八崩賢 極致のシーア 作:蟲の月
一体何をどうすれば、もう一度あの頃に戻れるのだろう。
まだ何も知らなかったあの頃に。
まだ仲間と静かに暮らせていたあの頃に。
耐えがたい不条理と理不尽を味わって、一番最初に思ったことがそれだった。
冷たくなった骸に触れる。
もうこの子の瞳が開くことは二度とない。
拙い喋り方で私のことを「おねえちゃん」と呼ぶことは、もう決してないのだ。
耳障りな声が残響する。
もう心の底から聞きたくないと思った声だった。
同時に、何よりも許せない声でもあった。
今は亡き同胞たちのことを想うと、潰された故郷のことを想うと、この子が迎える筈だった未来のことを考えると。
憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎憎ーー。
「…………」
もう頭がどうにかなりそうだった。
私と関わる全てのモノが魔族によって壊される。
心を八つ裂きにされる方がマシだと思って。
もう心を閉じた方が楽だと思って。
しかしそれでも諦められなかった結果がこの有様だ。
堂々巡りの袋小路。
この世には奪う者と奪われる者が存在する。
奪う者はいつだって自分の気分次第で、奪われる者は何をどうやったって理不尽に奪い尽くされるのだ。
強くなるしかない。
殺すしかない。
私の大切なモノを守る為には、私がどうしようもないくらい強くならなければならないのだ。
身勝手に振る舞うアイツのように。
沸々と腹の中から込み上げてくるこの感情に身を委ねる。
ああ、これが殺意なのか。
ーーなんだか殺せる気がしてきた。
◆
「ーーーーーーーーーー!!」
轟音が絶叫を飲み込む。
フランメの右手から放たれた膨大な魔力の閃光が、激闘によって疲弊した二人の魔族をあっけなく飲み込んだ。
塵すら残さないと言わんばかりに、全力の不意打ちを最高のタイミングでぶち込んだのだ。
当然、これであの二人を仕留められたとは思っていないが、それでも少なくないダメージは与えられたはずだ。
彼方へと吹き飛んで行く閃光を尻目に、フランメは視線を別の方向へと移した。
「よお、久しぶりだなオイ」
二人の肉体派魔族によって荒らされたデコボコ道を、フランメはものともせずに歩きながら、対面に佇んでいる男に向かって声を掛けた。
「未来を視る魔法を使うんだってな、お前」
現時点で、人類と敵対している魔族の中で、人類側に扱う魔法の詳細を知られている者は、実はそう多くない。
しかし、今も私の目の前で、涼しげに佇んでいるコイツについては例外だ。コイツの扱う魔法は、人類側の書物にしっかりと記録されていた。
曰く、千年先の未来を見通す魔族。
曰く、幾千幾万もの可能性を見届けた男。
曰く、森羅万象の尽くを網羅した者。
ーー名を、全知のシュラハト。
魔王の腹心であり、未来を観測出来る唯一の魔法使いであり、人類に仇なす最大最悪の魔族がコイツだった。
右手から立ち昇る魔力の残滓を振り捨てて、フランメは再び口を開く。
「この展開は想定外だったか?」
「…………」
「それとも、まだお前の手のひらの上か?」
シュラハトは目を瞑ったまま答えない。
涼しげに目を閉じ、口も固く結んで沈黙を貫いている。
一向に会話に応じようとしないシュラハトの様子を見て、フランメは肩を落としながら言葉を続けた。
「魔族に会話を期待するだけ無駄だったな」
フランメがシュラハトと出会うのは、あのエルフの里の一件以来だったが、そのたった一度の邂逅で、フランメはシュラハトの実力を正しく把握出来ていた。
"未来を観測する魔法を扱える"。
全知のシュラハトはその一点のみが注目されがちだが、類い稀なる実力を持つフランメは、それ以外の点でもシュラハトが優れた魔法使いであることを、半ば直感的に理解していたのだ。
ーーコイツ、隙が無いな。
フランメは未だ攻めあぐねていた。
人類の魔法使いの中でトップクラスの実力を誇るフランメが、シュラハトに対して未だ攻勢に転じきれていないのは、ひとえにシュラハトに攻め入る隙がないからだ。
剣術の達人は、相手の構えを一目見ただけで、その大体の実力を推し量ると言われている。
只者じゃない雰囲気は、相対しただけですぐに分かる。
フランメは、
一見すると目を瞑りぼーっと突っ立っているようにしか見えないが、その身から立ち上がる魔力はどんな攻撃にも対処出来るよう、辺りに蜘蛛の巣の如く張り巡らされている。
もしコレに気付かずに攻撃魔法を撃ち放てば、即座にシュラハトの魔力によって絡め取られ、そのままカウンターの一撃を喰らうことになるだろう。
だが、それはーー。
「
ーー真正面から行けばの話だろ!
