《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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鉄と静寂の中で

翌朝、エリオットのいる書庫は空気が澱んでいた。夜が明けたというのに、どこか薄暗い。

それは光が足りないのではなく――彼の心に、まだ夜が居座っているからだった。

 

そんな時、エリオットの耳にせせら笑いが聞こえてきた。兵のひとりが笑い声とともに言う。

 

「昨夜のこと、聞いたか?」

「義賊の小僧、とうとう捕まったらしい。尻尾巻いて逃げるつもりだったんだが、衛兵の犬に噛まれてな。滑稽なもんだぜ。」

「地下牢の一番奥で呻いてるさ。拷問の真似事もされてな。」

 

兵たちは面白がっていた。

誰も、昨日その男が王太子と肩を並べて風に立っていたなど、知る由もない。

 

エリオットは声をかけず、そのまま静かに歩き去った。

 

 

 

「……盗まれたものの確認が必要だ。」

表向きの理由を口にしながら、彼は城の最深部――地下牢へと足を踏み入れる。

 

石造りの通路は湿り気を帯び、灯火のゆらめきすら冷たい。

足音だけが、やけに大きく響く。

 

「この扉の向こうです。」

番兵が無感情に鍵を差し込む。

開かれた鉄格子の奥。

 

そこに、フレイはいた。

 

壁にもたれ、片目を腫らし、口元から血を滲ませている。

だが、背筋は曲がっていなかった。

その姿は――まるで、王座にでも座っているかのようにすら見えた。

 

「……ほう。王子殿下様直々にお出ましか。」

 

フレイの声は掠れていたが、揶揄の熱は消えていなかった。

エリオットは無言で、牢の前に立つ。

 

「俺に聞きたいことがあるんじゃなかったのか?それとも……見物に来ただけか?」

「……すまなかった。昨夜、止めるべきだった。だが……俺は――」

 

「いいさ。」

フレイが遮る。

 

「“持つ者”ってのは、そんなもんだ。何が起きても、自分の手は汚さずに済む場所に立ってる。

そうできるってことが、あんたらの力だ。」

 

エリオットは言葉を失う。まるで自分の足をつけている地面だけがひどく揺れている様にさえ感じた。

昨日の孤児院での出会いからエリオットは偶然の連続に、心臓の鼓動が早くなる。

 

「だがな……」

フレイはぼろぼろの体を起こし、鉄格子の向こうに立った。

 

「昨夜、あんたは俺の声を聞いた。声じゃねぇ、響いたんだろ?」

「……ああ。」

「なら、変わるかもしれねぇ。」

疲れ切った顔に、かすかな笑みが浮かぶ。

 

「俺たちの声は、届かねえ。

だが、“響いた”やつが語ってくれるなら、ほんの少しだけ、この鉄の壁も揺らせるかもしれねえ。」

 

エリオットは、己の手を見下ろす。

その手には、何もない。だが、何も持たない者の手とも、決定的に違うことを知っている。

 

「……どうすれば、君を出せる?」

「おいおい、何を言い出す。」

フレイは笑う。

 

「俺が生きようが死のうが、この腐った城は変わらねえさ。

だが――王子様。

あんたが“それでも”って言うなら、

俺は、あんたのその言葉だけは信じてやる。」

 

それは、“持たざる者”から“持つ者”への、最も静かな信頼の言葉だった。

 

エリオットは静かに立ち去った。

だが、その背中には明らかな変化があった。

 

彼の歩みは――もはや迷いだけではない。

孤児院で灯ったこの火が、薪を焚べれたかの様に燃え上がっていた。

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