工業地区の工場夜景を見に来たのに、カオストーン捜索に来たカオスイズムとの戦闘が発生して、颯は苛立っていた。
そもそも夜景を見に来た目的は、ルーイと仲良くなるため。ルーイと颯は週に1〜2回のペースで仮面カフェで交流を深める仲になっていた。
以前より確実に仲は良くなったと思うが、ルーイの態度は相変わらず素っ気ないまま。もっと仲良く、友達っぽくなりたいと思っていた颯は、2人でどこかに遊びに行こう! とルーイを工場夜景見学に誘ったのだった。
ルーイ
・仮面ライダーの力嫌い
・記憶を取り戻したら仮面ライダーやめたい
・颯にも仮面ライダーやめてほしい
・仮面カフェで頻繁に会ってるし、もう十分仲良くしてるつもり
・だからといって露骨に態度を変える気はない
颯
・飛行能力は便利だから戦闘以外でも有効活用する
・仮面ライダーの力は嫌いではない
・ルーイと誰がどう見ても友達!って感じになりたい。
仮面ライダー颯は苛立っていた。その様は表情や攻撃の荒々しさからも明らかだ。眉間には深い皺が刻まれ、歯を剥き出しにして怒りを露わにしている。
ふざけるな! 何でよりによってこんな時に……!
真っ暗闇の工場内で、エメラルドグリーンの翼片が光り輝く。颯は空中からライズを飛ばして被弾させ、追撃の蹴りも確実に決めに行き、必殺技も出し惜しみしない。
怒りを原動力にすると思わぬ力が発揮されるもので、颯一人で大勢のカオスイズム戦闘員を圧倒していた。後ろでは仮面ライダーRUIが呆れているのか引いているのか、微妙な眼差しを颯へ向けている。
「ひっ、怯むな! 全員前に……」
「うるさい! 吹っ飛べ!」
颯のトワイライトスカイドライブが放たれ、怯むなと指示した戦闘員が真っ先に吹っ飛ばされた。指揮官を失い、ただの有象無象と化した戦闘員がこの後どうなるかは想像に難くないだろう。
「最ッ高の夜になるはずだったのに……何で邪魔されなきゃならないんだよー!」
カオスイズムに出会したのは想定外の出来事。今夜はただ、ルーイを誘って工場夜景を見に来ただけ。
鬱憤を晴らすかのように暴れる颯を後ろで眺めながら、ルーイは思った。確かに仮面カフェで約束したときは機嫌良さそうにしていたが、だからと言って語弊のある言い方をするなと。
◆◇◆◇
「ルーウーイッ。お待たせー。待った?」
「デイリーコンプリート出来るくらいには待った」
「あはは、ごめんごめん。でも、そんなに待ってないよね?」
仮面カフェのカウンターで並んで座るルーイと颯。この3ヶ月の間で、週1もしくは2回見られるようになった景色だ。
颯の出勤前に一緒に軽食を取るのが主な理由だが、たまに深夜帯に飲酒したりもする。病弱だった子ども時代には出来なかったことを、大人になった今、満喫しているというわけだ。
失われた時間を取り戻すかのように2人は頻繁に外で会っているわけだが、頻繁に会い過ぎて、それぞれの仲間の間ではからかいの種となっている。
「今日は静流やQに何か言われた?」
「『また颯とお出かけ? そのままウィズダムに同伴してあげれば?』だとよ」
「何それ、ウケるー! ルーイが僕のお客さんってこと? 予約してくれたら来ていいよ!」
「行かねーから安心しろ」
颯はめげずにちょっかいを出し続けているが、ルーイは相変わらずの素っ気ない態度を貫いている。2人の間にある見えない壁は少し崩れた程度で、まだまだ高いままのようだった。
「ねえねえ、今度どっか遊びに行こうよ! 2人で!」
「どこかって。どこだよ」
「そうだなー……ルーイと遊びに行くんなら……」
日常とは違うことをすれば、一気に仲良くなれることもある。それが2人で楽しめることならば、尚更。
ルーイは乗り気ではなさそうだが、否定はしなかったので、場所次第で来てくれるだろう。颯は思考を巡らせた。
えーっと、時間帯は夜で、なるべく人通りが少ないところがいいな。娯楽地区からもそう遠くない場所で、条件に当てはまりそうなところは……。
「工場夜景とか、どう?」
