八崩賢 極致のシーア 作:蟲の月
「居たぞ! こっちだ!」
「絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」
「殺せ!」
強い焦燥を剥き出しにしながら、さまざまな武器を携えた男たちが、朝露に濡れた森の中を駆けて行く。
ガチャガチャと金属同士が擦れる音が、誰も居ない森の中に虚しく響き渡っていた。
必死の形相で何かを追いかける彼らから放たれた強い台詞とは裏腹に、怒りや憎しみと言ったドス黒い感情は全くと言って良いほど感じられない。
ならば、一体何が彼等をそこまで駆り立てるのか?
『焦燥』『恐怖』『嫌悪』
これらの感情が彼らの中に渦巻いていた。
奴に逃げられる前に決着をつけなければならない。
逃したら最後、復讐されるかもしれない。
大切な家族が、親が、子が、恋人が、親友が。
このクソッたれに殺されてしまうかもしれない。
ソレを想像しただけで背筋が凍る。
脳裏を過ぎった光景を現実にしないために、彼らはひたすら走るのだ。
「待て! 待てよこのクソ"魔族"がっ!」
「はあっ、はあっ……ぐっ、ゲホッゲホッ!」
大の大人が徒党を組んで武器を向け、必死の形相で子供を執拗に追い回している。
この光景を側から見るのなら、幼い子供を複数人で寄ってたかって虐める、卑劣でクズな大人の図にしか見えない。
しかし、これを見た全ての人間が、この行いを是とするだろう。少なくとも、誰もが両手を挙げて拍手喝采することは間違いない。
幼い子供を捕まえて、引き裂いて、その体を磔にしても誰も文句など言わない。むしろ嬉々として石を投げつけ罵声を浴びせるはずだ。
だって、こいつは人間じゃないのだから。
"魔族"
その起源は魔物が人を誘き殺すために「助けて」と鳴いたのが始まりだった。奴らは獣のような見た目から、次第に人間に似通った姿へと進化していき、人間を欺くためだけに言葉を操るようになった。
人間の皮を被ったバケモノ。それが魔族だ。
奴らの話すことに意味なんてない。
奴らの為す行動には害しかない。
奴らにとっての言葉など、人を欺き殺すための手段でしかない。そしてそれが『言語』である以上、無知な人間は理解を示してしまうこともある。
そしてそんな人間を奴らは一切の容赦なく殺すのだろう。
ただ殺す為に殺すのだ。
そんなこと、あってはならない。
魔族に関わっても悲劇しか生まれない。
いつかどこかで起こる惨劇を防ぐために、今ここでこの魔族を殺すのだ。
「回り込め! 川の方へ行ったぞ!」
仲間を迂回させ、挟み撃ち作戦へと切り替える。
このまま真っ直ぐ走っていても体力が持たないだけだと判断してのことだった。
逃げ続ける魔族の見た目はただの幼い子供だが、やはり人類とは根本から身体の出来が違うのだろう。
未だ走りを止める気配は見せない。それどころか数メートルはあろうかという川幅を一っ跳びで跳び越えて対岸に着地までしていた。
「あいつ川を飛び越えたぞ!」
「クソッ! 弓矢だ! 矢であいつを射抜け!」
「応ッ!」
徐々に離されつつある距離に焦りが生じ、何とか逃げられる前に仕留めようと仲間に指示を飛ばす。
指示を受けた男は素早く弓を取り出し、矢を弦に番え、逃げる魔族の頭に狙いを定める。
限界まで引き絞られた弦が、まるで大木が軋むかのように鈍く唸っていた。当たれば大怪我は免れない。最悪、即死も有り得るだろう。
だが、それがどうしたとばかりに男は笑う。
「ハハッ! 魔族が死ぬ? だから何だよ。人以下の害虫が! 呑気に人間様の領域を荒らしてんじゃねェッッ!!」
ゴキブリを逃したらどうなるか?
