八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

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13/ 力の化身/戦の権化

 

 

 "ソイツ"を見た瞬間、全身の血が滾ったのを知覚した。

 胸の奥に湧き上がるこの想いに歯止めは効かなかった。

 

 

「…………は」

 

 

 あんな物を見せられては、到底我慢など出来る筈もない。

 それは飢えた犬の前に肉餌を置いておきながら、一口も食わせない事と同義だった。

 得体の知れぬ衝動に駆られ、気が付けば飛び出していた。

 思考は歓喜と期待だけで塗り潰され、肉体に染み付いた習慣だけが身体を突き動かしている。

 最短距離を真っ直ぐに突っ走り、"ソイツ"の顔面目掛けて全力で拳を振り抜いた。

 

 

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)

 

 

 "ソイツ"がそう、呟いた。

 鋭く冷酷な眼差しでこちらを見つめ、立ち尽くしている。

 正直、隙だらけだと思った。

 身体のどこに打ち込んでも致命傷となる己の一撃を、そんな軟弱な構えで受けられるものか、と。

 しかし、脳内を責め立てる警鐘は一向に鳴り止まない。

 何故か。

 その正体はすぐに分かった。

 変化の兆しは"ソイツ"が何かを呟いた瞬間だった。

 強大な『力』が産声を上げる。

 魔力越しに見る世界に亀裂が生じた。

 身に降りかかる重苦しさで呼吸が詰まる。

 止まらず回り続けていた脚が、これ以上"ソイツ"に近付く事を恐れるが、俺はそれを理性でねじ伏せた。

 俺は今、何を考えた。

 恐れる事など何もないと言うのに。

 俺は魔族最強の戦士。

 俺を止められる存在など、この世に居る訳がない。

 

 

「ふんっっ!!」

 

 

 堅牢な竜の鱗をも破壊出来るその拳を、ボーっと突っ立っている"ソイツ"の顔面に思い切り振り抜く。

 頭蓋は割れ、脳漿が飛び散り、衝撃で粉微塵と化す。

 無様に散りゆく"ソイツ"の姿を脳裏に思い浮かべるが、実際に目に飛び込んできたのはそれとは真逆の光景だった。

 

 

「まさか……信じられんな」

 

 

 止められて、いた。

 目障りな有象無象を全て薙ぎ倒してきたこの拳が、信じられない事にいとも容易く止められてしまったのだ。

 こんな事、生まれてはじめての経験だった。

 天地がひっくり返っても有り得ないと思っていた。

 しかし、どれだけ時間が過ぎようとも現実は変わらない。

 俺は俺のまま、拳は受け止められたままだった。

 

 

「…………」

 

 

 何だ。この感情は。

 この俺が、己の拳を止められた事に対して歓喜している。

 悔しがるでもなく、苛立つでもなく。

 ただひたすらに歓喜している。

 今まで俺と相対した敵は、拳の一振りで塵と化した。

 敵が今まで鍛え上げてきた武勇も、技術も、信念も。

 俺の前では全て塵芥のような物でしかなかった。

 何者にも止められず、何物も拒めない。

 敗北を知らぬ最強の存在が俺だと信じていた。

 この世の頂点が俺だと疑わなかった。

 それが、今、崩れ落ちた。

 今まで受け止められる事を知らなかった俺の拳を、いとも簡単に受け止めてみせた"ソイツ"の顔を、食い入るように見つめた。

 冷酷で残忍。しかしどこか熱さを持った男だった。

 とても異質で荒々しい暴力的な『力』の昂ぶりを、今も"ソイツ"からひしひしと感じている。

 お前が俺に『敗北』を教えてくれるのか。

 苦々しい敗北の味を、初めて俺に刻み込んでくれるのか。

 凍てついた冷たい世界に陽が当たるように。

 白黒だった世界に色が戻るように。

 俺の心を揺れ動かしてくれるのか。

 何だ。この感情は。

 再び、疑問が生まれ落ちた。

 リヴァーレは、自らの内に湧き続けている謎の感情について、はっきりとした答えを未だ出せずにいた。

 

 

 

 

