スラムデイズのアジトの一角に、小さいクリスマスツリーが飾られた。退院したルーイが持ち込んだものというだけでも驚きなのに、颯からもらったという意外な答えを聞かされて静流は若干驚いたが、いい思い出が出来てよかったなと返す。
しかし、そのお礼は未だ出来ていなかった。静流に発破をかけられて、ルーイは颯に電話をかける。「いつでもコーヒー飲みに来てよ!」と颯に言われたことを思い出し、勢いで当日予約してウィズダムへ出かけることになったのだった。
約束のHolyNight/ゆびきりで退院した後のルーイと颯の話。
適当に食事して話をして、何の事件も起こらない平和なお話です。
ルーイが退院した頃、既にクリスマスが終わっていた。スラムデイズでもルーイの退院祝い兼クリスマス兼忘年会兼正月が行われ、やっと平穏な、引きこもりゲーム三昧な日々が戻って来た。
だが、ほんの些細なきっかけで、日常から簡単に落ち着きが奪われた。
「そういやさ、退院してきたとき小さいクリスマスツリー抱えてたじゃん? 誰かから貰ったのか?」
「小さいクリスマスツリー……?」
「そこに飾ってあんじゃん。小さいけど、存在感があるクリスマスツリーが」
サイドテーブルにちょこんと置いてあるクリスマスツリー。ルーイが何の違和感もなく、実に自然な動作でここに飾ったことに小さな疑問を持っていた。
こんな目立つところに飾っておいたら、どうしたんだ、誰から貰ったんだと質問攻めにされることくらい予想出来るはずなのに。
まさか質問されて自慢する時を待っているのか? 静流はこの短時間で色々な邪推をしていた。
「……颯」
「は……? え、颯から貰ったの?」
「朝起きたら、カフェラテと書き置きも一緒に置いてあった」
「へー……」
そういうルーイの顔は穏やかだった。ダルい、面倒くせーと、しかめっ面ばかりしているルーイにしては珍しい表情だ。
颯からって何で? と思いはしたが、何かいいことがあったんだろうと考えて、ツリーについてこれ以上言及するのはやめることにした。
「よかったじゃん。クリスマスにいい思い出が出来て」
「……うるせー」
素直に伝えたら、素直じゃない言葉で返された。本調子に戻ってそうで何よりだ。まあ、入院前も入院中もあまり変わりないが。
「で、いい思い出をくれた颯にはお返ししたのか?」
「……!」
「あ、してないのか……」
眠そうなルーイの目が、一瞬驚いたように大きく開かれた。目は口ほどにものを言うとはこのことだ。
「おいおい、貰いっぱなしはないんじゃないの? 今からでも何か返してやりなよ」
「何かって……何だよ」
「そりゃー、自分で考えないと。ちょっとは何か思いつくだろ。おたくら友達……ってほど仲いいかは知らないけど、少なくともここ最近仲良くしてただろ」
「アイツが勝手に付いてきただけだ」
「でも、一緒にいただろ」
押し問答を何度か繰り返し、静流は外出して行った。
お返しは考えなかったわけじゃない。そもそもクリスマスプレゼントにお返しという習慣はないだろう。クリスマスプレゼントはサンタクロースから貰ったものという前提で考えたら、サンタクロースに何をどうやって返せというのか。
言い訳はこれくらいにしておくとして。借りを作ったままというのは居心地が悪い。
次に会ったときにどの面を下げておけばいいのか。うっかり本名を呼んだり呼ばれたりしないだろうか。記憶(の一部)が戻ったはいいが、逆に気まずくならないだろうか。余計なことばかり考えて、結局いつも通りに何も言えずに動けなくなるんじゃあ……。
などと、本当に余計なことばかり考えていた。結果、時だけが過ぎて行き、お返しを用意することが出来ないでいたのだった。
颯の好みを知っていたら、とっくの昔にネットショップで買い、ウィズダムへ送りつけている。しかし、今の颯について、ルーイはそれほど多くを知らない。サイドボードのクリスマスツリーを何となく見つめていたら、颯の顔が頭に浮かんで来た。
あの浮かれた格好、どこであんな衣装を調達してきやがったんだ。カオスワールドでは俺まで変な格好なっちまって散々だったな。
……カオストーンを渡したらアイツの記憶が戻って、そんでそのまま仕事に行ったのか。ウィズダム……出来れば二度と行きたくね……
またいつでもコーヒー飲みに来てよ!
「!!」
いや、アイツのラテアートはもう飲んでやっただろ。大体礼をするのに作らせてどうすんだよ。何で好き好んで女ばっかり集まる店に俺が2回も行かなきゃならないんだ……?
