俺とオマエと、僕とキミと   作:星ぽてと

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あらすじ
ウィズダムの常連客の1人であるカノンが、カオスワールドの扉を開いてしまった。皇紀とともにカオスワールドへ飛び込んだ颯だったが、戦闘中に突如ベルトが爆発して変身が解除され、撤退を余儀なくされた。
ノアから手当を受けて、体もベルトも異常が見られないと結果が出たのに、なぜか変身出来なくなっていた。


みんなそれぞれの依頼をこなしている、と思わせて実は1つの事件につながっていた。みたいな話です。



カオスワールドにいるカノンを助けたいのに変身出来ない、どうしよう

ランス
「彼女がキレイな石を拾って以来様子がおかしくなったので、石が原因なのだとしたら出来れば石を取り上げてほしい」という依頼を受けた。

陽真、慈玄
「3日前ぐらいから行方不明になっている彼女を探してほしい」という依頼を受けた。キレイな石を拾ってから、様子がおかしくなったらしい。

ルーイ
事件には特に関わりを持たない。怪我をして変身出来なくなった颯の身を案じる。

ノア
雑な態度の俺エージェント。口喧嘩は誰にも負けない。


宗雲、皇紀、浄
これといった見せ場はない。実にすいません。


モブキャラ3人と、戦闘員も出てきます。
ランスの出番が多いので一応タグ付けしました。


翼の消失と再生するまでの物語

「チッ、やっと起きたか……。手間かけさせやがって」

「皇紀さん……?」

 颯は訳もわからず、視線を彷徨わせた。視界に入るのは無機質な白い天井と、機嫌が悪そうな顔をした皇紀。

 見覚えのある天井から、ここがライダーステーションだということは分かった。だが、なぜここで寝かされているのか。確か、カオスワールドで戦っていたはずだ。

「ッ、イタタ……! 何これ、何でこんな怪我してんの?」

 颯は体を起こそうとしたが、上半身、特に腹部の辺りに激痛が走った。体に力が入らない。腹部に手をやると、包帯が巻かれた感触がある。既に適切な処置が行われた後だった。

「……覚えてねえのか」

「何があったの? ガオナクスにやられたとか?」

「お前のベルトが爆発した」

「……は?」

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 ウィズダムの常連客の一人、カノンがカオスワールドへの扉を開いてしまった。場所は商業地区百貨店の、地下フロアへ続く階段。カノン本人から、颯に電話が来たのだ。キレイな石を見てたら、素敵な世界にいた。颯くんもおいでよと。

 これは放っておけないと、颯は皇紀を引っ張って救出に向かった。

 カノンは来店する際、いつも颯を指名していた。颯を王子様のように慕うカノンは病んでいるというか、何か抱えているものがあることには気づいていた。

 だから、カオスワールドへの扉を開いたと知ったときは「やっぱり」という思いが強く、さほど驚かなかった。

 カノンが生み出した異世界には、ロリータ衣装をまとったトルソーが3体並べられていた。ワークスペースと思われる一角にパソコンやスケッチブックがあり、資料が収まった本棚が壁一面にびっしりと備え付けられている。

 これがカノンさんの願望? などと考えていたら、唐突に現れたガオナクスとの戦闘に入ったわけだが。

「チッ、数が多い。次から次へと……埒が明かねぇ」

「もう一気にやっちゃお! ライズの威力を上げて……っと」

 どこからともなく現れる敵を、ちまちま相手していては効率が悪い。皇紀の攻撃の荒さと容赦のなさから機嫌が悪いことも伝わってくるし、ここは早めにケリをつけるべきだ。ガオナクスも、カノンの説得も。

「行くよ! 皇紀さん、上手く避けてね!」

「誰に言ってやがる。さっさとやれ」

 颯はライズの出力値を最大まで上げて、普段通りに軽く飛び上がった。皇紀がまとめてくれたガオナクスの群れに必殺技を放てば、終わる。

 後は颯に任せておけばいいだろうと、皇紀はガオナクスとの間合いを保ちながら颯の動向を注視していた。だから、そこで初めて気づいた。颯のベルトが、普段とは違う色で点滅していることに。

 何だ? あの色は……。あんな色じゃなかったと思うが……。

 「……!」

 颯のベルトから一瞬火花が散ったように見えて、皇紀はわずかに目を見開いて凝視した。一度弾ければ連鎖するのも早く、今度はあからさまに大きな火花が散り、破裂する音が響いた。

 必殺技を放とうとした瞬間、さすがに異変に気づいた颯が動きを止めようとしたが、遅かった。

 技が放たれたその瞬間、熱を持ったベルトがもう耐え切れないと言わんばかりに煙を上げ、バン! と花火のように燃え盛って爆発したのだった。

 あまりのショックに、声すら出なかった。酷いダメージを受けた颯は変身が解除され、気を失ってそのまま落下した。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「……思い出したか?」

「そういえば……そうだったかも。だから、お腹周りがやけに痛いんだ」

 仰向けのまま腹の上に手を置いて、颯は当時のことを思い出していた。

 なぜベルトが爆発してしまったのか、その原因に心当たりはない。変身前後も体調は悪くなかったし、昨日だって普段通りに変身していた。昨日と今日で違うことと言えばライズの出力値を上げたことしかないが、爆発するほど急激に上げたつもりはなかった。

「ところで、ここには皇紀さんが連れて来てくれたの?」

「カオスワールドじゃなければ、放置してたところだ」

「相変わらず酷いこと言う……。でも、連れて来てくれてありがとう。ごめんなさい」

「チッ……」

 普段から眉間に皺が寄っている皇紀の表情を読むのは難しい。少なくとも、機嫌は良くなさそうだった。

「……お前が眠っている間に、エージェントと執事が手当てしながら体に異常がないか調べていた」

「そうなの? それで結果は?」

「知らねえ」

「ええ?」

「お前を見張ってるように言われた。だから先に降りて来ただけだ」

 話しているうちに、颯の記憶の奥底から当時のことが段々すくい出されてきた。

 颯のベルトが爆発した直後、変身が解除された。そして翼を失い、墜落した。覚えているのはそこまで。痛みだとか、何を考えていただとかは覚えていない。

「あーあ、怒られるだろうなー……」

 カノンを助けるどころか、見つける前に怪我をして撤退せざるを得なくなるなんて。ウィズダムシンクスの仮面ライダーにあるまじき失敗だった。

「ねえ、僕が怪我したってことは宗雲には内緒で……」

「無駄だ。宗雲と浄も上にいる」

「えーっ! ってことは、ウィズダムお休み⁉︎ 色んなところに迷惑かけて怒られるやつじゃん!」

「解体されないだけ有難いと思え。……来たようだな」

 階段を降りる足音と、話し声が複数聞こえる。このクソメガネと罵る声はノア、酷いこと言うなぁと余裕で受け流す声は浄のものだ。その後ろに宗雲が続いて来るのが見えた。

「やあ、颯。気がついたんだな」

「颯さん、よかった。酷い怪我で驚いたよ」

「浄! と、ノアさん。こんなはずじゃなかったのに、ごめん。それと……」

 その2人の後ろに、普段と変わらぬ表情で佇む宗雲がいる。

 カノンを助けて、カオストーンを回収して、いい知らせを持ち帰るつもりだったのに。ライダーステーションにまで足を運ばせてしまった。

「宗雲……ごめんなさい。まさかこんな失敗するなんて……」

「過ぎたことを責めるつもりはない。今は体をゆっくり休めろ」

「はぁい……」

 怒られなかっただけマシだと思い、颯は大人しく従った。

「颯さんが眠っている間に、色々調べさせてもらったよ。まず、体に異常はない。しっかり療養すれば大丈夫だろうっていうのが数値上での見解だ」

「そっか。よかったぁ」

「ベルトの方も、爆発したとは思えないくらい異常がない。変身出来るかは何とも言えないけど、怪我が治るまでは変身しない方がいい」

「そんなぁ! 大丈夫だよ、早くカノンさんを助けに行かないと」

 問題なく変身出来ると証明するため、颯は痛いのを我慢してゆっくりとベッドから降りた。いつも通りに小指にリングをはめて、ベルトに力を送り込んだ。

「えっ……? 何で、変身出来ない……」

 だが、何の手応えも感じなかった。力がベルトに入った感じが全くない。当然、ライダーの装甲も現れず、颯の見た目にも何の変化もない。

「おっと……これは驚いたな。ノア、どう見る?」

「うーん、ここはメンテを受けてほしいところだな。どう? いつ出来そう?」

「とにかく、明日は一日休暇を取れ。カオスワールドのことは俺達3人で対処するとしよう」

「……」

 そんな、変身出来ないなんて。

 周囲の音も声も、まともに聞こえてこない。これまでに起こったことのない非常事態に、颯は一人顔を青ざめさせていた。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 休暇を取るのはいいが、1人で自宅にいると暗い気持ちになってしまう。痛みも大分引いてきたので、颯は商業地区内を散歩していた。自宅からそう遠くない距離で、行く当てのない気ままな散歩である。

 出かける前、自宅で変身出来ないかと試してみたのだが、結果は何度やっても昨日と同じ。リングからベルトへの力の流れが全く感じられず、変身出来なかった。

 リングもベルトも、見た目に異常はない。昨日はベルトが爆発する前は普通に戦っていたし、かすり傷すら負っていない。何で爆発したのか、考えても全く分からなかった。

 昨日の出来事、全部夢だったらよかったのに。小指にはめたままでいたカオスリングを眺めて、颯はため息を吐いた。

「颯さん!」

 不意に名前を呼ばれて顔を上げると、ジャスティスライドの伊織陽真が手を振っているのが見えた。横断歩道前に立ち、歩行者用信号の色が変わるのを待っているようだった。

「陽真! こんなところで何してるの?」

「仮面ライダー屋の依頼で、人探しに来てるんですよ。慈玄も一緒なんですけど、別行動中で。私服ってことは……颯さんは休みなんですか?」

「うん、今日は一日休みなんだ。宗雲に休めって言われちゃったから」

 事実なので、そこは隠さずに言った。

 陽真が手に握っているスマホの画面には、地図が映っているのが見えた。この商業地区一帯を捜すつもりなのだろうか。

「人探しって、誰かいなくなったの? カオストーン絡み?」

「カオストーンかどうかは分かんないんですけど、キレイな石を拾って以来、その人の様子がおかしくなったそうなんです。普段は連絡すればすぐに返信くるのに、もう3日経っても何も返って来ないらしくて」

「えっ……そうなの? ヤバくない?」

「そうなんですよ! 本当にカオストーン絡みかもしれないんです。この写真の人なんですけど、見覚えないですか?」

 スマホの画面が切り替わり、1人の女性の写真が映し出された。

 画面の女性は顔が青白く不健康そうで、とろんと眠たそうな目をしている。きちんと整えられた黒のセミロングヘアーと、ナチュラルテイストの白Tシャツを着こなしているところから、見た目には気を遣ってそうな印象を受ける。

 もしかしたら、探している相手ってカノンさん? そう思っていたのだが、写真とはまるで別人だった。

 カノンは茶髪のロングヘアーで、ウィズダム来店時はツインテールで来ることが多い。服装もロリータ指向で、シンプルな装いなど見たことがない。顔の印象もまるで違うので、別人だろう。

「うーん、悪いけど心当たりないな」

「そうですか……。もし見かけたら教えてくださいね! じゃ、俺もう行くんで!」

「頑張ってね〜」

 ひらひらとお互いに手を振り合って、そこで別れた。

 陽真には悪いが、すぐに立ち去ってくれて助かったなと、颯はほっと息を吐いた。

 手伝ってと言われたら手伝うつもりではいたが、もし本当にカオストーン絡みだったとしたら。適当な言い訳をして離脱せざるを得なくなるところだった。

 カオスワールドに入ったとしたら、高い確率で変身することになる。今、変身出来ないと知られるわけにはいかないし、何より後輩に情けない姿など見せられない。

 カノンのカオスワールドは商業地区百貨店の、地下フロアへ続く階段にあると分かっている。そこ以外でカオスワールドの扉を見つけたら、陽真に連絡すればいいだろう。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 ランチタイムから少し外れた時間。席が空いているのが見えたので入ったカフェに、ランス天堂の姿を見つけた。こちら側に背を向けて座っているので、まだ気づかれていない。