 "ソレ"を見た瞬間、心臓を鷲掴みにされる感覚に陥った。

 耐え難い悪寒が身体中に走るのを止められなかった。

 

 

 ーー地上最強の生物。

 

 

 "ソレ"の背後に、範馬勇次郎を幻視してしまったから。

 ただ佇んでいるだけなのに、俺には"ソレ"から立ち昇る荒々しい魔力が"あの構え"を取っているように錯覚した。

 相対する者の心に恐怖と畏怖を刻み込む、仁王立ちで大きく両手を広げた"あの構え"だ。

 鬼が、嗤っていた。

 そのあまりの恐ろしさに、美しさに。そしてあまりに偉大な漢の姿につい目を奪われてしまう。

 俺が目指す『力』の極致に最も近い漢。

 その幻想を我を忘れて眺めていたからか、"ソレ"が勢いよく突っ走ってきた事に途中まで気が付かなかった。

 鬼の振るう鉄槌の如き拳。

 戦の権化が穿つ最強の矛。

 絶大な威力を内包するその拳が、俺の眼前に迫り来る。

 

 

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)

 

 

 考える暇すら、なかった。

 身体が思考を通さず、無意識的に魔法を発動していた。

 脳内を責め立てる警鐘を止めるには、己の信ずる魔法を使うしかないと、何百もの殺し合いを経験した己の肉体が勝手に判断したのだ。

 果たして、その判断は正しかった。

 俺の勘に狂いはなかった。

 俺の身体から立ち昇る魔力の質が一段と荒々しくなり、目の前の"ソレ"と同質の物へと変化する。

 竜すら捻り潰す『力』をこの身へ降ろし、今まさに顔面へと叩き込まれようとするその拳を受け止めた。

 うねる激流の如き『力』同士がせめぎ合う。

 壊。潰。死。

 それらが、一瞬だけ脳裏を過ぎった。

 馬鹿な。そんな事有り得ない。

 俺は今、何を考えた。

 疑う事など何もないと言うのに。

 俺はこの世の極致へ至る者。

 俺を止められる存在など、この世に居る訳がない。

 

 

「ハッッ!!」

 

 

 この身に宿す『力』を信じ、真っ向から拳を受け止める。

 そして、受け止めた瞬間分かった。

 ありとあらゆる災害をこの拳一つに詰め込んだような、そんな際限の無い暴力の極みの恐ろしさを。

 堅牢な大盾に、ヒビが入るイメージがシーアを襲った。

 徐々にヒビ割れ、そして砕け散って行く絶対防御。

 想像を遥かに超える衝撃と、予想を上回る拳の威力に俺は思わず苦悶の声を漏らしてしまう。

 "ソレ"の拳を受け止め伝わってきた衝撃が、俺の手のひらを突き抜けて周囲を蹂躙した。

 

 

「そんな事が……信じられねえ」

 

 

 俺の認識する世界が崩れ落ちた。

 不動の大地が天に向かって落ちて行く。

 それはまさに、青天の霹靂だった。

 シーアの脳内は混乱と驚愕、そして俺と同格レベルの『力』を振るう目の前の"ソレ"への警戒で一杯だった。

 正直、認めたくはない。

 しかし、"ソレ"の振るう『力』は本物だ。

 ならば、素直に認めるしかあるまい。

 俺の魔法を掛けた身体ですら、"ソレ"の攻撃を受け止めるので精一杯だった事はもはや覆せぬ事実だ。

 ああ、悔しい。

 死ぬほど悔しい。

 俺の『魔法』と『力』は何より至高の物なのに、"ソレ"は真っ向から俺達の絆をねじ伏せてきやがった。

 今まで地獄の鍛錬を己に課し続け、幾多もの死線を俺達だけで切り抜けてきたと言うのに。

 その努力の結晶をこんなにあっさり崩されるなんて……!