妙案が思いついたと思ったのだが、ルーイは即座に首を振って否定した。
颯は何かというとルーイをウィズダムへ呼びたがっていた……ように見えた。それもこれも「俺はブラックしか飲まねー」「おいしいブラックのラテアート飲ませてあげるよ」という売り言葉と買い言葉に過ぎなかった。
そしてそれはもうクリスマスに果たされている。わざわざウィズダムへ行かなくてもいいものだが……
「もしもし、ルーイ? 珍しいね、どうしたの?」
「あー……今いいか?」
「うん、開店前だから少しならいいよ」
「お前を指名したい」
「えッ……⁉︎」
スマホの向こうから、動揺した颯の声が聞こえた。そんなに変なことを言ったか? とルーイは自身の発言を省みて、今更ながらハッとした。お前を指名したいって何だ。口説いてんのか。
「い、いや待て」
「……今のは結構ドキッとしたね〜。不意打ちだと余計にこう、クるね〜……。今度使わせてもらおっと」
「だから人の話を」
「ウィズダムに来てくれるんでしょ? 嬉しいよ! いつがいい? 思い切って今日来ちゃう? 22時なら僕も席も確保できるよ」
「……行く。22時だな」
「えっ、ホントに⁉︎ やったあ! 楽しみにしてるね! 席、ピカピカにしておくから! ちゃんと来てね! 絶対だよ! 約束だからね!」
「るせーな、静かにしろ……」
勢いで電話をしてしまい、勢いで当日予約までしてしまった。
よかったのだろうか。電話を切って冷静になって思い返してみると、とんだことをしでかした気分になった。
22時に行くと約束をしすぎたからには、出かける用意をしなければならない。まだ時間があるので、手土産のひとつでも見繕ってから行くことにした。
◆◇◆◇
フォーマルな装いなど持っていないルーイは、普段通りの装いでウィズダム前までやって来た。
何度か帰りたくなったが、颯と「約束」してしまったからには仕方がない。気力を振り絞って何とか踏ん張っていた。
というのも、周囲にいるのは煌びやかな夜の住人ばかり。歌って踊って大騒ぎの娯楽地区とは空気が違う。
「あっ、ルーイみっけ!」
ウィズダムの入り口から、颯が出て来た。1人で異世界へ迷い込んだ気分に陥っていたので、颯の存在はある種の救世主のように思えた。今だけは。
「いらっしゃいませ! 待ってたよ」
「おー……ちゃんと来てやったぞ」
「うんうん、嬉しいよ。ちゃんと約束守ってくれて。さぁ、寒いから早く中に入ろう」
女性相手でもないのにちゃんとエスコートしてくれる。仕事とはいえ律儀なやつだなと思いながら、俺は女じゃねーよと雑に断った。
「あなたのためのお席はこちらです。どうぞお掛けください」
颯の口から、聞き慣れない喋り方が飛び出してきた。似合っているが、普段の顔と違い過ぎて違和感の方が勝っている。
案内された席は店の入り口からは分かりにくい奥の方で、こぢんまりとした席が設けられていた。他にも似た席があるので元々備えられている席だと思われる。
「こちらが本日のメニューでございます。……置いとくね。何にするか決めた?」
テーブルの前でしゃがんで両手で頬杖をつくその様は、お客様相手にする仕草ではない。表情もかなりリラックスしていて、接客モードではなくなったようだ。
ルーイはほっとため息をついた。終始接客モードでいられると逆に落ち着かなくなる。
「……注文の前に、ちょっと座れ」
「え? でも」
「いいから。お前に話したいことがある」
「それなら、ドリンク頼んで乾杯しない? 僕も堂々と座っていられるし」
食前酒代わりに、2人はスパークリングワインで乾杯し、それぞれ傾けた。
「入院中の俺のベッドに、クリスマスツリーとカフェラテ置いてったの、お前だろ」
「そうだけど……嫌だった?」
「そうじゃねぇ。礼をちゃんと出来てなかったと……」
「礼って、いいのに。僕がやりたくてやったことだよ。嫌じゃないならよかった!」
颯の笑顔は人を笑顔にする類のものだが、なぜだかルーイは泣きたくなった。
素直に自分の思いを伝えてくれる颯と、伝えられないルーイ。捻くれた自身の性格を、ルーイは何度も呪ってきた。
「……楽しみにしてると、あの時直接言えてたらよかったのにな」
「え?」
「俺はあの約束を思いの外楽しみにしていた……らしい。後で気づいた」
「うっ……ごめんね。言い訳にしか聞こえないだろうけど、忘れてたわけじゃなかったんだ。クリスマスの数日後、病室に行ったらもういなくなってて……」
「別に責めてるわけじゃねーよ、泣くな」
「なっ、泣いてないし!」
そう言う割には颯は若干袖を濡らしていたようだった。目元も少し潤んでいる。
