八崩賢 極致のシーア 作:蟲の月
シーアは『力』という概念に脳みそを乗っ取られた修羅的思考の魔族である。何を馬鹿なと思うかもしれないが事実なのだ。狂信していると言ってもいい。
戦乱の世で物を言うのは『力』。
力無き者は全てを理不尽に奪われ、ありとあらゆる屈辱を受けた後に路傍のゴミクズと化す。
あぁ。ここは何て残酷で惨たらしい世界なんだろうか。
しかし、それらは全て弱者が悪い。
大切な物を守れない弱者が悪い。
敵を打ち滅ぼす力を持たない弱者が悪い。
きっと誰かが守ってくれるなどと、甘えた考えを持つ雑魚が全て悪いのだ。
そしてシーアの生きるこの世界は、『力』という一つのシンプルな要素が全てを決める弱肉強食の世界である。
そんな弱肉強食の世界を己の身一つで切り抜ける為に学ばなければならない事がある。それは戦い方だ。
肉弾戦、心理戦、駆け引き、フェイント、魔法、筋肉。
その方法は一切問わない。生き残る為には何かを身に付けなければならないのだ。努力は俺を裏切らない。積み重ねてきた物は間違いなく俺の糧になる。
まあ、俺の目標はゴリゴリの筋肉と圧倒的なパワーで全てを薙ぎ倒すスーパーパワータイプなんだけれども。今は俺の目標については置いておく。
重要なのは、この世界では『力』こそが正義だという事。
原始のルールが適用される実力主義の世界だという事。
そんな訳で、俺は今ひたすらに自らを高め続けている。
「挟み込め! 敵は一人だ!」
「背中を狙え!」
この世界に無数に存在する内の一つの村。
栄えている訳でもないが、貧しい訳でもない至って普通の平凡な村に、一つの意思ある理不尽が舞い込んでいた。
人類を害し、文明を滅ぼし、破壊を振り撒く暴力の化身。
『力』に脳を破壊されたシーアが選んだのは、人類との果てしなき殺し合いの道だった。
「死ねッ! クソ魔族がッ!」
四方八方から飛びかかってくる人類の戦士の位置を、昇華された五感と魔力探知を駆使して把握する。
全ての敵の位置を把握したシーアは、まず真っ向から挑んできた戦士の頭を鷲掴みにし、手のひらに力を込めて一気に握りつぶす。
まるで卵を割る時のように、簡単に。
殺し合いに身を置いていない連中は、たったこれだけの行動で萎縮し、自分の最大限の実力を発揮出来ないまま蹂躙される。
ほら。今もまた、一人の戦士が固まった。
「オラァッッ!」
「ぇっ゛」
左脚を軸に回転し、右脚を音速を超える鞭のようにしならせて一気に蹴り放つ。
貧弱な人類の肉体に向かって解き放たれた凄まじい暴力の蹴り足は、対面する戦士の胴体を乱雑に削り取ると、そのまま音速の勢いで鎌鼬を発生させる。
突如現れたソニックブーム。またの名を『嵐脚』。
某海賊漫画に登場する、優れた肉体を使い放つ技である。
嵐脚は立ちはだかる戦士達の肉体を等しく二分割すると、村内の家屋に激突しそのまま虚空へと溶けていった。
それを見届ける事なく大地を一瞬で駆け、残った戦士達の首根っこを瞬く間に捩じ切って行く。
瞬間移動と見紛う程の高速移動だった。
一つ、二つ、三つ。
捩じ切った首がシーアの足元に転がり落ちて行く。
真っ赤に染め上げられた村内に、司令塔を失った死骸の倒れる音だけが響き渡った。
「バ、バケモノ……」
一連の戦闘を遠巻きに眺めていた一人の人間がそう呟く。