ーー増えるだろう、爆発的に。
害獣をそのままにしておくとどうなる?
ーー自分たちの領域が荒らされる。
ならば、生まれながらの人類の敵対者は?
ーー殺す。慈悲はない。
害虫を野放しにしておく理由などない。
そんな簡単なこと、子供ですら理解出来る。
だからこそ駆除するのだ。
こいつらを野放しになんてさせてはいけない。
見つけたら殺せ。
抵抗してきたら殺せ。
何もせずとも殺せ。
問答無用で殺せ。
とにかく、殺せ。
人を欺く人間の天敵。
人に擬態するだけの怪物。
魔族は殺されて当然の存在だと、彼等は信じて疑わない。
「うッ……!!?」
振り絞られた弦から放たれる隼のような矢は、逃げる魔族の肩を穿つとそのまま肉体を貫き、反対側へ突き抜けて行った。
「クソ! 狙いがズレちまった!」
「構わねえ、手負いだ! さっさと殺せ!」
矢尻が抉り込むように肉を割き、血を撒き散らしながら幼い子供を蹂躙するその有様は、彼らの心をーーーー痛めはしなかった。当然のように追撃の準備に入る男達。
刀を、槍を、弓矢を。それぞれの武器を携えて、魔族の脳天をかち割ろうと迫って行く。
「…………」
倒れ伏した魔族の顔が、乱れた髪の毛に隠れている。
その下にある口がまるで三日月のように歪んで行くことに、男たちは気付かなかった。いや、気付けなかった。
「
その呟きが聞こえたのと同時に、男達の意識は途絶えた。
◆
ーー何なのだ、これは! どうすればいいのだ!?
俺は突如としてファンタジー世界から新宿へと堕ちてきたドラゴンの如く叫んだ。
真っ暗闇の世界をふわふわと漂い続け、何かに体を引っ張られる感覚に陥り、それに抗おうと飛び起きたらいつの間にかこうなっていた。
『針金のような白い髪』
『幼い子供のように小さな体躯』
『少しだけ尖った耳』
『前頭部から後ろに向かって伸びる二本の角』
目が覚めたら、俺は"魔族"になっていた。
俺はこの生き物を知っている。
この種族の生態を嫌というほど見せられてきた。
"魔族"
魔族とは『葬送のフリーレン』というファンタジー漫画に登場する種族の内の一つだ。
この世界には魔族以外にも、人間やエルフ、ドワーフなどの多種多様な種族が登場しているが、どうやら俺はその魔族として転生してしまったらしい。
「何で俺がこの世界に?」とか「漫画の世界って本当に実際したんだ!」などの疑問は尽きないが、今はそんな事置いておく。
だって、そんな事よりもっと深刻な問題があるから。
ーーそう、ここは弱肉強食の世界なのだ。
別の言い方をするなら、修羅の蔓延る世界とも言える。
この修羅の蔓延る世界とは、比喩でも誇張でも全くない。
本当に文字通りのイかれた意味なのである。終わった!
俺が絶望した理由は、これから話す内容を聞けばきっとすぐに分かるはずだ。
この世界は、魔王を筆頭とした魔王軍と人類が、血で血を洗うような凄惨な戦いをそこら中で繰り広げている。
そしてその魔王が死んでも、魔王軍の残党が人類と殺し合いをしているのだ。
人類と魔族はどこまで行っても相容れないということがよく分かる。うーん、アンドロイドと機械生命体かな?
