『ルーイは仮面カフェにコーヒーデリバリーを頼んだのだが、なぜか颯が届けに来て一緒に遊ぶことになってしまった。その帰り道にルーイがカオスワールドへの扉を発見し、颯も巻き込んで男女の痴情のもつれ?を解決する話』です。
今回限りですからね! と、以前エージェントから言われた気がするが、なんだかんだ持ってくるだろう。そう見込んで、仮面カフェの執事にコーヒーデリバリーを頼んだ。
そして見込んだとおりにコーヒーが届いたが、届けに来たのは執事でもエージェントでもなかった。
「……何でお前が来んだよ」
「レオンさんもノアさんも忙しそうだったから! っていうのは建前で、ルーイと遊びたかったから! 一緒に遊ぼうよ!」
仮面カフェに頼んだはずなのに、ウィズダムの颯が現れた。騒音が絶えないゲームセンター内だというのに、颯の声はよく通る。
あからさまに怠そうな顔に対して、少しも気にしていない明るい顔。別に親しい仲でもないのに何でわざわざ来たのかと、ルーイの脳内は疑問符で埋め尽くされた。
トントンと筺台の空きスペースを指で叩き、頼んだ物を置くように促す。無言でテイクアウト用のホットコーヒーが置かれると、今度は中腰になってルーイの顔を覗き込むように視線を合わせてきた。
「ね、遊ぼうよ!」
「やなこった」
「何で⁉︎」
「見りゃ分かんだろ。忙しいんだよ」
「分かんないよー!」
ルーイにとってはゲームの攻略で今が一番忙しいときなのだが、見ている立場の颯には分からない。キリのいいところでやめられそうに見えるのに、なぜやめないのか。
颯はめげずにルーイの視界に入る位置にしゃがみ、フグのような膨れっ面をしてみせた。
「ったく、うるせーな……」
追い払おうとして目線を颯の方へ向けると、颯の奥にこちらを睨んでいる男の姿が目に入ってきた。見覚えのない男だ。
何だアイツと思ったが、颯が声だけでなく、身振り手振りでもうるさく騒いでいるから気に障ったのかもしれない。わざとらしく大袈裟なため息を吐いて、ルーイは重い腰を上げた。
「俺の邪魔をしたからには絶対負かしてやるからな」
「わ、やったー! 何して遊ぶ?」
仕方なくゲームを中断して、苛立ちを隠しもせずに言い放っても、まるで効かない。コーヒーを飲みながらゆっくりやるつもりが、台無しだ。
コーヒーをちびちびと飲みながら颯の後をついて歩いていたら、人の話し声が増えてきたことに気がついた。窓からは夕日が差し込んでいるし、今更ながら空腹も自覚した。
閑散としていたゲームセンター内は、放課後で自由の身となった学生たちが訪れる時間帯となっていたようだ。
「何して遊ぶ? リズムゲーム? クレーンゲームがいいかな?」
「お前、出勤じゃねーのか。こんなところで油売ってる場合かよ」
学生たちが自由になる頃は、颯の出勤時間でもある。普段からよく目にする、ワインレッドのスーツを着用しているため出勤前ではないかと予想したのだ。そして、出来れば早くいなくなってほしい。
「まだ時間あるから大丈夫! まー、ちょっとしか遊べないんだけどね。あっ、あれやろうよ! ダンスゲームも得意なんでしょ?」
颯が指差したのは、最近出たばかりのダンスゲームで、2人対戦も出来るものだ。
ルーイは既に静流やランスとも対戦して勝ったことがあるし、1人でも何度かやっている。最近出たばかりと思えぬほどのプレイ回数で、当然のようにスコアランキング1位に君臨している。
コーヒーは既に飲み干していたが、ゴミ箱がない。
「負ける気がしねーな」
「うわ、すごい自信。よーし、頑張ろっと!」
硬貨を入れて対戦モードを選び、レベルや楽曲は颯に選ばせた。初心者へのせめてもの情けであるが、絶対に負かしてやると宣言したとおり、負けるつもりはない。
ゲームが始まり、各々動き出す。颯が選んだのはやはり初心者ランクで、簡単なもの。ルーイは怠そうな顔をしながら俊敏な動きを見せている。
颯の方を見てみると意外に、思ったよりも間違えずに出来ているようだ。このゲームはやったことがなさそうだが、生来の運動神経の良さに助けられているのだろう。
初心者ランクなので難しい動きはないのだが、ルーイはあえて体を揺らしたり、一回転したりしている。不自然にならない程度に周囲を見渡すためだ。
颯は気づいていないようだが、さっきルーイたちを睨んでいた男がさりげなくついて来て、まだこちらを睨んでいる。男に動く気配がないから、ルーイもまだ何もせずに様子を見るしかない。