 コイツは……コイツは……。

 拳を突き出したまま突っ立っている"ソレ"の顔を、今一度強く睨み付けた。  

 ドス黒く禍々しい殺意が俺の身体に満ちて行く。

 ぶち殺してやる。

 屈服させてやる。

 武器や小細工なんかじゃ駄目だ。

 自分の『力』じゃなきゃ駄目なんだ。

 俺のこの拳で、こいつに泥と屈辱の味を教えてやる。

 この世の極致に至るのは、俺だ。

 頂点は二人もいらない。

 向こう側に行くのは、俺一人だけでいい。

  

 

 

 

 『力』と『力』のぶつかり合い。

 強大な力と異質な力がせめぎ合い、収束と同時に反発し、そして一気に弾け飛ぶ。

 そのあまりの力の大きさに景色は歪み、大気は凄まじく揺れ動き、余波で周囲の森林は根こそぎ吹き飛ばされ、二人の立つ大地には少なくない亀裂が刻まれた。

 しかしそんな歪みの中心に在って尚、傷一つなく平然と立ち続けるその男達は、正しく本物の『力』を手繰る強者なのだろう。

 

 

「流石だ、名も知らぬ同胞よ。まさかこの世に俺の拳を止められる存在がいるとはな」

「拳を止められたってのに、お前は随分と嬉しそうだな」

「ああ、嬉しいとも。ようやく、この俺と対等に殴り合える存在が現れた。お前ならこの歓喜がよく分かる筈だ」

「本気の殺し合いをって意味では……そうだな」

「俺の名前はリヴァーレ、戦士だ。強者との戦いを求めて各地を彷徨い歩いているが……今はそんな瑣末な事などどうでもいい。名乗れ」

「シーア、俺はシーアだ」

「そうか。お前がシュラハトの言っていたもう一人のメンバーか」

 

 

 リヴァーレが口元を歪ませながら、そう呟いた。

 何かを納得し、何かを企んでいる不敵な笑みだった。

 その笑みから溢れ出てくる血生臭さには覚えがある。

 これは、殺し合いに悦を見出している修羅の面だ。

 命と命の奪い合いこそが何よりも美しいと思っている、イかれた戦闘狂の顔だ。

 価値観が似通っている俺だからこそ、気が付けた。

 コイツは、今、激しい戦闘を望んでいる。

 俺がそう思った瞬間、リヴァーレの拳を掴んでいた手のひらに鈍い痛みが走った。

 リヴァーレが俺の手を鋭く振り払ったのだ。

 そして即座にしゃがみ込み、足払いを仕掛けてくる。

 その一連の流れは刹那の出来事だった。

 並の人間や魔族がそれを見れば、まるで視界からリヴァーレの姿が消えたように映るだろう。

 そう。並の存在ならば。

 

 

「流石に速いな、シーア」

「お前が遅いんだよ」

 

 

 『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』を掛けたシーアは既に並の存在ではなく、その程度の枠に収め切る事など到底出来やしない。

 身体能力、肉体強度、五感、その他諸々。

 その全ての能力が大幅に引き上げられ、尽く極められ、シーアの身体を人智を超えた存在へと昇華するのだ。

 荒ぶる暴力を従え、それらを乱暴に叩き付ける。

 あらゆる抵抗をねじ伏せて、どんな防御も突き破る。

 その理不尽はまさに"力"の化身そのもの。

 

 

「ハッ!」

「くっ……!」

 

 

 シーアは即座に攻勢に転じる。

 足払いを仕掛けるリヴァーレ目掛けて蹴りを繰り出し、奴の身体を真横に吹き飛ばす。

 リヴァーレの口から息が漏れた。

 それは苦悶の声と言うより、込み上げてくる歓喜と興奮を何とか抑え込もうとして、つい漏れてしまった声のように聞こえた。

 吹き飛ばしたリヴァーレの元へ駆け、追撃を仕掛ける。

 奴の上を取り、無防備な身体のど真ん中に全力の拳を叩き込もうと拳を振り上げたが、それより早く俺の胴に拳が叩き込まれる。

 

 

「ぐうっ……!?」

「硬いな」

 

 

 この身は魔法を掛けた身であるにも関わらず、奴の拳は俺の防御を貫き内臓を千切れる程に揺らしてきた。

 身体の奥底から強烈な吐き気が込み上げてくる。

 それと同時に、耐え難い憤怒も。

 俺に拳を一発入れた程度で、勝ち誇ってんじゃねえよ!

