俺とオマエと、僕とキミと   作:星ぽてと

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あらすじ
ウィズダムでの営業を終えて帰宅した颯は、お茶を飲んで体を温めながら夜景を眺めていた。娯楽地区はもっと明るい、どんな景色なんだろうと思ってルーイに電話した。ルーイは面倒くさがりながらも構ってくれて、一時穏やかな雰囲気になった。
が、颯のある質問がきっかけでカオスイズムがなくなったらどうするんだという話になり、不穏な空気のままルーイによって通話を切られてしまった。直後、雪が降り始める。颯は雪が舞う夜空を見上げて、海の底にいるみたいだと思った。


ルーイ
「面倒だけど放っとけない。記憶を取り戻したらライダーやめるし、お前もライダーやめろ。てか、やめさせてやる」


「何でルーイって時々保護者みたいな顔するんだろ?今が一番楽しいし、先のことは分かんないなー。ライダーやめたら飛べなくなるのがちょっと嫌」


まるで、冷たくて暗い海の底にいるみたいだ

 僕達はまるで、冷たくて暗い海の底にいるみたいだ。寒々しい冬の夜空を見上げて、思いを馳せた。

 

 

 颯がウィズダムでの営業を終えて帰宅したのは、日付が変わる少し前。極寒の中を歩いて帰って来たので、酒に酔って温められた体は氷のように冷たくなっていた。意識ははっきりしていても、まだ足取りが覚束なく、少しだけ頭が痛い。

 まだ酔ってるんだなあ。寒いから今すぐ風呂に入って、後はベッドに飛び込みたいところではあるが、もう少し酔いを醒ましてから眠った方が良さそうだ。温かいお茶を淹れて、部屋が暗いままベランダの側に立った。

 眼下に広がる商業地区の夜景は、煌びやかな光を放っている。宇宙の彼方で輝く星たちの光が、霞んで見えなくなってしまうほどだ。外界の冷気を感じながら少しずつお茶を飲み進めて、ほっと白い息を吐いた。

 颯はこの人工的な光も嫌いではない。自分もこの光の中で生きているし、何なら先程までそこにいた。仮面ライダーに「変身!」して、この光の中に身を投げて、自由自在に飛び回れたらどんなに気持ちいいことかと、もう何度も想像した。

 視線を遠くへ移せば、商業地区よりもカラフルでギラギラと明るい娯楽地区が見える。ここを飛ぶのも絶対に面白そうだが、娯楽地区といえば、スラムデイズが根城としている地区でもある。ここで遊んでいたら、彼らが黙っていないだろう。

 スラムデイズにはルーイが……幼い頃、入院療養期間をともに過ごした戒くんがいる。昨年のクリスマス以来、2人の距離は少しだけ縮まった。

 とはいえ、それ以来会ってもいないし、話してもいない。生活圏も趣味も思想もまるで違うから、連絡する理由がなかった。

 だがそれなら、今お互いの家から見える夜景を共有するというのは? ルーイの家からどんな景色が見えるのか、興味がある。

「……」

 ポケットに入れっぱなしにしておいたライダーフォンを手に取り、アドレス帳を開いて何の迷いもなくルーイへ電話をかけた。電話を遠慮する時間帯だが、昼夜逆転生活を送っているルーイなら起きているだろう。

 呼び出し音が数回鳴った後、期待通りに繋がった。

「……なんだ」

「もしもしルーイ? あれ? なんか眠そう?」

「さっき起きたところだ」

「えっ、さっき?」

「……二度寝した」

「そうなんだー。ぼくは、さっき帰ってきたんだよ」

「で? 何の用だ。モーニングコールなら頼んでねーぞ」

 電話の向こうからはルーイの眠そうな声と、冷蔵庫のドアを開け閉めするような音が聞こえた。

「いま、うちの窓から外を見てるんだー。きれいだなーって。娯楽地区はもっと明るいから、どうなってるのかなぁ? って気になって……」

「くだらねーことで電話してくんな」

「ねえ、どんな感じ? 星は見える?」

 くだらないと一蹴されても、颯は怯まずに話を続けた。未だにふわふわと浮き足立つ感覚が残っている。

「……酔ってんのか?」

「え? わかるの?」

「いつもより呂律が回ってねーぞ」

 まさか電話越しでそこまで分かるとは。いつもより呂律が回っていないだなんて、全然自覚していなかった。

「よくわかったねぇ」

「したくもない酔っ払いの世話をさせられてるからな」

「あー、そっかー。ほんと、ルーイってよく気づくよねー」

 誰のことを言っているのかすぐに分かって、颯は笑った。

「ルーイん家にはベランダあるの? どんな景色が見える?」

「どんなって。知るかよ」

「えー! ねえ、ちょっとベランダ出てよ! 出ないとぉ、今すぐルーイん家に飛んでっちゃうよ!」

「どこかも知らねーくせに、よく言えるな。ったく……」

 わがままを言っている自覚はあるが、自宅内の移動なんだからそんなに面倒くさがらなくてもいいのに。あの光の中、どんな景色が見えるのか共有したかっただけなのに。

 颯が頬を膨らませて、文句の一つでも言ってやろうかと考えていたら、「おい」と短く呼びかける声が聞こえた。

「画面切り替えるから見てろ」

「え?」

 画面を切り替える? 颯がスマホを耳から離して画面を見ると、そこに映っていたのは見たことがない景色。ビルとビルの隙間から七色の光が漏れ出ているのが見える。娯楽地区の派手な看板の色だ。