「ってことは、工業地区か……。行ってやってもいいが、夜景の見える場所なんて知ってるのか?」
「……探しとくね!」
我ながらいいアイディア! と思ったのだが、詰めが甘かった。
◆◇◆◇
「ここは一時撤退だ!」
経緯を思い出していたら、いつの間にか戦闘が終了していた。カオスイズムの戦闘員は蜘蛛の子を散らすように各々撤退し、ルーイと颯は変身を解いた。
「はーっ。全く、台無しだよ」
颯は憮然とした態度でため息を吐き、ぼやいた。
「カオストーンがあるか探しに行くか?」
「今日は遊びに来たんだよ? あえて探しに行きたくないな。偶然見つけたら回収にしない?」
「他人のナワバリを荒らすもんじゃねーしな……。もう十分荒らしたような気もするが」
「じゃ、とりあえず上に行こうか。いい感じの夜景が見えるところまで行こうよ」
飽き性なのが幸いしたのか、颯は何事もなかったかのように歩き出した。ルーイもその後に続く。
2人の現在地は、マッドガイが拠点とする工業地区。よそのエリアで何をしているかというと、工場夜景を見るために現在は稼働していない工場にこっそり忍び込んで、特等席から見学するつもりだった。カオストーンを探しに来たわけではないので、カオスイズムとの戦闘は2人にとっても想定外のことだった。
廊下ではコツコツと2人分の靴音だけが響き渡っている。わずかな月明かりぐらいしか光源がないが、カオスイズムとの戦闘を経て目が暗闇に慣れていたので、2人は難なく歩くことが出来た。
「ねえ、双眼鏡持ってきた?」
「ああ。しかし、不法侵入するとは思わなかったな」
「ボートで巡る見学ツアーが定番らしいんだけど、ルーイは嫌がるかなーって思ってさ。それに、立ち入り禁止エリアで夜景を眺める方が非日常感あって、ワクワクすると思わない?」
「まあ……そうだな」
颯が声に出して言ったことも事実だが、本心はこうだ。
もっと仲良くなりたいと思って遊びに誘ったのだから、外野はいらない。これに尽きる。
本人の性格によるところが大きいので難しいのかもしれないが、もっと打ち解けた態度で接してほしいと思っていた。
頑張らないと! と意気込んでいたのにカオスイズムと遭遇してしまい、出鼻を挫かれた。それも後にいい思い出になるのだろうが、カオスイズム関連の思い出は少ない方がいい。
「さっきから迷いなく進んでるように見えるが、当てはあるのか?」
「一番高いとこまで行けばきれいな景色が見えるよ。ルーイが来る前にこの辺りを飛び回って、いい場所探してたんだ」
「お前……戦闘以外で変身するなよ」
「だって便利なんだもん」
利用出来るものは最大限利用する。それこそが最大の意趣返しだと颯は思っている。
ルーイが仮面ライダーの力をどう思っているのか直接聞いたことはないが、言葉の端々から読み取れるものはあった。
「ルーイは……仮面ライダーの力、嫌いなんだっけ」
「当然だろ。全てを奪われたんだ、許せるわけねー」
「うん、そこは同意するよ」
カオスイズムの行いは到底許せるものではない。ルーイの怒りはもっともだ。
「でもさー、嫌ってる割にはめっちゃ使いこなしてて強いじゃん? 生身でも強そうだし、ずるいなー」
「ズルじゃねーよ。努力の賜物だ」
「努力って言葉から一番かけ離れてそうなのに。変なの」
「ほっとけ」
窓の外から、少し強い光が見えた。少し離れたところにある、隣の工場の光のようだ。颯がそこまで行き、ルーイを手招きする。
「ここで少し休みながら夜景を見ようよ! キレイだよ!」
窓の外には狭い足場があり、2人はそこに並んで立った。手すりに腕を置いて各々楽な姿勢を取り、待望の工場夜景を眺めることにした。
隣は大規模な工場で、建物3階の位置からでは全貌を把握出来ない。一部分しか見えないが、鉄と光と煙が支配する異世界感には圧倒されるものがある。
表情の変化に乏しいルーイも、この景色に見入っているようで、普段よりも大きく目が開かれている。