戦士達が命を懸けて稼いでくれた時間を無駄にして、ただ腰を抜かしていただけの正しく弱者の姿だった。
こうして座っていれば誰かが助けてくれると思ったのか。
自分だけは死なないという謎の自信でもあるのか。
ほら、見てみろ。
お前や村を守る戦士達は皆、死んだぞ。
天災のようにやってきた俺に、惨たらしく殺されたぞ。
さあ、お前はどうするんだ。
そこで震えて座っているだけか。
自分の運命を変えようと、足掻きすらしないのか。
「…………」
「ヒッッ!? た、助けてくれ……!!」
首の捻じ切られた死体を跨ぎ、その人間へと歩み寄る。
戦士達と同じように殺されると思ったのか、その人間は何とも情けない声を上げて必死に助けを求めていた。
聞いているこっちの力が抜けてしまいそうになるくらい、哀れで無様な鳴き声だった。
「誰か……!? 誰か、居ないのか!?」
「誰も居ないよ。皆、俺が殺した」
今際の際になって、みっともなく命乞いをする。
醜い弱者が、ピーピー泣き喚いてる。
何て情けない人間なんだ、こいつは。
死を前にして何も変わらなかったミリアルデを見習えよ。
そう思ったが、口にはしなかった。死生観がバグってる女を引き合いに出しても意味なんてないからだ。そもそもコイツはミリアルデを知らないし。
未だギャーギャー喚き続けているソイツの足元に、俺が殺した戦士が持っていた刀を放り投げた。
俺の行動の意図が分からず、放り投げられた刀と俺の顔を交互に見つめるその人間。
俺は仕方なく、口を開いた。
「立て。戦え。もし俺が満足したら見逃してやる」
「は……だ、誰が、誰と」
ふざけた事を抜かすその人間の腹を蹴り飛ばす。
魔法を掛けていないとはいえ、素の身体能力は人類の遥か上を行く魔族の肉体だ。
当然、並の人間に俺の蹴りは相当苦しかったようで、ゲェー! と汚い声を上げながら地面に蹲っていた。
うーん、やり過ぎたかな。
並の人間の耐久力が分からないから加減が分からん。
俺はそんな事を考えながらも、その人間の髪を掴み上げて再び言い放った。
「その刀を持って俺と戦え。もし俺を満足させられたら見逃してやる」
「や、やる……やるから手を離してくれ」
覚束ない足取りで立ち上がり、刀を構える人間。
恐らく、今まで戦いなどしてこなかったのだろう。
刀に関して素人の俺ですら分かってしまうほど、お粗末な刀の構え方をしている。これは期待出来そうにないねえ。
「よし、掛かってきな」
「う……うおおおおおおお!!」
重たい刀を精一杯振り上げて、俺に向かって突っ込んでくる人間。その勇ましい叫び声とは裏腹に、顔は酷く引き攣っていた。
上段から俺の顔目掛けて刀を振り下ろしてくるが、それを僅かに反身になるだけで回避する。
可哀想になるくらい単調な攻撃だ。
眠っていても勝ててしまう戦いだと本気で思うくらいには、あまりにお粗末な戦い方だった。
「死ぬ気で戦えよ。じゃないと殺しちゃうかも」
「……っ」
俺の脅し文句で発破をかけようと思ったが、逆に萎縮してしまったようだ。単調な攻撃はさらに単調になり、仕草すらもガチガチになってぎこちなく刀を振り回すだけの人形に成り下がっていた。
これなら、まだ肉弾戦を仕掛けてきたフリーレンの方が動けていた。
「生存を賭けた戦いなら、火事場の馬鹿力を発揮できる」
「……はあっ、はあっ!」
