髪の長いクールな女子と髪の短いあかるい女の子がなかよくなる話です。

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いつまでも笑っていてね

私は放課後の校庭を何も思うこともなく見ていた。

 

退屈だった。全てが消化試合のように流れていく。私の人生は眼前に広がるバッティング練習と一緒だった。

 

キンと広い空に金属音が抜けていく。ポンとそれをキャッチする音が交互に繰り返されていく。それは機械のリズムよりも少し不規則で、それがまた私をぼんやりとした気持ちへと導いていた。

 

私、桐条美鶴(きりじょうみつる)にとってこの高校はなんとなくで入った場所だった。

 

エリートな家庭だったからもっと良い高校には行けた。けれど、親に従って生きるのがなんとなく気に入らなくなって、中の下ぐらいのレベルの高校に通っている。

 

しょぼい猥談で盛り上がるバカ男子。とりあえず今流行ってるあのバンドを昼食の時にスマホでスピーカーで流す女子。そういう連中を内心見下している部分があった。

 

だから私は孤立していた。でも、この孤立が気持ちよかった。入学したての頃は「何の曲とか聴いてるの?」と女子特有の質問攻めがあるワケだが、私は「音楽は聴かないかな」など、なるべく敵対する事が無いそっけないセリフばかりを答える。

 

しばらくして、質問に対してつまらない返答ばかり続けていると、返す側も飽きてくる。そうして他の女子はお互いに私以外のメンバーでグループを組み、私は孤立している。

 

だが、それが何だと言うんだろう。中学の卒業式の時にみんなは泣いていた。けれど私はくだらないと思った。LINEで繋がっている今、別れなんてどこにも無いのに。そう内心で思っていた。

 

とにかく、私は他人と繋がる事に意味があるという信仰を崇拝している学校というシステムに、全く乗っかれなかった。だからこうして誰にも話しかけられず、静かに窓から校庭を見ている。

 

ゆらゆらと揺れるカーテンはずっと円の形を作り上げている。ここの学生なんかより、よっぽど美しいと正直思っていた。

 

「えへへ・・・やめてよ~」

 

猫を撫でるようなイントネーションの声が教室の真ん中から聞こえて、そっちの方をふと見る。

 

そこには吹奏楽部のメンバーが3人いた。

 

その中で笑っていたのが水瀬春子(みなせはるこ)だった。

 

水瀬春子の事をなぜ知っていたのかというと、とにかく彼女は音程を外しまくるのだ。

 

吹奏楽部の音は放課後にずっと学校中を流れている。ドレミファソラシドの金管楽器の音。ティンパニのドン・ドンという音とか、そういう音が聴こえてくるのだが、水瀬のトランペットの音はとにかく高音が異様に外れている。

 

そんな彼女はもちろんコンクールなど参加できるはずもなく、ただ演奏の練習をするお邪魔部員扱いのようだった。

 

ただ、私はその外れまくっているトランペットの音が好きだった。

 

かわいかったのだ。明らかにその音じゃないだろという音が出るたびに私の頬は少し緩くなる。

 

だからクラスメイトの事はほとんど覚えていないけれど、水瀬春子の事だけは知っていた。

 

水瀬のグループをなんとなく見つめる。

 

少し様子がおかしい。いや、一見普通に見える会話の中に、若干の暴力性が見える。

 

「水瀬はいつだってグズなんだから」と言って水瀬の背中を叩く吹奏楽部員。けれど、その叩き方にほんの僅かながら力強さを感じる。ちょうどそれは、いじめといじりの境界線をあやふやにして、誰かに指摘された時にいじりの範疇だと言い訳できる範囲で遊んでいるような。そういう距離感の扱いだった。

 

心の中が凄くザワザワした。何より、そういう"もてあそび"をやる人間の邪悪さとか、けれどこれがいじめと決まったわけではないとか、そういう色んな感情が混ざってとにかく胸の中がずっとざわめいていた。

 

