《Testament of the Last Warden - 世界が歩み始めた日》   作:ケン3ヴァルデン

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塵の義賊

瓦礫の間で、弟が咳き込む声が聞こえた。

熱に浮かされ、汗をかいた額に布を当てながら、フレイは静かに目を伏せる。

 

「……まだ、生きてる。」

 

奇跡のような言葉だった。

昨日まで、もう駄目かもしれないと思っていた。咳が止まらず、食も喉を通らず、それでも彼は、生きている。

その顔を見ているだけで、どんな地獄をくぐってきたか報われた気がした。

 

けれど――

 

この命を繋ぐには、まだ“金”が要る。

薬も、食料も、住む場所も。

すべて、金がなければ手に入らない。

 

「金なら……あるさ。」

 

腐った国の連中、俺達を雑巾の様に扱って、絞りカスですら掠め取ろうとする連中。フレイは貴族達をそう見ていた。

 

“泥棒”という言葉がある。

人は軽蔑の意味でそれを使う。

だがフレイにとって、それは“必要な行い”だった。腐った貴族から盗み、民に配る。

そうしなければ、弟の命も、街の子どもたちの命も、ただ冬の風に散るだけだった。

 

「これが、俺にできることだ。」

 

その思いだけで、今日まで這い上がってきた。

地を這い、泥を啜り、時には血を流しながらも、フレイは立ち続けてきた。

守るべきもののために。

 

 

──そして、あの夜。運命の日。

あのバルコニーで出会った“王子”を、最初フレイは心底バカにした。

 

「……こんな時に夜風に当たるなど、王子殿下は随分と風流なこった。」

 

月明かりに照らされたその顔は、汚れも歪みもなく、美しいほど整っていた。

そんな顔で、苦悩で首が回らなくなったよう顔にするなんてとフレイは思った。

 

「……誰だ、お前は。」

「通りすがりの義賊、ってとこだ。仕事は済んだんでな、帰る途中だったんだが……どうにも出口を間違えたようだ。」

 

どこか死にそうだった時の弟似ていたから声をかけた…なんて言えず、気まずくなって頭をかく。

そしてすぐに身を翻し、石の欄干を乗り越えようとする。

 

「待て。」

 

王子の声が聞こえて思わず振り返る。

まるで迷子の子供が親を間違えた様な顔つきに吹き出しそうになる。

 

「……なんだ。止めるのか?通報でもするか?」

「いや……名は?」

「名乗るほどの身分じゃねえ。だが、そうだな……“フレイ”とでも呼んでくれ。」

「フレイ。……なぜ“盗む”?」

 

そんな問いに、思わず笑う。

こんなボンボンの人間に何を言ってもわからないだろうと、適当な事を言っておく。

 

「じゃあ訊くが、殿下。持つ者が持たざる者に、分け与えるのが当然だって、誰が決めた?

王か?神か?それとも……ただの幻想か?」

 

「こっちはな、病気の弟がいて、親もいなくて、食うのにやっとだ。

そっちは、使い切れねえほどの銀食器に、捨てられるほどのパンだ。

俺が盗まなきゃ死ぬ奴がいる。そっちが“許さなきゃいけない”ほどのことかよ。」

 

そう言った俺の言葉に王子は唾を飲んだ様にみえた。

「……だが、それでも罪だ。そう教えられてきた。」

 

真面目に答えんなよ。そう言って笑いたかった。

だが、言葉が出なかった。つい現実ってものを見せてやりたかった。

 

「そいつを決めてるのが、ここにいる“誰か”なんだよ。」

 

王子が抜け出してきた会食の明かりがもれる窓をちらりと見やった。

あんな食いもの、買える金があれが100人は救われる。そう思いながら。

 

「“法”と“正義”があいつらの口から語られるとき、俺たちはもう生きていない。

だから俺は、盗む。生きるために。」

「……フレイ、お前はここにいたことを誰にも……」

「驚いた、こりゃ明日は槍でも降ってくるってか?」

 

顔も知らない、会ったこともないそこらの人間に気遣う王子を見てまた笑いたくなった。

バルコニーの欄干に軽やかに足をかけ、下に降りようとする。

 

世界の違う住人が今更俺達を気遣う?その思いに内心で首を傾げつつ、この王子はどこか違うのではないかと思った。

迷子のような素振りは、まるで卵から何かが生まれようともがいているかのように。

 

「殿下。あんた、何に迷ってる?」

「……自分が何者なのかを。」

「ならひとつ教えてやるよ。」

 

「“知った”やつの方が、地獄を見る。

けどな、知らねえままでいるよりは――

よっぽどマシだ。」

 

そうやって格好つけて逃げたものの、流石に犬っころには敵わなかった。

 

 

 

 

 

そんで牢屋での再会は最悪だった。

 

縛られ、拷問を受け、血の味が口に広がる。

目の前には、自分を見下ろす兵士たち。

そしてまたあの王子が現れるとは思わなかった。

 

だが、王子は…エリオットは違った。

何かを「決めてきた」目をしていた。

自分を見下ろすのではなく、同じ高さで見つめてくる。

正直、そんな目で見て欲しくなかった。

 

「……ほう。王子殿下様直々にお出ましか。」

「俺に聞きたいことがあるんじゃなかったのか?それとも……見物に来ただけか?」

「……すまなかった。昨夜、止めるべきだった。だが……俺は――」

 

エリオットの迷いが、思いが見えたかもしれない。そう俺は思った。

誰も弟を、自分を助けたことなどなかったのに。でも同時に、奇妙な気配が胸の内に灯った。

それは疑いでも反感でもなく、もっと淡く、熱いなにかだった。

 

「いいさ。」

「“持つ者”ってのは、そんなもんだ。何が起きても、自分の手は汚さずに済む場所に立ってる。そうできるってことが、あんたらの力だ。」

 

「だがな……」

ぼろぼろの体を起こし、なんとか立ち上がり鉄格子の向こうに立つエリオットに向かい合う。

 

――もしかしたら。

 

――こいつなら。

 

「昨夜、あんたは俺の声を聞いた。声じゃねぇ、響いたんだろ?」

「……ああ。」

「なら、変わるかもしれねぇ。」

「俺たちの声は、届かねえ。

だが、“響いた”やつが語ってくれるなら、ほんの少しだけ、この鉄の壁も揺らせるかもしれねえ。」

 

ーーもしかしたら。

 

ーーこの人なら。

 

「……どうすれば、君を出せる?」

「おいおい、何を言い出す。」

「俺が生きようが死のうが、この腐った城は変わらねえさ。

だが――王子様。

あんたが“それでも”って言うなら、

俺は、あんたのその言葉だけは信じてやる。」

 

世界が変わるなんて、今まで信じたことはなかった。

ただ、自分が変わればそれでよかった。

でも、もし、この人が変えられるのなら。

 

静かに立ち去った背中。

 

俺の、俺達の王様になってくれるかもしれないその背中を、俺は見つめていた。

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