獲物を見つけた猫みたいだ。くすりと颯が笑うと、気づいたルーイが首を反対方向に向けて、颯の視線から逃れようとした。おかしくて更に笑いそうだったが、機嫌を損ねたくないので耐えた。
「僕はこの力、嫌いじゃないんだけどさ。いや、空を飛べなかったら嫌いだったかも。とにかく、この力でカオスイズムを倒してやる! って気持ちは一緒だよね」
「多分な」
「多分かー……。そこは一緒だと思うんだけどなー。ねえ、僕のこと『もっとドライなやつだと思ってた』って言ってたけど、今はどういうやつに見えるの?」
「笑いながら人をナイフで滅多刺しにしそうなヤツに見える」
「何それ怖ッ! そんなふうに見えてんの⁉︎ 違うから! 全然そんなことしないから!」
「どうだかな」
クックッと押し殺したような笑い声が聞こえた。ルーイがこんな風に笑うのは珍しい。というより、初めて見た。
「もー。笑うんだったら、もっと楽しそうに笑ってよ! 僕たちやっと友達になれたっていうか、戻ったっていうか……僕が忘れてたせいだけど……とにかく、もっと仲良くなりたいよ!」
「十分仲良くしてんだろ。これ以上どうしろってんだ?」
「まず、ちゃんと『颯』って呼んでほしい! 未だに呼んでくれないことの方が多いし!」
かつての約束を破られたことと、全て忘れていたことが悲しかった。「颯太」から「颯」になっていたことを認めたくなかった。仮面ライダーにされていたことが許せなかった。
色々な理由が重なって名前を呼べずにいたのだが、それらは颯が記憶の一部を取り戻す以前のことだ。今現在呼べない理由は、単に呼び慣れていないせいで声に出しにくいだけだった。
「あとは、ゲーム以外に好きなもの知りたい! どこに遊びに行こうかって考えやすくなるからさ、教えてよ! あっ、そうそう。それと、気になる喫茶店いっぱい見つけたから、今度カフェ巡りしようよ! ついでに僕のカフェラテもたまには飲んでくれると嬉しいなー」
「……俺はブラックしか飲まねーっつったろ」
ルーイは次の言葉を紡ごうとしたが、声を発する前に鼓膜が異音を拾った。複数の荒々しい靴音が聞こえる。
颯も異常に気づいたようで、2人はほぼ同時にバッと勢いよく後ろへ振り返ったが、誰もいない。後ろじゃないなら……。
ルーイが視線を周囲へ走らせると、下の足場にいるカオスイズムの戦闘員がこちらへ向かってくるのが見えた。
「いたぞ! 総員、戦闘準備!」
下にいる戦闘員が、銃口をルーイ達の方へ向けて発砲した。威嚇射撃のつもりなのか、銃弾は全て足場の方に当たっている。
更に、さっき2人が通ってきた廊下からも戦闘員が迫って来ているようで、足音が先ほどよりも大きくなっていた。
「何で? カオストーン持ってないのに」
「さっき派手にやっちまったからじゃねーのか」
囲まれたにも関わらず、2人は冷静だった。
「この俺に喧嘩を売るとは、いい度胸だ」
え、と思ってルーイを見ると、笑っている。悪役のような不敵な笑みを見て、颯は「あ、終わったな」と思った。終わりだよ、コイツら。瞬殺。
銃撃を受けて脆くなった足場の一部が崩れる。ルーイは自ら身を投げ、落下中に仮面ライダーRUIに変身し、難なく着地した。
威嚇には威嚇で返す。ルーイは、戦闘員一人一人の顔の間に長い蠍の尾を連打するという動きを、目にも止まらぬ速さでやってのけた。
「死ぬ覚悟は出来てんだろーな?」
相手の返事も待たずに、次は本気の攻撃を打ち込んだ。明らかな格下相手でも、ルーイは容赦しない。チェインヘルバイトをまともに食らった戦闘員たちはなす術もなく足場から落とされ、地面へ落下していった。
「さっすがー!」
先ほどまでいた足場を見上げると、颯も既に変身して戦っていた。その上でルーイに賞賛の声を送ってきたので、余所見をしていても余裕らしい。
とはいえ、この狭い足場では戦いにくい。颯が得意としているのは接近戦よりも、広い空中での撹乱や奇襲攻撃だ。本来の力を発揮するべく背後へ飛び退いて、宙に浮いた。
カオスイズムの戦闘員たちは颯が飛ぶのを待っていたかのように、一斉に銀の銃弾を発砲した。一発ぐらい当たってもどうってことはないが、さすがに一斉射撃をされると大ダメージは免れない。ここは回避するしかない。