それから水瀬が1人になった時、私は彼女に話しかける。

 

「アンタ。それで大丈夫なワケ?」

 

つい前のめりな言葉になってしまった。日頃から他人をちょっと見下している節と、ちょっとイライラしていた所が絡み合ってかなりぶしつけな言葉になってしまった。

 

「大丈夫だよ~。だって私が下手なのはしょうがないし~」

 

エヘヘと頭の裏を手でかきながら笑う水瀬。

 

それは小動物的でもあった。けれど、そこには確かに危うさがある。10代の嗜虐心を刺激してしまう危うい小動物性が彼女にはあった。

 

短髪で丸い目をした、ハムスターみたいな見た目の娘だと思った。

 

「・・・なんか奢るから私と一緒に帰らない?」

 

少しの沈黙の後、私の口からそういう言葉が出ていた。

 

ちょっと不思議だった。心にモヤモヤがある時に自分の口から言葉が出てから「自分ってこういう事を言うんだ」とちょっと意外に思う事があるだろう。ちょうどそういう感じだった。

 

「いいよ~」

 

彼女はそんな言葉を当然のように受け入れてくれた。

 

 

ちょっとしたアイスクリーム屋でアイスを2つ買って、1つを水瀬に渡す。

 

商店街を歩きながら「おいしいね」と素直に彼女は笑顔で食べている。

 

私もアイスを食べていたが、心の中にはずっともやがかかっていた。

 

「ねぇ・・・その、あの吹奏楽部の2人は、本当に大丈夫なわけ?」

 

いじめというワードは使わずに、外側から情報を引き出すような言葉になってしまう。私はこんなにも臆病だっただろうか。

 

「大丈夫だよ~これぐらいは慣れっこだから」

 

慣れっこ?また嫌なフレーズが出てきたな。と思った。

 

あれは傷つけようとしているワケじゃないとか、彼女たちとは友達だからとかそういう話じゃない。「慣れっこ」と口にした。妙に引っかかる言い方だった。

 

それからじゃあねと言って別れた後も、ずっと私は引っかかっていた。けれど、今の私には何もできない。何も起こっていないと言えば実際そうなのだ。

 

家に帰ってからも、私はずっと水瀬春子の事を考えていた。

 

彼女はどうして笑っているのか。そもそも、笑っているという事を表現しているからといって、心まで笑っているとは限らない。

 

人間は過酷な状況下に置かれた時、心理的状態とは全く真逆の事をする。

 

人のこころは、追い詰められると本来は怒っているのに笑ったり、泣きたいはずなのに冷笑したり、素直に感情を表現する事ができなくなってしまうのが人間だ。

 

彼女が笑っているのも、そういった何か決定的なトラウマやストレスがそこにあって、それを解消できないからこそ笑顔という表現でしか生きられなくなってしまったのではないか。

 

そんな事を、ベッドの中でスマホを眺めながら考えて、ゆっくりと意識を落とす生活が続いていた。

 

それからは彼女と一緒に帰る毎日だった。

 

公園でブランコに乗りながら雑談をした。キイキイとした音と街の音が静かで幸せだった。

 

一緒にファミレスでパフェを食べた。クリームが大好きだった彼女は上の部分を食べるのが本当に幸せそうだった。

 

ロフトに行った。商品を買うことより、商品を楽しそうに見ている水瀬の横顔が綺麗だった。

 

短髪で髪も茶色で、その茶色の髪が照明で明るく照らされていて、髪の色がより明るく見えた。

 

私の髪を長い綺麗な髪だねと褒められた。けれど、貴方の髪の方が素敵なんだよ。と、どこか心の裏で思っていた。

 

私の目は切れ目で誰かを睨むようだけれど、彼女の丸い目は全てを包みこむ優しい目で、それが宝石のようで愛おしかった。

 

けれど、楽しい時でも水瀬はどこか哀しそうでもあった。

 

