《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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渇望の呻き声

 

 

空は曇り、風は湿っていた。

南方荒野の東端、赤錆びた岩地に、黒い染みのようなものが蠢いていた。

“それ”は動くたびに、地を抉り、周囲の空気をひどく濁らせる。

 

空の高みから、その存在を見下ろしていたのは、鳥の民の偵察隊――三羽の若き鷹人たちだった。

 

「……動きが止まった。」

「違う。あれは、何かを待ってる。」

 

その時だった。

岩陰から這い出したのは、一体の魔物――

骨の露出した、異様に長い後肢を持つ四足獣。

牙も、爪も、すでに擦り減った老いた個体だった。

 

だが、その魔物が一歩踏み出した瞬間。

黒い“それ”が跳ねた。

 

音はなかった。

ただ、次の瞬間には獣の身体が空中に浮いていた。

 

見たこともない速さだった。

六本の脚が岩を削り、地を裂き、そして“獣”を捕らえる。

 

それは、捕食だった。

黒い塊は、魔物の首に喰らいつき、骨を砕き、内臓をむさぼる。

 

いや、それ以上だ。

それは飢えていた。

 

まるで“喰っても、満たされない”かのように、

魔物の身体を噛み千切っては、次の肉を探すようにその場を蠢き、呻き、裂いた。

 

「……あれは、ただ生きるための狩りじゃない。」

 

偵察隊のひとりが、苦く呟いた。

その目には、はっきりとした“狂気”が映っていた。

 

黒き怪物は喉を鳴らすように唸り、噛み砕いた魔物の残骸を咀嚼せずに吐き出した。

まるで、違う“何か”を探しているかのように。

 

『それではない、それではない』

――そんな声が、地の底から響いてくるかのようだった。

 

「……撤退しよう。報せを。」

 

だがその時、黒き影の頭が、わずかに空を向いた。眼があるのかは分からない。だが確かに、“こちらを見た”と、全員が直感した。

 

飛び立った。風を裂き、山気を滑り降りる。

背中に感じた“視線”は、最後まで消えなかった。

 

報せは持ち帰られた。魔物を喰らう魔物。常に飢え、苦しみ、何かを探しながら彷徨う“名もなき影”。

 

それは、この荒野の“摂理”すら乱す存在だった。

 

 

それは、元々ただの魔物だった。

この南方荒野で生まれ、群れの中で育ち、狩りを覚え、咆哮を発し、ただ本能のままに生きていた。

 

知性はない。言葉もない。だが、この地に巣食う者として、それは確かに“自然の一部”だった。

 

……あの日までは。

 

嵐の夜、空が二度裂けた。

稲妻ではなかった。

黒い、モヤのような“何か”が、天より降った。

 

それはゆっくりと魔物に纏わりつき、羽虫のようにまとわり、優しく、しかし確実に侵蝕していった。

 

身体が焼けるように熱くなり、骨が軋み、皮膚が裂け、次第にその“形”が変わっていく。

 

脚が増えた。目が増えた。口が縦に裂け、喉がふたつの音を鳴らすようになった。

 

やがて、黒いモヤは肉体から離れ、一歩、二歩と“人のように”立ち上がる。その姿は、禍々しく、静かで、そして確かに――魔族であった。

 

魔物と魔族。

この時まで混ざり合うことのなかったはずの存在が、この瞬間、ひとつの身体で繋がってしまった。

 

魔族となった“それ”は、喋らない。だが、確かに意志を持っている。魔物の肉体を、外から操るように共に動き、時に身体に戻り、また時に離れて傍に立つ。

 

そして――探していた。

岩の下、洞窟の奥、

焼けた溶岩の割れ目の先、

……深く沈んだ“何か”を。

 

“それではない”

“違う”

“もっと奥だ”

 

そう呻くように、“それ”は飢え、探し、破壊し、突き進んでいた。

 

鳥の偵察隊が見たのは、ほんの一幕に過ぎない。黒き魔物は、ただ生きるために喰っているのではない。

 

――“何か”に命じられている。

 

あるいは、“何か”を思い出そうとしている。

 

南方荒野、溶岩地帯の奥深くにある名残り。その破片が、いまもなおこの地に潜んでいる。

 

そしてこの“混ざりもの”は、それを嗅ぎ当てた。

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