「よそ見してるのに、何で出来るの⁉︎」
「これくらい舐めプで余裕なんだよ。誰に喧嘩売ったか思い知らせてやろうか?」
睨んでいる男のことなど忘れて何曲か遊んでいたら、キャアキャアと女性の声が聞こえてきた。2人の周囲にいつの間にか人が、主に女性が集まってきていた。颯を負かすためだけにテクニックを披露していたら、目立ってしまったようだ。
普段から女性客を相手にしている颯は、やっほーと手をひらひら振って愛嬌を振りまいて声援に応えている。
アイドルかよ、とつっこむ余裕はない。変な汗が出てきたので、ルーイは一刻も早く立ち去りたかった。
「俺はもう行くぞ。まだやるんなら1人でやってろ」
「えー⁉︎ 待ってよ!」
返事も待たずに足早に立ち去る。じゃあねー! という颯の声が聞こえた後、追いかけてくる足音が聞こえてきた。
通りがかりにゴミ箱を見つけたので、ずっと持ちっぱなしだった紙コップを適当に捨てた。
「クソ、陽キャが……。目立ちやがって」
「さっきはルーイの方が目立ってたんじゃない? すっごい上手かったよ! 僕も結構上手く出来たと思うんだけど、どうだった?」
ご褒美待ちの犬のようなキラキラした笑顔を向けられて、ルーイはぎゅっと目を瞑った。スラムデイズでは見られない無邪気な笑顔が眩しすぎる。
上手かったと言われればそうかもしれないが、捻くれたことばかり言っているから素直な言葉を出すのは難しい。
「……悪くなかった。前にやったことあんのか?」
「さっき初めてやった!」
「マジかよ。静流より上手いかもな」
「静流? 静流ともこういうゲームで遊ぶの?」
「たまに、誘われれば。アイツは音ゲーの方が上手い」
「ふぅん……静流か。見かけたら、声かけよっかな」
颯が不満そうに唇を尖らせている間、ルーイは周囲に視線を走らせていた。颯を睨んでいた男の姿はない。
代わりに、こちらに向かって駆け寄ってくる女性の姿が目に入った。面倒くせーから女の相手は颯に任せよう。ということで、ルーイは「オイ、後ろ」と颯に後ろを向くように促した。
「ん? 何?」
「後ろから……」
女が来る。と言いかけて、ハッとした。その女の後ろから、颯を睨んでいた男がついてきていた。
この2人がカップルだとしたら颯を睨んでいた理由も何となく想像出来るが、面倒事には巻き込んでくれるなと、ルーイは心底願った。
「颯くん!」
「あっ、やっほー。この前は来てくれてありがとう! こんなところで会えるなんて、偶然だね」
「ほんと、びっくりしちゃった! 颯くんもこういうところに来るんだね。さっき見てたんだけど、かっこよかったよ! あっ、後ろの人も素敵でした!」
まさか話しかけられると思っていなかったルーイは、ビクッと肩を震わせた。辛うじて「どーも」とだけ言えたので、人嫌いにしては及第点ではないだろうか。
しかし、ルーイに水を向けられたのはその一瞬だけで、彼女の視線は颯だけに向けられている。漫画だったら目がハートになっていそうだ。
ルーイは呑気に眺めていたが、彼女の後ろにいる男の顔が鬼のような形相になっていた。女の方はともかく、颯も気づいていないのか、まだ話は終わりそうにない。
仕方なく、颯の踵の辺りをコツンと蹴る。視線と意識がルーイの方に向いたところで、現状を簡潔に囁いた。
「……後ろのヤツの顔がスゲーことになってんぞ」
「えっ? ……あっ、もしかして邪魔しちゃった? ごめんね、長話しちゃって。またお店で話そうよ! 待ってるね」
「あっ……」
女の方が何か言いたそうにしていたが、ルーイは構わず颯の腕を掴んで引きずるように立ち去った。
人を殺せそうな視線、というのはああいうのを言うのだろうか。直接視線を浴びたわけではないが、異様なものを感じてゾッとした。
「……さっきの女はお前の客か」
「うん、そうだよ。[[rb:紬 > つむぎ]]さんっていうんだけどね、いつも僕のことを指名してくれるんだ。ていうか、ごめん。長話しちゃって。後ろに彼氏がいたなんて気づかなかったよ」
「あの女に男がいることは知ってたのか?」
「知らなかったよ。初指名のときは彼氏いないって言ってたし、その後彼氏できたとも聞いてないし、いつの間に出来てたんだろ」
あの2人の関係を誰も聞いていないし言ってもいないが、ルーイも颯もあの2人のことをカップルだと思い込んでいた。
「一応聞いておくが、あの女とデキてねーだろうな」