下駄箱に上履きが無い日があった。少し気になる傷が体にあった。けれど、どれだけその事を問いただしても「怪我だから大丈夫」とか「気にしないで」と言っていつものようにえへへと頭を掻いて笑う。

 

勇気が無くて踏み込んだ事を聞けなかった。けれど、彼女の心を少しでも楽にしてあげたくて、いっぱい話してみたり、ただぶらぶら水瀬と話しながら街を意味も無く歩いたりしていたのだ。

 

それはある日の事だった。

 

先生に書類を運ぶのを手伝って欲しいと言われ、私は職員室へ書類を運ぶのを手伝っていた。

 

押し黙っている性格で逆らいはしなかったので、先生からの評判が良かったのだろう。知らない間に先生にこういう仕事を押し付けられるような関係になっていたのか。と、立ち回りに失敗したなと思いながら書類を職員室まで運んで、外はもう夕方になっていた。

 

生徒の数もまばらで、学校は誰もいないほど静かだった。

 

教室に45度の角度でオレンジの光が差し込む。そこにふと絵画のような美しさを見てしまう。

 

鞄を手に持って家に帰ろうとした時、何の音もしない教室の外から、かすかに声が聴こえた。

 

嫌な予感がした。外に出ると、その声は女子トイレから聞こえていた。

 

静かに、足音がしないように女子トイレの前に移動して聞き耳を立てる。

 

「なんで笑ってるの?そんなにやる気が無いの?だからじゃない?向上心が無いからそうなるんだよ」

 

「そんなんだからグズって言われるんだよ。わかってる?」

 

嫌な言葉が耳に入ってくる。覗くようにトイレの方を見ると、そこには短い髪を濡らした水瀬が吹奏楽部の2人の中心にいた。

 

水瀬は蹲っていて、下を俯いたままだった。

 

いじめだ。濡れた服と髪の彼女。そして侮蔑の言葉。全てを理解した瞬間。私の中で怒りがスパークする。

 

「春子・・・!」

 

言葉から彼女の名前が出てしまう。それに気づいて水瀬は顔を上げて、私の存在に気づくと、またいつもの表情で私に笑いかけた。

 

「・・・えへへ。見つかっちゃった。ごめんね。こんな姿見せちゃって」

 

まだ、笑うのか。

 

ここまで傷つけられて、ここまでボロボロにされても、まだ貴方は笑うのか。

 

どうして笑うんだ。傷ついているのに。悲しいなら悲しめば良い。けれど、一番ダメなのは、悲しくてしょうがないのに笑っちゃう事なんだよ。

 

その時、私の中の溜め込んでいた感情が爆発した。

 

トイレの扉をドン。と叩く。

 

「ごめんじゃない!貴方は、これまで何のために生きてきたの!こんな奴らに蔑まれて、ヘラヘラ笑われて、悔しくないの!?」

 

私は吹部の2人にではなく、水瀬が笑っている事に一番怒っていた。

 

「何コイツ・・・」

 

吹奏楽部員の2人は引いている。

 

「貴方の事をずっと見てきた。貴方のそばにいた。けれど、貴方はずっと笑ってばかりで、本当の気持ちを口にしてくれなかった!本当の貴方は悲しかったはずなのに!」

 

一瞬戸惑うが、またいつものようにヘラヘラと水瀬は笑う。

 

「・・・そんなこと」

 

「ごまかさないでよ!私は目の前にいるクズみたいな2人も許せない!けどね、そうやってやられっぱなしでも良いって、そう思ってる貴方の事が一番許せないの!このまま逃げるつもり?そうやって、自分を傷つける相手から逃げて逃げて逃げて逃げて、笑ってれば確かにごまかせる!けどね!そうやって逃げた先には傷つけられた貴方しか残らないじゃない!そうやって一生笑って逃げるつもり?そんなの許さないから。だから本当の気持ちぐらい言葉にしなさいよ!」

 