「そう思ってたんだけどなあ……何か間違えたのかなあ」
「も、もう無理だっ! これ以上は……」
「うーん。こいつは駄目だな」
必死に刀を振り回す人間の目から、涙が溢れていた。
それと同時に、諦観の色が表情に現れる。
殺し合いの場であるにも関わらず、敵に泣き言を漏らすこの人間に期待など出来る筈もない。
俺は早々に見切りをつけると、その人間が持っていた刀を即座に奪い取り、流れるまま身体を斬り捨てた。
滑らかに肌を滑る刀身は、泣き喚く人間の身体を一切の抵抗なく切り開いた。溢れ出る鮮血が宙を舞う。
見慣れたその光景を前に、今更何かを思う事もない。
血と脂に塗れた刀を捨てて、シーアは一人思考する。
「もしかして、戦えない人間だったから……とか?」
世の中には、戦える人間と戦えない人間がいる。
戦えない人間が火事場の馬鹿力を発揮しても、戦える人間の鍛え上げられた力には遠く及ばないだろう。
つまり、シーアは間違えたのだ。
戦えない人間に戦闘を期待しても仕方がない。
シーアは戦えない人間に火事場の馬鹿力を発揮させるのではなく、優れた戦士に火事場の馬鹿力を発揮させるべきだったのだ。
「あ……え、お父さん?」
「ん?」
ふと、背後から声が聞こえた。
幼く拙い無垢な喋り方。
後ろを振り返ってみると、埃と血に塗れた子供が、死体の転がる大広場の中で呆然と突っ立っていたのだ。
おや、生き残りだ。考え事に夢中で気が付かなかった。
この子供の発した言葉から考えるに、今俺が斬り殺した人間の子供なんだろうか。
うーん、どうしよう。
別に見逃してあげてもいいけど。
だってコイツ、見るからに戦えないし。今俺が求めているのは戦える人間の火事場の馬鹿力なのだ。
戦えない人間には全く興味が湧かない。
そういう訳だから、俺の気が変わる前に早く逃げなよ。
そう言おうとした瞬間、何処からか現れた剣によってその子供は串刺しにされていた。
本当に一瞬の出来事だった。
魔法によって形作られた剣が、凄まじい勢いで四方八方から子供を突き刺したのだ。
あーあ、見逃そうと思ったのに。
剣が貫通し、身体に大穴が開いている子供の亡骸を見ながらそう思っていると、頭上から声を掛けられた。
「目撃者は消した方がいいわよ。余計なお世話かもしれないけれど」
鈴の転がるような声が天から降り注ぐ。
何処か機械的な、何の温度も感じない声色だった。
俺はこの声について聞き覚えはないけれど、しかし何となく予感はあった。
俺が俺じゃない時に、紙面越しで見た者達の内の一人。
人類側における最高の出逢いがフリーレンならば、魔族側における最高の出逢いは正しく彼女だった。
翡翠色の長髪が陽の明かりに反射して輝き、風に靡いて大きく広がる姿は、本当に物語の天女のようだった。
「人類に喧嘩を吹っかけている血の気の多い魔族が居ると聞いた。君が……そうね?」
ーー大魔族 ソリテール。
遥か遠い未来にて。
黄金郷のマハトと同格の大魔族であり、人類をよく知る魔族の内の一人であり、葬送のフリーレンによって滅ぼされる事になる魔族の名だ。
俺のこの世界における、幾度目かの特別な出逢い。
これは、今の俺には知る由もない事であるが……全知のシュラハトと並ぶくらい長く付き合う事になる魔族との初めての邂逅だった。
◆
ーーこいつはくせぇッー! ゲロ以下のにおいがプンプンするぜッーッ!