先に動いたのはフランメだった。
轟ッ! と凄まじい音を立てながら、灼熱の炎がシュラハトの周囲数メートルに渡って具現化する。
大魔法使いの卵であるフランメが放つ高火力の魔法。
四方八方から迫り来る灼熱の炎を前に、シュラハトが取った行動は酷くシンプルなものだった。
「
同程度の出力と威力を誇る、同じ魔法による相殺。
灼熱の炎が互いに互いを屠り合い、シュラハトとフランメの視界を一時的に遮った。
両者の姿がお互いに捉えられなくなる。
地獄の業火が火の粉となって散り始めた時には既に、シュラハトの視界からフランメの姿が消えていた。
「…………」
霞のように姿を消したフランメを前に、シュラハトは平常心を保ったままで、焦りも恐れも見せることはなかった。
傍から見れば、シュラハトはただじーっと虚空を眺めているだけにしか見えないだろう。
しかし、シュラハトの瞳には可能性が捉えられていた。
それは、生を掴み取る為のか細い蜘蛛の糸そのものだ。
『
シュラハトの頭の中に響く凛とした声。
その声を聞いた瞬間、シュラハトは半ば反射的に身体中に魔力を回し、その場から弾けるように跳んだ。
そしてその数瞬後、シュラハトの頭の中に響いた声と同じ声が、遠くの方で魔法の名を凛と呟いた。
「
世界が眩く照らされる。
人工的に自然の雷を生み出し、任意の方向に放つこの魔法は、攻撃魔法の中では『
並の存在であれば放つだけで勝敗が決し、熟練者でも真正面から受け止めるのには相当の力量が必要になる。
しかし、それはまともにやり合うならの話で、そしてシュラハトは独自の魔法体系を極めている。
並の存在になら必殺となる魔法であっても、シュラハトにとってはそうではなかったという話に過ぎない。
フランメの放った魔法は、先程までシュラハトが立っていた場所に衝突し、地面を大きく抉り取るだけに終わった。
対峙するフランメも、当然『
攻撃を避けられた瞬間、フランメは即座に魔力を加工し、純粋な魔力の光線をシュラハトに向かって撃ち放った。
しかしそんなフランメの攻撃も、シュラハトは一瞥することすらなくヒラリと身を翻し、いとも簡単に避けてみせる。
「その何もかもを見透かしたような面が気に入らねえな」
吐き捨てるように、忌々しいものを見るように。
フランメは嫌悪の色を隠そうともせず、そう告げた。
「ハッ、未来を見ることが出来るんだもんな。そりゃそんなつまらねえ顔にもなるか」
「…………」
「お前、未来は何でも自分の思い通りになるとでも思ってんだろ。何もかもが自分の匙加減一つで決まって、裏から世界を支配した気にでもなってるつもりなんだろうが……」
一呼吸置いて、フランメは再び口を開いた。
「それが気に入らねえって言ってんだ。未来を見ることが出来るってことと、未来を操ることが出来るってことは同義じゃねえ。私たちの未来は私たちが決める。お前が指し示す未来になんざ誰も興味はねえんだよ」
『お前は最後に、南の勇者に敗れて死ぬのさ』
『君たち魔族の勝手な都合を、僕たち人類に押し付けないでくれ』
シュラハトの頭の中に二つの声が残響する。
一つは聞き覚えのある声だった。
シュラハトを絶望の淵から引き上げてくれた友の声だ。
そしてもう一つは聞き覚えこそないものの、確実にシュラハトの知識の中にある声そのものだった。
これはいつか聞くことになる未来の声であり、己の命運を賭けた戦いの狼煙となる声でもあった。
勇者ヒンメル一行。
世界を後ろ盾に持つ未来の大英雄。
いつだって、世界中に散らばる
『南の勇者に殺され、魔王様が討ち取られ、それすら良しとしていた俺の考えも、その全てが決められていた事だった』
『俺と一緒に、こんな世界ぶち壊しちまおうぜ……!!』
未来とは様々な選択の積み重ねによって掴み取るものではなく、一から百まで全てが定められているものだ。
この事実を知っているのは、この世にたった二人だけ。
何も知らない有象無象は、全知のシュラハトこそが未来を好きなように操作していると勘違いするだろう。