颯が攻撃に転じることが出来ないと知ると、戦闘員たちは足場の方まで押し寄せてきて、一気に畳みかけにきた。
「いいぞ! そのまま押、せ……⁉︎ な、何だ? うわっ!」
「地震か⁉︎ 何だこの揺れ……⁉︎」
「下だ! 下からヤツが……!」
下から突き上げるような尋常じゃない揺れに襲われたと思ったら、次の瞬間、戦闘員たちは訳の分からぬまま全員足場から弾き飛ばされていた。一部始終を見ていた颯は「うわー……」と、あんまりな仕打ちを受けた戦闘員たちに同情すらしていた。
下から突き上げるような尋常じゃない揺れは、ルーイのライズによる猛攻。二対の蠍の尾を使って下から足場を突き破り、戦闘員たちに攻撃を仕掛けたのだった。颯が罠へ誘導したような形となったが、何の打ち合わせもせずに成立した連携である。
もはや原型を留めていない足場はメリメリと嫌な音を立てて壁から完全に剥がれ落ち、落下していった。
その落下していく足場を、戦闘員たちはぞっとした思いで見ていた。弾き飛ばされたからダメージを負っても何とか生き残れたが、手すりなどにしがみついていたら、今頃足場と運命を共にしているところだった。
「で? まだやんのか?」
「くっ……!」
「俺は弱い者いじめする趣味はねーからな。一思いに決めてやるよ」
力の差を見せつけるように、ルーイはあえて鞭のように蠍の尾を模したライズを振るってみせた。何人かは戦意を喪失しており、後退りして密かに逃げ出す者もいた。
「逃げたきゃ逃げろ。命は惜しいだろ?」
「……撤退だ!」
残った数人の戦闘員は悔しそうに顔を歪めていたが、負け戦に挑むような無謀さは持ち合わせていないらしい。ルーイを警戒しながら後退りし、やがて背中を見せて逃げ出した。
「怖いなー。僕の出番、全然なかった」
ルーイの側に降り立ち、颯が独り言のように呟いた。
「ヤツらを誘き出すっていう重要な役割があっただろ」
「そんな役割請け負った覚えないよ。よく咄嗟にあんなことが出来るよね」
「咄嗟じゃねーよ、計算通りだ。アイツら、頭もザコだからな。こっちの戦力が分断されたように見せかければ、中にいるヤツらは足場に出てきて力押しするだろうと踏んでいた。出て来なかったらお前にやらせてたし、どっちにしろ俺たちの勝ちだったってことだ」
面倒くさそうな顔をして語るルーイだが、一体いつこんな計算をしていたというのか。先輩ライダーだからというより、元々備わっている素質を見せつけられたような気がした。
「なんとなーく、薄々気づいてたけど……」
「あ?」
「もしかして、ルーイって超ハイスペック?」
「今更かよ」
「否定しない⁉︎ さっすがルーイ!」
遠慮も謙遜もしない。多少尊大な態度を取られても、自信満々にすぱっと言い切られると心地良さすら感じられた。
「ね、せっかく変身したんだしさ。このままてっぺんまで飛んで行こうよ」
「このままって……」
返事も待たずに、颯はルーイを小脇に抱えて飛び上がった。この工場に忍び込む際も、実はこうして荷物のように抱えられて飛んできたのだった。
「また荷物扱いかよ」
「じゃあ、お姫様抱っこする?」
「死んでも嫌だ」
「冗談だよー。ねえ、ついでに空中ドライブしよう!」
「は? 誰かに見つかったら……」
「ちょっとだけ! 近づき過ぎないようにするからさ!」
足場で見ていたときとは比べ物にならない迫力に、2人とも息を呑んだ。すごい! キレイ! カッコいい! ゲームみたい! などと語彙力が低い感想しか言えない颯に対して、ルーイは無言で見入っている。
下の足場では一部分しか見えなかった工場夜景の全貌が見える。ゲームでしか見たことがないような、鉄と光と煙で溢れる近未来的な景色が、こんな近所に実在しているとは知らなかった。
もはや工場全体が生きていると言っても、過言ではないだろう。何の変哲もない無骨な鉄で構成された工場が、形が違う沢山の強い光に照らされただけで大幅に印象が変わる。更にそこに煙とその臭いが加わることで、世界観もガラリと変わる。昼間に見ても何とも思わないのに、不思議だ。
