まだルーイがカオスイズムの幹部だった頃。ライダー候補として目をつけていたカフェ店員の「彼」をライブイベントと偽って外へ誘い出し、ライダーアカデミーへと入学させた。その時、「彼」に言われた「仲良くなれて嬉しかった、騙されたのは残念だけど」という言葉がずっと心に引っかかっていた。
月日が経ち、カオスイズム脱出後。酔い潰れた静流を迎えに商業地区へ行くと、思わぬ出来事が待っていた。カオスライダー颯となった「彼」との再会である。
「いらっしゃいませ……あっ、また来てくれたんだ!」
カウンター越しに無邪気な笑顔を正面から受け止めたルーイは、眩しい光を浴びたかのように眉間に皺を寄せて目を細めた。クソ、陽キャが……キラキラしやがって。
「ブレンドのホット1つ」
「オッケー。ラテアートしてあげよっか?」
「いらねーよ。ブレンドだからブラックに決まってんだろーが」
「ええー! 僕の得意技なんだから、たまには頼んでよ! ほら見てこれ! 可愛いでしょ?」
レジカウンター上にあるポップ広告を、ずいっと目の前に突きつけられた。ラテアートの写真が貼ってある。
ふわふわの泡で形作られたそれは可愛らしい動物の姿を表していた。丸い耳は熊のようだが、ひげが描かれた顔は猫に似ている。耳と顔を合わせて見るとネズミにも見えてくる。
「何だこりゃ。ネズミか?」
「違うよ、レッサーパンダだよ! そんなに似てないかなぁ。もっと上手く出来るところ見せてあげるから、やらせ」
「興味ねー。それより支払い」
電子マネーで支払いを済ませると、すぐにブレンドコーヒーが出てきた。後ろにいた別の店員が、いつもありがとうございますと付け加えて、ルーイに手渡してくれた。
いつも、か……。手渡されたブレンドコーヒーを少し冷ましてから啜り、苦味に顔を顰めた。
コーヒーも人との関わりも、ノンシュガーに限る。急にミルクや砂糖のような甘さを注ぎ込まれるのは勘弁してほしい。それでも通い続けているのは、目の前にいる自称ラテアートが得意な店員目当てだった。
ルーイはここ、虹顔市を手中に収めようと目論む組織・カオスイズムの幹部として活動している。将来の幹部候補を探してカオスワールドへ連れて行き、ライダーアカデミーへ入学させる。それが今のルーイの役目だった。
このカフェの店員に幹部候補としての可能性を見出して近づこうとしたものの、無愛想にコーヒーを注文することしかできない。
一方の彼は反応が薄い相手でも適切な接客をする。彼の人間性の良さと同期の海羽静流に助けられながら、何とか親しくなることが出来たのだ。
ラテアートしよっか? いらねーよと、軽口を叩ける仲にまでなったのは想定外だ。
後はカオスワールドへ連れて行くだけ。彼が幹部になれる逸材ならば、自分は自由になれるだろう。罪悪感があっても米粒程度で、天秤に測るまでもなかった。
「今日の約束……忘れてねーだろうな?」
「もちろん! 楽しみだなー。君から誘ってもらえるなんて思ってなかったから、すっごく嬉しいよ!」
「声デケェよ。あと、そういうことは女に言え」
「終わったらすぐに行くよ。娯楽地区のライブハウスだよね」
「おー。ちゃんと来いよ」
ここに来るのも今日で終わりか。慣れ親しんだブレンドコーヒーを一気に飲み干すと、いつも以上に苦く感じた。
◆◇◆◇
キラキラしたキレイな石に、キラキラした不思議な世界。そこで僕は……僕は、どうなった?