 ランスかー……。何か探られそうな気もするけど、無視するのも気持ち悪いなー。同期だし。

 カウンターで注文したカフェラテを受け取り、そっとランスの方へ近づいて行った。

「ランス! 何してるの? ランチ中?」

 ランスは驚いたようにビクッと肩を震わせて、颯の方へ振り返った。すると、人差し指を立てて、「シー……」と静かにするようにジェスチャーをしてみせた。

「悪いね、今仕事中なんだ……。少し静かにしてもらってもいいかい?」

「あっ、ごめん……」

 再びランスは前を向いて、周囲を観察し出した。周囲の客や店員に目立った動きはない。皆それぞれスマホを見たり、読書をしたり、音楽を聴いていたり、自分の世界に浸っているようだった。誰もこちらのことを気にしていない。

「ふう……。よかった、気づいていないようだ」

「驚かせたみたいで、ごめん」

「いや、いいよ。事なきを得たようだ。調査員の仕事中でね、ある人物の後を追っているところなんだ」

 ついでにランチも楽しんでいたようで、テーブルの上には日替わりランチプレートが載っている。ほぼ食べ終わって、今は食後のコーヒータイム兼見張りタイムといったところか。自然な動作で、颯はランスの隣の椅子に座った。

「何か面白そうだね! 僕も行けるところまで一緒に行っていい?」

「構わないけど……何だい、その『行けるところ』って?」

「僕がいない方がいいところもあるでしょ?」

「まあね。ということは、君、今日は一日休みなのか」

「うん、休めって言われちゃったから」

 僕がいない方がいいところもあるでしょ? ではなく、出勤前までならとでも言っておけばよかった。

 どうもいつもより頭が回らない。つい早口になってしまい、気まずさで目を逸らしたが、それを見逃す程ランスは甘くない。

「何かあったのかい? 僕でよければ、話を聞くよ」

 ランスの口調からは、何かを探ってやろうというより、純粋に何があったのか興味があるように見えた。ウィズダムシンクスでは腹の探り合いばかりなので、ランスのような反応は珍しく感じた。とはいえ、油断は禁物だが……。

「実は……昨日、変身して戦ってる最中にベルトが爆発してさ、怪我しちゃったんだ」

「え?」

「それで、メンテナンスも受けるように勧められて。少しでも早く怪我が治るように、今日は一日ゆっくり休むことになったんだ」

「それは……大変だったね。予想外過ぎて驚いたよ。そんな怪我してるようには見えないけど、休むべきなんじゃあ……」

「ちょっと痛むけど、平気だよ」

 普段通りの笑顔を作って明るく振る舞ったつもりだった。

「今は体を休めるべきだと君自身が一番分かってそうなのに、どうして散歩なんかしてるんだい?」

 だが、完全に笑顔を作りきれていなかったらしい。怪我をして落ち込んでいるだけではなさそうなことを、微妙な表情の違いからランスは見抜いていた。

「だって退屈でさー。1人でいると考え事ばかりしちゃうし」

「なるほど。嫌なことばかり考えてしまうんだね」

「あー、うん。まあ、そうなんだけどさ……。そんなに分かりやすかった?」

「怪我をして落ち込んでいるときに1人でいたら、楽しいことを考えるのは難しいんじゃないかな。少なくとも、今の君は楽しそうには見えないよ。無理をするのはよくない」

 ズバズバと言い当てられてあまり気持ちのいいものではなかったが、遠回しに探られるよりはマシだと思った。

 ランスがコーヒーを口に含んだので、颯もそれに倣ってカフェラテを飲み始めた。ほどよい温かさで飲みやすく、今日初めて心が安らいだのを感じた。

 思えば、昨日からずっと心が落ち込んだままだ。昨日は怪我をした直後だから変身出来なかったと思っていたのだが、変身出来ない状態が続いている。

「ねえ、ランス。メンテナンスを受けた結果、しばらく変身出来ないって言われたらどうする? どう思う?」

 これでは、今変身出来ないと言っているようなものじゃないかと思った。だが、変身出来ないという弱みを抱えている今だからこそ、他クラスのライダーの考えも聞いてみたかった。

「そうだな……。この仕事も危ない橋を渡ることも多いから、仕事の範囲を限定せざるを得なくなるな。あの2人について来てもらうわけにもいかないし。まあ、ルーイは来ないだろうけど」

「……何か、意外に平気そうだね。ショックじゃないの?」

「ショック?」

「いつも出来てたことが急に出来なくなったらショックじゃない? クラス内で自分だけ戦えなくなったら悔しくない?」

 珍しく弱気な態度の颯を見て、ランスは鳩が豆鉄砲を喰らったかのように一瞬動きを止め、目が丸くなった。

 ウィズダムシンクスのムードメーカー的役割の彼がこれほど落ち込むなど、一体何があったというのか。興味を引かれる事態ではあるが、何か悩みがあるのなら自分なりの答えを示すべきなのだろう。

「それは……そうだね。そう言われてみると、確かに悔しいな。一時的でもあの2人に守ってもらうなんて、想像したくもないよ。二度と変身出来なくなるということは、スラムデイズから立ち去ることになるんだろうね。そうなったら少し……いや、すごく寂しい気はするよ」

 その時にはQとの決着もついていればいいんだけどと付け加えて、ランスは眉尻を下げて寂しそうに笑った。

 そうだ、僕がウィズダムシンクスにいられるのは仮面ライダーだからだ。このまま変身出来なくなったとしたら、居場所がなくなってしまう。それだけは絶対に嫌だ。僕はまだ颯でいたい。

 颯は嫌な思考を振り払うように、頭をぶんぶんと左右に振った。

「どうしたんだい? 表情が暗くなっているよ?」

「……ごめん、ちょっと考え事……」

「クラスの仲間には言いにくいことなのかな」

「うん、まあね」

「僕じゃ君の力にはなれないようだ。ルーイに相談してみたらどうだい? 最近、仲いいだろう?」

「ルーイに?」

 いつも眠そうな顔をしてダルイと言っているが、ルーイのライダー歴は長く、強い。何かと頼れる存在だと颯も認めているところではある。が。

「……やめとくよ。ボコボコにされそう。ランスみたいに優しくないし」

「確かにルーイは厳しいところもあるけど、なんだかんだで君が望む答えを出しそうな気がするよ。そう思わないかい?」

「うん……そうかもね」

 でも、今はルーイに会いたくないんだよなぁ。変身出来ないと知られたら、励まされるどころか鼻で笑われそうな気がする。颯の瞼の裏には、他人を嘲笑するルーイの顔が勝手に浮かび上がってきていた。

「おっと……動き出したね」

「え? どれ?」

 帰り支度を始めたビジネスマンや、トレーを下げに向かった若い女性の群れなど、立ち歩いている者は他に何人もいる。ランスが視線で追っているのは誰なのか、全く分からなかった。

「とにかく、ここを出よう。詳しくは歩きながら話すよ」

 

 

◆◇◆◇

 

 

 ランスは颯が飲んでいたカフェラテの紙コップもトレーに乗せて、返却コーナーへ下げに向かった。

 自然にスマートに振る舞われて、颯は眉を下げて若干肩を落とし、先に外に出てるよと声をかけて出入り口に足を向けた。

 元気のない颯の声を聞いて、思ったよりも深刻そうだとランスは思った。

 颯が何に悩んでいるのか、ランスは詳しく聞かなかった。目の前に提示された謎、颯の悩みにはもちろん興味がある。しかし、本人が話したくないことを無理やり聞き出すのは悪趣味でしかない。

「待たせたね。ターゲットはまだ中にいるから、このまま少し待とう」

「うん、それはいいんだけど、そろそろ誰がターゲットなのか教えてくれない?」

「そうだね……」

 後ろから続いて店の外に出て来た女性に気づき、ランスは声を潜めた。女性は店の出入り口で立ち止まるランスと颯に目もくれず、スッと追い越して行った。

 ランスの視線は彼女の後ろ姿を追っている。目つきも先ほどより少し鋭いものに変化していた。

「彼女だ。行くよ」

「えっ、今の人?」

 人探しの依頼を受けたという陽真の顔が思い浮かんだ。『この写真の人なんですけど、見覚えないですか?』と見せられたスマホの画面の中にいた女性とよく似ていた。顔色の悪さと服の趣味は似ていないが、それら以外はほとんど同じだった。間違いない。

「どうかしたのかい?」

「陽真が探してる人と同じ顔だった。間違いない!」

「え?」

「ここにくる前、仮面ライダー屋の依頼で人探しをしてるっていう陽真と会ってさ。で、その人の写真見せてくれたんだ」

 陽真とのやり取りを、かいつまんで話した。カオストーンらしき石を持っているらしいこと、3日前から連絡がつかず行方不明になっていること、陽真が探している女性と、ランスのターゲットが外見上の特徴がほぼ全て一致していること……。

「なるほど、仮面ライダー屋にも同じ依頼がね。しかし、妙だな」

「妙って?」

 2人は視線を交えずに、ターゲットの後を追いながら会話を続けていた。

「今回のターゲットが行方不明になっているなんて、僕は聞いていない」

「えっ⁉︎ どういうこと?」

「キレイな石を拾ったと聞かされた数日後、様子がおかしくなったから代わりに調べてほしいと。その石が原因だとはっきり分かるようだったら、出来れば取り上げてほしいとまで言われたんだ」

「なーんか引っかかるね。まるで、その石がカオストーンだと知ってて奪わせようとしてるみたい」

「ああ。カオストーンの可能性があるならと引き受けたんだが、何にせよ、今は尾行を続けるしかない。石を取り出してくれたら、少しは突破口もあるんだが……」

 ターゲットの女性はセットアップのパンツスーツを着て、颯爽と歩いている。その格好から察するに仕事中で、少し遅めのランチタイムだったのだろうか。

 大通りとはいえ、昼休憩の時間から外れた現在は人通りが少ない。ターゲットを見失うことはないが、気付かれる可能性も高い。

 颯はもう少し女性のことを詳しく聞きたかったのだが、仕事に集中しているランスを見ると余計なお喋りは出来なかった。

 そうだ。陽真に連絡しておこう。見かけたら教えてほしいと言われていたのを思い出した。

 ライダーフォンで地図アプリを開き、現在地をスクリーンショットで保存して陽真へ送った。『ランスも同じ人を追いかけてるから、まずは僕とランスに声をかけて』と一言添えておいた。

「あれはオフィスビルかな。あそこに入ろうとしているようだけど、揉めているようだね。どうしたんだろう?」

 ランスの声に驚き、颯は弾かれるように勢いよく顔を上げた。数メートル先のビルの入り口で、ターゲットの女性がスーツを着た男性と会話しているようだ。話の内容はよく分からないが、たまに聞こえてくる声が怒気をはらんでいるので、穏やかな雰囲気ではなさそうだった。

「どうする? 止めに行く?」

「ただの口喧嘩なら、まだ大丈夫だ。けど、ここじゃよく聞こえないな。もう少し近づこう」

 喧嘩中の2人は周囲のことがよく見えてなさそうだ。通行人の振りをして近づいている途中、会話が聞こえてきた。

「……だから、さっきから何を言ってるんですか? 私には石を拾う趣味なんてありません」

「とぼけるな、お前が石を持っていたという目撃情報があるんだ!」

「目撃情報? ……そこまで言うなら、証拠があるんですか?」

「もちろん、証拠はある。ちょっと待ってろ」

 男はスマホを取り出し、彼女に画面を見せた。画面に何が映っていたのかはランス達には見えなかったが、彼女の様子が明らかに変わった。ハッと息を呑んだ様子が伝わってきたからだ。彼女は男のスマホに手を伸ばそうとしたが、男がスマホを引っ込めたので届かなかった。