「僕が⁉︎ 何でそうなんの⁉︎ ただのお客さんだよ!」
「お前はそう思ってても、アイツらはどう思ってんだろうな。女の方はどう見てもお前に惚れてるし、男の方はお前に嫉妬してる」
人の目もあったからだろうが、さっきの男は颯に何を言うことも、することもなく、紬とともに引き下がった。現時点では颯の身に危険が迫る可能性はほぼない。
「……ああいうのがカオストーンを持ったら秒で終わりだな」
カオストーンは己の理想の世界を作り出す。あの男が今カオストーンを手にしたらどんな世界を生み出すか、想像するのは簡単だ。一度理想の世界で夢を見させて、現実を教えるのも悪くないかもしれない。
いやいやと、ルーイは首を振った。縁起でもないことを考えるものではない。現実になってしまったらどうするんだ。ルーイは早々に考えることを放棄した。
「お前、仕事は。何時からだよ」
「うーんと、もうちょっと余裕あるけど、そろそろ行こうかな。ルーイは?」
「俺は帰る。やる気が失せた」
「ごめんって。ダンスゲーム練習しとくからさ、また遊んでよ! 今度連絡するね」
返事も聞かずに、颯は飛び出して行った。約束したつもりはないが、約束したことになっているんだろうと思うと、ため息が出てきた。
「……コーヒーはアイツの奢りか?」
◇◆◇◆
オレンジ色の夕焼けから濃紺の空へ変わる、夜の堺の時間帯。ゲームセンターからそう離れていない場所で、唐突にカオスワールドへの扉を発見した。
カオストーンのことなど考えるんじゃなかった。などと爪を噛みながらうだうだ考えていたが、飛び込んでしまった方が手っ取り早い。自宅の門でも潜るかのような気軽さでカオスワールドへ入った。
服装に変化はないので、第二世代のカオストーンではない。チッと舌打ちが出た。第二世代だったなら、もう少しはやる気が出たかもしれないのに。
「あっ! あなたは!」
「あ? ……ゲーセンにいた女か。この世界を作ったのはお前か? 一緒にいた男はどうした?」
「ここは一体どこなの? アイツ、きれいな石を取り出したと思ったら急に顔つきがおかしくなって……ウィズダムに行くなとか颯くんに騙されてるとか、訳わかんないこと言い出すし」
「……」
後半は間違ってねーかもな。という一言はギリギリで飲み込んだ。余計なことを言うのは得策ではない。
それにしても、颯と話していたときは猫撫で声で喋っていたのに、今は高くも低くもない地声で喋っているようだ。声だけ聞くとまるで別人のように聞こえた。
「……さっき一緒にいたのは、小学校から一緒の[[rb:結人 > ゆうと]]。幼なじみってやつよ。ずっと一緒にいるからよく勘違いされるんだけど、別に付き合ってるわけじゃないわ。……ほんとに、何とも思ってないんだから。こんなわけ分かんないことに人を巻き込むし……」
「……」
「な、何よその目は。私は颯くんみたいなイケメンが好みなの! 悪い⁉︎」
「そーかよ。俺にはどうでもいいことだな。お前の男の趣味も、ブサメンの幼なじみとやらも」
「ちょっ、誰もブサメンだなんて言ってないわよ! あいつ、顔は普通でも運動はまあまあ出来るし、私の言うこと何でも聞いてくれるし、あなたの100倍はいい男……ッ⁉︎」
「へぇ? 惚気を聞かされた気がするんだが、気のせいか?」
人付き合いは苦手でも、人を煽ることが得意なルーイは、あっという間に彼女の本音を引き出してしまった。全くの偶然だが、結果オーライだ。
「さ、最低だわ……!」
「お前が勝手に喋り出したんだろ。で、フツメンの幼なじみもここにいるんだな?」
「……ゲームセンターにいると思う」
やはり、このカオスワールドは紬と颯の仲を疑って生み出されたと見て間違いないと思われる。彼女の本音を聞き出せた今、解決するのはそう難しくない。
「そういや、化け物に襲われてねーのか」
「化け物? ここって化け物が出るの⁉︎」
カオスワールドに出現するガオナは、敵とみなした相手には攻撃を仕掛けてくる。紬はカオスワールドの主にとって敵ではないから、そもそもガオナが姿を現すこともなかったのだろう。ここに1人残して行った方が安全だが、ルーイの言うことを素直に聞くだろうか。
そのとき、ライダーフォンに通知が届いた。画面を見ると、「コーヒー代もらってなかった。今どこ?」という颯からのメッセージが見えた。
