八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

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10/くるえる、くるえる

 

 

 酷く耳障りな声が聞こえる。

 私の悲劇を作り上げた種族の鳴き声。

 人の鳴き真似をするだけの薄汚い害虫の声。

 

 

「助けて下さい……病気のお母さんがいるんです」

「黙れ」

 

 

 手に持った杖に魔力を集中させ、一気に解き放つ。

 眩い光を伴ったその攻撃は、魔族の心臓を綺麗な円状に抉り取るとそのまま虚空へと溶けていった。

 口から血を流しながら、ぼんやりと虚を見続けている死に体の魔族へフリーレンは問いを投げかける。

 

 

「お前、私と同じくらいの背丈の白い魔族を知ってる?」

「お母さん……お母さん……」

「もういい」

 

 

 杖を振り抜き魔力を放つ。

 これ以上この魔族に時間を費やしても望む答えなど返ってこないだろうし、そもそも魔族などという害虫と言葉を交わす行為自体が嫌いだった。

 コイツらは口を開けばすぐ「お母さん」「ごめんなさい」「もうしません」と鳴き始め、何も知らない人間の同情を引き出そうとするのだ。

 沸々とフリーレンの中にドス黒い感情が沸き出してくる。

 生存に必要でないにも関わらず人類を害し、その為に言葉を操り、人型まで手に入れたこの魔族という種族が、フリーレンは憎くて憎くて仕方がなかった。

 

 

「どうしてお前たちはこの世に存在しているの?」

 

 

 誰も居なくなった空間の中でフリーレンは呟いた。

 当然、答えなど返ってくる筈もない。

 フリーレンも返答など期待していない。ただ、自らの内に絶えず生まれてくる疑問をどうしても吐き出したくなったというだけだ。

 

 

「お前たちみたいな薄汚い害虫が、どうしてそんなにのうのうと生きていられるの?」

 

 

 燃え盛る里。

 壊滅した故郷。

 今でも瞼の裏にこびりついて離れない。

 人類の辛苦を悦とする魔族の性を知ってしまったあの日から、フリーレンの心の中に燻り続けているその感情。

 仲間を置き去りにしてしまったあの日から、フリーレンの心に安寧など決して訪れない。

 魔族を皆殺しにするその日まで。

 

 

「…………」

 

 

 不気味なほどの静寂が辺りを支配していた。

 音一つない空間に、フリーレンは酷く不安を煽られる。

 かつての自分ならむしろ居心地良く感じていた筈の沈黙が、今はただただ恐ろしい。

 傷付き疲れ果てた身体で、たった一人逃げ出したあの日の孤独をこの静寂に感じてしまうからだ。

 咽せ返る程の濃厚な血の臭いを思い出す。

 何度身体を洗っても、何度この身を清めてもその臭いは決してフリーレンから離れようとはしなかった。

 その臭いに囚われるたび、フリーレンは自らの頭を強く掻きむしった。

 

 

「はあっ、はあっ……」

 

 

 白い筈の手が紅く染まっている。

 いつの間にか仲間の死体があちこちに転がっていた。

 腐臭と何かが焦げる臭いがフリーレンの心を責め立てる。

 惨たらしく殺された同胞達が、濁った目でこちらを見つめていた。

 彼等が手を伸ばし助けを求めてくる。

 

 

『どうしてお前一人だけ……』

『裏切り者』

『お前にもっと力があれば』

 

 

 亡者達がフリーレンを取り囲み、口々に叫び続ける。

 見知った顔のエルフ達が、憤怒と悲哀の感情を孕みながらあの日の事を責めてくるのだ。

 自分の頭が作り出した幻だと理解していても、フリーレンはその幻を振り払う事は出来なかった。

 それをすれば、今度こそ彼等の伸ばした手を振り払ってしまうような気がしたから。

 ふと目の前に、見知った顔が過ぎった。

 赤子を抱き抱えた女性と、その隣に立つ夫である男性。

 抱き抱えられた赤子が、真顔でこちらの事を見つめている。

 その色のない瞳が恐ろしかった。

 

