《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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空より降り立つ翼

 

 

 

魔物は歩いていた。

 

吠えることも、喚くこともやめて、

ただ粛々と、次の“破片”を求めて。

 

焼けた岩地、崩れた遺構、朽ちた金属の墓標。

そのいずれにも反応しながら、満たされることのない飢えを抱え、進む。

 

だが――空が、鳴った。

 

それは雷ではなかった。

風でもなく、叫びでもない。

 

空気そのものがひび割れるような音と共に、

一条の灰が天より降りる。

 

それは、光をも焦がす“落雷”のごとき灰の閃き。

 

直後、地が陥没するほどの衝撃音と共に、

巨体が大地を穿った。

 

「――見つけた」

 

音ではなかった。

思考に直接叩き込まれるような、竜の声。

 

魔物が咆哮するよりも早く、

大気が歪み、灼熱が弾けた。

 

“灰の姫”は、空より現れた。

銀白の鱗を光らせ、無数の魔法刻印を喉元に瞬かせながら、巨躯を翻し、尾を振るい、一撃で魔物を吹き飛ばした。

 

骨が砕け、肉が裂け、黒いモヤが霧散する。

だが、魔物は“死ななかった”。

 

地に激突しながらも、異形は立ち上がる。

すでに生物ではないそれは、感情ではなく衝動で反応する。

 

「……やはり、混じっているな」

 

グレイは、瞳をすうっと細めた。

 

「“連中になった”なら貴様はこの地に踏み込む資格は無い」

 

魔物が突進する。

だが竜は動かない。

 

その瞬間、熱風が逆巻く。

 

地面が焼け、空気が揺れ、

竜の胸元から奔った灰と火が、魔物を包んだ。

 

ただの火ではない。

記憶を燃やし、存在すら蝕む“竜炎”――かつて誰もが恐れ、封じた最終兵器の火。

 

魔物は炎に焼かれながら、もがき、悲鳴を上げることすらできない。

 

肉が溶け、金属が歪み、

だが――それでも、死ななかった。

 

黒いモヤが、炎の中でうごめいている。

 

「…まだ動くか」

 

竜は眼を細める。

 

そして次の瞬間、身を翻し、翼で地を斬った。

音が爆ぜ、衝撃波が周囲を駆け抜け、

魔物は吹き飛ばされた。

その中心にあった“核”――モヤが形作る、もうひとつの顔が、竜を見ていた。

 

「……やはり“連中”のいうことはわからんな」

 

グレイは低く唸る。

 

「だが“言葉に似た形”を吐くことすら、貴様は許されていない。」

 

彼女の尾が再び大地を穿ち、

魔物の腕がひとつ、もげた。

 

それでも、魔物は立つ。

 

戦いは、熾烈を極めつつあった。

しかし――この地に在る限り、

灰の姫は退かない。

 

 

黒いモヤが、砕けた肉塊の隙間から再び這い出してくる。

灰をまとった巨竜が、焼けた大地に爪を立て、それを静かに見下ろしていた。

 

魔物は体の半分を焼かれ、骨も脆くなり、血とも毒ともつかぬ液を滴らせながら、それでも、這うようにして“北”を目指し始めた。

 

「……あの方向に、何がある」

 

竜は低く唸る。

だが、足は一歩も動かなかった。

 

目を細めたまま、

グレイ・セレスティアは、長く、息を吐いた。

 

「まだ時ではないか」

 

そう、炎で焼き尽くすこともできた。

けれど、彼女の本能は“違う声”を聞いていた。

――「今は追うな」、と。

 

獣ではない。

神でもない。

 

“あの男”が、もしあの魔物と関わっているのなら……再び逢えるはずた。

 

竜は翼をたたみ、目を閉じた。

 

風に乗って流れてきたのは、柔らかな匂いだった。薄く、花のように甘く、そして――どこか、妖艶な。

 

「……あの香りか」

 

竜は一瞬だけ空を見上げ、それから光とともに姿を変えた。

 

大地に立つのは、湯煙に濡れたような長い銀髪を垂らす一人の女。

 

人の姿となったグレイ・セレスティアは、焼けた衣の裾を整え、首を傾げる。

 

「……ああ、まったく……“面倒な方”を先に選ぶとは……」

 

微笑と共に肩をすくめ、地を踏み、岩を越え、

荒野を流れる獣道に身を滑り込ませる。

 

足取りは静かに。

だが、香りに導かれるように。

 

やがて、群れを成して帰還する虫族の偵察部隊に気付かれぬよう紛れ込み、灰に紛れるように一歩ずつ距離を詰める。

 

誰も気付かぬまま、彼女は再び、蜘蛛の巣の女主人――マダム・アシュレーの元へ向かっていた。

 

香りは、確かにそこにあった。あの夜、彼女を引き止めたひとしずくの“人の気配”。

 

それは、追うべき“魔”ではない。

それは、ただ少しだけ――彼女の眠れぬ夜を慰めてくれる、柔らかな“ぬくもり”だった。

 

「マダム、今宵はまた長い交渉としよう」

 

心の中でそう呟きながら、

グレイ・セレスティアは、仄かに微笑んだ。

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