お前の奢りだろと打とうとしている最中に、ひらめいた。「ゲーセン近くのカオスワールド。さっきお前を睨んでた男が開いた。女が巻き込まれてる、早く来い」と、ほぼ箇条書きのメッセージを送信。すぐに返信が来た。
「颯を呼んだからお前は外に出てろ。で、俺が中にいるから来いって伝えろ」
「どうするつもりなの?」
「決まってんだろ、引きこもりを外へ引きずり出す」
静流やランスがいたら、『それ、自分で言うの?』と、もれなくつっこまれていただろう。ルーイ自身もそう思ったが、他に適切な表現が見つからなかった。
扉から紬を現実世界へ帰したところで、ゲームが始まる。
このカオスワールドの景色は現実世界とリンクしているらしく、ルーイがよく知る娯楽地区と同じ景色が広がっている。ゲームセンターはここからそう遠くない場所にあるのだが。
「お出ましか」
どこからともなく現れたガオナ。よほど好戦的な性格なのか、一斉に襲いかかってきた。
変身中に攻撃を仕掛けるのは反則だろ。などと思っても相手は意思のない化け物。流れるような動作で攻撃をかわし、リングをはめて仮面ライダーRUIへ変身。
蠍の尾を模したライズで攻撃を弾き、対象を拘束、最後に一気に刺し貫いてトドメを刺した。この間本人は一歩も動かず、常に円の中心で眠そうな顔をしながら立っている。
「金と経験値でも拾ってみたいもんだな」
ガオナは余裕で蹴散らした。まだガオナの気配はあるが、戦意を喪失したのか動く気配はない。
さて、ゲームセンターへ向かおうかというところで、影が集まり大きな人型を形作る。ガオナクスだ。
「中ボス戦ってところか。かかって来いよ」
手招きをしながら挑発してやると、ガオナクスが動いた。
「遊んでやる」
舌なめずりをして凶悪に笑うその様は、悪役そのもの。自由自在に動くライズをムチのようにしならせ、大小二対の尾がガオナクスを襲う。
まずは左右斜め上空から仕掛けてみたが、ガードされて弾かれた。これくらいは想定内なので、どうってことはない。むしろこの程度で倒れられては面白みがない。ガオナクスからの攻撃も全てライズで弾けるし、依然ルーイは一歩も動かずに涼しい顔を保ったまま。
今度は敢えて軌道が見え見えの攻撃を仕掛けて受け止めさせた。両腕が塞がってもはやガラ空きとなった足下目掛けて、ライズで足払いを仕掛けて転ばせた。一旦全てのライズを引っ込めて、ベルトへ力を集約させる。
「とっとと散れ」
「吹っ飛んじゃえッ!」
とんだ邪魔が入った。ルーイがトドメの一撃を放つ前に、後ろから飛んできた何者かが、ガオナクスに強烈な一撃をお見舞いしたのだ。
何者かとは、言わずもがな颯だ。颯の攻撃を受けてガオナクスは霧散した。颯は後ろへ振り返って、弾ける笑顔とともにVサインを向けた。
「ルーイ! お待たせ!」
「おいしいところを持ってくんじゃねーよ」
「助けてあげたのにー!」
「ふざけんな、俺1人で余裕なんだよ」
ガオナクスが倒されたことにより、辺りから完全に気配が消えた。これなら変身せずともゲームセンターまで行ける。
「あの子がいた方が説得しやすいと思うけど……連れてくる?」
「……それを考えるのは後でもいいんじゃねーか。どういうつもりでカオスワールドを開いたか分かんねーし」
「そっか……そうだね!」
ある程度の事情を把握しているらしい颯からそう提案されたが、この世界では何が起こるか分からない。一旦変身を解いて、2人でゲームセンターへ行くことにした。
「僕らと別れた後、あの2人ケンカしちゃったんだって。で、彼の方がカオストーンを取り出して、急に様子がおかしくなったって言ってたよ」
「ああ、大体聞いた。お前、あの女を騙してたんだってな」
「失礼だなー! 騙してなんかいないよ! 現実を忘れさせて楽しい夢を見せる、それがウィズダムだよ」
「言い方変えただけじゃねーか」
「……とにかく! ケンカが原因でカオスワールドが開かれたのは間違いないよ。でも、あの子が好きだっていうなら、どうしてゲーセンに閉じこもってるんだろう?」
恋人同士になる世界を作りあげるものじゃないのか? と暗に言っているようだったが、ルーイはそれに対する答えを持っていなかった。考えは人それぞれだし、恋愛など今のところ最も縁遠いものの一つだ。答えられるわけがない。
「ここって、娯楽地区と同じゲーセンだよね? 中も同じなのかな?」
「……中に入るか」
タイムリミットはカオスを完成させるまで。あまり時間はない。