死臭を漂わせながら俺の元に舞い降りたソリテールを見て、頭の中のゴロツキ上がりが叫び散らかす。
しかも、この台詞は原作とは違って人間性を表す比喩ではなく、本当に文字通りの意味である。
どうやらソリテールは、ここに来るまで相当な数の人間を葬ってきたらしい。
隠しても隠しきれない濃厚な"死"の臭いが、いつの間にか空間を支配していた。
俺は内心のスピードワゴンを鍛え上げられた鉄面皮で隠し通しながら、目の前の魔族の少女を真っ直ぐに見据える。
俺が魔族として生まれ落ちてから、通算六度目となるネームドキャラとの邂逅である。
ーーうーん。何か、生で見るとコイツ不気味だな。
ソリテールを見て、最初に思った事がそれだった。
フリーレンとは少し毛色の違う長髪でありながら、それでいて彼女とはまた違った美しさを内包している翡翠色の髪。
優しく微笑んでいるようで実は全く笑っていない垂れた目付き。口角が常に上がっているから、微笑んでいるように錯覚するだけなのだ。
前頭部に付属する魔族の象徴である角は、俺やシュラハト、バザルトと比べてかなり小さいが、それは魔族としての力量を表す物ではない。
現に彼女からは、俺と拮抗するレベルで大きな魔力の昂ぶりを感じている。
まだ原作の時代から千年前の時点であるが、それでも彼女は優れた魔族としてこの世に存在しているようだ。
「人と会ったらまずは自己紹介だったわね。ソリテールよ」
そう言いながら、こちらに手を差し伸べてくるソリテール。
握手の意だろうか……魔族としての生が長すぎてピンと来なかったが、彼女の行動に合致する物はそれしかない。
自らの名を述べ、こちらも手を握り返す。
瞬間、シーアの頭上に魔法の発動を探知した。
剣を模した魔力の塊が、無防備なシーアの身体に降り注ぐ。
「急展開だ」
即座に手を払い退け、魔力を一気に解き放った。
シーアの魔力によって作られた局所的な台風は、降り注ぐ剣の雨霰を力尽くで吹き飛ばすと、今度は無防備にこちらを見つめているソリテールに牙を剥いた。
「驚いた……今のを防ぐのね」
「先に仕掛けたのはお前だからな、死ね」
勝負は常に先手必勝。
相手の企みが分からずとも、俺に攻撃を仕掛けてきた時点で害意があるのは明らかなのだ。
相手が原作に登場するキャラクターであろうが、思い入れの強いキャラクターであろうが、俺の命を狙うと言うのなら話は別だ。
ここでぶち殺してやる。
身体に魔力を回し、身体能力を底上げする。
後方に飛び立とうとするソリテール目掛けて突っ込み、無防備な腹部目掛けて右ストレートを繰り出す。
しかし、俺の攻撃がソリテールの身体に当たろうとした瞬間、何かが猛スピードで二人の間に割り込んできた。
それが何なのか確認する事もせず、拳を振り抜く。
飛び散る破片。
遅れてやってきた何かを砕く感触。
ソリテールを守るように展開された剣の盾が、俺の拳の勢いを相殺させんと真っ向からぶつかってきたのだ。
剣は粉々に砕け散って虚空に消えたが、しかし未だ無数の剣がソリテールの傍に浮いている。
この剣が魔法によって作成された物である以上、弾切れは期待出来ないだろう。
「やっぱり噂に聞いた通りだ」
剣を周りに侍らせながら、ソリテールは口を開いた。
今は戦闘中で、しかも相手が俺であるにも関わらず、コイツは悠長に口を開いたのだ。
やはりソリテールは、俺の識っている通り大のお喋り好きらしい。そしてそれは相手が魔族であっても戦闘時であっても関係ないときた。
「さっきから噂、噂って。何の噂だよ」
「血の気の多い魔族が、人類の集落を潰して回っているという噂……知らない? 君魔族の間では相当有名だよ」
「別に、魔族が人類を害するなんて普通の事だろ」
「そうね、私達は魔族だもの。それが当たり前の事だ」
「当たり前の事なら、何で噂になってんだよ」
「……シーア。君は最近、どのくらいの集落を滅ぼしたか覚えてる?」
ソリテールが微笑みながら、そう問い掛けてくる。
そんなどうでもいい事聞いて何になるんだよ。
そう思ったが、素直に返答する事にする。
「お前は今まで食ったパンの枚数を覚えてるのか?」
気が付いたら、自然とそんな言葉が口を衝いて出た。
俺の憧れであるディオ様の名言を引用しての返答だった。
お互い吸血鬼と魔族という人を食糧にする共通点がある者同士、この台詞もただの言葉とは違う"凄み"を含んでいる。
本当に己の為だけに人を喰らっているからこそ、この台詞の重みが更に増すのだ。
まあ今この時代にパンが存在するかは不明だし、ソリテールに伝わるかは分からないけどね。
「とても魔族らしい返答ね。人を殺す事に何の戸惑いも躊躇いも見せない魔族だからこそ言える言葉だ」