 

 

「なに得意になってんだっ……よッ!!」

「…………!!」

 

 

 奴のガラ空きの懐に、渾身の右ストレートを喰らわせる。

 肉を穿つ鈍くて大きい重低音が、衝撃と共にリヴァーレの身体に響き渡った。

 そこで初めて、リヴァーレの顔に苦悶の表情が浮かんだ。

 奴の口から多量の涎が飛び散り、俺の顔にかかる。

 再び憤怒が湧き上がった。

 

 

「汚ねえ!」

 

 

 怒りの赴くまま、リヴァーレの身体を蹴り飛ばす。

 高速で吹き飛んでいくリヴァーレを尻目に、シーアは右脚を大きく振り上げ、そして地面に向け一気に振り下ろした。

 大自然に叩き付けられる理不尽。

 大地に蜘蛛の巣状に地割れが刻まれていく様子を見守りながら、その中心部分にシーアは拳を叩き込んだ。

 辺り一体が大きく陥没する。

 この地に癒えぬ傷跡が刻まれる。

 もはや意思ある自然災害と化した二人の戦いは、個人の戦闘と呼べる規模を大きく超越していた。

 昂る己の意志を、溢れ落ちる『力』の残滓を大自然へとぶつけ発散し、再びリヴァーレを見据えた。

 錐揉み回転しながら、遠くの岩盤に頭から突っ込んでいるリヴァーレ。

 はっ、何とも情けない光景だなオイ。

 まずは、そのブラブラと情けなく揺れている両足を捩じ切ってやろう。そして最後に俺という暴虐をその身に刻ませてから死なせてやる。

 

 

「フッ……!」

 

 

 両足に力を込めて、全力で大地を蹴り付ける。

 そうして蹴り付け跳んだ勢いと、大きく振りかぶった右腕のしなりを合わせて、全力の打撃をリヴァーレの下半身にぶち込んだ。

 岩盤の中から、獣のような絶叫が聞こえた。

 しかし次の瞬間、激痛によって硬直していたリヴァーレの足が、まるで生きた大蛇の如く俺の身体に絡み付き、全力で締め付けてくる。

 

 

「ぐっ……速っ」

「油断したな、シーア」

 

 

 岩盤を中から吹き飛ばし、傷だらけで現れたリヴァーレが微笑みながら俺に語りかけてくる。

 満身創痍……ではないだろうが、それでも少なくないダメージを負っている筈なのに、リヴァーレは平然と立ち上がってきた。

 まあ、当然か。だって俺達は戦士なんだから。

 どれだけズタボロにされても、どれだけ身体を痛ぶられても、肉体が存在する限り何度だって立ち上がれるのだ。

 この程度でくたばれるんなら、千年後に「血塗られし軍神」などと人類から呼ばれ恐れられる筈もない、か。

 

 

「さっきのは痛かったぞ、シーア。思わず声が出てしまう程度には、なっ!」

「…………!」

 

 

 リヴァーレが口から溢れ出る血を拭いながら、脚で拘束している俺を見据え、そして拳を握りしめた。

 咄嗟に魔力を前面に押し出し、強化する。

 そこから先は、一瞬だった。

 俺の認識する世界が崩れ落ちた瞬間、迸る強烈な衝撃と身体を駆け巡る激痛が俺を襲い、数瞬後に何かに激突する。

 魔力で強化されていない背面に、とんでもない程の激痛が走った。同時に、何かに濡れる感覚も。

 背中の皮膚が地面に激突した事によって大きく抉れ、その傷口から大量の血が溢れ出てきたのだ。

 俺の動体視力でも見切る事が出来ない速度で叩き込まれたその拳は、この俺でも恐怖してしまう程にとんでもない破壊力を秘めていた。

 俺と違って魔法による強化をしていないにも関わらず、これ程の破壊力をその身一つで生み出したのだ。

 憎たらしい奴だが、やはりその『力』は本物だ。

 

 