ゲームセンター内は娯楽地区と全く同じもので、通い慣れたルーイにとっては見慣れた景色だ。となると、颯に嫉妬していた彼……結人がどこにいるのか見当はつく。何も言わずに進むルーイに、颯もおとなしくついていく。
迷いのない足取りで奥の方へ進み、ダンスゲームのエリアに辿り着いた。そこには、予想通りに結人がいた。ルーイと颯が対戦していたダンスゲームをやっている。
対戦相手はぼんやりとした人型の影だ。頭が薄い桃色で、胴体がワインレッド色になっている。
「……あれ、お前じゃねーのか」
「ちょっと適当過ぎない?」
今日初めて実際の颯を見かけたのだとしたら、彼の颯に対するイメージが貧弱過ぎるのも無理はない。
幻影颯はあまり動かず、時々ステップを踏んでいるかのような仕草をする程度。下手というよりやる気が見られない動きだ。一方の彼はリズミカルにステップを踏み、スコアを着々と伸ばしている。
やがてゲームは終わり、当然カオスワールドの主である結人の勝利。幻影颯はガクッと崩れ落ちたかと思うと四つん這いになり、失意のどん底という様子を見せている。
「よしっ! これで10連勝だ!」
ルーイは内心で呆れていた。こんなつまんねー勝負を10回もやりやがったのかと。
勝つのは気持ちいいし、気に入らないやつを負かしてやりたい気持ちも分かる。だが、結果が見えている勝負ほどつまらないものはない。
「えー? 僕、10回も負けてるの⁉︎」
この惨状に口を出したのは、ルーイの横にいる本物の颯だ。聞こえてくるはずのない声に、結人はビクッと肩を震わせた。恐る恐るといった様子で後ろを向き、ルーイたち2人を見て目をまん丸に見開いた。
「あなたは……何で影じゃないんだ? 何回想像しても作れなかったのに」
「やっぱり、これ僕なんだ。どうしてこんなことしてるの? あの子が心配してるよ。早く元の世界に……」
「うるさい! ここは僕の世界だ! 僕の世界で指図するな!」
ゲーム台を離れて、彼は颯に対して拳を振り上げた。
あ、と思った。かわすのは簡単だけど殴られておいた方がいいのか、でも痛いのは嫌だと、颯はぎゅっと目を瞑って動かずにいた。
バシッと辺りに乾いた音が響いたのに、拳はまだ颯の顔に届かない。あれ? と思って目を開けると、隣にいたはずのルーイが颯の前に立ち、結人の拳を受け止めていた。
「えっ⁉︎ ルーイ!」
「……体が勝手に動いた」
あまりに予想外の出来事が起きた。まさか庇われるとは。意外な行動に颯はもちろんのこと、ルーイも驚いていた。
庇うつもりなどなかったはずだ。だが、意思とは関係なく本当に体が勝手に動いていて、またしてもルーイの脳内は疑問符だらけになっていた。
「……そういうことなら、本物を追い出せばいいじゃねーか。おい、ちょっと相手してやれ」
「えっ? どうして……」
とはいえ、他人を煽る知恵は働くようだ。颯にこっそり耳打ちする。
「あんなヘナチョコに勝ち続けたって意味ねーだろ。勝ち負けはどうでもいいから、本気でやれ。終わったら俺がこいつを煽るから、その間にあの女を連れて来い」
「あの子を? ゲームやってる間にルーイが連れて来た方がいいんじゃ……」
「俺の言うことを聞くとは思えねーな。あと、動くの面倒くせー。だが、説得にはあの女が必要だ」
「……そっか、分かったよ」
何を考えているかは分からないが、先輩ライダーの言うことは聞いておいた方がいい。経験則と勘がそう言っている。
「よーし、そういうことなら勝負しよっか! 絶対に勝ってみせるよ!」
「受けて立ってやる。僕が勝ったらこの世界から出て行ってもらうからな!」
2人がゲーム台に立つと、選曲画面に移った。金を入れなくても遊べるらしい。
いいな……俺も遊ぶか? ルーイが辺りを見回すと、スナック菓子が景品のクレーンゲームが目に入った。
横移動のボタンが点滅しているので試しに長押ししてみると、左方向へスライドした。つまらない勝負を見守るくらいならここで遊ぶか。ダンスゲームが見える位置でもあるので、そちらを気にしつつクレーンゲームに興じることにした。
颯はプレイ2回目の初心者とは思えぬ動きでダンスを楽しんでいる。ルーイがクレーンゲームの方にいるのを見つけて、あーっ! と指差す余裕もあるようだ。
何やら口をパクパクとさせているが、全く聞こえないし、読み取れるはずもない。ここがカオスワールドだということをすっかり忘れていそうな様子に、ルーイは内心で冷や汗を流した。