 

「…………」

 

 

『ははははははっっ!! 可哀想にフリーレン! 自分の故郷を好き勝手に蹂躙されて滅茶苦茶にされてるのに、お前はそこで這いつくばって行く末を見てるだけ! エルフの同胞が無様に死んで行くのも、故郷が燃やされ朽ちて行くのも、全部お前に力がないからさ!』

 

 

 脳裏を過ぎるのは、あの魔族の言葉。

 圧倒的な力に嬲られ、自らの無力さを恨んでいる時にこの言葉を浴びせ掛けられたのだ。

 私の故郷を滅ぼし、そして私に魔族の何たるかを強烈に刻み込んできた忌々しい存在。

 奴らはある日突然現れ、そして全てを奪い去っていった。

 

 

「…………うるさい」

 

 

 奴が嗤う。 

 同胞が私を責め立てる。

 血潮を浴びて、死肉を貪り、そして非情な破壊を振り撒くその魔族の在り方は、まさに物語の化け物そのもの。

 底冷えする嗤い声が、ずっとフリーレンの頭の中に木霊していた。

 

 

「人を害さなきゃ生きていけない欠陥した生物の癖にっ」

 

 

 あの嗤い声が耳に付いて離れない。

 頭を振り払ってこれ以上何も考えないようにするも、今度は死んでいった同胞達が私の傍に現れた。

 ずっと怨嗟の声を上げている。

 あの地獄から、たった一人で逃げ出した私の事を彼等は死ぬまで許さないだろう。

 魔族を根絶やしにしても、一人で逃げ出した罪は拭えない。

 死んでようやく、私はこの地獄から解放されるのだ。

 

 

『ほら、お前の事だ』

 

 

 再び、耳障りな声が聞こえた。

 私を構成する中で、最も忌まわしい記憶。

 これが全ての悲運の引き金とさえ思えてならなかった。

 全ての始まりのように思えた。

 

 

「…………っ」

 

 

 気が付くと、世界はいつも通りの風景に戻っていた。

 飛び散った血潮も、撒き散らされた臓腑も何もない。 

 あれだけうるさかった憤怒や怨嗟の声すらも、いつの間にか聞こえなくなっていた。

 ふと、フリーレンは自分の手を見る。

 そこにはべったりとこびりつく血も汚れも何もない。

 いつも通りの白い手がそこにあるだけだった。

 

 

「…………私は」

 

 

 フリーレンは瞳を閉じて、静かに深呼吸を繰り返す。

 そこに在るのは、彼女の静かな息遣いと虫の鳴き声が響き渡っているだけのとても穏やかな空間だけだ。

 しばらく同じ事を繰り返して、ようやく彼女は歩き出す。

 目的地などない。

 生きる希望も何もない。

 それでも、彼女は為さなければならない。

 

 

「魔族を根絶やしにしなきゃ……」

 

 

 死んでいった同胞達の幻影に取り憑かれ、悲劇を引き起こした魔族への復讐へと突き進んで行くその在り方は、正しく呪いと呼べる物だろう。

 憤怒と憎悪ではとても心を癒す事など出来ない。

 それでも今の彼女にとっては、復讐だけが自らに残された唯一の生き甲斐だった。

 

 

 

 

 人類の勢力圏から少しだけ離れた辺境の地。

 それは、只人の入る事など許されない魔境の地。

 自然にあるがままの草木は好き放題に生え散らかしており、道も魔物や獣畜生が歩く時に出来た獣道程度だけ。

 自然の迷宮とも呼べるこの地にうっかり人が迷い込んでしまえば、すぐに方向感覚を無くし、魔物や獣に襲われ朽ち果てるのがオチだろう。

 人の領域から外れてしまえば、途端に人は無力になる。

 自然の猛威に晒される真の恐ろしさを、今際の際になって人は思い出すのだ。

 なら、そんな自然の恐怖など物ともせず、魔物や獣を自らの力で打ち払って突き進んで行く人間は、既に人間の域を超えているのだろう。

 

 