突然現れた扉の中へ、誘われるがままに入ったことは覚えている。思い通りの世界、優しい人達。ぬるま湯に浸かったような理想の世界があったはずなのだが、いつの間にか消え失せ、今は見知らぬ建物の前に1人で立っている。
図書館のような公共の施設に見えるが、何の施設なのか見た目では判断できない。黒い学生服らしき格好の男性がいるのが見えたのだが、学校なのだろうか。
「ここは……どこなんだろう?」
「ライダーアカデミーだ」
あっ、と思った。そういえば、ここに来るまでは1人じゃなかった。最近仲良くなった名前も知らない常連で、ブレンドコーヒーしか頼まない彼が一緒だった。
「カオスを完成させたんだな。その上で正気を保っている。見込み通りだ」
「カオスって? どういうこと? それに、娯楽地区のライブハウスに来てたはずだけど」
「カオストーン、やっただろ。キレイな石っころ。アレに魅入られたお前がカオスワールドへの扉を開き、カオスを完成させ、自力でここまで来た。大したもんだ」
「……やっぱり、何を言ってるのか分からないよ。今、何時? もう帰らないと」
「それは駄目だ。お前には素質がある。ライダーアカデミーで力をつけて、カオスイズムの幹部になってもらう」
「カオスイズム?」
胡乱気な目に宿る冷めた光。じっと見つめていても底が知れなくて、初対面じゃないのに知らない人のように見えて、たじろいだ。
「君は……誰なの?」
「俺はルーイ。またの名を、カオスライダーRUI」
戸惑いに揺れる翡翠の瞳の彼に向けて手を差し伸べ、闇へと誘う。
「全てはカオスの意思のままに。お前もこっち側に来い」
「えーっ! 困るよ! 明日もバイトあるのに!」
ガクッ。膝が崩れるとはこういうことか。真面目に勧誘していたはずなのだが、空気が若干和んでしまった。
「いや、そうはならねーだろ。ここはどう考えても俺の手を取るところだろ」
「えっ、ごめん! そういうの分かんなくてさー。空気読めってよく言われる」
「だろうな。……チッ、カッコつけて名乗ったせいで、厨二みたいになっちまったじゃねーか」
ゴホンと恥ずかしさを紛らわすための咳払いが出た。
「ルーイって言ったっけ。君もここに通ってるの?」
「通ってねーよ。卒業済だ。素質がありそうな奴を連れて来て、ライダーアカデミーに入学させるのが俺の役目だ」
「ふーん? もしかして、君が僕のところに来てた理由って、このためだったの?」
「ああ、そうだ。残念ながらライブは囮だ。どんな気分だ? 遊びに誘われと思ったら、わけわかんねーとこに連れて来られた感想は?」
「あっ! そういえばライブどうなったの? 何かその辺り全然覚えてないんだけど! 気がついたらここにいたって感じだし」
「……今、そういう場合じゃねーだろ。何だコイツ」
煽ってみても効かないどころか、スルーされる。話が全く進んでいないような気がして、頭が痛くなってきた。
つべこべ言わずにとっとと行けと、雑に放り込んでしまおうか。右手親指の爪を噛みながらどうしてくれようか考えていたら、彼が動いた。
「帰り方分からないし、ここに行くしかないんだよね。仕方ないから行ってもいいけど、知り合いが誰もいなくて心細いし、たまには遊びに来てくれる?」
「俺は忙しいんだよ。……まあ、たまになら来てやってもいい」
さっさと行くぞ。踵を返してついてくるように促したが、彼が動いた気配はない。
「ルーイ」
そのうちついてくるかと思って無視して歩いていたが、呼び止められた。ちらと省みると、彼は普段と変わらぬ穏やかな表情でルーイを見ていた。
見慣れた顔のはずなのに、なぜかルーイの心はざわついた。えもいわれぬ不安感……今までに感じたことがないものだった。体ごと彼の方へ振り返ると、彼はゆっくりと口を開いた。
「ルーイがカフェに来てくれて、仲良くなれてよかったって思ってるよ。遊びに誘ってくれたのも嬉しかった! 結果的に騙されたみたいになったのは残念だけど」
「……そーかよ」
一言、絞り出すのが精一杯だった。彼はそれに続くルーイの言葉を待っているようで、視線で続きを促された。元々口下手で、口の中が妙に渇いて喋りづらい。
「……お前と話すのは悪くない。コーヒーも美味かった」
「そっか!」
早くここから出られるように頑張らないと! 彼は立ち止まったままのルーイを通り越して、ライダーアカデミーへ向かった。
ライダーアカデミーに素質がある者を入学させるのがルーイの役目。だが、彼の入学はルーイの心に後悔の念を植えつけた。
◆◇◆◇
カオスライダーRUIから仮面ライダーRUIになった現在。ルーイはカオスイズムから脱出した。カフェ店員だった彼を自分の代わりに置いてきたことで、脱出を果たしたのだった。