さらにこの世界では、人間の村落が滅ぼされることなんて日常茶飯事なのだ。毎日どこかしらで人間が殺されている。
か弱い人間たちは自らの死に方すら碌に選べない。
具体的に言うと、黄金に変化させられたり、魔法の実験台にされたり、挙げ句の果てには互いに殺し合いをさせられたりしているのだ。やっぱりイカれてやがるなこの世界。
魔族も魔族で個人主義なため、自らにメリットがないと悟ればさっさと戦いを降りたり、目的のためなら同胞を殺したりも平気でする。
そもそも彼らに仲間意識など欠片もないのだ。
弱い者が強い者に従っているに過ぎない。
話を戻すが、この世界の魔族とは簡単に言えば人を欺き殺すためだけに魔物から進化した言葉の通じないケモノだ。
言葉を交わすことは出来る。
でも、彼らがソレを本当の意味で理解することはない。
人間が相手を殺す為に武器を使うように、彼らにとっての言葉とは人類を欺き殺す為の武器に過ぎないのだ。
人類と魔族の認識の違いだろう。
だが、そのたった一つの違いが、両者の溝を何よりも深く広いものにしてしまった。
『だって、殺せなくなるでしょう? まるで魔法のような素敵な言葉』
『言葉とは何だ、この剣と一体何が違う?』
曰く、言葉の通じない猛獣。
曰く、人の声真似をするだけの魔物。
曰く、正義も悪も分からない化け物。
彼らの魔族に対する評価が極めて正しい事であると理解出来る。それ以外では、魔族は人類よりも魔法に秀でているという特徴がある。
これは魔族の扱う魔法は、魔族独自の脳や精神構造に基づいているものであるため人類ではその魔法を使用することはおろか、解析することすら困難を極めるためだ。
当然何事にも例外はあるが、基本的に魔族の魔法は人類には再現することは出来ない。
それどころか魔族は人類の魔法を、人類よりも遥かに上手く扱える。
彼らは一部の物好きな魔族を除き、人類が扱う魔法に対して無知であるが、それは術式構造を理解出来ないという意味での無知ではなく、ただ単に知らないだけなのだ。
彼らがその気になれば人類の魔法なんてすぐに解析出来るし、対処するだけならば解析よりも早く成せるだろう。
人類と魔族の間には、それだけ絶対的な壁がある。
そこで思い出して欲しい。俺は中身は人間、肉体は魔族として生まれ落ちたイレギュラーであるという事を。
そんな俺が、他の魔族と同じレベルの魔法を行使出来るのだろうか?
奇跡とも取れる神懸かった魔族の魔法を行使するには、魔族特有の精神構造が必要だろう。
今の俺は果たして"どちら"なのだろうか?
「………………」
まあ、今はとりあえず考えないようにしよう。
魔族には他にも様々な特徴があるが、今は置いておく。
まず間違いないのは、彼らは人類と敵対している種族だということ。
そしてそんな魔族に、俺は転生してしまったこと。
「……はあ、これからどうするかなあ」
ガワは魔族、中身は人間。
これが俺の最大にして唯一の問題とも言える。
人間に関わろうとしても俺の肉体が魔族である以上、きっと対立は避けられない。
かといって魔族に関わろうとしても、俺の中身が人間なのだからイカれた価値観が蔓延る魔族の中で上手くやっていける自身がない。
「早速詰んだか?」
そう口に出してしまうのも無理はなかった。
人間と魔族の間で葛藤するヤツなんざ、この世界の歴史を鑑みても俺一人くらいのもんだろう。
黄金郷のマハトのように、上手く人間に取り入れられれば一時的な共存くらいなら出来るかもしれない。
でも、そんなことほぼ不可能だろう。
あの時代のヴァイゼが……と言うより、グリュックが理解ある友人過ぎたのだ。よってこれは無し。
あとは、魔族側につくという選択肢しかない。
うーん。まあ、これが一番現実的かな。
俺自身が魔族である事もあって、人類と仲良しこよしでいようなんてことは無理に決まっているのだ。全く……どいつもこいつも仲が悪いんだから。
でも、正直あの個人主義の魔族たちに話しかけるのも気が引ける。だってあいつら何考えてるか分かんないし。