「どこにあるんだよ……師匠(せんせい)の言ってた里ってのは」

 

 

 鬱蒼と生い茂る森の中、フランメは道なき道ただ一人で進み続けていた。

 彼女がこんな辺鄙な土地に来たのには当然理由がある。

 ただ意味もなくこんな所まで来る程、彼女は暇でもなければ馬鹿でもない。

 では、何故彼女はこんな所にいるのだろうか。

 それは、彼女の師である大魔法使いゼーリエから、直々にある頼みを受けたからだ。

 フランメが思い起こすのは、己の師との会話の記憶。

 エルフの里から帰還してまだ幾ばくも経ってないある日の事だった。

 

 

 "明日の朝、私の元まで来い"。

 

 

 その伝言を渡されたのは、本当に直前の事だった。

 エルフの里での戦いの疲労がまだ回復し切っていないというのに、師匠はそんな事関係ないとばかりに私を呼び立てたのだ。

 正直死ぬほど面倒臭かったが、仮にも私の師匠であり、今まで面倒を見てくれたもう一人の親のような存在でもあった為、私はわざわざ重い腰を上げてあの人に会いに行った。

 

 

『いきなり呼び出して、何か用かよ。師匠(せんせい)?』

 

 

 師匠の居室を開け、挨拶と言うには少しばかり棘のある言葉を送る。傍から見ればとても自らの師に向けるような言葉遣いではないが、これが私と師匠の昔からの関係性だった。

 師匠は私のぶっきらぼうな挨拶など慣れ切っているようで、案の定反応する事なく開口一番こう告げた。

 

 

『魔族を殺して回っている魔法使いがいるらしい』

 

 

 その言葉を聞いて、正直だから何だよと思った。

 魔族を殺す魔法使いなど今時珍しくもないし、むしろそれは人類の役に立つ立派な行いだろうとしか思わなかった。

 あの日のエルフの里。魔王軍が行った大量虐殺を目の当たりにした事で、フランメは余計そう思うようになっていた。

 

 

『はっ、そいつは良い事だな。それで? それが私に何か関係あるのか?』

『フランメ。お前にはその魔法使いの正体を探ってきてほしい。お前なら実力も申し分ないしな』

 

 

 実力も申し分ない。

 その言葉の意味を、フランメは漠然と理解した。

 即ち、自らの身を守り敵を打ち滅ぼす為の力の事だ。

 どうやら、今回も例に漏れず荒事の頼みらしい。

 魔族を殺して回っている魔法使いと交戦する可能性があるのか、或いはその魔法使いが目撃されている場所が場所なのか。

 師匠が私の実力を見誤るという事はないだろうが、いかんせん今回は全てにおいて情報が不足し過ぎている。

 正体を見極めるにしても、情報を得るにしても、結局現地へ足を運ばなければいけないのは確かだろう。

 ……クソめんどくせえな。

 

 

『何で私が。師匠(せんせい)が行けばいいだろ』

『私は別件で手が離せない。適任はお前しかいないんだ』

『別件?』

『かつての知己が……いや、これは語るような事でもないか』

 

 

 師匠は何かを懐かしむような物寂しげな表情をしていた。

 私の前では常に余裕の表情を保ち続けている師匠が、一瞬だけとはいえ寂しそうな顔を見せたのだ。

 私は幼少の時から目の前の大魔法使いに師事しているにも関わらず、今まで彼女の弱い部分を見た事はなかった。

 だから、こんな儚い一面があるなど知らなかった。

 そんな神話の大魔法使いらしくない所を見てしまったからだろうか。

 師匠からの頼みを引き受けても良いと何となく思った。

 

 

『人に頼み事するんなら、最低限の情報くらい教えろよ』

『……その魔法使いは魔族だけを狙って殺しているらしい。

 しかしそれだけなら別に問題はない。魔族を殺す魔法使いなど他に幾らでもいるし、それは人類の益に繋がる事でもある』

『まるでそれ以外の問題があるみたいな言い方だな』

『その魔法使いの戦闘の及ぼす余波があまりに大きすぎる。周囲の被害など考えずに攻撃魔法を撃ち放ち、逃した魔族をどこまでも執拗に追いかけ、息の根を止めるまで何度も攻撃し続ける』