「ほら、言ったとおりだろ? お前は石を持っているんだ!」

「待って、その写真どこで! それは私の……」

「つべこべ言わずに、さっさとカオストーンをよこせ!」

 男は懐から拳銃を取り出し、彼女に銃口を向けた。

「ヒッ……!」

 突然の出来事に彼女が恐怖ですくみ上がっている間に、男は正体を現した。スーツの下から現れたのは、黒い戦闘服。どこに隠していたのか、いつの間にか黒いシルクハットと仮面も身につけていた。

「カオスイズム!」

「急展開だね。行くよ颯!」

「う、うん!」

 ランスは走り出し、彼女とカオスイズム戦闘員の間に割り込んだ。颯は彼女を安全なところまで誘導し、戦闘員の方へ向き直った。

「行くよ! 変身!」

 ランスは仮面ライダーLOQに変身して、カオスイズム戦闘員に攻撃を開始した。思ってもみなかった邪魔者の出現に、戦闘員は慌ててスマホでどこかへ連絡を取った。

「チッ。フウガのやつ! 本当にあの女なのか⁉︎」

「フウガ……?」

 その名前に、ランスは聞き覚えがあった。今回の依頼人の名前じゃないか。

 すぐ近くで戦闘員が待機していたのか、戦闘員の人数が増えてしまった。考えている場合ではない。

 早く変身しなければ。そう焦る度、颯は動悸が激しくなってきたのを感じていた。

 戦闘に発展する可能性はあるだろうと思っていた。変身しなければならない状況に追い込まれれば、変身出来るだろうと思っていた。だが、実際はどうだ。

(やばい……)

 動悸は治らないし、額の辺りから変な汗が出てきた。なんとか普段通りにリングを指にはめるも、その先の動作が続かない。続けられない。

 変身出来ない! そう悟った瞬間、颯は寒気を感じた。

「颯?」

 どうして変身しないんだい? と続けようとして、ランスは言葉を失った。

 ハァーッ……ハァーッ……荒い息を繰り返して立ち尽くす颯の様子は、尋常ではない。顔は真っ青で、血の気が引いている。多量の冷や汗が頬を伝って垂れていく様が、急激な体温の変化を物語っていた。

 ランスは戦闘員と戦いながら、チラチラと颯の様子を横目で見た。彼がこんな不調に見舞われるなんて、一体何が? とにかく、今は戦闘員を倒して颯を休ませないと……。

 孤立無援のランスに、救いの手は突如として現れた。

「何だ? 急に視界が悪く……」

 辺り一帯に霧のようなものが発生した。天気は先ほどからずっと変わらず晴れで、霧が発生するような天候ではない。と、なると……。

 ランスは霧のようなものを吸い込んでしまう前に、手で口と鼻を押さえた。自然現象でないとすれば、人工的な煙と考えられる。

(浄の仕業か……。それにしたって、僕まで巻き込んでくれなくてもいいのに)

 助けてくれるのなら、煙以外の方が良かったな。そうは言っても、助かった。颯と同じウィズダムシンクスの浄になら、颯を任せられる。

(戦闘員はほぼ倒した。後は颯を浄に……)

 煙が晴れて、颯がいた方を見た。ランスの後ろで立っていたはずなのに、誰もいなくなっていた。

「颯……?」

 戦闘員はランスによって全員倒され、立っているのはランスのみ。ターゲットとしていた女性は颯の更に後ろの物陰で倒れているのが見えた。煙に巻き込まれたのだろう。

 颯のことは気がかりだが、浄が引き取ったのならば、恐らく心配ない。しかし、こんな強引に颯を連れ去るとは。颯の様子がおかしかったことと関係があるのなら、何か知られたくないことがあるのか? 例えば……変身しなかったこととか。

 解き明かしたい秘密だと思ったが、今はターゲットの女性の無事を確認するのが先だ。変身を解いて女性を助け起こしに向かった。するとそこには、ランスにとって意外な人物が2人もいた。

「起きてください! 大丈夫ですか、カノンさん!」

「君たちは……伊織に、蒲生じゃないか!」

「ランス? どうしてアンタがここに……」

 予期せぬ出会いに、三者三様に驚いていた。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「大丈夫か? 今日は休暇のはずだが、まさか外出しているとは思わなかったな。しかも、天堂と一緒にいるとは……」

 颯を連れ去ったのは、やはり浄だった。レディが危険に晒されているのなら助けるべきかと見守っていたら、後方に颯がいることに気づいた。

 颯の様子がおかしいことにはすぐに気づいたが、とにかく変身させるわけにはいかないので、適当に煙を発生させて颯だけを救出したのだった。

 改めて見ると、颯の顔は真っ青になっていた。普段はうるさいくらいなのに一言も喋らないし、地面に膝をついて俯き、浄の方を見ようともしない。ここまで具合の悪そうな颯を見たことがないので、さすがに心配になった。

「……変身はしていない、よな?」

「うん……してない。というより、出来ないんだ」

「出来ない? そういえば、昨日も……」

 昨日、ライダーステーションに運び込まれて目が覚めた後、変身しようとして出来なかった。怪我なんてどうってことないと証明するはずだったのに、逆に心身に異常があることを証明してしまったのだった。

「家にいると余計なことばかり考えちゃうから、気晴らしに散歩しようと思って……」

 その道中、仮面ライダー屋の依頼で人探しをしている陽真に出会い、その後はカフェで尾行調査中のランスと出会った。

「ランスに聞いてみたんだ。しばらく仮面ライダーに変身出来なくなったらどうする? クラス内で自分だけ戦えなくなったら悔しくない? って」

「天堂は何て答えたんだ?」

「仕事の範囲を限定せざるを得なくなる、一時的でも守ってもらうなんて想像したくもない。二度と変身出来なくなるということは、スラムデイズから立ち去ることになるんだろうねって……」

 それはランスだけではなく颯にも、全てのライダーに言えることじゃないかと、今更ながらに颯は思っていた。ウィズダムでの接客担当しか出来なくなる、他の3人に守られるだけなんて絶対に嫌だ、そもそもウィズダムシンクスにいられなくなる……。

「ねえ、浄。このまま変身出来ないままだったら、僕は……」

 両手で顔を覆い、今にも泣き出してしまいそうだなと、浄はどこか他人事のように眺めていた。感情移入はしなかったが、大事な仲間の1人で、接客業の師匠と慕われている相手なのだから、見捨てるつもりはない。

『僕は……』の後に続く言葉は想像出来た。言わないでくれてよかった。嘘でも冗談でも疑問でさえも、颯の口からクラスから抜けることをほのめかす発言は聞きたくないと思っていたから。

「思ったよりも精神的負担が大きいみたいだな。分かりやすく言うと、トラウマみたいなものじゃないかと思うんだが、どうだろう?」

「トラウマ……」

 そんなまさか。と思ったのも一瞬。変身しようと思ってリングを指にはめるところまでは出来ても、どうしてもベルトの方に手が行かない。手が震えて、動悸が激しくなる。心に体が追いついていない現象は、先ほども体験していたことだった。

「探偵気取りの天堂には気づかれたかもな。変身出来ないことが」

「うん……」

「メンテナンスが終わるまで、あまり外出しない方がいい。宗雲とノアに言って、メンテナンスを早く受けられるように調整してもらおう」

 早くしないとカノンがカオスワールドに取り込まれてしまう。変身出来ない焦りと悔しさだけが募っていく。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「は? メンテ?」

「そろそろ定期メンテナンスの時期だから、受けてもらわなきゃ困る。いつ来れそう?」

 急に言うなよ。ルーイは耳にスマホを当てたまま眉間に皺を寄せた。ギリギリで舌打ちは出なかった。

 スラムデイズのアジトで株価チェックをしている最中、ノアから電話が掛かってきたので出てみればコレだ。バグってねーんだからメンテなんかいらねーよというのが本音だが、ノア相手に口喧嘩で勝てたことはない。

 面倒だが大人しく受けてやるかとカレンダーに目を走らせたとき、こちらに向かってくる足音が聞こえた。玄関の開閉音に全く気が付かなかった。1人でダラダラ過ごせる時間も終わりだ。

「後でかけ直す」

「え、オイコラ待て」

 通話終了をタップして、ノアを画面から強制的に追い出したと同時に、帰宅したランスが顔を出した。

「ただいま。邪魔してしまったかい?」

 ランスはルーイが握っているスマホを指差して言った。後でかけ直すというルーイの声が聞こえていたらしい。

「いや、切る口実が出来て助かった」

「何か面倒なことでも?」

「エージェントから、定期メンテ受けろだとよ」

「そうか……もうそんな時期なんだね」

 ランスが帰って来たからといって、話し相手になる必要もない。そう思って株価チェックに戻ろうとしたとき、背後からランスが語りかけてきた。

「今日は商業地区で調査だったんだけど、途中で颯に会ったよ。怪我をして、今日一日オフらしい」

「怪我?」

「そう言う割には元気そうだと思ってたんだけどね……。僕の推測だけど、颯は今、変身出来ないんだと思う」

「どういうことだ?」

 元気だが変身出来ない? 変身出来ないが元気? 事実と推測を伝えられただけでは、ルーイの想像力はいまいち働かなかった。

「颯は僕の仕事に興味本位でついて来てたんだけど、途中でカオスイズムとの戦闘になったんだ。当然、颯も変身してくれると思っていたんだが、なかなか変身してくれなくてね。顔色が悪くて酷い汗をかいていて、呼吸も荒くなっていた」

「…………」

「声を掛けようとしたら煙が立ち込めて、逃がしてしまったよ。あれは間違いなく浄の煙だった。助けるだけなら颯を匿う必要なんてないのに。きっと、僕に知られたくないことがあったということだ」

「…………」

 ルーイは口元に手を寄せて、思考に耽っているようだった。ランスの話を聞いているのかいないのかは、分からない。

 ふふっと、ランスは思わず笑みを零していた。

 君が思うよりルーイは優しいし心配もしているのに、ルーイの片想いか。不器用な感情表現しか出来ないルーイに、ほんの少しだけ同情した。

「ついでと言ってはなんだけど、謎解きに付き合ってくれるかい?」

「退屈凌ぎになるなら付き合ってやってもいい」

「助かるよ」

 颯がいなくなった後のことなんだけど……と前置きした上で、話し始めた。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 煙とともに颯がいなくなった後、商業地区のとあるオフィスビル街にて。

 なぜここに伊織と蒲生が? 一瞬考えて、すぐに合点がいった。仮面ライダー屋にも似た依頼が入っていたと、颯から聞いていたじゃないかと。

 尾行中だったのでランスは気づいていなかったが、颯は陽真に現在地を送っていた。そのお陰で、陽真と慈玄は比較的迷わずにここまで来れたのだった。

「……調査中? この女性をか?」

「ああ、そうだよ。キレイな石を拾って以来、様子がおかしいから調べてほしいってね。君たちも似たような依頼を受けていたって、颯から聞いたよ」

「そうだ!颯さんは? ここにいるって連絡来たから、慈玄と合流して急いで来たんだけど……」

 未だ目が覚めない女性を気遣いつつ、陽真は辺りを見回して颯の姿を探した。【僕とランスに声をかけて」と颯から連絡が来たのに、現場にいたのはランスだけだったのだから、困惑するのも無理はない。

「颯がどこに行ったかは僕にも分からないな。急にいなくなってしまったんだ」

「そっか……。いつもより元気なさそうだったけど、大丈夫かな?」

「それよりもランス。アンタも俺たちと同じ依頼を受けたっていうのか。行方不明の音無カノンさんを探してほしいと」

 慈玄が割って入ってきた。倒れている彼女――音無カノンと思しき人物を気遣いながら、ランスに対して射抜くような視線を向けていた。

 ランスが善意だけで人探しを引き受けるとは思えない。何か裏があるんじゃないかと慈玄から疑いの眼差しを向けられて、ランスはやれやれと言わんばかりに肩をすくめて首を横に振った。