魔力量の大小によって力関係が決まる魔族の世界において、俺のようなクソ雑魚魔族は良いように使われて捨てられるのがオチだろう。
「…………」
前門の人類、後門の魔族。
俺はそのどちらかを選ばなければならないが、そのどちらを選んでも地獄を見ることになる。
人類と敵対は極力したくない、でも魔族に良いようにも使われたくない。
ならばやるべきことは一つだけか。
ーー力をつける。
自衛できるだけの力を身に付けよう。
この世界は弱肉強食の世界なのだ。
魔族も人類も、それだけは変わらない。
力を付けると言っても色々あるが、ジャンルを大雑把に分けるなら物理型か特殊型の二つから選ぶ事になるだろう。
魔族はそのほとんどが魔法に傾倒していると言われているが、逆に言えば物理特化の脳筋ゴリゴリマッチョマンの魔族もいるにはいるのだ。
漢ならば、拳で全てを薙ぎ倒す鬼や範馬勇次郎のようなパワータイプに魅せられた経験は何度もあるだろう。
ーー脳裏に浮かべるは、"力"を手にした数々の先人たち。
一騎当千。万夫不当。天下無双。百戦錬磨。
ソレらを表す言葉はたくさんある。
俺も、彼らのように強く在りたいと心から願う。
界王拳とか八門遁甲のように自分の身体能力を極限まで引き上げて右ストレートでぶっ飛ばす! みたいな戦法を俺もやってみたいのだ!
しかし残念なことに、脳筋型は特殊型に刺さらないのが世の常なのだ。格闘はエスパーに弱いなんて当然の常識だ。
でも、それがどうした? その程度で諦めるのか?
世の常。常識。当たり前。普通。
そんなくだらない常識や陳腐な考え方など、ロマンの前では全て無に等しい!
早撃ちの天才ガンマンに言わせれば、ロマンに欠けるね。ってやつだ。
よって俺は、パワーでゴリ押し脳筋戦法の修羅道へ突き進むことを心に決めるが、一つだけ厄介な問題がある。
ーーそう、肝心の肉体のスペックがイマイチなのだ。
だって今の俺は幼い子供くらいの体格だし、生まれたばかりということもあってか何も持っていない。角が生えていること以外は普通の人間の子供と何も変わらないのだ。
「…………」
この身のあまりの脆弱さと、置かれているあまりにも過酷すぎる環境に、思わず絶句してしまう。
こんなクソみたいな身体で、これから殴り合いをしようと考えていたことに笑いが止まらない。
こんなんじゃヤムチャさんのように返り討ちに遭ってしまうだろう。
ーーそんなことはいいから早く物理で戦ってみたい。
ーーいや、命あっての物種だ。死んだら意味がないだろう。
俺の中で、二つの主張がぶつかり合っている。
ロマンに勝る物はない。
でも、そのロマンにかまけて基礎を疎かにしてしまっては、今後苦労する時が来るだろう。
いつだって結果を出す者は、基礎を磨き続けてコツコツ努力した者なのだ。俺はロマン派だが、努力そのものを軽んじているわけではない。
魔族なのに魔力操作や簡単な魔法すら使えないやつが、力の頂点に君臨出来るはずがないのだ。
よし、決めた! 優先順位変更だ!
まずは魔法を優先して覚えなければ、この先の過酷な環境を生き残ることは出来ないだろう。
ここは修羅の蔓延る悪魔の地。
弱肉強食の原始的な食物連鎖が支配する、まさに力こそが正義の世界なのだから。
パワーでゴリ押し脳筋修羅戦法は泣く泣く先送りにするのだった。いつか絶対モノにしてやるからな!
「とりあえず、どんな魔法を習得しようかな?」
先行きが分からない段階で、本来なら不安になってもおかしくないこの状況なのに既にワクワクしている自分がいた。
このワクワクが前世(?)の自分の影響による物なのか、はたまた魔法に対して真摯な特徴を持つ魔族の特性故なのか。
それが一体どちらによる物なのかは分からなかった。
でも、この高揚感を味わえるのならどちらでも良い。
そう心の底から感じてしまうほどには、今の境遇を楽しんでいた。
その高揚感に身を任せ、とりあえず何か出してみようと思い、掌に力を集中させてみることにする。
ぐぐぐっ! なんか出ろなんか出ろなんか出ろー!