あれから彼がどうなったのか、ルーイは知らない。たまになら来てやってもいいと言ったが、ライダーアカデミーに入学させたことを後悔しているとすぐに自覚したため、後ろめたさで会いに行くことができなかった。
今は娯楽地区でアジトを構え、記憶を取り戻すこと、彼をカオスイズムから救出することを目的に活動している。
なぜか同期の静流もついてきた。せめてコイツには事情を話してから行くか……と思って全部話したら、俺も一緒に行くと言い出したのだ。
◆◇◆◇
「静流。お前に言っておくことがある」
「ん? 何、改まって? 告白?」
にやにやと、ルーイを揶揄うかのように静流は笑っていた。告白であることには違いないが、静流が想像する類の告白ではないことは確かだ。だらしない顔についていちいちつっこむのも面倒なので、ルーイは否定も肯定もせずに話し始めた。
「俺はカオスイズムを抜ける」
前から決めていたことだった。ただ、その時期が早くなっただけ。
2人は同期だが、腹を割って話す機会はそうそうない。静流にとっては急に脱出を宣言されたようなもので、頭の回転が急に止まったような気さえした。
「えーっと……何でそうなったわけ?」
「記憶を取り戻すためだ。それと……」
「それと?」
「……お前、アイツのこと覚えてるか? 俺が毎日通ってたカフェの店員」
ルーイが毎日通ってたカフェ……。
「ああ、うん。思い出した。ぼんやりだけど。ライダーの素質があるからって、口下手なお前に代わって俺が近づいて仲を取り持ってやったんだっけ。今はどうしてんだろう?」
「アカデミーで上手くやってるらしい。近いうちにライダーになれるかもしれないって噂だ」
「へぇー? 優秀なんだ?」
それとカオスイズムを抜けることと、何の関係が? 視線だけで話の続きを促した。
「……アカデミーに入る前、仲良くなれて嬉しかったと言われた。騙されたのは残念だとも言われたが、それ以上は言われなかった」
ルーイは目を伏せて、その時のことを思い出しながら話しているようだった。こんな神妙な面持ちで話すルーイは見たことがない。
あまり仲良くなくても、その顔からルーイがどう思っているのか分かってしまった。
「後悔しちゃったってことかぁ」
「……」
無言は肯定の証。静流も何も言わずに、ルーイの言葉を待った。
ルーイが関わってきた幹部候補は皆、カオストーンに魅入られてカオスを完成させ、進んでアカデミーへ入学していった。自分のしていることは間違いではないと思っていた。
だが、彼には。騙されたのは残念だと言われた。そこで罵倒してくれればよかったのに、仲良くなれてよかった、遊びに誘ってくれて嬉しかったと、笑顔を見せたのだ。ここに連れて来なければ、遊びに誘わなければ、彼は翌日もその先も、ただのカフェ店員でいられたのだ。
今までにも多くの人々の人生を狂わせてきたことをそこで初めて自覚し、そして後悔したのだった。
「俺は自分の記憶を取り戻す。出来ればアイツのことも……何とかしてやりたいと思ってる」
「そっか……分かったよ。ルーイの思いは、分かった」
他人と距離を取りたがるルーイに秘められた思い。淡々と役割をこなしているように見えてたけど、人の心はちゃんとあったんだなと静流はしみじみ思った。
「明日俺がいなくなってたら、適当にごまかしといてくれ」
「え、ムリ。だって、俺も一緒に行くから」
にっ、と静流は白い歯を見せて笑い、ルーイはわずかに目を大きく開いて静流を凝視した。
◆◇◆◇
ルーイちゃんの意外に熱いハートに惚れ直しちゃったし、これからも同期同士仲良くやろうよ。なあ?
一日中酒を飲んで悪酔いしてばかりで鬱陶しいヤツだが、個人的な事情に深入りしてこない適度な距離感は嫌いじゃない。対人交渉は全て押しつけられるし、ライダーとしても頼りになる。
まあいいか。うぜーけど。そんな感じで静流を追い出すこともなく、なんだかんだと同居を許可している。
静流は今日もどこぞへ外出しているが、話題の店がなんとかと言っていたので、少なくともカオストーンの調査ではない。
一方のルーイは、アジトのパソコンの前から動かない。足で稼ぐよりも、こっちの方が手っ取り早い。ついでに株の売買も出来る。
外に出たくないばかりに理由をつけてアジトに引きこもっているが、カオストーン絡みだと思われる情報を見つければ渋々現場に出向くこともある。いつまでこんな生活が続くんだと歯を食い縛る毎日だった。
「チッ。何で俺が毎回迎えに行かなきゃならねーんだよ」
意識を失った人間の重さを、酔い潰れた静流を迎えに行くようになってから知った。仕方なく夜の商業地区に来たものの、やはり気が進まない。