『…………』

『奴が現れた地域の魔族は確かに減ってきているが、周囲に齎される被害が甚大だ。もはや魔族との戦闘だから仕方ないという次元を超えている。これ以上は流石に看過出来ない』

 

 

 なるほどな、大体事情が見えてきた。

 だから師匠はお前なら実力も申し分ないって言ったのか。

 荒事になる可能性を否定しきれないからこそ、簡単に遣いの人間を出す訳にはいかなかったのだろう。

 そこで私に白羽の矢が立ったのだ。

 神話の時代の大魔法使いに師事しているこの私に。

 しかし、それはそれで疑問が残る。

 師匠から話を聞く限り、その魔法使いが暴れている地域は帝国領に属しているらしい。末端の方だが。

 帝国領の中でここまで大事になっていると言うのなら、流石に帝国が何かしらのリアクションを起こすだろう。

 

 

『事情は分かった。だが、それは私達がやるべき事なのか? そこは辺境とはいえ帝国の領域内だろ。帝国の連中は何やってんだ』

『帝国の派遣した部隊はこっぴどくやられたらしい。件の魔法使いは我々の手に負えないと秘密裏に私に依頼を寄越してきた』

『はっ! あれだけ魔法の研究を魔族の技術とか言って忌避してきた帝国が、今更私達を頼ろうってのか。虫のいい話だなオイ』

 

 

 魔法とは忌まわしき魔族の扱う技術である。

 帝国はそう言って表立った魔法の研究を禁止している。

 しかしそうは言っても、人類にも扱える魔法があり、更に魔族に対抗出来る稀有な手段である事に変わりはない。

 人類の敵対者である魔族に対抗するには、戦士や武具程度では戦力が不十分なのだ。

 だからこそ、帝国は魔族に対抗する手段を確保する為に裏で魔法の開発や研究をしている。

 表立った魔法の研究を禁止している癖に、自分達は平気で魔法の研究をしているのだ。

 しかも表では、私たち魔法使いを魔族の技術を扱う異端の者と罵っておきながら、いざ問題が発生するとこちらに頼り泣きついてくる。

 帝国が決して清廉潔白な国でない事は百も承知だが、こういった負の側面をフランメはどうしても好きになれないでいた。

 

 

『で? 私はいつそこに向かえばいいんだ?』

『日時はお前に任せる。傷が癒えたら向かえ』

『あいよ、師匠』

 

 

 師匠から依頼の詳細を聞き終え、部屋を後にしようと踵を返すフランメ。

 これ以上聞く事などないし、引き受けた頼み事に備えて遠出の準備もしなければならない。

 これからの予定を頭の中で反芻させていると、唐突に師匠が口を開いた。

 

 

『……その魔法使いは、追い詰めた魔族や死にかけの魔族にトドメを刺す時、必要以上に威力の高い魔法を使っているらしい』

『念には念をって事だろ。別に不思議じゃねえさ』

『お前は死にかけの鼠を殺す時に全力を賭すのか?』

『…………』

『過剰すぎる程の攻撃魔法。必要以上に攻め抜く姿勢』

『何が言いたいんだ?』

『ソイツは、魔族に対して非常に強い憎悪を抱いている』

 

 

 ーー気を付けろ、フランメ。

 ーーそういう奴は大抵、魔族を殺す為なら何だってする。

 ーーもし魔族を殺す障害になると分かれば、ソイツはお前にだって牙を剥くかもしれない。

 

 

 その言葉を聞いて今度こそ、フランメは部屋を出た。

 それが、数日前にした師匠との会話だ。

 

 

「…………」

 

 

 "魔族に対して強い憎悪を抱いている"。

 私にも覚えがあるその感情に、今も身を焼かれているであろう魔法使いに想いを馳せながら、フランメはここまでやって来たのだ。

 悪路なんて言葉じゃ表せない程の悪路を歩き続け、時折襲いかかってくる魔物を撃退しながらひたすらに歩き続ける。

 