そう強く念じてみるが、体がプルプルと震えるだけで何も起こらない。
「…………」
そもそもの話、魔法を使うには魔力が必要不可欠だろう。
俺はその魔力を感じた事すらないのだ。
それでは魔法を使う使わない以前の話だろう。
しかし、中身人間の俺としては魔力とやらが一体どんな力なのか想像しかねる。想像しかねると言うことは、その魔力を感じる術も分からないという訳で。
うーむ、坐禅でも組んでみるか?
こういう時は大抵瞑想していれば自分の中の内なる力に気付くのだ。はっ! こ、これが魔力パゥワー……! 的な?
形から入るって意外と重要だし、やってみる価値はあるかもしれない。
物は試しと、坐禅を組み精神を統一させ己の中へ意識を飛ばしてみる。
肉体の深奥へ意識を沈めていると、漠然とした力の塊としか形容出来ない"ソレ"が、体の奥底に揺蕩っているのが感じ取れた。
ーー暖かい。
この力が、魔力なのだろうか?
この全てを包み込んでくれる母なる海のような、抱擁感に満ち満ちた力。
その暖かさに触れて、神精樹から元気を見出した某サイヤ人のように思わず呟いてしまった。
魔族を魔族たらしめる幻想の力。
その力の温もりを知る。
ほんの少しだけ、この力に対して愛着を抱いてしまった。
他の魔族もこんな気持ちなんだろうか?
だから、彼らは魔法に誇りを持っているのだろうか。
魔力を見つけたことで、魔法を習得するモチベーションが激しく上昇してきた。
今ならかめはめ波でも、螺旋丸でも、ゴムゴムのピストルでも。それこそ何でも使えそうだ。
体の奥で揺らめいている魔力を、田んぼに水を引かせるようにして全身の隅々に行き渡らせる。
中々慣れない感覚で少し気持ち悪くなったが、時間が経つにつれて馴染んできたのか、今は特に何ともない。
全身に巡らせた魔力を、今度は掌の一点に集中させる。
魔力を練り合わせ、形を持たせる事で、何とか具現化させようとする。
やったことはないが、何となく出来るような気がした。
やはり肉体が魔族のソレになったことで、感覚が引っ張られているんだろうか?
知らないはずの技術なのに、手に取るように魔力を手繰ることが出来た。
掌に出来た魔力の塊を、高く宙に浮かせて一気に解き放つ。
「弾けて、混ざれ!」
気分はさながらサイヤ人の王子様だ。
俺のそんなイメージを受けた影響なのか、解放された魔力の塊はブワッ! と強い光を放つとそのまま虚空に溶けていった。
「お? お! おおおおお!!!」
おいおい一発目で成功しちまったぜ!
この肉体が魔法を得手とする魔族のものだからか?
それとも俺が天才だから?
いや、その両方か!?
初めて扱うはずの魔力の操作は、意外と難しくも何ともなかった。ふ、ふふふ。やはり天才か。
ーーアロホモーラ!
ーーヴィンガーディアムレヴィオーサ!
ーークルーシオ!
ほいほいほいほほいっ!!
初めて逆上がりが出来た小学生が何度も逆上がりを繰り返すのと同じように、俺も何度も何度も繰り返し魔法を使う。
ちなみに唱えている魔法名は適当だ。
実際にはただの魔力の塊があちこちに放たれているだけで、それらしい効果は一切発揮されていない。
ただ楽しいからやっているだけなのだ。
ーーメラゾーマ!
ーーイオナズン!
ーーアバダケダブラ!
ま、魔法超楽しい……!!
手からは炎も爆発も緑色の死ね死ねビームも飛び出さないし、実際に放たれているのはただの魔力の塊だが、それでもかつて人間だった俺にとってはこの非日常感がたまらなく楽しいのだ。
だって、前の世界ではこんな自由な事出来ないだろう?