一方で結人には楽しそうな様子など一切なく、本物の颯相手に真剣なプレイを披露している。ルーイから見ればまだまだといったところだが、動きは悪くない。もっと練習すればランキング上位も狙えそうだ。
ルーイはというと、タダでやり放題なのをいいことにアームの動きを研究していた。景品を取ってもカオスワールドの物は持ち帰れない。研究ついでに取った菓子の袋を開けると、一応中身が入っていたので食べてみたら、ちゃんとスナック菓子の味がした。
「タダ飯とか最高じゃねーか」
「ルーイ! 終わったよ! って、何食べてんの⁉︎」
「チッ……もう終わったのかよ」
スナック菓子片手にダンスゲーム台の方に近づいて結果を見ると、颯は負けていた。予想通りなので特に驚きはない。
「腹ごしらえするから、お前らもっと遊んでていいぞ」
「いや、そんな場合じゃないでしょ⁉︎ 後はどうにかしてくれるんじゃなかったの⁉︎」
「面倒くせー……。けど、やんないと終わんねーしな」
とりあえず今持っている一袋を空にして、ルーイは彼に近づいた。
「本物にも勝つとは大したもんだな。コイツに勝ちたかったんだろ? 後は褒めてくれる女がいれば完璧だ」
ルーイが颯に目配せをした。うん、と微笑んで頷き、颯は出口へ向かってこっそり走り出した。
「女と一緒にいただろう? いないのか?」
「それが……ゲームしてる間にいなくなっていたんだ」
ルーイに対しては明確な敵意はないらしい。意外なくらいにおとなしく、素直に答えた。これなら話は簡単だな。ルーイはほくそ笑んだ。
「そうか。それなら、その女のことは忘れて理想の女を作ればいい。分かるだろ?」
「でも……」
「ここはそういう世界だ、何でも思い通りになる。お前が望めば、何でもな。さあ、何を望む? 想像してみろ」
普段の口下手ぶりが嘘のようだ。じっとりと囁くように語りかけ、相手の心を惑わす様はまるで詐欺師のよう。
結人はルーイに言われるがまま、理想の女を作り出そうと奮闘している。ああでもない、こうでもない……と、試行錯誤を繰り返すのを欠伸をしながら見守っていたら、ついに完成したようだ。
2人の目の前に現れたのは、結人のイメージによって作られた女性。姿形は、現実のゲームセンターで出会った紬と変わらない。
「……颯くんにダンスゲームで勝っちゃうなんて、びっくりしちゃった! すっごくかっこよかった! 本当に素敵だったわ、あなたのダンス」
「そ、そうかな? 本当に?」
手放しの賞賛に、彼は頬を染めて嬉しそうに笑った。
「颯ってやつより、ずっと上手かっただろ?」
「うん! あんなに上手いなんて知らなかった!」
「へへ……。別にあいつに勝つためってわけじゃないんだけどさ、君を驚かせたくて練習してたんだ」
カオスワールドを開いた原因は大方予想通りのようだ。颯のことばかり話すから嫉妬心が募り、いいところを見せて自分の方に振り向いてほしかった。そんなところだろう。
「どんなに頑張ってもこんな風に褒めてくれなかったから……嬉しいよ。でも……何だろう。何かが違うような……」
「何が違うの? あなたも私も、何も間違ったことなんてしてないでしょ?」
「そ、そうなんだけど……君は、君が……僕の理想なのか?」
「理想の女じゃないのか、これが。お前のことだけを見てくれる、お前の全てが正しいとにこにこ笑ってる女が理想なんだろ?」
ぐらぐらと揺れる彼の意志。あと一押しといったところか。
彼が自分1人でまやかしを打ち破れるならそれでいいのだが、難しそうだ。彼が生み出した理想の女が、彼の耳元で甘い言葉を囁き続けている。
もはやルーイの声は届かないだろう。惑わす声も、導く声も。やはり、助けとなるのは本物の紬を置いて他ならない。
「……ルーイッ! 連れて来たよ!」
「おー、来たか。戻ってくるタイミングが漫画レベルで都合がいいな」
「何それ、どういうこと?」
仲間のピンチに駆けつけて、トドメを刺されそうなところを間一髪で助ける。漫画ではよくある展開だが、颯には何のことか分からなかったようだ。
颯とその隣にいる紬は、結人と一緒にいる女の顔が自分と同じだということにすぐに気がついた。紬は頭からつま先まで一通り観察し、信じられないといった面持ちで目の前の光景と対峙している。
颯は紬の表情を観察したが、その心境は計りかねていた。しかし、颯の心配をよそに、紬はさっさと動き出す。カツカツと敢えてヒール音を立てて歩くその姿に迷いはない。