「……やっぱ帰るかな」
道端で倒れたとしても、顔が良ければ誰かがお持ち帰りしてくれるだろう。半ば本気で帰ろうと踵を返したとき。
「おにーさん」
「あ?」
「おにーさん。後ろだよ」
飲み屋のキャッチか? だが、そこにいたのは思いもよらない懐かしい顔。にこっと愛想笑いしながら、左手をひらひらと振ってみせた。
「よかったら、僕のおすすめのお店で飲まない? 案内するよ!」
「お前……は……」
「え? 会ったことあったっけ? あっ! ナンパでよくある、どこかで会ったことないかってやつ? うーん、男から言われてもあんまり嬉しくないかなー」
いらっしゃいませ! と、いつも笑顔で出迎えてくれたカフェ店員の彼だった。
態度から察するに、ルーイのことはきれいさっぱり忘れてしまっているようだ。会うのは、彼をカオスアカデミーに入学させて以来。ルーイに後悔の念を植え付け、カオスイズムから抜け出す理由を与えた人物でもある。
その彼がどうやら、過去の自分と同じことをしているようだ。ここ最近の成人男性連続失踪事件は彼によるものと見て間違いないだろう。
「ね、そんなことよりさ。お酒飲んで嫌なこと忘れて、楽になろうよ。それとも、お酒じゃない方がいいかな?」
「……どういうことだ? 他に何がある?」
「興味ある? いいよ、教えてあげる」
彼の懐からチラリと覗く、深海のような深い煌めき。もったいぶった見せ方で焦らすのは、カオスイズムで教える常套手段だということはよく分かっている。少し前まで、自分も同じことをしていたから。
「見えねーな。もっとよく見せろよ」
彼との距離を一気に詰めて、懐に伸びている右手首を掴んだ。不意を突かれて彼の右手首と、右手が掴んでいるものが顕になる。
「これはお前が扱えるものじゃない」
「ちょ、痛いよ! 離してよ! これが何なのか分かるの⁉︎」
「当たり前だ。ちょっと前まで、俺も同じことをやっていたから、な……」
彼の目の前で契約の指輪をはめて見せると、彼の目は猫のようにまん丸になった。
「同じ力? もしかして仲間?」
「さあな。敵か味方かは、お前次第だ。さてと……楽しもうじゃねーか」
カオスワールドへの扉を開くと同時に彼を放り投げ、ルーイも後に続いて飛び込んだ。
「ここでなら思いっきりやり合えんだろ。お前の力を見せてみろよ」
挑発しながら指輪を介してベルトに力を送り、仮面ライダーRUIへと姿を変えた。尻餅をついてぽかんとしていた彼も、ハッとして指輪をはめた。
「そこまで言うなら、とっておきを見せるよ! ちょっとびっくりしたけど、勝つのは僕だ!」
仮面ライダーに姿を変えたかと思ったら、すぐに自由自在に空中を舞い始めた。ライダーの中でも珍しい、空中戦が得意なタイプのようだ。捉えるのは難しい……が、仮面ライダーRUIにとってはどうってことないことだ。
「ここだな」
蠍の尾を模したライズは、RUIの意思でどこまでも正確に追いかける。飛び回る彼をあっという間に捕まえて、地面に叩き落とした。
「うわっ! いったー……」
「この程度か。飛ばれると厄介だが、どうってことねーな」
致命傷を避ける程度の手加減しかしていないせいか、あまりにも簡単すぎる。たった一撃でも実戦経験の差が大きすぎることが分かってしまい、彼はすっかり戦意を喪失してしまったようだった。
「うう……聞いてないよ、こんな強いやつがいるなんて……!」
「……やっぱり、俺が見込んだとおりだ。いや、見込み以上だな。弱っちいけど」
「え……?」
涙目の彼に対して、RUIは予想外の言葉を投げかけた。
RUIの視線は憐れむようなものだった。敵に向けるような類のものではない。そして初対面のはずなのに、見込み以上とは? 前に会ったことがある? 立ち上がって声を出そうとしたが。
「……うっ!?」
突然、電気が走ったような頭痛が彼を襲った。脳裏に見えてきたのは、アカデミーに入学する頃。
僕をアカデミーに連れて来たのは、僕と歳が近そうな男の人だった。ぶっきらぼうな態度だけど優しさもあって、目つきはいつも眠そうで……。
「……ルー、イ……?」
「………! 記憶が戻ったのか?」
「分からない、何もわからない。ルーイ? ルーイって? 分からない、けど……分かるような……そうだ、ア痛ッ……!」
「……! ……お、おい!」
「……あ、そっか……僕の名前……教えて、なかったね……ごめ……ん」
彼が気を失うと同時に、変身も解除された。ルーイも変身を解いて彼の側に急いで駆けつけた。俺のことを思い出したのかと問い詰めたかったが、彼は苦しそうに眉間に皺を寄せて眠っている。
「この野郎……」
どうして俺はお前の名前を聞かなかったんだ!