空も飛べない。
透明人間にもなれない。
ビームも撃てない。
しがらみやルールに縛られてガッチガチの人生。
かつて出来ないと思っていたことが、この世界では全て出来るようになった。
魔法とはイメージの世界だと言う。
ならば、俺はこの世界できっと何でも出来るようになるだろう。
魔法という摩訶不思議な現象が、かつての俺にとっては夢そのものだった。
魔法は全てを成すことの出来る万能の技術だと、信じて疑わなかった。
俺の頭の中では魔法イコール万能の方程式が既に絶対のものとして君臨しているのだ。
ソレを、思う存分振るう事が出来るなんて!
ーーあぁッ! すっげー気持ち良い!
未だ興奮冷めやらぬ。
あれから何発も魔法を撃っているにも関わらず、魔力が枯渇する様子はなかった。
ふむ、意外と魔力量は多いのかな?
それともただの魔力の塊を撃ち出しているだけだから消費量が少ないのかもしれない。
無邪気に遊ぶ子供のように、そこら中の樹木を的にして魔法を撃ちまくる。
狙いは散々で命中するものもあれば、あらぬ方向へ吹っ飛んで行くものもあった。
ーーこれ、今ならビーム魔法も撃てるんじゃないか?
魔力の塊を放つ魔法こと魔弾。何だかグミ撃ちしたくなるような響きだが、そこはグッと抑えて考える。
ビーム魔法は筋肉と並ぶ男のロマンだろう。
全てを薙ぎ払う破壊の光線。
掌から一直線に放たれる暴力の権化。
それがビーム魔法なのだ。
お花の大妖怪やZ戦士たちの放つビームに憧れて、真似た経験は何度もある。
何より我らが魔族には『人を殺す魔法』があるのだ。
まあ、今あるかは分からないけど。
膝を落とし手首をくっつけて腰の脇に添え、掌に魔力を集中させる。
いわゆるかめはめ波のポーズだ。
ぶっちゃけビームが撃てれば何でも良かったのだが、やはり代表的なフォームを真似るべきだと俺の心が言っていた。
巨神兵や施しの英雄のように目や口からビームを出そうとも思ったのだが、失敗して爆発するのが怖いから辞めた。
頭部の中心で爆発したら流石に死んでしまうだろう。
ボンバーヘアになるだけじゃ済まないだろうしね。
ーー圧縮、圧縮ゥ、空気を圧縮ゥー!!
くかきけこかかきくけき云々ッッ!
俺は学園都市の第一位になったつもりで、掌に集めた魔力をコネコネしていく。
実際に圧縮しているのは空気ではなく魔力だが、細かいことはどうでも良いのだ。
しかし、一つのことにのめり込みすぎると、大体周りが見えなくなってしまうもの。そこは魔族も人間も変わらない。
昂る気持ちによって制御を失ったのか、掌に溜め込んでいた魔力が暴発する。
「うぉっとッ!?」
暴発した魔力に耐えられず、大きく仰け反ってしまう。
天を仰いだその掌から放たれる暴発した魔力の波は、山なりになって木々の向こうへと姿を消してしまった。
直後に、大きな爆発音を轟かせて……。
「……あ」
鳥たちが慌ただしく地上を離れていく。
掌に溜め込んでいた魔力の波は、思ったより大きい威力を持っているようだった。
木々の向こう側に大きな爆煙が立ち上っていくのがわかる。あ、危な……。
こ、これからは慎重に魔法を使おう。
周りに甚大な被害を及ぼすのは俺の望むところじゃない。
さて、切り替えて行こう!
