼女だけはじっと彼の表情を見ていた。
目の焦点が合っていない。
それでも立ち続けていた身体が、次の瞬間。
崩れるように、前のめりに倒れた。
「エリオット――!」
セリスが駆け寄ろうとした、その一瞬。
彼の身体は、誰かの腕に支えられていた。
傷ひとつなく、静かに現れたその姿を。
「…あなた」
放浪者。
影のように現れた彼は、血に染まったエリオットの体をそっと抱きとめていた。
そして、ゆっくりとその顔を覗き込むようにしながら、静かに呟く。
「……人類は、ついに目覚めたか。」
その声に、ティリアもセリスも、セイロスも息を詰めた。誰も言葉を返せなかった。ただ、放浪者だけが、エリオットを見つめ続ける。
「紅雷の神も、門番も揃った……ならば――」
彼の言葉の続きを誰も聞くことはなかった。
次の瞬間、風が舞い、放浪者の姿はかき消えていた。
まるで最初からそこにはいなかったかのように。
その場に残されたのは、荒い息を吐きながら気を失っていくエリオットと、震える仲間たち。
だが、確かに耳に残っていた。
「人類は――覚醒した。」
それは、始まりの合図だった。
*
蝋燭の明かりが揺れていた。
石壁の静かな病室に、誰かの寝息と、呼吸を確かめるような沈黙が続く。
エリオットが目を開けたのは、あの戦いの終わりから三日後のことだった。起き上がろうとした彼を制したのは、椅子に座っていたセリスだった。
「寝てなさい。まだ、腹の傷は塞がっていないわ」
言われて、エリオットはようやく自分が生きていることを理解した。
*
混乱するエリオットにセリスは静かに、けれど淡々と“その後”を語り出す。
人の国に集った魔族たちは、統率を失ったかの様に消えて行ったこと。
教徒達は全て拘束されていること。
精製機の存在は極秘扱いとされ、ティリアは回復しつつも、この2つは箝口令が敷かれた。
そしてセイロスがドルンとリンたちと共に動き、人・エルフ・ドワーフの三者による防衛同盟を提案。初の三種族による防衛協定が築かれることとなる。
名は「暁の誓約」。
――再び、夜が来ぬように。
*
セリスは最後に、少しだけ表情を緩めて告げた。
「だいぶ、騒がしいのよ。国中が」
「……復興作業か?」
「いいえ、“救世主様の話”よ」
セリスはクスリと笑いながら、わざとらしく手を胸に当てて演じて見せた。
「黒き影に打ち勝ち、蒼き炎で魔を祓いし英雄――かつて王を斃した者が、今またこの国を救ったと」
エリオットは眉をひそめ、諦めた様に天井を見つめる。
「……レドの広めた“救世主”の噂を俺にすり替えたか。皮肉だな」
「皮肉ではなく、事実よ。誰もが見た。貴方の剣と、炎を。希望を」
「……本当に皮肉な話だ。革命の火種になった俺が、“秩序の象徴”か」
セリスはその言葉に首を横に振った。
「革命も秩序も、今はどうでもいい。ただ――あなたが生きていてくれて、よかった」
珍しく率直な言葉に、エリオットは返す言葉を見つけられず、セリスから目を逸らす。
「民衆は、貴方の“蒼い炎”を見て、立ち上がったの。革命の時みたいに――でも、今回は誰もが自分の意志で。英雄って言葉が、また貴方に向けられてるわよ。気持ちは?」
エリオットは目を伏せて、微かに笑った。
「……今は、眠たいだけだ」