「どうした、シーア。まさかこの程度でくたばった訳でもあるまい。機を伺っているのだとしたら無駄な行為だぞ」

「……そんな事するかっての。全く、この馬鹿力が」

「馬鹿力か、お前に言われると嫌味にしか聞こえんな。俺が今まで生きてきて、お前以上に強力な『力』を振るう存在を俺は見た事がない」

「…………」

 

 

 奴が俺の目を真っ直ぐに見据えながら、そう告げた。

 この言葉は、魔族リヴァーレとしての言葉ではなく、戦士リヴァーレとしての言葉だと何故か直感的に思った。

 理由は分からない。

 ただ、何となくそう感じた。

 

 

「お前は正しく『力』の化身だ。同胞達が口々にそう言い囃すのも分かる。戦い方は少々お粗末だがな」

「うるせえ、戦い方は俺の身体の成長待ちなんだっての。今の小柄な身体じゃ俺の理想とする戦い方が最低限しか出来ないんだよ」

「知っているとも、シュラハトがそう言っていたからな。だからこそ、お前には期待している。成長途中であるにも関わらず、そこまでの『力』を得るに至った戦士に」

「……期待?」

「敗北を知らないこの俺に、唯一敗北の二文字を刻み込んでくれる存在に至ってほしいという願いとも言える」

「…………」

「敗北を知りたいんだ、俺は。

 さあ、シーア。俺に敗北を教えてくれ。敗れる屈辱を俺に教えてくれ。泥水の味を俺に教えてくれ。死力を尽くして尚、届かなかった悔しさを俺に教えてほしい」

「…………」

「魔族最強の戦士の座を、お前のその異質な『力』で強引に奪ってみせろ。挑め、お前の前に立ちはだかるのは、魔族最強の戦士リヴァーレだ」

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)

 

 

 気が付けば、無意識のうちに魔法を掛けていた。

 心臓が大きく高鳴り、鼓動を早く刻ませる。

 そして有無を言わさず、リヴァーレの顔を殴り飛ばした。

 轟ッ!! と凄まじい爆音を立てながら、リヴァーレが衝撃波に包まれて遥か彼方に吹き飛んで行く。

 そして即座に地面を瞬く間に蹴り付ける事によって超スピードで移動し、吹き飛んでいるリヴァーレの片足を掴み取り、思い切り地面に叩き付けた。

 シーアが得意とする、零から最高速へと瞬時に切り替える移動法を思う存分に使った戦闘法である。

 

 

「敗北を知りたい、か」

 

 

 地面に頭から突き刺さり、半ば犬神家と化したリヴァーレを見下しながら、シーアはそう呟いた。

 先程リヴァーレへ喰らわせた一撃は、正真正銘本気の一撃だった。

 いくら耐久力に秀でているリヴァーレと言えども、俺の本気の攻撃をまともに喰らえば大ダメージは免れない。

 現に、リヴァーレが埋まっている地面からは何の反応も無かった。

 

 

「勘違いするなよ」

 

 

 反応が無い事などお構いなしに、シーアはリヴァーレへと語り掛ける。

 コイツがこの程度でやられる程甘っちょろい存在だとは、全く思っていない。

 

 

「俺がお前に挑むんじゃねえ」

「…………」

「お前がこの俺に挑戦するんだよ、リヴァーレ!」

 

 

 地面が内側から隆起し、中から拳を振りかぶったリヴァーレが飛び出してくる。

 その一撃を、受けるか。避けるか。

 判断を間違えれば、致命傷は免れない。

 俺が咄嗟に選んだのは迎撃だった。

 瞬時に拳を大きく振りかぶり、リヴァーレの力が振り絞られた剛腕に向け、一気に振り放った。

 ぶつかり合う拳と拳。

 反発し弾き合う超大な『力』と異質な『力』。

 触れ合った皮膚同士から伝播する強力な衝撃が、シーアとリヴァーレの身体を通り越して周囲に甚大な被害を齎す。

 シーアの頭からはもう魔王の命令など抜け落ちていた。

 対峙するリヴァーレもそうだった。

 今、二人の頭の中にあるのは、目の前の敵をただ拳で屈服させるという獣染みた本能だけだ。

 この日、魔族最強の戦士達が大陸最北端にて交戦を開始した。

 