「人を疑うような目で見ないでくれ。疑うのなら、依頼人の方を疑ってほしいね。出来れば石を取り上げてほしいと言われたんだから」

「取り上げる? キレイな石については俺たちも聞いていたが……」

「逆に僕は、彼女が行方不明だなんて話は聞いていない。君たちもフウガという男から依頼されたんだろう?」

「えっ! ランスも?」

「どういうことだ? 心配して複数に依頼を出すのは不自然なことではない。が、行方不明と聞いていた音無カノンはここにいる」

「うん……依頼人の目的は、音無カノンの保護ではないのかもしれないね」

 フウガという男は外見は静流のような優男風で、カノンは自分の彼女だと語っていた。にも関わらず、フウガはカノンのことよりも、石の方を気にしているのではないかとランスは見ていた。

 カノンについてもう少し詳しく聞こうと趣味や職業、行き先の心当たりなどを質問しても、どれも要領を得ないものばかりだった。彼女どころか、大して親しくない可能性が高い。フウガという名前さえも、本名なのか怪しいところだ。

「いたた……」

「あっ、気がついたんですね! 大丈夫ですか? カノンさん」

 倒れていた彼女がようやく目を覚まして起き上がった。側にいた陽真が真っ先に名前を呼びかけた。だが、彼女は陽真の呼びかけに答えず、きょとんとして目を瞬かせた。

「カノン……? カノンがどこにいるか知ってるんですか⁉︎」

「え、ええっ? あなたがカノンさんなんじゃ……」

「私は音無マリアといいます。カノンは双子の妹です」

「双子⁉︎」

「これは……予想外だね」

 陽真も慈玄もランスも、カオスイズムの戦闘員も、全員がずっとこの女性がカノンだと思い込んでいた。カノンが双子だなんて、誰も知らない情報だった。

「では、この写真の人物は、あなたではないと?」

 ランスは依頼人から提供された写真をライダーフォンに表示し、マリアに見せた。

 写真の女性の顔は青白く不健康そうで、とろんと眠たそうな目をしている。きちんと整えられた黒のセミロングヘアーで、服装はナチュラルテイストの白Tシャツ。陽真が颯に見せたのも、これと同じ写真だった。

「これはカノンです。でも、どこでこの写真を?」

 写真を見て、マリアは迷わずカノンだと即答した。写真の中のカノンと、今ここにいるマリアの顔を見比べると、一卵性の双子らしく全く同じ顔だった。

「フウガという男の人を知っていますか? 俺たちはカノンさんが行方不明だから探してほしいって頼まれたんです」

「この写真は依頼人から提供されたものです。どこで撮ったものか分かりますか?」

「よく分からないけど、もしかしたら証明写真かしら。アパレルブランドのショップで販売員やってるから、普段はこんな地味な格好はしてないのよね」

 背景が無地なのとシンプルな装いから、そう判断された。この写真を、フウガはどうやって入手したのだろうか。親しい仲なら、頼めば渡してくれるのか? 慈玄は更に質問を重ねた。

「そのフウガとやらは、カノンさんは彼女だと言っていましたが?」

「彼女? カノンに彼氏はいません。ラウンジのスタッフに夢中ですから」

 えっ。マリア以外の3人の声が揃った。心当たりがあるラウンジは1つしかない。

「……まさか、ウィズダム?」

「ええ、よくご存知ですね。そのウィズダムの颯くんに会うために、よく通っているようです。私もたまにカノンと一緒に行っています」

「でも、颯さんにこの写真を見せたとき、心当たりがないって」

 陽真が写真を見せたとき、颯はじっくり写真を見た上で心当たりがないと答えていた。颯が知るカノンの特徴とは、全く異なるものだったからだ。

「これは、ほぼすっぴんのナチュラルメイクですね。ウィズダムに行くときはメイクも服装も違います。ウィッグを被ることもありますし」

「なるほど……貴重な情報をありがとう。フウガとカノンさんは親しい仲じゃないんだね」

「フウガというのが誰かは分かりませんが、行方不明なのは本当です。電話しても出ないし、メッセージも未読のままで……」

「カノンさんのことは任せてください! 絶対に俺たちが見つけるので!」

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「……という訳なんだけどね」

「……ふあー……」

「ルーイ。ちゃんと聞いていたかい?」

「退屈凌ぎどころか、眠くなる話を聞かせるんじゃねーよ」

 隠しもせずに、ルーイはまた大きな欠伸を見せた。目尻には若干涙が溜まっているのが見えて、ランスが話している最中から何度も欠伸が出ていたのが伺える。

「ルーイには簡単過ぎる謎だったのかな?」

「興味ねー話を聞かされたら、誰だって眠くなるだろ」

「興味ない、ね。仮面ライダー屋は引き続きカノンさんを探すらしい。僕は別方向から調査を進めようと思う。この件、颯は全く無関係じゃないと思うんだ」

「そーかよ。何にせよ、俺には関係ねーことだ」

「それなら、これは僕の思考をまとめるための独り言だ。カノンさんは数日前から行方不明で、きれいな石を持っていた。それはカオストーンの可能性が高く、カオスワールドへの扉を開いてしまったと考えられる。颯はカノンさんのカオスワールドに行って変身して戦い、そこでベルトが爆発して変身出来なくなった。贔屓にしてくれてる客が行方不明と知ったら、颯は見捨てないはずだ。ありえない話じゃない」

 ルーイの背中に向けて語られた独り言。ルーイからは何の反応もないが、しっかり聞いているだろうという確信があった。

 一見するとパソコンで株価チェックをしているように見えるが、体は机に対して横向き。つまり、右手でマウス操作して顔だけをパソコンに向け、左耳はランスの声が聞こえやすいように後ろに向けられていたからだ。

 本当に捻くれているな。けど、あと一押しだ。

「ノアからメンテナンスを受けるように勧められたらしい。ベルトが爆発したとなれば、放置していられないからね。カノンさんも心配だけど、颯はかなり落ち込んでいて本当に元気がなかった。1人にしない方がいいと思うんだけど……」

「アイツらがいんだろ」

 ふふっとランスが笑みを零すと、チッと大きめな舌打ちが聞こえた。ランスが思ったとおり、ルーイはしっかりランスの独り言を聞いていたのだ。

「何とも思ってないわけじゃないだろう?」

「るせーな。知ったかぶってんじゃねーよ」

「そうだね、悪かったよ。力を貸してくれると嬉しいな。カノンさんがカオスワールドにいるとしたら、助けられるのは颯だけだと思うから。その颯を助けられるのは、ルーイなんじゃないかと思うんだ」

 颯との過去の因縁を誰にも語ったことはないが、ランスと静流には気づかれている。颯との仲に変化があったことを。だからランスは、ルーイのことを巻き込もうとしている。

 頼まれたからやってやるだけだ。ルーイは心の中で言い訳をして、ライダーフォンを手に取った。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 颯が怪我をしてから2日経った。事は急を要する。一度はカノンをカオスワールドから救い出すのに失敗してしまった。次で助けられなければ、カオスを完成させてしまう危険性が高くなる。

 浄の提案により、宗雲はすぐにでも颯のメンテナンスをするようにノアに依頼した。結果、颯は今日もウィズダムの勤務を休んでメンテナンスを受けることになった。その間、ウィズダムシンクスの他3人はカノンのカオスワールドへ赴くという。

 仮面カフェの下にあるトレーニングルームにウィズダムシンクス4人で訪れ、そこで颯は初めてその予定を聞かされた。

「えーっ! メンテ受けてる間に調査だなんて、わざと?」

「お前の復活を待っていたのでは、カオスが完成してしまうかもしれないだろう。そうなったら救い出せない」

「レディのことは必ず助け出すから心配するな。メンテナンスが終わり次第、変身出来そうだったら来ればいいさ」

 宗雲と浄にそう諭されては、颯は何も反論出来なかった。贔屓にしてくれている客なのだから、自分で説得して外へ連れ出してあげたかった。

 だが、カノンさんを助け出せるのは僕だけだなんて、思い上がりも甚だしい。決して親密な仲ではないのだから、優先されるべきは颯の感情ではなく、カノンの身の安全だ。宗雲でも浄でも、仮面ライダーならカノンを救い出すことは出来るだろう。

「お前はさっさと怪我を治せ。俺までフロアに駆り出されて面倒でしょうがねぇ」

「皇紀さん……ごめん。早くまた変身出来るように頑張るから」

「フン……」

 これでも皇紀なりに心配しているのだろうと思い込むことにして、颯は仲間3人を見送った。

「さて、それじゃあ始めようか。颯さん」

「ノアさん。いつの間に……」

「奥の方でスタンばってた。さ、とりあえず変身出来るかやってみて」

「そっか、変身しないとメンテ出来ないのか……」

 過呼吸のような症状が出て以来、変身しようとすらしなかった。正直に言うと、今も変身出来る気がしない。リングを指にはめることは出来るが、やはりその先の動作を続けられない。颯の額から、じわりと汗が滲み出てきた。

「ご、ごめん、ちょっと」

「大丈夫、焦らなくていい。颯さんのために特別ゲストを呼んだから、じっくり話し合ってほしい」

「特別ゲスト……?」

「俺なんかよりずっと頼りになると思う。今呼ぶから待ってろ」

 ノアがライダーフォンを取り出してどこかへ電話をかけた直後、バタンと奥の方のドアが乱暴に開かれた。

 そこから出てきたのは、眉間に皺を寄せて不機嫌さを隠そうともしないルーイだった。普段より人相が悪くて怖い上に、最も会いたくなかった人物の登場に颯はビクッと体を震わせた。

「テメー、俺の集合時間だけ早めにしやがったな」

「遅刻かバックれられるかなーと思ったからさ」

 笑いながら、ノアはスマホの通話を切った。ルーイと比べたら細身で上背もないというのに、そのルーイに凄まれてもノアは飄々とした態度を崩さない。

 デイリーコンプ出来た? などと、フランクな態度で話しかけられるほどの度胸がないと、仮面ライダーのエージェントは務まらないようだ。

「ノアさんがルーイを呼んだの? どうして……」

「変身出来なくなったっつーから、間抜け面を拝みに来ただけだ」

「間抜けって……!」

「ルーイさん」

 鼻で笑うルーイを、ノアが静かにたしなめた。2人の視線がしばらく交わり火花を散らしていたが、やがてノアの口からハアッと大きな溜息が出た。諦めやら、呆れやら、色々な感情が篭っていそうだった。

「まったく、どうしてそう憎まれ口を……。来たいって言うから呼んだんだろ」

「え?」

 来たいって言うから呼んだ? 予想もしなかった発言に颯がぱちくりと瞬きをしたら、チッと大きめな舌打ちが聞こえた。

「余計なこと言うんじゃねーよ」

「はいはい。さて、颯さん。変身するの、まだ不安なんだろ? メンテの前に、ここは先輩ライダーからアドバイスでも頂こうじゃないか。2人とも仲良くなったんだろ?」

「別に仲良くねーよ」

「……そうだよ、仲良くなんて」

「まあ、仲の良さは一旦置いといて。とにかくルーイさん、後は任せた。終わったら呼んで」

 立ち去るノアの背中に「待って」と呼びかけたかったが、颯の前にルーイが立ちはだかったため、それは叶わなかった。

 ルーイと颯の2人きりになった途端、場の空気が少しだけ重くなったように感じられた。ルーイの方は普段通りのダルそうな顔なので、そう感じているのは颯だけなのかもしれない。