最後に成功さえすれば失敗は何度やってもいいのだ。
偉大なる先人たちもそう言っていた。
さて、ある程度魔力の扱い方も分かってきたところで、早速当初の目的を果たすことにしよう。
ーーそう、脳筋ゴリゴリマッチョマン戦法だ。
最初は俺の肉体があまりにも貧弱過ぎたため、この理想の戦い方を泣く泣く諦めるしかなかった。
だが、実はこのままでも戦えるであろう"方法"を思い付いてしまったのだ。ふふ、やはり天才か。
ーー身体能力をゴリゴリ上げる魔法。
そうだ。肉体が脆弱なら、強化に強化を重ねてバフを盛りまくればいい。
今は幼い子供くらいの体格しかないが、それでも身体能力を高めることが出来れば多少殴り合うことは出来るだろう。
俺の肉体については、今後の成長次第と言ったところだ。
作中では魔族の成長について語られることはなかったが、80年前の勇者一行時代のリーニエがとても幼かったのに対して、フェルンやシュタルクの時代には少女と呼べるくらいには大きくなっていることから、少なくとも魔族も人間と同じで肉体は成長することが出来る……はず。
つまり、俺はまだまだ大きくなれる可能性があるのだ。いや、大きくなる。なって貰わないと困る。
よって今為すべきことは、己の肉体の性能を極限まで引き上げる魔法の開発だ。
『界王拳』
『波紋』
『八門遁甲』
『みんなムキムキ』
他にも肉体を強化する技は色々あるが、大体に共通するのが己の中のリミッターを外すという点だ。
制限されている本来の力を解き放ち、通常時とは比べ物にならない程の力を発揮出来る。簡単に要約するとこういうことになる。
他には身体中に魔力を回すことで身体能力を上昇させるというのもあるが、一番取っ付きやすいのはこれだろうか? 魔力を回すだけなら今の俺でも出来るし。
試しに俺の身体に魔力を循環させて、飛び跳ねたり走り回ったりと色々やってみると、確かに五感や身体能力が強化されていることに気付いた。
遠くの風景まで見え、森の向こうにいる鳥のさえずりまでも鮮明に聞こえてくる。なんか酔うなこれ。ちょっとまだ気持ち悪い。
意外とすぐに身体能力を引き上げる魔法は完成してしまったが、まだまだ粗の目立つお粗末な魔法だ。
魔法というより、ただ身体中に魔力を巡らせて能力を強化しているだけなんだけど。
こんなの魔法とすら呼べない。
「ふーむ、まだまだ改良の余地はあるな」
なんて考え込んでいると、魔力を潤沢に供給され研ぎ澄まされていた俺の聴覚が、人の会話する音をキャッチした。
人と人が話す会話に違いはないが、その声色に僅かばかりの緊張と恐怖が含まれていることに気付く。
何だ? 狩りでもやってるのか?
怯えの混じったその人間の気配は、徐々に俺のいる場所に近付いてくる。
そして、そこでもう一つ気が付いた事があった。
どうやら人間達は五、六人はいるらしい。
まあ、そりゃそうか。
もし一人しかいないなら、そいつは独り言しまくってる危ない奴ってことになるし。
ガシャン、ガシャン。と、金属と金属の擦れる音も絶えず鳴っていることから、武器を持っていることも分かる。
やはり狩りをしている説が濃厚になってきたな。
人間たちの目的が分かり気を抜いた瞬間、俺の足元に矢が凄まじい勢いで突き刺さった。
「…………!??」
同時に、堰を切ったように武装した人間たちが草陰から飛び出してきた。
みんな恐怖と怯えで引き攣った顔をしながらも果敢に俺に向かってくる。
「いたぞ! コイツだ!」
「これ以上村に被害が及ぶ前に殺せ!」
「村にいきなり魔法を放つなんて、やはり魔族は低俗で卑劣で殺すべき存在だ」
「よくも俺の家族を……!」
斧、刀、槍、弓矢、その他諸々。
それぞれの得物を構えて、俺の首を掻っ切ろうと刃を振り抜いてくる。
ーーえ、え? 何で?
あれよあれよと言う間に悪化する状況を目の当たりにして、俺は逃げの一手を打つことしか出来なかった。
な、なんで……。