颯は脇に抱えたルーイの様子を見ようとしたが、顔は見えない。文句が来ないから、楽しんでいるのかな? と想像して、工場夜景の周囲をぐるりと一周してから、再び稼働していない工場の方へ戻り、一気に一番上の足場まで上った。
◆◇◆◇
颯によって連れて来られた特等席は、先ほどもいた稼働していない工場の一番上の足場だった。
2人は変身を解いて狭い足場に並んで立ち、手すりに肘を置いて、それぞれ双眼鏡を覗いていた。てっぺんともなると、下の階で見た景色とはまるで違って見える。
「キレイだね」
「そうだな」
「ゲームの世界に迷い込んだみたいだよね。SFとかスチームパンクとか、そういう世界観のゲーム」
白い歯を見せて無邪気に笑う颯の顔に苦手意識を持っていたが、ルーイはようやく直視出来るようになった。自分とは正反対で屈託のないその笑顔は、夜景ほどではないが、やはり眩しい。
「ここもいいんだけど、やっぱり空中で見る方が迫力あったよね。もう一回行く?」
「いや……俺はここでいい。行きたいなら行って来い」
「えー……それじゃ、意味ないよ」
「意味ない?」
「だって、一緒に遊びに来たんだから。それぞれ別の場所で夜景見るなんて、おかしいよ」
「……そうかもな」
明からさまな変化は見られないが、ルーイの表情には疲れの色が見え隠れしていた。双眼鏡も使わずに頬杖をついて、ぼんやりと夜景を眺めている。
「……退屈?」
「いや……。それより、景色見ろよ。見たかったんだろ?」
「うーん、見たかったっていうか……」
ルーイが来てくれそうなところに誘っただけなので、工場夜景を見たかったと言われると少し違う。
確かにこの夜景はキレイなのだが、非日常感に溢れていてワクワクするのだが。単に眺めるだけで他にすることもないこの状況に、少し飽きてきていた。
などと、ルーイに言えるわけがない。
「さっきの続きなんだけど」
「さっき?」
「下で戦う前に話してたことだよ。名前を呼んでほしいとかさ」
「ああ……。まだあるのか?」
「これからは遠慮しないで、何でも言っていいよ!」
「何でも?」
「うん! もう僕のこと避けたり、遠慮したりする理由ないでしょ? だからさ、その……もっと友達っぽくなりたい」
上手く笑えたか、尻すぼみになった声が届いたか、不安に思ってルーイの方を見た。ルーイは何も言わず、真顔でじっと颯を見ていた。
カオスイズムを倒して全ての記憶を取り戻し、颯に仮面ライダーをやめさせて、クラスを解散して自分も仮面ライダーをやめる。
最終的な目標はこうだが、現時点では適度な距離感を保って、颯の動向を見守ることが出来ればそれでいい。それ以上望むことはない。
「……少なくともしばらくの間、どこにも行かねーだろ? 俺もお前も」
「うん、僕はウィズダムにいるよ」
「俺は娯楽地区にいる。連絡も取り合える、都合がつけば会える。それは友達じゃねーのか?」
「ううん……友達だね!」
颯は眉を八の字に寄せて、一瞬だけ目を潤ませているのが見えた。それには触れずルーイは視線を夜景の方へ戻し、颯もそれに倣って正面を向いた。
そうして無言で夜景を眺めること数分。随分と静かになっていた。泣いているのかと気になって首を隣に向けて見たら、颯は双眼鏡も使わずに遠くの景色を眺めていた。工場夜景から少し離れているこの位置でも、そこから放たれる強い光に照らされ、颯の顔がよく見える。
泣いた形跡はないが、眉は八の字に下がったまま。薄く開いた唇は笑みを形作っている。まるで、夏の終わりの打ち上げ花火を見ているかのような、切ない微笑のように見えた。
よく知っている顔がそこにある。だが、印象が違う。前に一度、見たことがあるような気がする……。
記憶を辿るように、ゆっくりと瞬きを繰り返した。切なさを感じさせる横顔の中に昔の面影を見たような気がして、
「颯太……」
ぽつりと呟いた。それからハッとして、しまったと思った。