 気まずそうに目を逸らして、意味もなく髪をいじったり腕をさすったり、眉が八の字に寄せられていたり、颯の佇まいからは不安さが顕著に現れていた。

「とりあえず落ち着け。変身出来なくなった理由に心当たりあんのか?」

「間抜け面見に来ただけの人に言うことなんてないよ」

 唇を尖らせて、颯にしては珍しく冷たい口調で言い切った。

 だからルーイに会いたくなかった。本心だろうがなかろうが、間抜け面を拝みに来ただなんて揶揄するようなことを言われたくない。

 言った本人は目を閉じて、右親指の爪を噛んでいた。少し気まずそうな顔をしているように見える。

「チッ、面倒くせー。人がせっかく……」

「せっかく?」

「……来てやったってのに」

「頼んでないよ、勝手に来たんじゃん」

「……チッ。あー、そうだな。どんな間抜け面してんのかと思って来てみれば、とんだ期待外れだ。シケた面しやがって、いつまで拗ねてるつもりだ?」

「拗ねてなんかない! てか、舌打ちし過ぎ! こっちは真剣に悩んでるんだよ!」

 ルーイの一言に強い憤りを見せたかと思えば、それは一瞬で。颯は両手で顔を覆い、その場で膝から崩れ落ちた。両膝を床について俯いているその様は、泣いているようにも、許しを請うようにも見えた。

「このまま変身出来なくなったら……変身出来ないと、ウィズダムシンクスにいられなくなる。居場所が無くなっちゃう」

「なら、もうライダーなんかやめりゃいーだろ。宗雲に言って、クラスから抜ければいい。そんでリングを割るなり捨てるなりすれば済む話だ」

 ルーイのその言葉に、颯はゆっくり顔を上げた。大きく開かれた目は、信じられないと言っているかのような眼差しをルーイに向けていた。

「ひどい……。どうして、どうして人の心を無視したことばかり言うの? 僕はまだライダーでいたい。ウィズダムにいたいんだ!」

 ルーイを見上げるその目は涙で濡れていなかったものの、不信感がありありと感じられる目で、不安で揺れているように見えた。

 居場所を失いたくない気持ちは分かる。居場所を奪うのも本意ではない。それでも……。

「…………。もういいじゃねーか、ライダーなんかやめちまっても。そんな怪我までして、死ぬかもしれねーってのに。お前は何のために戦うんだ?」

 今すぐライダーをやめるとなると、記憶をはじめ、たくさんのものを失ってしまう。それでも平穏な生活に戻ってほしい。ライダーなんかやめればいいというのは、ルーイの本心だった。

 ルーイもその場にしゃがみ込んで、八の字に眉を寄せて泣きそうな顔になっている。初めて見る顔に、颯は心底驚いた。いつも人を煽るような態度で、常に物事を俯瞰して捉える余裕のあるルーイが、人前で弱気な態度を見せるなんて。

 同じ目線の高さにあるその顔を見て、唐突に悟った。ずっと心配させていたんだということを。今回の件だけでなく、それ以前からずっと。

 ごめん。という一言が漏れた。蚊の鳴くような声で、はっきりと。僕にもライダーとして戦う理由はある。

「僕は……ウィズダムシンクスの一員として宗雲の目指す真実を、僕自身の真実を見つけるために戦う! だから、ここで立ち止まっていられないんだ!」

 強い意志を持って、そう告げた。そこまで気にかけてくれていたなんて、予想外で驚いた。嬉しくも思った。

 だが、ウィズダムシンクスが目指す真実も、颯の失われた過去も、まだ見つかっていない。まだ仮面ライダーをやめるわけにはいかない。

 ルーイは颯の言葉を正面から受け止めた。予想通りだったのか、泣きそうな顔から無愛想な表情に戻っていた。

「それだけはっきりした意志があるなら、何をためらうんだ? なぜ変身出来なくなった? 何があった?」

「それは……」

「ランスから聞いたが、呼吸が荒くなってたらしいな。何か思い出したのか?」

 ルーイはライダーになる前の、失った過去を思い出したのかと想像していた。だが、その想像は颯本人が首を横に振ったことで否定された。

「……ベルトが……」

「ベルト?」

「変身して戦っていたら、急にベルトから火花が散って爆発したんだ」

 そういえば、昨日ランスがそんなことを言っていたかもしれない。大きい独り言を言っている最中に、あまりにさらっと言うものだから大事として捉えていなかった。一瞬言葉を失った後、ルーイは続きを促した。

「変身が解けて、地面に落ちて怪我して、気絶して……あんなこと初めてだった。怖くなったんだ、変身するのが。また爆発したら、怪我したらって思うと、怖くて動けなくなる。……怖い、怖いんだ。また怪我をするのも、みんなに迷惑をかけるのも、居場所がなくなっちゃうことも……」

「……やっと本音を言いやがったな」

 今でこそ難なく変身して力を駆使して戦っているが、それは普通のことではない。戦いは痛みも恐怖も伴うもの。

 颯はライダーになってから、挫折らしい挫折を経験してこなかったのかもしれない。それだけに、今回のベルト爆発はショックが大きかったのだろう。

「痛みに鈍感そうな顔してるから忘れてたが、お前は怖がりだったな」

 そう言いながら、ルーイはぐっと膝を伸ばして立ち上がった。ついでに欠伸をしながら背伸びをするなど、さっきまでとはうってかわって、リラックスしたような仕草まで見せている。颯を見下ろすルーイの顔が、少しだけ柔らかくなったような気がした。

「怖がりって、どうしてそうなるの」

「手術を受けるの怖がってただろ」

 手術……? いつの話か分からなくてしばらく首を傾げ、「颯太」と呼ばれてピンときた。子どもの頃、同じ病室に入院していたときのことだ。

「あの時と今じゃ状況が違うが、体にかかる負担が大きいのは同じだ。手術中は麻酔で眠らされてるが、変身は意識も痛みもある。一度の失敗で怖くなるのも普通だろ」

 差し伸べられた手を掴んで、颯はゆっくり立ち上がった。

 今度は「颯」と呼ばれて前を見たら、視線がぶつかった。下瞼に隈が出ていて不健康で眠そうな目の奥に、颯の身を案じる真剣さが見え隠れしていた。

「ここにいてやるから、変身してみろ。異常があったら力づくでも変身やめさせてやる」

「それって、ルーイも危ないんじゃ……」

「爆発よりはマシだろ」

「……分かった。やってみるよ」

 間抜け面を拝みに来ただけだって言ってたのに。発言とは逆に心配して、励ましてくれた。

「ねえ、さっきのは本当? ライダーなんかやめればいいって」

「……」

「本当なんだね」

 颯はリングをはめた小指を見つめて、呟いた。否定されなかったから本当なのだろう。

 何度やっても出来なかった動作、リングからベルトへの力の供給を行った。うん……行けそう!

「心配かけてごめん。ありがとう」

 気を抜いていたら、変身が中断してしまいそうだ。

 ライダーをやめればいいという本音は、今回のことがなければ決して明かされなかったであろう秘密だった。その秘密を打ち明けて、颯を立ち直らせた。

 ならば等価交換……というわけではないが、秘密に対する返事が必要だと思った。だから打ち明ける。ライダーをやめたくない本音を、ルーイに打ち明けるのだ。

「そんなに気にかけてくれてたなんて、知らなかったよ。当たり前のように受け取り過ぎていたのかな? その分かりにくい優しさを」

 どこからともなく装甲が現れ、一つ一つが颯の身に合わさっていき、仮面ライダーを形作っていく。今のところ何の異常もない。ルーイはただ黙って見守っている。

「そんなに心配しないで! もう子どもじゃないんだから、一緒に戦えるんだよ。あの頃憧れた年上のお兄ちゃんと同じ立ち位置でね。だから悪いけど、今すぐライダーをやめるわけにはいかないんだ!」

 単純に、ウィズダムシンクスでのライダー活動が楽しいからやめたくないというのが、一番の本音ではある。それと同時に、これからはルーイと一緒に戦っていけるのが嬉しいのもまた、本音だった。

「仮面ライダー颯! 復活!」

 マントを翻すような動作とともに、翼が現れた。颯の象徴とも言える片翼のライズだ。仮面の下から覗く瞳は、爛々とした輝きを取り戻していた。

 やっぱ、こうじゃねーとな。颯に弱気な顔は似合わない。ルーイは口角を上げて笑顔を見せた。

「やれば出来るじゃねーか」

「うん……! やっと変身出来た!」

「軽く運動でもするか。相手してやるよ」

 ルーイも仮面ライダーに変身して、背中から出てきた二対のライズをしならせた。挑発するように笑いながら手招きをし、颯が一直線にルーイの方へと向かう。

 一見すると隙だらけなのに、攻撃が全部ガードされて弾かれる。颯は一旦間合いを取ろうと離れたが、すぐにルーイのライズが追いかけてきた。牽制のために翼のライズを放つと、颯への攻撃は緩んだ。

 チャンスだ! 颯は高く飛び上がって回転した。

「ルーイ! 僕はこの力で記憶も真実も、全てを手に入れる!」

 無数の羽を模した光線がルーイに襲いかかる。直後、颯の必殺の蹴りが放たれた。

 いきなり必殺技が来るとは思わなかったのでルーイは面食らったが、蠍の尾を盾にしてガードを試みた。

 仮面ライダーの一撃は、ガオナクスとは比べ物にならないくらいに重い。経験豊富なルーイといえども、威力を相殺するのは難しかった。多少軽減出来たが、ガードを突破されて腹にまともな攻撃を喰らって、後方に吹っ飛ばされてしまった。

「ガハッ! グッ……この、ゲホッ……」

 ダメージを受けて、ルーイの変身が解除された。てっきり避けられると思っていた颯は驚き、変身を解かずにそのままルーイの元へ駆け寄った。

「テメー……いきなり何しやがる……」

「ごっ、ごめん! 嬉しくって、つい! ていうか何で避けなかったの? 絶対に避けると思ってたのに」

「……避けられるかよ」

「え?」

「頼んでねーのに、決意を聞かされたら……受けて立つしかねーだろ」

「ルーイ……」

 あの頃憧れた年上のお兄ちゃんには、まだまだ勝てそうにない。決意を避けずに受け止めて、認めてくれた。

 颯の視界が少しだけ滲んだと同時に、勢いよくドアが開かれる音が聞こえた。

「アンタら何やってんだ! すごい音がしたけど、って……」

 一時的に離席していたノアが戻ってきた。ドアを隔てた隣の部屋にいたら、トレーニング中でもないのに何かを叩くような音と振動が伝わってきた。

 まさかルーイさんが颯さんを……⁉︎ という想像をしたが実際には逆で、地面に伏していたのはルーイの方だった。予想外の光景に、ノアの目が点になった。一体何が起こったというのか。

「あっ、ノアさん! おねがーい! ルーイの手当てして!」

「颯さん、変身出来たのか⁉︎」

「あっ、うん。ルーイのおかげでね。それでちょっと運動してたら、やり過ぎちゃって……」

「ルーイさんが虫の息に、と……」

「そこまでじゃねーよ。さっさと何とかしろ」

「うん、見た目よりは大丈夫そうだな」

 ノアはルーイに手を貸して、起き上がらせた。ルーイは痛そうに顔を歪めているが、外見上は出血がない。多少の腫れや擦り傷はあるようだが、大事ではなさそうだった。

「それより、とっとと行け。置いてけぼり食らったんだろ?」

「でも」

「何のためにここに来たんだ。変身出来るようになったんなら、とっとと行け」

「……うん! 行ってくる!」

 変身を解いて立ち上がり、颯は出入り口がある階段の方へ向かった。階段を上る前にルーイの方へ振り向き、白い歯を見せて笑顔を向けた。

「ルーイ! ありがとう!」

 今度こそ颯は階段を駆け上り、出て行った。ルーイはふっとため息を吐いて、だるそうに首や肩を回していた。表情は若干険しいものの、苛立ちは全く伝わって来ない。

 出入り口とルーイの顔と交互に見比べていたノアは全く訳が分からず、首を傾げた。

「何したんだ?」

「別に何もしてねーよ」

「何もしてなくはないだろ!」

 教えろとノアはルーイにしつこく詰め寄ったが、ルーイが口を割ることはなかった。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 ガオナクスの群れをまるで手下のように次々呼び出すのは、カオスワールドの主であるカノン。呼び出しているというよりは、カノンの現実を拒絶する心に呼応して、ガオナクスが侵入者から彼女を守るように立ちはだかっている。