彼女の気迫に若干圧倒されながら、ルーイは道を譲り、紬は彼の前に立った。彼の眼中には、自身が生み出した理想の女しか映っていない。
「何よこれ、どういうこと? 何で私の偽物がいるわけ?」
「偽物? 何を言ってるんだ、偽物は君の方だよ。僕のことだけを見てくれる優しい彼女の方が、本物なんだ」
「どうせ、こんなのあんたの妄想なんでしょ! 目を覚ましなさいよ! こんなマネキンよりも……私の方が……!」
「何するんだ! やめろ!」
結人が生み出した理想の女は髪を引っ張られ、苦痛で顔を歪めた。そのまま抵抗することもなく、理想の女は霧散した。
カオスワールドの住人が消え去るというほぼ初めて見る景色に、さすがのルーイも目を丸くした。対する結人はというと、虚空を見つめてぼーっとしている。
「そ……そんな……嘘だ……」
「これで分かったでしょ? 私の方が……」
「う、嘘だ嘘だ! ああ……よくも……よくもーーーッ!」
颯が「あっ」と思ったのと同時に、ルーイが紬の肩を掴んで後ろに下がらせた。結人の紬を見る目はまるで親の仇に対するような憎しみに染められ、拳も振り上げられたからだ。
しかし、その拳が振り下ろされるよりも早く、ルーイの拳が男の顔に叩き込まれた。思いもよらない攻撃に、男は吹っ飛ばされた。
「今のは、さっき受け止めた分のお返しだ」
見下ろすルーイの冷めた視線と威圧感に、結人は起き上がることも出来なかった。
殴られそうになったにも関わらず、紬は男の側に駆け寄って行き、助け起こしている。
「今、何をしようとした? 手を差し伸べてくれた相手を殴ろうとしてたよな? 伸ばされた手を掴まなかったら……手を伸ばしても掴めなかったら、二度と戻らねーんだぞ」
拳と声を震わせて、ルーイは静かに語りかけた。
理想の女など、所詮まやかし。心配そうに気遣う紬の顔を見てようやく目が覚めたのか、結人の顔つきが穏やかなものに変わっていった。
「本当に大事なものを失う前に、テメーの大事なものを守りやがれ!」
一歩離れたところで聞いていた颯の心に、強く響いた。
いつも怠そうにしているルーイの、今まで見たことも触れたこともなかった激情。痛みに耐えるような険しい表情に驚きながら、ぱちぱちとカメラのシャッターを切るかのように瞬きを繰り返した。なぜかは分からないが、この顔を忘れたくないと思った。
呆然としている颯の横に、いつの間にかルーイが移動してきていた。呆然とし過ぎていて気づかなかったようだ。
ルーイが横目で後ろの2人の様子を見ていたので、颯もそちらに目を向けた。2人は手を握り合い、互いの気持ちを通わせているようだった。
「あ……えっと、よかったね。あの2人、もう大丈夫そうだね」
「チッ、とんだ茶番だったな」
さっきのは幻だったのかな? と思わせるくらいに、親指の爪を噛むその顔は、いつも通りの怠そうな顔だった。
◇◆◇◆
色々あったが2人は無事に結ばれて、カオスワールドから脱出できた。辺りはすっかり暗くなり、夜を迎えている。
ゲームセンターで1人優雅にコーヒーを飲みながら攻略に勤む予定だったのに、大幅な予定変更を余儀なくされてしまった。
ルーイは内心でクソッと毒づきながら、横目で颯を見た。
少し離れた位置で、紬と話し込んでいる。ごめんねと聞こえてきたので、巻き込んだことへの謝罪でも受けているのだろう。
俺に対する謝罪はねーのか、と考えていたら、結人に話しかけられた。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
「あ? ……別に……大したことしてねーよ」
「何言ってるんですか! 僕の目を覚させてくれて、本当に感謝しています。あなたのお陰で戻ってこれました」
そう語る結人の顔は、憑き物が落ちたのような穏やかなものだった。颯を睨んでいた鬼のような形相が嘘のようだ。
「……仕事柄アイツが女を騙したように見えるだろうが、そこまでのクソ野郎じゃねーのは確かだ。商売道具の顔を殴るのは勘弁してやれ」
「え……。はい、すみませんでした。でも、何度も颯っていう男の話を聞かされるのは辛くて……」
「なら、今度からお前の話でもしとけ。さっきのダンスは悪くなかった」
「ほ、本当ですか? あの、もしかして、ランキング1位のRUIさんて、あなたなんですか?」
「まーな。もっと腕を上げたら相手してやるよ」
颯は少し離れた位置から、静かに笑うルーイを見ていた。