泣かせに来たわけではないのだが、昔と変わらない子どもっぽさが少しだけ懐かしく感じられた。
「俺の記憶の中のお前はすげーガキなんだが、お前今何歳なんだ?」
「23だよ」
「……5つも離れてんのかよ。どおりで」
「それどういう意味の『どおりで』なの!?」
いつまでも単に話しているだけ、というわけにもいかないので、季節限定メニューをいくつか適当に頼んだ。
固形物をなかなか口にしないルーイは食べるのに苦戦したが、颯にも食べさせて何とか皿を空にすることが出来た。
腹は膨れて、言いたいことも大体言えて、目的のほとんどは達成した。
「僕まで食べさせてもらっちゃって、ありがとー! ほんっと美味しいよねー。皇紀さんの料理!」
「……それより、食後のコーヒー持ってこい」
「いいよ、オッケー! ラテアートしよっか?」
「ああ、たまにはやってもらうか」
「ちぇっ、たまにはやってもらうかってー……たまにはやってもらうか⁉︎」
「んだよ、文句あんのか」
「ないよ! びっくりし過ぎて2回言っただけ! え、じゃあどうする? リクエストある?」
「俺はブラックしか飲まねーからな。絵は何でもいい」
「了解! 待ってて!」
光の速さで厨房へ駆け込む颯を見送り、ルーイは颯に見えないように隠していた『手土産』を確認した。ずっと小脇に抱えるようにして席に置いておいたのだ。颯の好みなど考えても分かる訳がないので、無難にビジネスシーンで使えそうなものを用意した。
「おっ待たせ! 特別なの用意したよー!」
もう戻って来た。カフェラテを持っているのでさすがに光の速さではなかったが、それにしても早いような気がする。
「へへっ、ルーイが来るって時点で予想してたからね。準備できるとこまではしてたんだ。ブラックラテも、もしかしたらワンチャンあるかなーって思ってた。だから嬉しいよ! これ、ルーイにまた出してあげたかったんだ!」
カチャ、と音を立ててカップとソーサーが置かれた。鼻腔をくすぐるブラックコーヒーの香り。その表面に描かれているのは、幼い颯がいつも練習していたあのサンタ。
「もうクリスマスは終わっちゃったけど、約束のラテアートを直接出してあげるのはこれが初めてだから……ね!」
カップの取っ手を持ち、コーヒーを一口含む。
ルーイは何も言わなかったし、颯も何も聞かなかった。感想を求めるなど、野暮というものだ。本人も自覚しないうちから、ルーイの表情は穏やかなものになっていたのだから。
「そろそろ帰る」
「案内するよ。その後はお店の外まで送るから」
◆◇◆◇
「世話んなったな」
「こっちこそ、今日は来てくれてありがとう。ほんと、急に電話来たときはびっくりしたけど、楽しかったよ」
電話をかけたときのことを思い出し、ルーイはいたたまれない気持ちになった。口下手過ぎて、要点しか伝えられない自分が嫌になる。
そんな羞恥心を誤魔化すかのように、ルーイは小さな紙袋を颯の眼前に突き出した。
「……受け取れ」
「えっ」
「礼だ。クリスマスツリーと、カフェラテと……手紙の」
颯は大きな目を更に丸く大きく開いて、驚きとともに袋を受け取った。
質のいい紙袋は商業地区でも有名な百貨店のものだった。中には長方形の黒い箱が鎮座していて、取り出して開けてみるとハイブランドの名刺入れが入っていた。
「こっ、こんな高そうなもの、僕があげたものと全然釣り合わないよ!」
「いーから取っとけ。じゃあな」
戸惑う颯に手土産を押し付けて、ルーイは振り返りもせずにあっさり立ち去って行った。
呆然と立ち尽くし、袋の中の箱を眺めながら、颯はぽつりと呟いた。
「クリスマスのお礼がこんな高そうな物……僕たち、大人になったんだなぁ」
手術に怯えていた子どもだった颯も、寂しさに蓋をして強がっていたルーイも、それぞれ病を克服して大人になった。そして何の因果かもしくは奇跡か、同じ仮面ライダーとして再会した。
記憶の一部が戻って、どんな態度で接すればいいんだろうと悩んでいたのは実は颯も同じだった。
そんなときに、ルーイの方から会いに来てくれた。今までどおりでいいと言われたようで、勇気づけられた気分になった。
素敵な名刺入れは使うのがもったいないから、もう少しだけしまっておこう。ウィズダムには勘のいい人しかいないから、これを使ってたら、すぐに勘付かれちゃう。
「今はまだ……秘密にしておかないとね」
この名刺入れも、ルーイのことも。
颯はそっと名刺入れを箱に戻して、紙袋を片手に店に戻った。
ゲーム中イベント「約束のHoly Night」後の話。細かいことを考えずに、ほぼ勢いで書いた。珍しく何の事件もない、シリーズ中屈指のほのぼの話。「お互い生きて大人になれたんだ」としみじみ実感してほしい。