 思いもよらなかった画を見せられて、颯はぱちぱちと瞬きをした。

「……見えたか?」

「う、うん。え、ベランダに来てくれたの?」

「仕方なくだ」

「ありがと……って、ルーイの声が聞こえにくいよ」

 スマホのインカメラをベランダの外に向けているから、ルーイの声が少し遠ざかって聞こえた。

「ねえねえー。顔も見えないし、これじゃ話しにくいよー」

「チッ……ホラ、これで満足かよ」

 ベランダの手すりに寄りかかったルーイが映し出された。面倒くさそうに顔を歪めてエナドリを飲んでいるルーイが、スラムデイズのアジトから見える娯楽地区の光を背景に立っている。

「うん! 最初からこうすればよかったね。じゃあ、僕も……」

 颯も窓を開けてベランダに出て、自分の姿と、ウィズダムシンクスの拠点である商業地区の煌びやかな夜景を映した。普段あまり使わないので、ビデオ通話という機能があることをすっかり忘れていた。

「見えた? 僕と、こっちの夜景!」

「お前はともかく……何か光ってることしか分かんねーな」

「そっか。じゃあ、角度を変えて……どう?」

 寒さも忘れて、颯はベランダで試行錯誤を繰り返した。お茶で温めた体がまた冷えたが、頭痛は治ってきた。

 急に電話をかけて、小さなわがままを言い、構ってもらった。文句を言いながら付き合ったルーイから見れば、酔っ払いの相手をさせられたようなものだ。

「へへ……少し酔いが醒めてきたかも」

「よかったな」

 付き合わせてごめん、という多少の恥じらいも込めて、誤魔化すように笑った。

 面倒くさそうな顔をしていたルーイは、一転して穏やかな表情になっている。口の端がわずかに上がって、目つきも少し柔らかい。背後の光のせいか、少し眩しく見えた。

 ルーイは時々こんな顔をすると、颯は以前から思っていた。例えるなら、遠くから子どもを見守る親のような……。

 年下だからとか、手がかかるからだとか、それっぽい理由を考えてみても、どれもしっくり来ない。どうして時々こんな目で見られるのかは、記憶の一部が戻った今でも分からなかった。

「……あの、さ。ルーイって、僕のことどう思ってるの?」

「……はあ?」

「いや、変な意味じゃなくてさ! 何か、子ども扱いっていうか、それと似たような目で見られてるような気がして。ちょっと気になってたんだ」

 ルーイは口元に手を当てて黙ってしまった。考えごとをする時によく見せる仕草だ。あちこちに目を泳がせて、その内何度か画面の向こうの颯に向けられていたが、決心がつかないのか未だ無言を貫いている。

「ごめん、言いたくないなら言わなくても……」

「……お前、カオスイズムがなくなった後は、どうするつもりだ?」

「えっ?」

 質問に質問で返され、颯は困惑した。

 カオスイズムがなくなった後? どうして今、そんな話を? 穏やかだったルーイの顔が真顔になっていて、颯はますます困惑した。

「どうって……」

「もう仮面ライダーにならなくていいと言われたら、やめるのか? それとも、力を失うまで続けるのか?」

「うーん、その時になってみないと……。でも、空を飛べなくなるのはちょっと残念だなー」

「そうか……」

 今の颯に明確な答えは出せなかった。颯にとっては、今が一番大事。ウィズダムのスタッフとして働くことも、仮面ライダーとして活動することも、刺激に溢れた毎日が楽しくて仕方がない。

「ルーイは……やめたいの? 仮面ライダー……」

「……記憶を全部取り戻したらな」

 ルーイは奪われた過去を取り戻すことに、誰よりも固執している。それなのに、仮面ライダーの力に対しては何ら執着心を見せない。

「お前も記憶を取り戻したら、仮面ライダーなんかやめろ」

 じっと見つめられ、どきりとした。いつになく真剣な目が、颯を捕らえて離さない。

「……ルーイ? どうしたの、急に……」

 蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった中、辛うじてその一言だけ絞り出した。ぶるりと体が震えたのは、果たして寒さだけなのか。

「……どうもしねーよ。じゃーな」

「あっ……」

 何も語られぬまま通話を切られて、画面が真っ暗になった。同時に呪縛が解けたかのように、体が軽くなるのを感じた。

「あ……雪……」

 ちらちらと白い雪が夜空に舞い始めた。遥か遠くには月が浮かび、わずかだが星が瞬くのが見える。

 降り注ぐ雪は、まるで深海の泡のよう。見上げていると、深く深く、どこまでも深く沈んでいくような感覚に陥る。

 今のルーイは、きっと水の中で溺れているようなものなんだと颯は思った。暗くて寒くて、右も左も分からず息継ぎも出来ない状況で、奪われた記憶を求めてもがき苦しんでいる。「奪われた記憶」を「真実」に置き換えれば、颯も同じく溺れているようなものだと気づいた。

 

 

 僕達はまるで、冷たくて暗い海の底にいるみたいだ。寒々しい冬の夜空を見上げて、思いを馳せた。




第7話
pixivの執筆応援プロジェクト「夜」に応募するために書いた話。無駄な描写を省くための習作でもある。颯がライダーになった原因はルーイにある設定。冬の夜空を海に、雪は水泡、地上は深海の底に見立てた。
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