ふふふ、と。込み上げてくる笑いを押し殺す時のような息の漏れる音が、沈黙の中に響き渡った。
そうしてしばらくの間を置いた後、再び彼女が口を開く。
「まあ、覚えてる訳ないわよね。きっと君にとっては大した問題じゃないから」
「さっきから何が言いたいんだ?」
「この辺りの人類は全て滅んでしまった。君が人類の集落を次々に滅ぼして回った結果、この地方から人が消えたの」
「さっきも言ったけど、魔族が人類を害するなんて普通の事だろ」
「そうね。ただ君の場合、少し規模が大きすぎる。
この短期間で一つの地方の人類を皆殺しにし、帝国から派遣されてきた魔族殺しのスペシャリストを幾度も返り討ちにしてしまった。ここまでしてしまったら、帝国は私達魔族という人類の脅威を決して野放しにはしない。魔族を滅ぼす為に何かしらの対策を打ってくる」
ああ、そうか。そういう事か。
そのソリテールの言葉を聞いて、彼女が何を考えて俺の元へ来たのか、今ようやく理解した。
ーー彼女は、恐れているのだ。
俺が人類を殺しまくった事で、帝国は魔族という存在をより一層敵視するだろう。そしてありとあらゆる手段を用いて魔族を殺そうとしてくる筈だ。
その割を喰うのは力の無い魔族達、そして人類側への露出を徹底的に抑えようとするソリテールだ。
だからこそ、そんな魔族にとって不利益な行動を取る俺を始末する為に、ソリテールはわざわざやってきたのだ。
思えば原作でも彼女はそうだった。
魔族に破滅を齎す「人類との共存の思想」を持つマハトを始末する為ヴァイゼに赴いた事。
分が悪い勇者一行との戦いで、グラオザームの影に隠れながらコソコソ行動していた事。
それら全ての行動に起因する感情は「自らの平穏を崩されてしまう」という不安や恐怖だったのだから。
でも、まあ。そんな瑣末な事なんて。
「本当にどうでもいいんだよ」
そうだ。
そんな事俺にはどうだって良い。
俺はただ、自分の為に動くだけだ。
帝国が魔族を滅ぼす為に動くとか、力の無い魔族達が死んでしまうとか、そんな事全部どうだっていいんだよ。
だってここは弱肉強食の世界。
『力』こそが全てを左右する残酷な世界なんだから。
魔族達が帝国の連中に殺されるのも、自分の思い通りにならないのも、全部お前らに力が無いのが悪いんだ。弱いのがいけないんだ。
いつだって、弱者は強者の意志の元に跪くしかない。
「そう、やっぱり君はそうなんだ。本当に噂通りなんだね」
「俺に言う事聞かせたいなら力尽くでやってみろよ。我を押し通すのが魔族ってもんだろ」
「傍若無人で邪智暴虐。これも魔族の間で流れてる君の噂だけど、やっぱり間違ってなさそうね」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来い……いや、人の目を気にしてコソコソしてる魔族に俺の相手は荷が重いか。痛い目見る前にとっとと帰れよ」
「あぁ、あと無駄に自信過剰でよく吠えるって事も有名ね」
あーはいはい、末期の言葉はそれで良いのね。
それじゃあぶち殺してやるよこのクソ女。
全身に魔力を漲らせ、肉体の性能を数段階引き上げる。
俺の
「そぉらッ!」
大気を抉る右脚。
音速を超えた鞭の如き蹴り足によって大気は弾け飛び、その衝撃から生まれた鎌鼬がソリテールの首元目掛けて飛んで行く。
「あれだけ大口叩いてこの程度?」
当然、ソリテールもこれだけでやられる程甘くはない。
彼女は即座に魔力を盾に加工し、飛んでくる空気の刃を容易に防いでみせる。まあ、これを防いだ程度で調子に乗られても困るんだけどね。
「抜かせ、まだまだ序の口だっての」
「そう。君の底が見えたと思ってがっかりする所だったわ」
「言ってろ」
コイツは人の神経を逆撫でするのは上手いらしい。
原作でもフリーレンに同じような事を言われていたしな。
この話し方を会得するまでどれ程の人類を殺してきたのだろう。そんな事を思ったが、すぐに興味は消え失せた。
だってソリテールが何をしてようが、人類がどれだけ死のうが俺には関係ない事だし。
今の俺の興味は、コイツを力によってねじ伏せて、哀れで惨めな姿に貶める事だけに向いている。
今度は先程より多めに魔力を回し、身体能力を引き上げる。
まずは生意気な口を黙らせる為に手足を折ってやる。
そしてその後に散々痛ぶり尽くして、最後に人里の前に吊し上げてやろう。
「待て」
今まさにソリテールを殴り倒そうと拳を構えた瞬間、後方から声が掛けられた。
聞き馴染みは無いが、しかし何処かで聞いた覚えのある声だった。
振り返りたくなる衝動を抑えて、対面しているソリテールの様子を伺う。
彼女は特に動揺している様子も、驚愕している様子もなかった。
ーー何故そんなに落ち着いているんだ?