 宗雲、皇紀、浄の3人の説得にも応じず、まるで聞く耳を持たない。ガオナクスを蹴散らすのは簡単だが、その後ろにいるカノンのことを考えると全力の攻撃を仕掛けることは躊躇われた。

「ここでなら好きな服を作り続けられる。世界に認められるデザイナーに、なりたかった私になれる。だからもう帰らない。ずっとここで服を作り続けるの」

 夢を諦めた現実に戻りたくない。そう思う気持ちは分からなくもない。

「参ったね、このままではカオス化が進行してしまう。颯の言うことなら、カノン嬢も耳を貸しそうなものだが……」

「チッ、まだ来ねえのか」

 ウィズダムに来る度、カノンは颯を指名していた。颯を王子様のように慕う様子を見せてはいたが、それは恋愛感情のような好意というよりも、颯のあっけらかんとした明るさを好意的に思っていたんじゃないかと、浄は思っていた。恐らく、颯じゃなければ説得は成功しない。

「浄、皇紀。後ろだ」

 宗雲の冷静な呼びかけに浄と皇紀が後ろを振り向くと、その颯が一直線に飛んでくるのが見えた。

 ようやく変身出来るようになったか。ほっと息を吐いているのも束の間、ガオナクスの群れが動く気配を感じた。

 油断した――3人がガオナクスの方に向き直ったとほぼ同時に、颯が飛ばした光の矢が地面に着弾。ついでに空中からの蹴りが入り、ガオナクスの群れが一気に霧散した。

「お待たせ! やっと変身出来た!」

 トワイライトスカイドライブ。必殺技が無事に決まり、颯は仲間3人に笑顔とピースを向けた。

「ようやくか。待ちくたびれたぞ」

 宗雲は普段通りの冷徹な表情を崩さず、

「遅え」

 皇紀も普段通りに言葉少なに文句を言い、

「克服出来たようで何より。さあ、ナイトの出番だ」

 浄はおどけた雰囲気で颯の復帰を喜んだ。

 三者三様に出迎えられて、颯は少し恥ずかしいような、むず痒いような、照れ臭さを感じていた。

 久しぶりに変身出来て、戦いの場に戻ってきた。またウィズダムシンクスの仮面ライダーとして戦えることが嬉しかった。

「……颯くん?」

 ガオナクスの再生が一旦止まった。カノンが颯の存在に気づいたようで、呆然と立ち尽くしている。

「颯、ガオナクスには構うな。カノン嬢の説得を頼む」

「もちろん! 最初っからそのつもり!」

 ガオナクスは俺たちで何とかするぞ、という宗雲の声を尻目に、颯はカノンの方へ向かって駆け出した。途中立ちはだかってきたガオナクスは後ろに蹴り、宗雲たちに任せた。

「カノンさん! 遅くなってごめん! 助けに来たよ!」

 カノンの所に辿り着く前に変身を解除していた颯は、出勤時のスーツ姿でカノンに話しかけた。そこで気が抜けたのか、カノンは泣きそうな顔になって颯を見ていた。

「デザイナーになりたいって話してくれたことあったよね。もしかして、諦めそうになってた?」

 前回来たときはここが何の部屋なのか、どんな願望の顕れなのか、ピンと来ていなかった。

 今日改めてここに来て、カノンをどう説得しようか考えているときに思い出したことがあった。今は販売員だが、ファッションデザイナーになりたいと言っていたことだ。

「だって、いつまで経っても販売員のまま……。販売も楽しいときもあるけど、やっぱり服を作りたい。誰かに着てほしい」

「でもさ、本当にそれだけ?」

「え?」

「いっつもおしゃれして、可愛い格好で来てくれるよね。もしかして、その服も自分で作ったの?」

 黒を基調としたロリータ風ワンピース。ウィズダムに来るときも、大体こんなファッションだった。

 ロングツインテールに、盛りに盛って気合の入ったアイメイク。ネイルアートも毎回凝っていて、颯をイメージしたカラーのネイルを見せてくれたこともある。頭の天辺からつま先まで、ファッションに関しては一分も隙がない。

 そんなカノンだから、もしかしたらいつも着てくる服は自分で作ったものなのだろうかと想像して、服を指差して問いかけたのだった。だが、予想に反してカノンは首を横に振った。

「ううん、これはショップで買った服。颯くんに会うんだから、うんとオシャレしてかなきゃ。その方が颯くんも嬉しいでしょ?」

「そうだね。僕のことを考えながらおしゃれしてくれるの、すっごく嬉しいよ。またウィズダムにも遊びに来てほしい。だから、だからさ……みんなで一緒に元の世界に帰ろうよ」

 颯はカノンの目をじっと覗き込んで、真摯に訴えた。こうしてお願いすれば、大抵の女性は頷いてくれる。少しずるいやり方だと自覚はある。

「颯くん、でも……私には夢を叶える力なんてない。分かってるけど、諦められない。だから、ここで服を作ることにしたの。ここでなら、私の思うように服を作れるから……」

「でも、作った服はどうするの? さっき、誰かに着てほしいって言ってたよね」

「それは……」

「だったら、この世界に閉じこもってちゃダメだよ! 作っても誰にも着てもらえないなんて……。ただ飾るために服を作るんじゃないんでしょ?」

「……だけど……だけど!」

 カノンの叫びに呼応する形で、再びガオナクスが二体現れた。驚いてカノンの側から飛び退くと、更にもう一体現れた。

 もう一押しだった気がする。何を間違えた? 服を作る理由は? どうしてカオストーンに魅入られたのか? 本当にやりたいことは何?

 ウィズダムでカノンの接客をしているとき、いつだったかカノンの全身コーデについて褒めちぎったことがあった。髪型もメイクも服装も、足下まで完璧だね! と。そのとき、カノンはこう返していた。

「きれいに着飾らなきゃ、誰も私に気づかない……」

 あの時と同じ寂しそうな呟きが、ガオナクスの向こうから聞こえた。

 ああ、そうだ。この人は自分に自信がないんだ。だから着飾って、自己肯定力を高めているんだった。

 それ自体は何も悪くない。やはり、今までの説得が間違っていた。単に外に出るように促すだけでは届かない。

「カノンさん、大丈夫だよ。自信を持って羽ばたくんだ!」

 ガオナクスを倒すべく、颯は再び変身した。カノンのネガティブな感情に反応しているのなら、出なくなるまで倒し続ける。出来る出来ないではなく、そうしなければならない。際限なく生えてくる不安の芽を、全部摘み取ってやるのだ。

 大丈夫! 僕はもう迷わない!

 さっき、ルーイの前で宣言したばかりだ。この力で記憶も真実も、全てを手に入れると。

 ガオナクス程度の相手は慣れたもので、必殺技を使わずとも倒すことが出来る。次々現れるガオナクスを相手にし続け、段々と違和感を覚えた。新たに出てくる敵が、少しずつ弱体化している気がすることだ。

 何体も相手にすると疲労が溜まる。攻撃にキレがなくなってきたと自覚していたのに、そのキレのない攻撃でも倒せてしまう。どういうことかと首を捻っていると、とうとうガオナクスではなく、ガオナが現れるようになった。

 もしかして、カノンさんの心に変化があった? カノンの方を見ると、ガオナと戦う颯をじっと見て佇んでいる。感情の読めない顔ではあるが、少なくとも悲しそうには見えない。

 颯がにこっとカノンに対して微笑んでみせると、カノンの目がわずかに大きくなった。と同時に、颯の周りにいたガオナも消え去った。カノンの心から、一時的でも不安が全部消えてなくなったことを象徴するかのように。

 颯が変身を解いてカノンに近づき、語りかけた。

「着飾った君は素敵だけれど、素顔の君もとっても素敵な女の子だよ。今度は他所行きの格好じゃなくて、普段通りの君を見せて。僕だけは君を見逃さない自信がある」

「でも……普段通りの格好でウィズダムになんて」

「自信が持てないのは、可愛くないと見向きもされないから、でしょ? そして、そんな世の中が許せないんだね。カノンさんの本当にやりたいこと、現実の世界で叶えようよ。だから、みんなで一緒に帰ろう!」

 カノンに手を差し出し、今度は真摯かつ力強く、現実へ帰ることを促した。カノンは若干躊躇った後、おそるおそるといった様子で颯の手に自らの手を添えた。

「……そうだよね、この世界に1人で逃げ込んでもしょうがないよね。ありがとう、颯くん。探しに来てくれて……」

「うん……さあ、帰ろう」

 いつか救ってほしい。君と同じ悩みを持つ女の子を。

 簡単に叶う夢ではない。でも、いつかきっと叶えるだろう。カノンは晴々とした表情で颯を見ていた。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 颯がカオスワールドに向かっていた頃、フウガは次の一手を考えていた。

 カオストーンを持つ女――カノンのことをカオスイズムの戦闘員に話したら、なぜかボロボロになっていた。報酬を払いたくないあまりに、自分で奪い取ろうとしたのだろう。チッと忌々しそうに舌打ちをした。

 だが、まあいい。調査を頼んでいたランス天堂とやらから、報告したいことがあると連絡が来た。この結果次第で次の手を考えよう。

 それにしても妙だと思った。なぜ、商業地区のオフィスビル街に呼び出されたのか。このビルのどこかに音無カノンがいるのか? 思考を巡らせていると、後ろから「やあ」と呼びかけられた。

「よく来てくれたね、フウガ。僕のこと、覚えているかな?」

「調査員のランス天堂さん、ですね? もちろん覚えてますよ。調査結果を聞かせてくれるんですよね。どうでした? やっぱり、カノンがおかしくなったのはあの石のせいだったんですか?」

 平静さを装うつもりだったのに、失敗した。早口で捲し立てるように喋るなんて、焦っていることが見え見えじゃないか。いや、心配のあまり焦っていることにすればいいか……。

 フウガがそのような思考を巡らせていることを知ってか知らずか、ランスは腕組みをして挑戦的な笑顔を見せて、こう宣言した。

「実は、君のことを少し調べさせてもらったんだ。フウガ……いや、[[rb:風間雅貴 > かざままさたか]]」

「は?」

 調べさせてもらったとは、どういうことだ? なぜ調べられなければならない? どこで本名を知った? 予想外の展開に、フウガは反論するどころか声を発することも出来なかった。

「まさかカオスイズム戦闘員の中に知り合いがいるとはね。その戦闘員がこのオフィスビル街で、ある女性に襲いかかろうとしていた。その女性とは、誰だと思う?」

「……! 音無カノン⁉︎」

「残念、ハズレだ。僕も戦闘員も、その女性を音無カノンだと思い込んで後を追っていたんだ。けど、全く同じ顔の別人だった」

 話が見えない。同じ顔なのに別人とは、どういうことなのか。あまりにもよく似ている他人の空似? 欲に塗れた思考回路では、少し考えれば分かりそうなことも分からない。

「音無カノンは双子なんだ。ここで襲われたのは、カノンさんの双子の姉だったんだ」

「双子⁉︎ なら、カオストーンは……」

「やっぱり。カノンさんが拾った石がカオストーンだと知っていたんだね。僕にカオストーンを回収させて、更に僕から奪おうとしたんだな」

 ランスの思惑どおりだった。少しずつこちらの手札を出して、ボロを出させた。

「まったく、双子だということすら知らなかったなんて。カノンさんとは付き合ってるっていう設定だったんだろう? 嘘を吐くなら、吐き通せるように相手のことを調べ上げる必要があったのに。詰めが甘いね」