こんなはずでは。こんな、こんな無意識のうちに、本名を呼ぶなどという失態を犯すとは。
「なあに?」
本名を呼ばれたことに気づいているのか、いないのか。下がり眉の泣きそうな表情はどこへやら、颯はいつも通りの笑顔をルーイに向けた。宝石のような丸い目は、今はルーイだけを映している。2人はしばし無言で見つめ合い……
――カシャッ
「あっ! 写真撮った!」
「……隙だらけだな」
撮るなら、さっきの横顔の方がよかったな。
思わず目を奪われた颯の横顔を思い出しながら、フッと、ルーイは意地悪そうに笑った。湿っぽい空気はスマホのシャッター音によってかき消され、和やかな空気に戻った。
二の句が告げず、苦し紛れに写真を撮ったのだが、咄嗟な行為とは思えないほどキレイな写真が撮れていた。
2つの丸い目が、こちらを見て笑っている。悪いことは何も知らなそうな、無垢な目が。
「もー。ルーイってば、そんなに僕の写真欲しかったの? 嬉しそうに笑っちゃって、照れるなー」
「は? んなワケ……」
「言ってくれれば、いくらでもあげるのに!」
ルーイは自覚していなかったが、スマホを眺めるルーイの顔は今日一番の笑顔だった。と言っても、目尻を下げて口角を上げた程度の微笑ではあるが。
「そうだ! せっかくだから、一緒に写真撮ろうよ!」
颯が夜景の方に背中を向けることを促し、ルーイの左腕を颯の右腕ががっしりと捉えた。急な出来事にルーイは反応出来ず、動けない。ついでに思考も止まってしまった。その間、颯は素早く自分のスマホを操作し、左手を掲げた。
「自撮り棒持ってくればよかったなー。じゃ、撮るよー!」
「は? オイ、待て……」
「待ったなし! 3、2、1……」
――カシャッ
軽快なシャッター音が鳴った。画面の中には、いつも以上に弾ける笑顔の颯と、いつも以上に驚いて目を開くルーイが収まっていた。
颯の腕の温もりなんて、常ならば感じないものだ。特に嗅ぎ慣れない香りが漂ってきた時点で気づいてはいたが、こんなに隙間なく密着していたのか。
「ルーイにもこれ、送っとくね。待ち受けにしていいよ!」
「し、しねーよ……」
急な接触は心臓に悪い。颯には、この動揺が伝わっていないだろうか。こっそり颯の方に目をやると、スマホを操作していてルーイのことなど気にかけていない。
さっき、泣きそうな顔をしてたように見えたのは気のせいだったのか? どう見ても通常運転じゃねーか。
「……って、いつまでくっついてんだよ」
「え? あ、そっか、ごめん! それより、場所変えない? もっと色んな景色を見に行こうよ!」
「……そうだな」
夜景よりも颯の方が印象に残るなど、おかしいだろう。軽く頭を振って、思考を切り替えた。
◆◇◆◇
「今日は来てくれてありがとう。カオスイズムにはムカついたけど、楽しかったね」
「そうだな、悪くなかった。また来てやってもいい」
工場夜景も満喫した。普段は話せないようなことも話せた。2人は工場1階まで戻り、歩きながら話していた。
「ねえ、今日はどうして来てくれたの? いや、来てくれると思って誘ったけどさ」
「お前が行きたいって言ったからだろ」
「そうだけどさ……。夜景見るのは好き?」
「興味ねー」
「ウソ? それならそうと言ってくれれば……」
「お前こそ、工場夜景見たかったんじゃねーのかよ」
「夜で、人が少ないところに誘えば来てくれるかなって思ったから、誘ったんだ。だから、どうしてもここがいいってわけじゃなかったんだけど……」
何だか今ひとつ噛み合わない。
颯はルーイの性質を考えて工場夜景見学に誘った。ルーイは夜景に興味はないが、颯が夜景を見たいのならと誘いに乗った。楽しかったのは事実だが、2人とも工場夜景に特別興味があったわけではない。
お前が行きたいって言ったから。興味ねー。工場夜景見たかったんじゃねーのかよ。
これまでのルーイの発言を頭の中で反芻して、もしかして! と思った。
「……もしかして、僕が誘ったから来てくれたの?」