ーーもしかして援軍だったりするのか?
ーーいや、声の主は「待て」と言った。なら少なくとも戦闘の意思は無いって事じゃないのか。
仮にソリテールと声の主の二人がかりでも負けるつもりは毛頭ないが、いかんせん情報が不足しすぎている。
その声の主の正体を確かめる為、ソリテールの不意打ちを警戒しながらゆっくりと後ろを振り返った。
「……何でお前がここに居るんだよ、シュラハト」
俺に声を掛けてきたのは、全知のシュラハトだった。
相変わらずの澄まし顔で、無機質な瞳をこちらに向けながら、静かにそこに佇んでいる。
何でシュラハトが……いや、そもそも何故俺とソリテールの殺し合いに割って入ってきたんだ。
シュラハトと会うのはあのエルフの里で対面した時以来だが、コイツの人となりはある程度把握しているつもりだ。
コイツがここに来て俺とソリテールの戦いを止めたということは、この戦いはシュラハトにとって都合の悪い物なんだ。
なら、俺のソリテールに対する殺意も敵意も簡単に抑え込まれてしまうんだろう。
だって、前回もそうだったから。
未来を見通すコイツがここに現れたという事は、これから俺が取る行動の全てをシュラハトは封殺出来るという事に他ならないのだ。
「思ったより早かったね、シュラハト」
「ソリテール。俺はシーアを仲間に引き入れろとは言ったが、殺し合いをしろとは言っていない」
「えぇ、確かに君はそう言った。でも、君にはこうなる事も分かっていた……だから私は悪くないわ」
俺と対峙していたソリテールがシュラハトの元へと飛んでいき、何か言葉を交わしていた。
正直、状況が目まぐるしく変化していくせいでイマイチ事情を把握しかねるが、シュラハトの"シーアを仲間に引き入れろ"という言葉だけはハッキリと耳に入った。
耳に入っただけでその言葉の意味は分からないが、推測するに何かの召集なんだろうか?