 

「里なんか何処にもねえぞ……嘘ついてんじゃねえだろうな」

 

 

 静まり返る森の中に、彼女の呟きが木霊する。

 その呟きに反応する者は誰もいない。

 唯一、虫と鳥だけが彼女の呟きに呼応するように鳴いている程度だ。

 人里離れたこの僻地には、人はおろか獣の姿すら見つからない。いるのは知の足らぬ魔物程度くらいのもの。

 奴らは私を見かけた瞬間攻撃を仕掛けてくるので、次第に迎撃が面倒になった私は適当に魔力を解放して虫除けのように追い払う事にした。

 魔物は相手の魔力量を見て彼我の戦力差を理解する。

 いちいち魔力を抑えて奴らに絡まれるよりも、敢えて魔力を解放し「私はこのくらい強いんだぞ」とアピールした方が奴らは近付かないのだ。

 その方が楽だと気付いてからは、ずっとそうしていた。

 

 

「…………」

 

 

 そもそも何故私はここに居るのか。

 どうしてこんな面倒臭い事をする羽目になったのか。

 あの時、師匠の頼みを簡単に引き受けてしまった事に今更後悔しながら歩き続けていると、視界の端に開けた場所があるのに気が付いた。

 あれは……里だ。本当にあった。

 認識を阻害する魔法が掛けられてあった為気付くのが遅れたが、フランメの歩く道の先にその里はあったのだ。

 どうやら師匠の言う道順は正しかったらしい。途中から半信半疑になっていたが。

 不自然に木々が開かれたその場所に、無骨な木の柵や罠に囲まれているようにしてその里は作られていた。

 どうしてこんな辺境の地に里を作ろうと思ったのかは甚だ疑問だが、今はそんな事どうでもいい。

 この里を拠点とし、近くで活動するであろう例の魔法使いに接触を試みる。その為にわざわざこんなクソみたいな道を通ってここまで来たのだ。

 

 

「……そこのアンタ。この辺りに魔族を殺しまくっている魔法使いが居るって聞いたんだが……何か知ってるか?」

「ええ、知っていますよ」

 

 

 周囲を森に囲まれ、魔物や災害といった脅威に常に晒され続けているこの里に、一人の若い魔法使いが訪ねてきた。

 来客など滅多にない出来事であるにも関わらず、里の人間は快くフランメを迎え入れ、会話に応じようとする。

 閉鎖的な環境故、排外的な雰囲気があるかもしれないと警戒していたばかりにフランメは少し拍子抜けした。

 

 

「魔族を殺して回っているエルフは、少し前に北の方で目撃されていますね」

「は? エルフ? 人間の魔法使いじゃないのか?」

「いえ、確かエルフの筈ですが……。耳が鋭く尖っていたらしいですし」

 

 

 エルフの魔法使い……? それは初耳だな。

 師匠から話を聞いた時は、魔族を殺して回っている魔法使いが居るとか聞かされていなかった。

 別に人間の魔法使いだと言われていた訳ではないが、フランメは無意識のうちに"人間"の魔法使いが魔族を殺しているのだろうと思い込んでいたのだ。

 そしてエルフという言葉を聞いて、フランメの脳裏には一人の魔法使いの姿が浮かんでいた。

 あの日、エルフの里で出会った死にかけの無気力な女。

 師匠と同じエルフの魔法使い。

 名前は確かミリアルデとか言った筈だ。

 常に酒の臭いを漂わせているその女は、フランメと共に戦場から帰還するといつの間にか姿を消していた。

 それから後の事は何も分からない。

 分からないからこそ、何とも言えなかった。

 魔族を殺して回るその魔法使いは、師匠の言う話だと魔族に強い憎悪を抱いているらしい。

 ミリアルデは自分の住んでいる里を魔族にめちゃくちゃにされ、更には自分自身も散々痛めつけられたのだ。

 アイツのあの無気力な面持ちの裏に、腑が煮え繰り返る程の憎悪が渦巻いている可能性だって十分にある。

 ボロボロの身で里を去るミリアルデの後ろ姿を思い出す。

 もしかしてアイツは、今も満身創痍の身で魔族を狩り続けているのか? あれから一度も休む事なく、魔族を殺し続けているのだろうか?