「……ああ、そうだ。あんたの言う通りだ。けど、それがどうした? 俺は女を襲えとは言ってないし、何もしてない。あんたに恨みを買われるようなこともしてないと思うんだが」

 そう。フウガはカオスイズムと繋がりがあると言っても、実際に悪どいことは何もしていない。女性が襲われたのも戦闘員の独断であり、フウガが頼んだことでもない。

「次はどうしようか、策を練っているんだろう? 悪いけど、カオストーンは諦めてもらうよ。まだ何もしていない相手に武力行使は出来ないけど……」

「あっ、いた! おーい、ランスー!」

 ぶんぶんと手を振りながら走ってきたのは、仮面ライダー屋の伊織陽真。その後ろには蒲生慈玄もいる。

「あれっ? この人は依頼人の……? ここで何してたんだ?」

 ランスと一緒にいるのがカノン捜索を依頼してきた人物と分かると、陽真は不思議そうに首を傾げた。

 慈玄は何やら穏やかじゃない空気を感じ取ったのか、胸の前で腕組みをしつつ周囲を警戒しているようだった。

「仮面ライダー屋にも依頼していたんだってね。実は、彼らとは知り合いなんだ」

 ランスがフウガに語りかけると、フウガの顔色が変わった。ランスと仮面ライダー屋に繋がりがあるなんて、フウガにとって想定外だ。

「君の本性を知らないまま、人探しを続けさせるのも可哀想かと思ってね。急だけど呼び寄せたんだ」

 それも仮面ライダー屋を呼び出した理由のうちではあるが、一対一では逃げられるかもしれないと思って数に頼ることにしたのだ。

 ランスは、自分の外見が他人から見くびられやすいことをよく理解している。年齢が若いこともあるが、身長の低さと顔立ちのせいで弱そうに思われることが多いのだった。

 仮面ライダー屋の面々も外見的にはランスとそう変わらないが、三対一なら逃げられたとしても捕まえられるだろう。

「本性って?」

「フウガは僕たちを利用していたに過ぎない。実際にカノンさんは行方不明だが、捜索依頼を出したのはカノンさんを心配してでのことではないんだ。カノンさんを僕たちに探させて、カオストーンを奪って戦闘員に売りつけるつもりだったんだ」

「はあ⁉︎」

「何だと……⁉︎ まさかこの男、カオスイズムの関係者か⁉︎」

 フウガとカノンの関係性が分からなくなったのは、カオスイズムに襲われたマリアを助けたとき。マリアが気絶している間、3人はそれぞれが受けた依頼について話していた。不自然な点がいくつかあり、フウガは善良な依頼人ではなさそうだという不信感を抱くようになった。

「彼はカオスイズムじゃない。一般人だ。繋がりがあると言っても、すぐに切れるほど細いもので、僕たちにとっては脅威にすらならない」

「黙って聞いてればペラペラと……。カオストーンとカオスイズムのことまで知っているとは何者なんだ、お前らは!」

「詳しくは言えないけど、カオスイズムとは天敵同士の関係さ。で、どうする? 僕達は強いよ。諦めてくれると助かるんだけど」

 ランスが拳を突き出した姿勢をとった。変身前に見せる攻撃の意思表示とも言えるポーズだ。陽真と慈玄も、ランスに倣って同じように構えた。

「それに、僕が痛めつけた戦闘員。ヤツは君の名前を出して上に報告をするだろうね。そうしたら、どうなると思う?」

「それは……」

「ここで諦めた方が身のためだよ」

 フウガは、実際には何もしていない。ここで3人から痛めつけられたら、暴力沙汰に巻き込まれたと警察に訴えればいいと考えていた。

 しかし、ランスはフウガを痛めつけるつもりなど、全くなかった。攻撃の意思を見せたのは、単なる脅し。ここで諦めなかったら最終的にはどうなるのか、それを想像させて諦めさせるのが目的だった。

 カオストーンを諦めずに手に入れでもしたら、カオスイズムから報復を受けた上、カオストーンも奪われる。

 ここで諦めてカオストーンが別人の手に渡れば、カオスイズムはフウガのことなど眼中にもなくなる。

 フウガはガクッと崩れ落ちるように地面に手と膝をつき、無言のまま唇を噛み締めていた。怒りなのか悔しさなのか、両手がブルブル震えている。

「クソッ! お前らに頼まなければ……」

「それは違うな。そもそも悪巧みなんてしないことだ」

 悪態を吐くフウガに、慈玄が正論を返した。カオスイズムにカオストーンを売りつけようなどと考えなければ、こんなことにはならなかった。自業自得だ。

「ああ、そうだ。一応調査はしたんだから、ちゃんと料金を振り込んでおいてくれるかな。悪事以外には手を貸すから、また何かあったら連絡してくれて構わないよ」

「うちもうちも! 犯罪以外の人助けは大歓迎なんで!」

「おい、伊織……」

 何だこいつらは。フウガの率直な感想だった。

 料金はちゃんと振り込むし、申し出はありがたいが、二度と依頼することはないだろう。カオストーンもカオスイズムも、関わりを持つものじゃない。その天敵だというこの3人も。

 フウガはその旨を伝えて、逃げるように立ち去った。

「ふう、よかった。急に呼び出してすまなかったね。そういうわけだから、カノンさんはもう探さなくても大丈夫だ」

「だが、未だに行方不明なんじゃないのか?」

「そうだよな。マリアさんが行方不明は本当だって言ってたし……」

「カノンさんは颯の客だ。ウィズダムシンクスもカノンさんがカオスワールドを開いたことを把握して、救助に向かったらしい。後は任せておけば大丈夫さ」

 ライダーフォンに何か着信がないか確認したところ、数分前にルーイからメッセージが届いていた。ウィズダムシンクスがカオスワールドに向かったと。

 颯も変身出来るようになったと書いてある。きっと颯がカノンさんを助けてくれる。ランスはそう確信していた。

「さて、2人とも。この後の予定がなければ、仮面カフェに行かないかい? 今回の件について知っていることを、お互いに語り合いたいたな」

 点と点が結ばれて1本の線になる。そんな予感がする。知的好奇心をくすぐられて、ランスの目が爛々と輝いていた。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

「ただいまっ……! ノアさん、ルーイは⁉︎」

 やや乱暴に仮面カフェの玄関を開けて入ってきたのは、先程仮面カフェから飛び出して行った颯。急いで戻ってきたのか、肩で息をしている。

「おかえり、颯さん。もう戻ってきたのか。VIPルームでランス達と事件の真相について話し合ってるよ」

「え? 何それ?」

「さっきランスと伊織と蒲生が来て、VIPルームを使いたいと。ルーイさんが怪我して休んでると言ったら、逆に好奇心を刺激しちゃったみたいで。強引にVIPルームに入って4人で話し合いってわけ。とにかく、早く行ってやりなよ」

「ありがと、ノアさん!」

 店内を走るわけにもいかない。早歩きでVIPルーム前まで向かった後、雪崩れ込むようにドアを開けてルーイの姿を探した。

「ルーイッ……! 大丈夫⁉︎」

 ルーイはVIPルームの奥で、ぼんやりとした面持ちでソファーに腰掛けていた。あまり元気がないように見える。見た目では酷い怪我をしているようには見えないが、見た目より痛がっているのだろうか。

 と思ったのも束の間、ルーイは眠そうに欠伸をしていた。ぼんやりしていたのは眠気のせいのようだ。

「……もう終わったのか」

「うん、カノンさんは無事だよ。送ろうとしたけど、大丈夫だって断られちゃった。宗雲たちはウィズダムに戻ったし、一件落着! ってところかな」

「とりあえず、みんな無事みたいで良かった!」

「大変な目に遭っていたみたいだな」

 颯の報告に陽真が颯に向かって笑顔で手を振り、慈玄は颯を労った。2人ともランスから颯の事情を少しだけ聞かされて、さっき知ったところだった。

「そういえば、何で陽真と慈玄もいるの?」

「僕と仮面ライダー屋は、同じ人物から同じ依頼を受けていたんだよ。役者は揃ったようだし、これで事件の真相が明らかになるね」

「おい、俺は関係ねーだろ。よそでやれ」

「いいじゃないか。気になるだろう?」

 ランスはチラッと颯の方を見てから、またルーイの方を見た。両者の間に言葉はなかったが、意思の疎通は出来たらしい。チッと舌打ちが一つ聞こえた。それを了承ととって、ランスが語り始めた。

「まず、カノンさんがキレイな石を拾ったところから始まる。その石を拾ってから段々様子がおかしくなっていったことを、フウガは知人を通して知った。そしてその石がカオストーンだと知り、カオスイズムに売りつけるために奪い取ろうと考えた」

 だが、自分の手は汚したくない。そこでランスと仮面ライダー屋に頼んで、カオストーンの回収を計った。

 依頼する際に提供したのは、カノンの顔写真と、キレイな石を拾ってから様子がおかしいということだけ。目撃情報や彼女の生活圏をしつこく質問したことで、捜索対象エリアを商業地区に絞ることが出来た。

「フウガが僕達に依頼するより前に、カオスワールドへの扉は開かれていたんだと思う。そこで変身出来なくなったんだね?」

 急に水を向けられて颯は驚いたが、うんと頷いて肯定した。

「カノンさんから電話が来たんだ。キレイな石を見てたら、素敵な世界に来たって。絶対カオストーンだし、楽しそうな声だったし、ヤバいかもって思って皇紀さんと一緒に行ったんだ」

 一緒に行ったというより、無理やり連れて行ったんだろうな。その場にいる誰もが、そのような光景を想像していた。

 カノンを連れて帰るつもりでいたが、颯のベルトが爆発して負傷したことにより、撤退せざるを得なくなった。ライズの出力を上げ過ぎたからベルトが爆発したのかと想像していたが、原因は未だ不明のままだ。

 そして、皇紀は颯を仮面カフェへ運び込み、手当を要請。宗雲と浄も集まり、颯が怪我をしたことと変身出来ないことが明るみになった。

「じゃー、3人がカノンさん探しを始めたのは僕が怪我をした翌日からなんだね」

「えっ⁉︎ 颯さん、そんな大怪我した翌日に散歩なんかしてたんですか⁉︎」

「だって、じっとしてられなくてさ〜」

 陽真が颯を商業地区で見かけて声をかけたとき、服装と歩き方も普段と変わらず、とても怪我をしているようには見えなかった。

 陽真と颯は話もそこそこに別れて、陽真は捜索を続けて颯はカフェストリート方面へ向かった。陽真の方は、颯から写真の人物についての連絡が入るまで収穫がなかったらしい。

 颯はカフェで調査員の仕事中のランスと出会い、面白そうだからしばらくランスとともに過ごすことにした。

「颯の様子がいつもと違うような気はしていたけど、まさか変身出来なくなっていたとはね。それなら、あの質問や落ち込みようも納得がいく」

「あの質問?」

「しばらく変身出来ないって言われたらどうする? ってやつさ」

「あー、そんな話もしたっけ」

 再び変身出来るようになった今では、遠い過去の出来事のような気がしていた。

 ランスとは少し込み入った話もしつつ、ターゲットの女性が席を立ったところで後を追いかけた。この女性が陽真が探しているという女性と同じ顔だと気づいた颯が、現在地のスクリーンショットを添えて陽真に連絡を入れた。

 仮面ライダー屋は行方不明なので探してほしいと依頼され、ランスはキレイな石を拾って以来様子がおかしいから、出来れば石を取り上げてくれと依頼された。同じ人物に対する依頼のはずなのに、少し違う内容だった。