◆◇◆◇
「おい、匿え」
ルーイが当てにしたのは、商業地区を拠点とするウィズダムシンクス。これから仕方なく静流を迎えに行く予定があるので、不本意ではあるが、近くにいるライダーを頼ることにしたのだった。
「お前は……。ここまで来るとは珍しいな」
「匿えって言ったろ。イエスか、はいで答えろ」
「それが人に物を頼む態度か? 相変わらず横暴なやつだ」
ルーイは肩に担いだ彼を、荷物のように床に転がした。
仲のいい友人に対する扱いではないな。宗雲は床に転がされた彼を一通り観察し、ルーイへと視線を移した。
「これはどこの誰で、お前とはどういう関係だ?」
「……どこの誰かは知らねーが、カオスライダーだ。ここ最近の連続失踪はコイツの仕業とみて間違いない」
「ほう? 戦ったのか。少し怪我をしているようだな。で、どういう関係なんだ? そのまま放っておけばいいものを。他人ならばここまで運んで来ないだろう」
「チッ……テメーには関係ねーだろ」
「そうか。それなら、手当の前に情報を吐かせてやろうか。親しくないのなら、コイツがどうなろうと関係ないだろう?」
「……」
「そう睨むな。痛めつけるつもりはない。コイツが素直に情報を吐いてくれれば、だがな。……どうだ、話す気になったか? 鬼のような形相で睨んでおきながら、無関係だとは言わないだろう?」
弱みを見せたくなかった。無言を貫きたかったが、このまま彼を置いて帰るわけにはいかない。
とはいえ、ウマが合わない宗雲とは余計なやり取りをしたくない。不本意だとしても、ある程度自白してしまった方が傷は浅く済むだろう。
「……まだ俺が幹部だった頃だ。俺がコイツをカオスワールドへ連れて行った。次の幹部候補にするためにな」
「カオスイズムから抜け出すために置いて来た、というわけか」
「そうだ。俺はカオスイズムから奪われた記憶を取り戻したい。内側にいても記憶は戻らず、ヤツらの言いなりになってばかりで、自由も何もあったもんじゃねえ。だから、俺の代わりになれそうなヤツを選んで出て行ったんだ」
幹部候補としてカオスイズムに送れそうな人物は、もしかしたら他にもいたかもしれない。だが、人嫌いのルーイが他者と信頼関係を築くのは難しいので、カフェに通うことで多少話せる仲になった彼は貴重な存在だった。
彼を見下ろすルーイの目は相変わらず冷めたものだったが、何の感情も込められていないものではない。付き合いの浅い宗雲でも、それくらいは分かった。
「たぶんライダーになれるだろうと思っていたが、まさか後悔するとは思っていなかった。他人に興味がない、この俺がだ。コイツの力を奪って何もなかったことにしてやりてーところだが、そんなことが出来るかは分からねー。それまでの間、俺の所で面倒を見ることも考えたが……」
「が?」
「コイツと同居なんて気まず過ぎて無理だろ。恨まれてるかもしれないってのに。豆腐メンタルなんだよ、俺は」
「……そうは見えないな。鋼鉄の心臓だと思っていた」
「普段ボロクソ言うヤツは繊細で打たれ弱いんだよ。覚えとけ」
「自分で言うことではないと思うが」
しおらしい顔と言動を見せるなんて珍しいどころか初めてだと思っていたが、幻覚だったのだろうか。すぐに軽口を叩き始めたルーイに対して宗雲は少し呆れてしまったが、思惑は理解した。
「だからここに来たというわけか。いいだろう、俺の監視下に置いてウィズダムシンクスに加入させてやってもいい。本人が望めばだが」
同居は難しいが、カオスイズムに返すのはもっての外。ウィズダムシンクスに行けば衣食住が確保され、路頭に迷わずに済む。それが現時点での最適解だ。
「一応言っておくが、ソイツの力をテメーのいいように使おうってんならタダじゃおかねーぞ」
鋭い視線で真正面から宗雲を睨みつけた。
この男にこんな顔をさせるとは。宗雲は意外なものを見るような目つきで、その視線を受け止めた。
2人の間に何があったのか興味深いが、過去を詮索するのはウィズダムシンクスの信条に反する。
「過保護なことだな。まるで子を想う親のようだ」
「ハ、こんなでけぇガキがいてたまるかよ」
俺はまだ20代だ。そう付け加えて、ルーイは未だ眠る彼を一瞥してから背を向けた。後ろ髪が引かれる思いだったが、気づかないフリをした。
「……後は頼む」
◆◇◆◇
それから少しの時間が経った。ルーイは未だに娯楽地区を拠点に活動を続けている。変わった点といえば静流と、静流がいつの間にか連れて来たランス天堂とともにスラムデイズを結成したことだ。例のカフェ店員だった彼は颯と名乗り、ウィズダムシンクスの一員として動いている。