今もこちらを鋭く睨みつけてくるフランメのように。
だが実際は、俺もフランメもそこまで変わらない。
ただ『葬送のフリーレン』という物語を構成するだけの、この世界に無数に存在する塵の一つに過ぎないのだ。
だからこそーー。
「……そうだとも」
「あ?」
「"私たちの未来は私たちが決める"? そんなこと、この世界の誰もがそう願っている。そこに魔族も人類も関係ない」
「…………」
「檻の中で生まれた動物は自らが飼われていることなど知らない。何故なら生まれた時からそうだからだ。疑問に思うことすらしないだろう。今のお前たちのように」
「時間稼ぎか? 訳の分からねえことをペラペラと」
「そしてそれを知る方法は、たった一つしかない。それは檻の外を知る者に教えてもらうことだけだ。それ以外にはない」
ーーただ、分からせてやりたいんだ。
一矢報いてやりたい。一泡吹かせてやりたい。
この世界を真に牛耳っている連中に。
どうしようもなく叛逆してやりたいんだ。
いずれ訪れる約束された死を前にして、何もしないまま待っているだけだなんて俺は絶対に認めない。
最初から最後まで誰かの手のひらの上で転がされて、挙句ソイツらの勝手な都合で殺されなければならないなどど。
許せない。理不尽。
だから抗う。最後まで。
「俺はお前たちとは違う」
そうだ。もう何も知らない有象無象では居られない。
過程はどうであれ、俺は識ってしまった側だから。
地獄を見た。破滅を見た。
避けようのない理不尽を垣間見た。
識ってしまったからにはもう後戻りは出来ない。
あの日、あの時、あの場所で。
『葬送のフリーレン』のシュラハトは死んだ。
ここに居るのは、自らの手で善き未来を手繰り寄せようとするだけの、ただの一生命体に過ぎないんだ。
『ぶっちゃけ俺は魔族の事なんてどうだって良いけどさ、お前と話すこの時間だけは結構好きなんだぜ』
『……あぁ、俺もそうだ』
かつての在りし日を否定することなど、この世界の誰にも出来やしないだろうーー?
「
この局面で、シュラハトは始めて自分から動いた。
手のひらに魔力を込め、渦を作って巻き込み、圧縮する。
放てば辺り一帯を吹き飛ばす膨大な竜巻が、シュラハトの手のひらに収まるくらいの大きさにまで圧縮されている。
これをそのまま解き放てば、戦闘は今までの様子見の戦いから、更に激しい戦闘へと一気に膨れ上がるだろう。
大規模になる戦いの中から予期せぬ事象が起こることも、未来予知とは違う結果が引き起こされることだって、もしかしたらあるかもしれない。
この戦いの行く末がどうなるか。それはシュラハトにとっては既知の問題でしかない。
しかしそれでも、シュラハトは己の予知を裏切る展開が引き起こされることを期待していた。
なぜならそれは、遠き日の二人にとって、天上から齎されられる蜘蛛の糸になり得るかもしれないからだ。
「止められるものなら止めてみせろ」
「ハッ、ぶち殺してやるよクソ魔族……!」
この考えが間違っていると言うのなら。
この望みが相応しくないと言うのなら。
俺を、俺たちを倒してみせろ。
既定の物語を変えることが最大最悪の禁忌だとして、それに抗うモノの尽くを排除しようと世界が動くならば。
その時俺はようやく、アイツらと一緒に……夢と信念を貫く為だけに戦うことが出来る。
エタッたと思ったかい? 書き溜めを作っていたのさ! まあ作れてないんですけどね! 今話は短いですけど許してください。
あとシュラハトの一人称って『私』だったんですね。この前何となく原作を読み返していたら気付きました。完全に『俺』って言ってそうなキャラじゃん……。ちゃんと確認しなかった自分が悪いんですけどね! 公式からシュラハトくんが供給されて確認出来たら改めて変更します! まだ俺キャラな可能性はあるから……公私混同はしないタイプかもしれないから……それまではこのままで! 何でもするから許して……。