「本当に行方不明になってるってことは知らなかったんだよな? 何で俺たちには行方不明だから探してほしいなんて頼んだんだろう?」

「自分の代わりに探させようとしたんだろ。俺たちの人助け精神を利用しやがったんだ」

「そして僕にカオストーンを奪わせるつもりだったってことか」

 そしてオフィスビル出入り口付近にて、女性がカオスイズム戦闘員に襲われるという事件が起こった。ランスが変身して助けに入ったが、颯は変身せずに煙とともに姿を消した。

 結局ランス1人で戦闘員を退け、気を失った女性を気遣う陽真、慈玄との邂逅を果たしたというわけだ。

「あの時の煙は、浄のライズだね?」

「うん。変身出来ない僕を助けてくれたんだ」

「颯が変身出来ないんじゃないかと思ったのは、この時だ。単に助けるだけだったら、連れ去る必要はないからね」

「で、それをルーイにしっかり報告してくれたと」

 颯は目を細めて唇を尖らせ、若干不満そうな顔を見せた。ルーイには知られたくないと思っていたのに。

「余計なことだったかな?」

「ちょーっとね。まあ、結果的に助かったけど」

「それならよかった。続きを話そう」

 ここでランスが追っていた女性が、音無カノンの双子の姉、マリアだと判明した。そして、ランスと仮面ライダー屋にカノン捜索と調査を依頼したのが同一人物だとも分かった。

 依頼人のフウガはカノンと親密な仲を装っていたにも関わらず、双子だということを知らなかったように思われる。

 フウガの目的はカノンの保護ではないのかもしれない。そう思ったランスはフウガの身辺調査を行うことにし、仮面ライダー屋は引き続きカノンの捜索を行うことになった。

 ルーイがこの件を、というより颯の様子がおかしいと知ったのは、スラムデイズのアジト内でだった。ランスから話を聞かされて、面倒だったが自身のメンテナンス時期と重なっていたからと理由づけて、颯復活に一役買ったのだった。

「何でルーイがここにいるのかと思えば、そんな理由があったのか。しかもそんな怪我までして……」

 ここまで会話に参加することもなく、ルーイは革張りのソファーに座ってぼんやりしている。慈玄が一瞥しても目もくれない。

「その怪我、僕のせいなんだ。ガードしてたけど防ぎきれなくて、結構モロに食らってた。また変身出来るようになったのが嬉しくって、やり過ぎちゃった」

「へえ? 避けなかったんだね、ルーイ」

「……何だ、文句でもあんのか」

「いいや? 君のおかげで颯が立ち直って、本当によかったよ」

 その後、ほぼ同時進行でカノンをカオスワールドから救い出し、フウガにカオストーンを諦めさせた。これが今回の事の顛末だ。

「まさか、こんなに大勢の人物を巻き込んだ事件になるとはね」

「さっきまで分かんないことだらけだったけど、すっきりした! ていうか、人探しの依頼って2人じゃ難しいな。今度似たような依頼が来たら4人でやるか!」

「ああ、そうだな」

 筋道を立てた話し合いは終わり、和やかな雑談タイムが始まった。

 やっとルーイに話しかけられる。颯は席を立った。怪我をさせたルーイが心配で急いで帰ってきたのに、何も話が出来ずにモヤモヤしていたところだった。

「ルーイ! 怪我させてごめん。痛くない?」

「これくらいどうってことねーよ」

「ほんと?」

 顔にはガーゼが貼られ、すり傷の跡も見られる。恐らく服の下も、ガーゼやら包帯やらで処置されているのだろう。覇気がないのはいつものことなので、顔色で体調の判断は出来なかった。

「今度、お礼させて。後で連絡するよ」

 ルーイが別にいらねーと言うより早く、颯はスッと離れて、ひらりと片手を振った。

「じゃ、僕はもう戻るね! ばいばーい!」

「お疲れ様。ゆっくり休んで」

 一番最後に来た颯が、一番最初に出て行った。この流れで何となくお開きの流れになったので、テーブルの上に残っているドリンク類を全てそれぞれの胃の中に収めた。

 ルーイは飲み食いする気にも片付けに参加する気にもなれず、目を閉じてソファーにもたれかかっていた。

 アイツ、返事も聞かずに帰りやがって……クソッ……。何に付き合わせる気だ。

「ルーイ、僕らもアジトに帰ろう。ノアに頼んでタクシーを手配してもらうよ」

「おー……」

「……って、ルーイ? 頼むから寝ないでくれ。僕は君を担いで歩けないんだ。……」

 ランスの呼びかけも空しく、ルーイは意識を手放して眠りへ落ちていった。今日の礼として、颯に何をさせようかと考えながら。

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 一週間後――

「やっほー、ノアさん!」

 再び仮面カフェに現れた颯。怪我をして変身出来なかった期間があったとは思えない程、すっかり元気を取り戻していた。普段通りの人懐っこい笑顔を久しぶりに見たような気がして、ノアも柔和な笑顔を返した。

「いらっしゃいませ、颯さん。元気そうで何より」

「うん! 先週はありがとう! 結局メンテしなかったね」

「やあ、颯」

「ランス! 何してんの? また調査員の仕事?」

「まあね。これから向かうところなんだ」

 カウンター席に座っているランスの隣に、颯も腰掛けた。同時にカウンター越しにノアの手が伸びてきて、無料の水が振舞われた。

「ありがとうなんて、俺は何もしてないよ。ルーイさんにお礼してやったら?」

 ベルトが爆発して怪我をして運び込まれたとき、手当はしたが、それ以外には何もしていないというのがノアの見解だった。

 結局メンテナンスもせず、変身出来なくなった明確な理由は不明なままで、エージェントとしてサポート出来た面はほとんどなかったからだ。

 礼をされるべきはルーイだろうと思っての発言だった。すると颯はにっこり笑って、ピースしてみせた。

「実は、ここでルーイと待ち合わせしてるんだ! 前から気になってたカフェに連れてって、ゲーセンで遊んで、ウィズダムで夕食! 楽しみだな〜」

「そりゃいいな。仲良くなってくれてよかったよ。本っ当に素直じゃないからなー、あの人。心配してるならそう言やあいいのに」

 心配? 確かに心配をかけていたのは知っているが、ノアの前ではそんな素振りを見せていなかったはずだ。

「何でルーイが僕のこと心配してたって知ってるの?」

「何でも何も。あの人にも定期メンテさせろって連絡してたんだけど、なかなか捕まんなくてさ。で、颯さんの緊急メンテがあるって知ったら、何て言ってきたと思う? 『メンテの前に颯に会わせろ。ついでに俺のメンテやらせてやってもいいから、日程決まったら教えろ』だぜ? 有無を言わさぬこの感じ、めちゃくちゃ心配してただろ」

「そうそう。ルーイは君が思うよりもずっと心配してたよ。僕の話も、聞いていないフリをしながらずっと聞いていたからね」

 曰く、颯のメンテナンスに立ち会うように促したのはランスらしい。颯はかなり落ち込んでいて、1人にしない方がいいんじゃないかと、遠回しにメンテナンス当日に会いに行けと促したのだそうだ。

 そうして促されて、実際にルーイは行動を起こした。間抜け面を拝みに来たという言葉を額面通りに受け取ってしまったが、すごく心配させていたというのは後に分かった。

 気にかけてくれるのは嬉しい。そしてそれが周囲の人に知られているのは、嬉しいに加えて照れ臭く思った。

 ノアとランスの視線が急に恥ずかしくなり、颯はグラスの水を飲み干した。ルーイ、まだ来ないのかな。

「何時に待ち合わせてるんだ? まだ時間あるなら何か飲むか?」

 席に座っている以上、何か頼むべきではあるが、この後カフェに行く予定がある。どうしようかと迷っていたとき、カランカランと軽快なドアベルが店内に鳴り響いた。

「おっ、いらっしゃいませー。ルーイさん」

「ルーイ! よかったー。待ってたよ!」

 無言で店内に入ってきたのはルーイだった。待ち人来たりて。これで何も注文せずに出かけられる。

「ねえねえ! さっきノアさんとランスから聞いたんだけどさ。メンテの前に僕に会いたいって、ルーイの方から言ってくれたの!?」

「は?」

「間抜け面なんて言われてムカついたけど、照れ隠しだったんだね。へへ、すっごい嬉しいよ!」

 興奮冷めやらぬ様子で語りかける颯に、後ろでニヤニヤと見守るノアとランス。状況を把握したルーイが後ろの2人を睨むと、さっと明後日の方向を向かれた。

「テメーら、マジで余計なことしか言わねーな」

「いいじゃないか。『間抜け面』の誤解が解けたんだろう?」

「そーそー。感謝しろよ」

 ルーイに睨まれても、ノアもランスも平然としている。ランスは同居しているし、ノアは口喧嘩で負けたことがないし、慣れているだけのことはある。分が悪いと判断したルーイはチッと舌打ちして踵を返した。

「とっとと行くぞ」

「あっ、うん! じゃあね、ノアさん! ランス!」

 店から出て行ったルーイを、颯は慌てて追いかけた。店内には再び静けさが戻り、くすりと笑うランスの笑い声がよく響いた。

「まるでニワトリとヒヨコのようだね」

「そうだな」

 ルーイを追いかける颯の後ろ姿は、羽を羽ばたかせて親を追いかけるヒヨコそのものだった。

 ノアとランスはしばらくの間、ルーイが颯には過保護過ぎるといった話題に花を咲かせた。いつか、あの2人が仲良くなったきっかけを聞かせてほしいものだと、期待を寄せながら。

 

 

「ルーイってば、待ってよー」

 普段より歩く速度が速い気がする。なかなか追いつけないでいた。

 ずっと心配してくれてたんだねなんて、あの2人の前でする話じゃなかったのかな。ここまで機嫌を損ねてしまうとは思わず、颯は反省した。

「何か言ってよー。何でそんなに怒ってんの?」

「怒ってねーよ」

「えー? じゃあ、こっち向いてよ」

 ルーイは顔を半分だけ後ろに向けた。眉間に皺を寄せて目が吊り上がっていて、不機嫌そうな顔が見えた。が、耳がほんのり赤くなっている。

 怒っているというか、恥ずかしがっていたのか。その顔を見て理解した颯も、つられて恥ずかしくなってきた。誤魔化すように歩き出して、ルーイを追い越した。

「カフェもゲーセンもウィズダムも、ぜーんぶ僕の奢りだから! 気にしないで!」

「当然だろ。覚悟しとけよ」

「そう言われると、ちょっと怖い……」

 ルーイが追いつくのを待って、颯は語り出した。

「本当にありがとう。ルーイにはいつも助けられてばっかりだね」

「そーかもな」

「ルーイが怪我したとか、変身出来なくなったとか、何かあったら絶対助けに行くからね!」

 年下で、ライダーとしての経験値も雲泥の差がある。まだ一度もルーイを助けたことがないと気づいた。頼ってほしいし、頼られる存在になりたい。もう子どもじゃないのだから。

「そーかよ」

「あっ、全然期待してないし信じてない! ほんとだよ! 本当に行くから!」

 怪我も変身出来なくなる予定もないというのに、何をムキになっているんだか。何だか可笑しく思ってしまった。

 体は大きくなっても、颯はルーイにとって手のかかる子どものような存在だった。語弊があるかもしれないが、他に表現しようがない。

 その子どものような存在に助けられるほど落ちぶれちゃいねー……と言い返そうかと思ったが、颯があまりに真剣な目をするものだから、茶化すのはやめようと思った。

「……約束するんなら、ちゃんと助けに来いよ」

「もちろん! ゆびきり、する?」

 白い歯を見せて、颯は満開の笑顔を咲かせた。その笑顔に応えるように、ルーイも珍しく白い歯を見せて笑った。

 後は掲げた小指に指が絡まるのを待つだけだ。




pixiv2025.4月投稿企画「YourWings」に応募するつもりだったが、途中筆が進まなくなって応募出来なかった。モブ設定も話の流れも大真面目に考えた。ランス、陽真、慈玄の出番が増えるも、やっぱりルーイと颯の話。長い。
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