 

 

 

「シュラハト。あれ、止めなくていいの?」

「問題ない」

 

 

 傍に佇んでいるソリテールが、そう声を掛けてきた。

 その声色から伝わってくるのは、事の顛末への興味と、人類に目を付けられる事への漠然とした恐怖だ。

 そんな彼女の問いに最小限の言葉だけを返しながら、シュラハトは目の前で繰り広げられている戦闘に目を向けた。

 大気がひしひしと軋み、悲鳴を上げている。

 森林からは、動物達が慌ただしく逃げ去っている。

 大地には既に幾多もの線が刻まれており、二人の戦士が暴れ回った事による衝撃で地盤はズタボロに崩壊してしまっていた。

 遠くで断続的に響いている破壊音を聞きながら、シュラハトは眼前に広がる荒れ果てた大地をぼんやりと眺めていた。

 

 

「まあ、君がそう言うなら問題無いんだろうけど。でもこのままじゃ、あの二人の内のどちらか死んじゃうわよ」

「魔王様がシーアとリヴァーレの二人を指名した時からこうなる事は分かっていた。それに、止めようと思って止められる奴等じゃないのは知っているだろう」

「私にはそうね。でも、君になら出来た筈よ」

「…………」

「らしくないね、シュラハト。いつもの君なら、こんな大事になる前に手を打っていた筈だ。いや、そもそも大事になんて絶対させなかった」

「…………」

「だって君は魔王様の側近だから。魔王様に仕える君の思惑がどうであれ、その命令を果たす為に最善を尽くすのが全知のシュラハトだった筈」

「ならそれは勘違いだ。俺は魔王様にただ付き従っている訳じゃない。未来の魔族の為に出来る事を、魔王様の命令の傍らでしているに過ぎない」

「だから、二人の戦いを止めなかったと? 正直、私には二人の戦いが未来の魔族にどう影響しているのか全く分からないわ」

「魔王様の命令は大陸最北端にある人類の村落を滅ぼせ、だ。それに背くつもりもなければ違えるつもりもない」

 

 

 シュラハトはそう言って、無理矢理会話を断ち切った。

 ソリテールもこれ以上の追求は無駄だと悟ったのか、特に食い下がってくる事もなかった。

 ただ、諦めたように目の前の戦闘を眺めているだけだ。

 シュラハトもそんなソリテールから視線を振り切り、遥か遠くで暴れ回っている二人に視線を戻した。

 

 

『なあシュラハト、知ってるか。八門遁甲って術はなーー』

 

 

 ふと、かつての記憶が蘇る。

 かつてと言っても過去にあった記憶ではなく、己の魔法を通じて垣間見たいつか訪れる未来の記憶である。

 その記憶の中にある友の笑顔が、ずっとシュラハトの頭の中に残り続けていた。

 

 

『全部が決まってる展開だなんて、俺たちが作られた存在だなんてクソ喰らえだよな、シュラハト』

『俺と一緒に、こんな世界ぶっ壊しちまおうぜ……!!』

 

 

 友と誓ったあの日の言葉が脳裏を過ぎる。

 この世の理不尽で絶望的な仕組みを知ってしまったあの日に、友から投げ掛けられた言葉を。

 アイツにとって、これはまだ経験すらしていない遠き日の出来事であるが、俺にとっては何より掛け替えのない思い出の一つだった。

 

 

「ああ、シーア。約束、だからな」

「……?」

 

 

 俺の呟きが耳に入ったのだろうか。ソリテールが怪訝そうな顔をしてこちらを見つめてきた。

 

 

「いや、なんでもない」

「そう」

「……この戦いも、直に終わる」

「そう。君が言うなら、そうなんだろうね」

 

 

 二人で友の死闘を見守る。

 在りし日の思い出。遠き未来の夢物語。

 ソリテールと並んで遠くを見ているこの状況に、ほんの少しだけ既視感を抱きながら、友が心から望んだ殺し合いを最後まで見守る事にした。

 

 




FGOの終章やってたら遅くなりました。ええ、泣きました。
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