紬に手を引かれて、礼と謝罪を受けていたのだが、結人と話すルーイが気になって仕方がない。何を話しているのか、何で笑っているのか。自分と話すときは笑ってくれないので、何となく面白くなかった。
「……それでね、颯くん。しばらくお店には行けそうにないかも」
「いいよ、無理しないで。いつでも来ていいからね」
あーあ。お客さん、減っちゃったなぁ。そうは思っても、颯は全く気にしていなかった。店の売上よりも、貴重な情報源よりも、紬に笑顔が戻ったことが一番嬉しい。
「あの、あっちの人にもお礼言っといてもらえる? 何だか話しかけにくくて」
「ルーイに? オッケー」
「ねえ、あの人と颯くんて、どういう関係なの? ちょっと怖いけど、顔は悪くないし……」
紬が後ろを振り返ったので、颯もその視線の先にいるルーイを見た。
結人が何やら必死に話しかけている。表情は堅いが、憧れによる緊張のせいと見てとれる。紬は紬でルーイにいい印象を持ったようなので、颯は少し複雑な心境になった。
「頼りになる友達ってところかな? でも、ルーイは駄目だよ。君にはもう彼氏がいるんだし、ね! 悩み事があったら、僕がいつでも相談にのるよ」
ウィズダムで見せる営業スマイルで、颯は彼女を送り出した。
その後は2人から改めて謝罪と礼をされ、仲良く立ち去り、残されたルーイと颯は、ようやく解放された。疲れきった表情のルーイを労うように、颯はルーイの背中を軽く叩いた。
「2人を助けてくれてありがとう」
「お前に礼を言われることはしてねーよ」
「紬さんも、ありがとうって言ってたよ。今日のルーイはモテモテだね。あの子、ルーイのこともかっこいいって思ってそうだったよ。男の人……そういえば名前聞いてないや。何喋ってたの?」
「ゲーセンでやったダンスゲームだ。ランキング1位の俺に会ってみたかったんだとよ」
ルーイが歩き出したので、颯も後について歩き出した。ウィズダムに出勤するべき時間だが、もう少し話していたいと思った。それに、コーヒー代も貰っていない。
ゲームセンターに行ったのは、忙しいレオンやノアに代わって、ルーイにコーヒーを届けるためだった。そうすれば、ルーイは逃げずに会ってくれるだろうと考えたから。
そして、嫌々ながらも本当に遊んでくれるとは思っていなかった。カオスワールドへ飛び込むなど予想外の出来事もあったが、日常では絶対に見られないであろうシーンも見ることが出来た。
「あのさ、今日すごくかっこよかったよ。テメーの大事なものを守りやがれ! って。……まるで、自分のことを言ってるようだなって思ったんだけど……」
「……気のせいだろ」
そう言うルーイの表情は、先程と同様に痛みに耐えるようなものだった。それだけではなく、涙を堪えているかのようにも見える。
どうしてそんな顔をしているのか。泣かれるほど嫌なことをしただろうか。聞きたかったが聞けずに、首を傾げるだけにとどめた。
「……いつも眠そうにしてるけど、ルーイって熱血っていうか、優しいよね! 分かりにくいけど」
「優しい言うな。ったく、静流といい、お前といい……」
「また静流? さっきダンスやってたときも静流って……」
「んだよ、るせーな。ぼっちでわりーかよ」
ルーイの言うことは、いつも言葉少なで分かりにくい。だからというわけではないが、ルーイは人付き合いが苦手で交友関係が狭い。
スラムデイズの中でもランスはまだ深い付き合いではないが、同期の静流は気心知れた仲なので、自然とよく名前が出てくるのだろう。
少なすぎる発言でもそこまで察することが出来て、颯は自分の機嫌が良くなっていくことを自覚した。
「ごめんごめん、悪くないよ! 機嫌直して!」
じゃあ、僕もそうなればいいんじゃん! 親の気を引く子どものように、颯は後ろからルーイの腕を取って引き寄せた。予期せぬ出来事にルーイはバランスを崩し、歩みを止める。
「くっつくな、うっとうしい」
転びそうになったので何をするんだと睨んでみたら、颯はにっこりと目を細めて笑っていた。人懐っこい犬のようだと思ったが、そんな笑顔を向けられる理由がまるで分からない。
「機嫌悪くなったり良くなったり、何だコイツ」
「何でもいーじゃん! そうだ! まだコーヒー代貰ってないから、一緒に仮面カフェに行こっ!」
タイトルの台詞をルーイに言わせたくて書いた話。第1話とは違う世界線だが、颯がライダーになった原因はルーイにある設定。ルーイの保護者感強めで、颯は何か知らんけど懐いている。