忌々しきバザルトに有無を言わさず連れて行かれた過去を思い出しながら、シーアはそんな事を考える。
「おい、お前らさっきから何の話をしてるんだ」
考えるが、つい、疑問が口から滑り落ちてしまった。
シュラハトがソリテールを動かしてまで俺を仲間に引き入れたかった事、力ある魔族を三人も動員してまで何をしたいのかという事。
これらの謎が、ついシーアの興味を引いてしまったのだ。
「本当はソリテールの口からお前に説明させる手筈だったが、まあいい。魔王様からの勅命だ。大陸最北端にある人類の村落を尽く滅ぼせ、と」
「俺が? お前らと?」
「そうだ。俺とお前、ソリテール、それと後から合流してくるもう一人の男と四人で行えとの命令だ」
「…………」
「ソリテールにはお前を連れてこいと指示を出していた……だいぶ手荒な方法を選んだようだが」
「全部分かってた癖によく言うぜ。この女が俺を殺そうとしていた事も分かってたんだろ」
そう言って、シーアはソリテールの方に視線を投げた。
ソリテールは相変わらず、不気味に微笑んでいるだけだ。
彼女はシュラハトと俺を交互に見やると、戦闘で汚れた衣服をパンパンと手で払いながら、ゆっくりと口を開いた。
「彼と戦った理由の半分は個人的な興味、そしてもう半分は私怨ね」
「そうか。満足出来たか?」
「ええ、もういいわ。もし君が力のない魔族だったら殺していたかもしれないけど、多分それは一筋縄では行かないだろうから」
「やっぱり俺を殺す気だったんじゃねえか」
ソリテールが俺を襲った理由について、深く語られる事はなかった。個人的な興味については分からないが、私怨の方は何となく分かる。
ソリテールは俺が人類の集落を次々と滅ぼした事で、帝国から魔族が目の敵にされる事を恐れていた。
自らの平穏を脅かす間接的な原因を作った俺を、排除出来るようなら排除してしまおうと考えた結果あんな行動に出たのだろう。
「私は自分の命を懸けてまで同族と殺し合おうとは思わないわ。人類と敵対するだけでも恐ろしいのに、そこに強力な魔族まで敵に回してしまったら本当に死んでしまうもの」
「今は、だろ」
「さあて。シュラハトなら私の真意が分かるわよね?」
「……二人とも、無駄話はここまでにしよう。その続きはアイツと合流してから好きなだけ話せばいい」
「つれないわね」
そう言って、シュラハトとソリテールの二人は踵を返し、血に塗れた村落の中を歩き出した。
俺は二人に着いて行こうとして、そこでふと思い出す。
そもそも俺は魔王様の命令に従うなんて言っていないのに、何故人類潰しに参加する流れになっているんだ。
魔王様から直々の命令とは言え、俺は魔王様に会った事など一度もない。なら、俺が参加しなければならない道理はない筈だ。
……まあ、でも。結局無駄なんだろうな。
だってシュラハトが現れた時点で、全てコイツの思惑通りに事が進んでいるって事なんだから。
「どうした、シーア。早く来い」
ずっと立ち尽くしている俺を怪訝に思ったのか、シュラハトはこちらに振り返り声を掛けてくる。
俺はそんなシュラハトを見ながら、思った。
奴のその黒い瞳には、一体何が映っているのだろう。
定められた未来を歩む為の道標が、今も頭の中に浮かんでいるのだろうか。
俺やソリテールの取る行動など全て分かりきっていると言わんばかりの眼差しで、ずっとこちらを眺め続けているこの男に、俺はーー。
「……ああ、今行くよ」
シュラハトに抱いてしまった僅かな敗北感を振り捨てて、二人の元へと歩み寄る。
俺が歩き出したのを確認して、シュラハトとソリテールは再び歩みを進めた。
他愛もない話を繰り広げながら、三人で血の海と化した村落を進み続けている内に、シーアの脳内に一つの疑問が生まれた。
そういえば、これから俺達と合流するらしい魔族の男とは、一体誰なんだろう?
「なあ、これから合流する魔族って誰なんだ?」
「あれ? まだ言ってなかったっけ?」
ソリテールがクスクスと笑いながら質問に応じた。
きっと君と気が合うよ。だって彼も君と同じで、誰よりも強さを求め、誰よりも戦いの中に生きているから。
彼女はそう言って、シュラハトに視線を投げ掛けた。
俺もそれに流されシュラハトを見やる。
シュラハトは数秒の沈黙の後、ゆっくりと口を開きこう告げた。
「リヴァーレだ」
またしても殺し合いを中断されるシーア君……。
すごくどうでもいい事なんですけど、会社にソリテール似の先輩がいます。
ボブカットですが垂れ目で常にニコニコしてて、顔の造形も少しソリテールに似ている女性の先輩です。最近ソリテールにしか見えなくなってきました。