あれから両者が交わることはほとんどなかった。引きこもり気質なルーイは仕事も買い物も、全てインターネットで済ませてしまうから、外出することがほとんどない。颯がスラムデイズを訪ねない限り、両者が出会うことはないのだろう。
颯はどうやらルーイとの因縁を忘れているらしい。一度交戦したときに『ルーイ』という名前を思い出していたようだったが、それすらも忘れたのかは聞けなかった。
颯は気軽に話しかけてくれるが、ルーイは気まずさで何も言えなくなり、固まってしまう。今現在、横断歩道の向こうで大きく手を振っている颯の存在を無視して帰りたいくらいだが、それが出来ないのは例に漏れず固まっているからだ。期間限定特典つきスナック菓子を買いに出かけるなどという珍しい行動に出たら、普段は娯楽地区にいない人物とのエンカウントを果たしてしまった。
「ルーイ! 久しぶりだね」
「……おー……」
「ルーイが外にいるなんて珍しいね。何してるの?」
「別に……。メシを買いに行ってたたけだ」
「メシって、これおやつじゃん! もっとちゃんとしたもの食べればいいのに。あっ、そうだ! 今度ウィズダムに」
「行かねーよ」
「えー。つまんないなー」
不貞腐れた顔も文句も、ルーイは全て無視した。拗ねたような目つきで唇を尖らせ、膨らませた頬が子どもっぽさを強調している。
可愛らしい子犬のようなその表情はウィズダムの主な客層である女性相手には効くのだろうが、無骨で健全な成人男性のルーイ相手に効くわけがない。あまりのとりつく島のなさに挫けそうになったが、つれない相手ほど構いたくなる。
真実を求めて過去を詮索しないウィズダムシンクス、自由と過去の記憶を求めるスラムデイズ。ウィズダムシンクスとは真逆の考えをもっと聞きたい。
「じゃ、今からそこのカフェで、どう?」
「行かねーよ。断ったばっかだろ」
「ルーイの好きな所でもいいよ! どこが好き? やっぱゲーセン? 他にどんな所に行きたい?」
「……今度偶然会ったら考えてやってもいい。今は行かねー」
ほんっと押しに弱いなぁ、うちのリーダーは。横に静流がいたらそう言われていたことだろう。
「もういいだろ。帰る」
「あ、ちょっと待って! 聞きたいことあって話しかけたんだった!」
「……んだよ、早くしろ」
「えっと、コレ! 知ってる? 最近ハマってるんだけど、シークレットが出ないんだよー! ガチャガチャいっぱいあるところ知らない?」
ずいっとルーイの鼻先に突きつけられたのは、カプセルトイの動物フィギュア。アニメキャラのような可愛らしいものではなく、本物そっくりのリアルな造形だ。
ガチャガチャは守備範囲ではないが、長年棲みついているだけあって、ゲームセンター以外の場所も大体把握している。
「そこのアニメショップの隣、1階から3階まで全部ガチャエリアだ。後は電気街か、駅だな。一番デカいのはアニメショップ隣だ」
あ? 案外出てこねーな。もっとあるはずなのに、アニメショップの隣以外に具体的な場所が出てこなかった。それでも、颯は目を輝かせて喜んでくれる。
「さっすがー! よく知ってるね! 早速行ってみるよ!」
「早く行け」
ルーイは左手で顔を覆って、右手でしっしっと動物でも追い払うかのような仕草を見せた。
クソ、陽キャが……キラキラしやがって。
颯の表情はあの頃から変わらない。薄暗い所で生活するルーイにとって、颯の表情もテンションも、うっとうしいくらいに明るく眩しく感じられる。
「引き止めてごめんね。ありがとう! またいつでもウィズダムに来てよ。待ってるからさ!」
「行かねーっつってんだろ」
やっと嵐が去った。アジトへ戻るべく、歩を進める。
颯に会ったのは久しぶりだった。元気そうで何よりだが、ライダーとしての力も変わらずそのままだ。
ルーイは記憶を取り戻した後、スラムデイズを解散して、ライダーの力を放棄するつもりでいる。出来れば颯にもライダーの力を手放させてやりたい。たとえ、本人が望んでいなくても。それがケジメのつけ方だとルーイは思っていた。
◆◇◆◇
更に月日は流れ、ついにルーイは全ての記憶を取り戻した。
「あのさ、ルーイ……これ、あげるよ。第二世代のカオストーンだから、引き取ってくれると助かる」
颯から貰った、第二世代のカオストーン。ウィズダムの客がカオスワールドへ迷い込み、颯が1人で助けに行った。
カオスワールド内で服装が変わったので、第二世代のものであることは確実。ウィズダムシンクスでは回収対象ではないが捨てるわけにもいかない。どうしようと考えて、ルーイの顔が頭に浮かんだ。
「スラムデイズで集めてるんでしょ? ルーイのかもしれないし、後で見てみてよ」