 

 

「そのエルフってのは、短髪の酒臭いエルフか?」

「酒臭いかどうかは分かりませんが、長髪らしいですね。白い長髪」

「白い長髪……か」

 

 

 どうやらミリアルデではないらしい。

 が、それでも魔族に対して強い憎悪を抱いている事に変わりはないだろう。

 魔族を殺す時は必要以上に威力の高い魔法を用い、逃がしてしまった場合はどこまでも追いかけ、周囲の被害など考えずに魔法を撃ちまくっているのだ。

 そこから読み取れるのは、強烈な魔族への殺意。

 そして魔族を取り逃す事への焦燥だ。

 そのエルフにとって、魔族を殺すのは復讐であると同時に責務でもあるらしい。だが、それの行き着く先は袋小路だ。

 ソイツがその事に気付いているか分からないが、それは最早自らの首を絞めながら行う苦行と化している。

 ある程度頭の働く奴なら、その辺一帯に破壊を振り撒く行為がどれだけ厄介な問題になるか容易に想像付くだろう。

 人に被害を齎す可能性のある物は尽く排除される。

 それが、例え人類の敵対者である魔族を駆逐する魔法使いだとしても関係ないのだ。

 魔族を狩り続けるのなら、せめて人に被害が及ばないような配慮はするべきだった。

 魔族に対する復讐に精一杯で、そこまで考えられないのだろうか。

 

 

「エルフの里の生き残り……なのか」

 

 

 憎悪と憤怒で周りが見えなくなってしまう程、魔族にドス黒い感情を抱いているエルフ。

 もしかしたらそのエルフは、この前の魔王軍によるエルフ虐殺から逃げ延びた生き残りなのかもしれない。

 それなら、ここまで強い憎悪を抱く理由も分かる。

 あれ程の酷い惨状を目の当たりにしたのだろうから。

 

 

「そのエルフは今どこにいる?」

「さあ? 北の方で目撃されたとしか分からないですね」

「そうか」

 

 

 北の方で目撃情報がある。

 それだけ分かればとりあえず十分だった。

 この地域には、この里以外にも人の暮らす集落が幾つかある。

 フランメは手当たり次第そこを当たってみるつもりだった。

 簡単にまとめておいた荷物だけを持ち、訪れたばかりの里から出ようと門へと向かう。

 

 

「来たばかりなのに、もう行くんですか?」

「こういうのは、なるべく急いだ方がいいからな」

「被害が広がる前にですか?」

「助けられなくなる前に、だ」

 

 

 魔族に対する強い憎悪を持ち、手当たり次第殺し回っているエルフが私の近くにいる。

 その魔法使いは、きっと今も苦しんでいるのだろう。

 魔族を殺しても殺しても絶対に晴れる事のないその感情に、今も身を焼かれ続けているのだろう。

 それでも、今ならまだ間に合う。

 救ってやる事が出来る。

 ドス黒い感情に心を支配され、ありとあらゆる物を見限って、憎悪と共に尽き果ててしまう前に。

 

 

「例のエルフの事ですか。確かに、これ以上田畑や里をめちゃくちゃにされたら敵いませんからね。どうか、被害に遭っている里の者達を助けてあげて下さい」

 

 

 里の人間が何かを言っている。

 彼は人類に明確に敵対している魔族よりも、魔族を殺す事で周囲に甚大な被害を齎しているエルフを厄介視しているようだった。

 フランメは彼の言葉に耳を貸す事なく、今もなお耐え難い激情に襲われているその哀れなエルフに想いを馳せた。

 

 

 

 




cruel cruel

12月に発売するフリーレンの公式小説にエルフの里時代のフリーレンが描かれているとか聞いて超歓喜です。絶対買います。ミリアルデも出てくるかもしれないですからね!
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