颯は立ち止まって、一つの結論を出した。ルーイは立ち止まらずに歩き続け、振り返りもしない。
「……じゃなきゃ、こんなとこ来ねーよ」
ルーイは少し言いづらそうに、首を掻きながら答えた。後ろからでは、どんな顔をしているのか颯には分からない。もごもごとこもった声から察するに、恥ずかしがっているのかもしれない。大きな背中が、いつもより小さく見えるような気がした。
もっと仲良くなりたい、友達っぽくなりたいと訴えてきたが、ルーイは既に颯が思っているよりも心を開いてくれていたようだ。
今度は自分の好きなところで、2人でもっと楽しめるところに連れて行ってあげたい。遠慮していたのは僕の方だったのかもしれないと、颯は反省した。
「じゃあさ、今度は昼間に出かけようよ! カフェ巡りとか……」
ルーイの背中に話しかけている途中、颯の頭にコツンと何かがぶつかった。
「痛っ! 何か落ちてきた……って、これ」
上から落ちてきたらしい何かが、床に転がっている。鈍い黄色の宝石らしきものを拾い上げて、まじまじと眺めてみた。暗い工場内でも妖しい輝きを放っている。
「カオストーンだ! 上から落ちてきた、ってことは……」
颯の独り言に反応して、少し先を歩いていたルーイも戻ってきて、視線を上に向けた。
すると、カオストーンを落としたと思われる戦闘員が下へ手を伸ばしており、ルーイと颯の存在に気づいた。ついでに、カオストーンが2人の手に渡ったことにも。
「き、貴様ら! それは我々が探し当てたものだ! 返してもらうぞ!」
「総員、下へ回れ! カオストーンを奪われた!」
戦闘員たちの慌ただしい足音が辺りに響き、中には飛び降りてくる者までいた。
俄かに騒がしくなり、チッと舌打ちした後「うるせー」と呟くルーイの声が聞こえた。颯は颯で、奪われただなんて心外だなとうんざりしていた。
そうこうしているうちに2人は、どこに隠れていたんだというぐらいの大勢の戦闘員たちによって、あっという間に取り囲まれてしまった。
2人は背中合わせになって中心に立っている。多勢に無勢。互いの顔も見えないのに、どんな顔をしているのか、何を考えているのか、なぜだか手に取るように分かった。
「颯!」
「ルーイ!」
「全力で遊ぶぞ!」
「全力で遊ぶよ!」
宣言すると2人同時に変身、颯は垂直に飛び上がった。ぐるっと高速で一回転し、全方向に向けてライズを射出。戦闘員たちの接近を阻止した。牽制から逃れた数人は、ルーイの地を這うライズにより薙ぎ倒された。
現状立っている者は1人もいないが、大ダメージを負っている者もいない。態勢はすぐに立て直されるが、焦る要素はどこにもなかった。
「じゃあ、追いかけっこでもしよっか! 散々邪魔された分、たーっぷり遊んであげるよ」
「さあ、ゲームスタートだ。瞬殺じゃ面白くねー、上手く逃げろよ」
2人揃って白い歯を見せて、悪の組織の幹部の如く、意地悪く笑った。
これまで果敢に立ち向かってきた戦闘員たちは、ここで初めて震え上がった。とんでもない相手に喧嘩を売ってしまったのでは? と。戦闘能力的にも桁違いだがタチの悪さも桁違いだと、ようやく気づかされた。
「ほらほら、座ってる場合〜? 逃げないんなら一気にやっちゃうよ〜?」
憎たらしく笑いながら、戦闘員たちを煽る颯。狙いも定めずにライズを乱打。矢のように無差別に降り注ぐそれは、恐怖を与えるには十分だった。
逃げろ! 撤退! あれはヤバい! など、悲鳴に近い声が飛び交う。指揮官がいても、もはや統率を取るなど不可能。現場はまさに[[rb:混沌 > カオス]]と化した。
「自由に暴れんの楽しーい! 行くよルーイ!」
「誰に向かって言ってやがる。お前が俺についてくんだよ!」
夜はまだまだ更けていく。史上最凶の追いかけっこが始まった。
第8話
こういう所なら2人で出かけそうかと思って書いた話。戦闘入れる予定なかったけど、物足りなくてやっぱり入れた。ルーイがうっかり「颯太……」と呼んでしまうところがハイライト。シリーズ中、一番仲良しな雰囲気。