全く期待せずに受け取ったカオストーンを覗き込むと、懐かしさを感じる景色が頭の中に流れ込んできた。親の顔も、当時ハマってたゲームも、ネット上のゲーム仲間も、虹顔市の出身ではないことも、全て思い出した。
「今とあんま変わんねーじゃねーか……」
記憶が戻って全くの別人になるかと思っていたが、期待外れだった。記憶が戻った以上、もはやライダーをやる理由などない。スラムデイズも解散すれば、本当の自由がやっと手に入る。
ただ、颯のことは。颯のことだけは、どうしても気がかりだった。ライダーにしておきながら、自分だけ舞台から降りるのか。それとも元凶はさっさと立ち去るべきか。どちらにせよ、全てを話しておきたい。
ルーイは事前にライダーフォンで颯に連絡を取り、ウィズダムの外で会う約束を取り付けていた。ウィズダムの方へ歩いてくるルーイに気づいた颯は、大手を振ってルーイを出迎えた。
「ルーイ! 来てくれて嬉しいよ!」
「悪いが、食事に来たわけじゃねぇ。話がある……颯」
「えっ? う、うん。何?」
ルーイに名前を呼ばれるなんて珍しい。眠そうな目つきは変わらないが、雰囲気がいつもと違う。颯の戸惑いを知ってか知らずか、ルーイも居心地悪そうに視線を彷徨わせていたが、意を決したかのようにゆっくりと口を開いた。
「……記憶が戻った」
「え?」
「だから、記憶が戻った。ライダーになる前の記憶、全部」
「ホントに? この前のカオストーン、本当にルーイのだったの⁉︎ やったじゃん!」
颯はその場でウサギのように軽やかに飛び跳ねて喜んだ。キラキラした笑顔は眩しくて苦手だが、今日だけは素直な祝福を受け止めた。
コイツは前からこういうヤツだったな。俺のことでも自分のように喜び、泣き、怒り……。本当に変なヤツだ。
「俺の自己満足で昔話をしてやる。お前をカオスワールドへ連れて行った時のことだ。興味がなければ独り言だと思って聞いてろ」
「カオスワールドへ連れて行ったときのこと?」
「お前は忘れてるだろうが、お前をカオスワールドへ連れて行って、アカデミーへ入学させたのは俺だ。ライダーになるきっかけを作ったのは俺なんだよ」
「そうだったの? あのさ、僕、アカデミーに入学する時のことは覚えてるんだ。どうやってアカデミーに来たか、それより前のことは分かんないんだけど……ルーイって……いつから僕のこと知ってたの?」
「……アカデミーに入学する1、2ヶ月前だ。お前はカフェの店員で、俺は客だった。お前をライダーにするために、ほぼ毎日通っていた」
ルーイは遠い目をして、当時のことを思い出していた。
コーヒーを飲みたくてたまたま入ったカフェに、ライダー候補がいた。静流にも協力してもらいながら通い続け、何とか会話が出来るまでの仲になった。
「外へ連れ出す口実にライブハウスのイベントに誘っていたんだが、全部カオスイズムが仕組んでいたことだった。会場にいた客は幹部候補、スタッフはカオスイズム。他のヤツらがどうなったかは知らねーが、お前はカオスを完成させたからアカデミーに入れた。カオスイズムから抜けるための準備が出来たってわけだ」
「えっ?」
「代わりになるヤツを置いて、俺はカオスイズムから出て行こうとしていたんだ。だが、すぐに後悔した。騙してアカデミーに連れて行ったことを。お前は時々遊びに来いと言ったが、どのツラ下げて行けばいいか……後ろめたくて会いに行けなかった。そうこうしてるうちにカオスイズムから抜け出すチャンスが巡ってきて、お前の所に行けないままカオスイズムから抜けた」
ボソボソと、ルーイは胸の内を明かし始めた。気まずくて颯の顔を見ることが出来ず、ずっと目を逸らし続けている。
口数の少ないルーイにしてはよく喋っている方で、段々と喉が渇いてきた。普段はあまり感じることがない感覚だ。最後に言っておきたいことはまだあるというのに。
「……お前を連れて行けなかったことは……」
「ま、待って、1回待って!」
話の続きを颯が慌てて遮った。大袈裟な身振り手振りに、困惑した表情。一度に喋りすぎたか。息を整えている間、颯が意を結したかのように口を開いた。
「あのさ、ライダーになれそうな人をカオスワールドに連れて行くって、僕もやってたんだけど、商業地区でルーイと会ったことあるよね?」
「! 覚えてるのか?」
「うん……。ルーイの名前はカオスイズムにいたときに聞いたことがあるよ。でも顔は分からなかったから、ルーイに声かけちゃったんだね。戦って地面に落とされて、その時のショックでルーイっていう名前と顔が一致しかけたのかも」
「……マジかよ。都合が良すぎる」
「ウィズダムに連れてってくれたのは、ルーイなんでしょ? ありがとう、助けてくれて」