しばらく無表情で固まる水瀬、それから蹲っていた姿勢から静かに立ち上がり、唇を震わせながらかすれるような声の言葉が出てくる。

 

「・・・いいわけない」

 

水瀬の体が震えている。スカートの裾を掴んで、下を俯きながら言葉を口にする。

 

「いいわけない!私だって必死にやってる!けど全部上手く行かなかった!勉強も部活も!でも、傷つけられてもしょうがないなんて思ってない!上手くなりたいと思いながら練習してる!私は上手くやろうとしたの!いろんなことに全部"上手くやろうとした"の!けど何も変わらなかった!だから笑うしか無かったんだよ!」

 

大きな涙声がトイレの空間に小さなこだまを反響させていく。

 

「みんなと仲良くしたいよ。みんなと一緒に笑いたいよ。でも私は何もできないよ。だからみんなから嫌われちゃうよ。できないと笑われちゃう。だから自分から笑ってごまかした。だからこうなっちゃう」

 

両手を手で覆いながら水瀬が思いを口にする。

 

哀しい言葉だった。彼女は勉強もできない。何も上手くなれない。だから、その場その場の状況に対して"笑う"という安全策をずっと続けてきた。

 

小学生の頃も、中学の頃も、ずっとそうやって誰かに傷つけられながら笑って生きてきた。

 

それを言葉にする事もできず、ただ誰かと仲良くしたいという気持ちだけは持っていた。けれど、その思いを社会は受容してはくれない。能力の低い人間は排除される。だから、ずっと笑って逃げて時間に解決を委ねた。

 

傷つけられて卒業して、また傷つけられる。優しい彼女を認める人間はどこにもいない。

 

「でも、今は言えてる。だから口にして。本当のことを」

 

私は彼女の背中を少しだけ押す言葉を口にした。

 

「・・・だいっきらいだ!」

 

吹奏楽部の2人に向かって、思い切り水瀬はビンタをする。

 

面食らう2人。すかさずその後に

 

「バカアアアアアアアア!!!」と。

 

水瀬は2人に向かって学校中に響かんばかりの声で叫んだ。

 

耳が張り裂けるかと思った。獣の咆哮のようだった。

 

吹奏楽部の2人は完全に腰を抜かしてしまった。すると水瀬は吹っ切れたのか私に近づいて力強く私の手を掴んで「行こう!」と言うと私を学校の外へ引っ張っていった。

 

 

 

それから、私たち2人は河原の坂で体育座りをしながら夕日を眺めている。

 

なんというか、もうめちゃくちゃだった。

 

学校の外に出てから、ずっとこうやって河原の坂でゆっくりと沈む夕日を2人眺めている。

 

言葉もなく、ただ30分ぐらい夕日とその光をきらきらと反射する川を見ていた。そして水瀬の手を握りながら、お互いの繋がりを実感していた。

 

「・・・ありがとう」と水瀬が私の方を向かず口にする。

 

「言えたじゃん」と笑った口調で私が言う。

 

「これからどうするの?あんな形で出ちゃったら、吹部戻れないでしょ?アンタ、明日からどうするつもりよ」

 

「わかんない、部活は多分やめるんだろうけど・・・もういいよ。そういうの」

 

日が沈んでいく。空がだんだん紫色になっていくのが綺麗だった。

 

雲がなんだかいつもより立体的に見える。色が綺麗だ。こんなにも綺麗な色合いだったっけ。空って。

 

時間が経って、それ以上何を話しかければ良いのかわからなくなってずっと黙っていた後、私は「パフェ。食べよっか」とだけ口にした。

 

「うん」と春子は口にした。

 

ファミレスに向かうまでの間、ずっと私たちは手を繋いだままだった。

 

隣にいる彼女の笑顔は、いつもよりも明るい。

 

春子がずっと笑ってくれれば良いな。そう思いながら、ふと自分の財布に1000円しか入ってない事に気づいた。

 

じゃあパフェは2人で1つのを食べよう。私はそう思った。

 

 

 

 

 


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