「礼なんか……言われることしてねーよ!」
颯がビクッと肩を震わせたのが見えた。こんな大声と感情が出ることもあるのかと自分でも驚いたくらいだ。
「……悪い。思ったよりデカい声が出た。とにかく、その、何だ……お前を連れて出て行けなかったことは、気にしてた。お前をライダーにしちまったのは俺で、ライダーをやめさせる責任があると思ってたからだ。そうとは知らないお前は、宗雲の所で楽しそうに暴れてやがる」
ルーイはライダーの力を使いこなしながらも、その存在を良しとしていない。颯もそうだとしたら何とかするべきだと思っていたが、全て杞憂だった。心配せずとも、颯の居場所はもう完全に定まっていた。
「……癪だが、宗雲に任せて正解だったようだな」
「え?」
「……色々と悪かった。カオスイズムから抜けるためとはいえ、お前の人生をめちゃくちゃにしたことは本当に悪かったと思っている」
あのルーイが……人を煽ってばかりのルーイが謝った⁉︎
信じられない。自分に向かって頭を下げているルーイを、颯はしげしげと眺めた。頭を下げたといっても会釈程度で、すぐに姿勢を戻してしまったが、普段の憮然とした態度とは真逆で驚いてしまった。
「俺はもうライダーにはならない。アイツらには悪いが、クラスは解散して他所へ引っ越すつもりだ。二度とお前の前には現れねーから、安心してライダー続けろ。じゃあな」
くるりと颯に背を向けて、ウィズダムから立ち去ろうとした。が。
「待って! もっかい待って!」
伸びて来た手にガシッと腕を掴まれて、ルーイは立ち止まった。
卑怯だとは思ったが、颯の言い分は聞かずに立ち去りたかった。恨み言は聞きたくないというのもあったが、ウィズダムシンクスの一員として過去を捨てたというのなら、一刻も早く颯の前から消えるべきだ。
そう考えていたので、引き止められても後ろを振り返ることが出来なかった。
「君がそんな風に考えてたなんて、知らなかったよ。確かに、ルーイは僕の人生を変えたかもしれない。入学前の話は正直全然ピンと来てないんだけど、覚えてても忘れてても、ルーイのことは恨まない。また会えた、生きててくれてよかったって、今の僕は思ってるよ。だから、二度と現れないなんて言わないで。コーヒー飲みに来てよ! 待ってるって言ったじゃん!」
過去に重きを置かない颯の反応は、ルーイが想像したものよりずっと軽かった。恨み言どころか、またコーヒーを飲みに来いなどと、先のことを言われるとは思いもしなかった。
「できれば、ライダーだってまだやめないでほしいな。ウィズダムシンクス以外で頼りになるの、ルーイぐらいなんだからさ。僕に対して責任を感じてるなら、途中退場なんかしないで僕がライダーやめるまで続けてよ! ルーイが好きなゲームだって、リタイアなしでクリアするまでやるんでしょ?」
「……ハァー」
未だ掴まれている手を振り解いて、ルーイは隠しもせずに盛大なため息を吐いた。
ライダーをやめるなだと。コイツ、俺がどんな思いでここまで来たと思ってるんだ。
あっさり覆されて自然と口角が上がり、眉と目尻も下がった。
「お前も言うようになったな」
「どういう意味? ルーイに遠慮したことあったっけ?」
「ねーな。ハァー……。仕方ねーからまだライダーやってやるよ。気ぃ抜けたから帰る」
「もう帰っちゃうの⁉︎ やっと指名してくれたと思って席取っといたのに。せめてコーヒーでも」
「断る」
別れを告げに来たはずなのに、失敗した。どういうわけか、まだライダーをやるなどと宣言してしまった。頼りになるだの、途中退場するなだの、すっかり絆されて毒気が抜けてしまった。
「俺にコーヒー飲ませたいんだろ? 呼んだらすぐに持って来い。こき使ってやるよ」
ライダーフォンを掲げて見せて、ルーイは颯に対して微笑んでみせる。いつも見せている他人を煽るようなものではなく、優しく穏やかなものだ。
「じゃあ、今注文して! 持ってくるから!」
颯は目を輝かせ、頬を紅潮させ、嬉しさを隠しきれないといった様子で早口で捲し立てた。
ううんと咳払いをすると、子どものような無邪気な笑顔から一転、フロア用の営業スマイルをルーイへ向ける。
「いらっしゃいませ、ウィズダムへようこそ! ご注文はお決まりですか?」
「……ブレンドのホット1つ」
いつかコイツも思い出すだろうか。かつて、こんなやり取りがあったことを。
ルーイのキャラエピソード「カフェでの出会い」から、ルーイと颯はライダーになる前に会ったことがあり、颯がライダーとなった原因を作ったのはルーイなのでは? と妄想して書いた。以降の作品にもこの設定が生きている。