八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

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20/死に抗う魂よ 再起せよ

 

 

 

 

 

 勇者ヒンメルは強い。

 当然だ。彼はいずれ魔王様を討ち倒し、世界に平和をもたらす伝説の勇者になるのだから。

 そして、それはもう既に決まっていることだ。

 運命よりも、因果よりも。遥かに強いモノによって、強制的に定められている世界の理だからだ。

 

 

『因縁を断ち切るだけの強さを、君は身に付けなければならない』

 

 

 不規則な軌道で迫り来る勇者ヒンメルの手繰る剣。

 研ぎ澄まされた暴力の如き戦士アイゼンの振るう斧。

 二人の隙を埋めるように立ち回る僧侶ハイターの援護。

 それを、魔力によって強化した拳と未来を観測する己の魔法を駆使することで、危なげなく捌いていく。

 

 

「くっ……! 押し切れない……!」

「魔法使いなのに、ここまで近接が出来るのですねっ!」

 

 

 勇者ヒンメルの焦燥が剣越しに伝わってくる。

 僧侶ハイターの静かな驚愕が響き渡る。

 勇者一行が一筋縄ではいかない相手であることは、シュラハト自身なによりも深く理解している。

 だからこそ、その三人を同時に相手取り、ここまで渡り合えているのが奇跡だと思えた。

 その直後。シュラハトの頭に友の声が残響した。

 

 

 ーーこれは偶然なんかじゃない。努力はお前を裏切らない。お前がずっとずっと強くなったんだ。

 

 

 いつも仏頂面で身体を虐め抜いている友の笑顔が脳裏を過ぎった。今にして思えば、この笑顔が全ての始まりだった。

 勇者ヒンメルの剣が頬を掠める。

 

 

 ーー飲み込みが早いな。流石俺とアイツが鍛え上げただけはある。お前と殺し合うのも楽しそうだ。

 

 

 もう一人の戦闘狂の眼差しがシュラハトを射抜いた。痺れる右腕を無理矢理掲げ、彼のようにパワフルに振り抜く。

 戦士アイゼンの筋肉質な身体に当たり、吹き飛ばした。

 

 

 ーーああ、バカみたいな脳筋がまた増えた。あの二人を相手にするだけでも面倒なのに、君までそっちに行かないで。

 

 

 養豚場の豚を見るような目で二人を見下しながら、もう一人の友が苦笑した。彼女の手癖を真似てみる。

 濃縮された魔力の塊が、僧侶ハイターに直撃した。

 

 

「まずい! ハイターを守れ!」

「だ、大丈夫です……心配ありません。それより早くフリーレンの援護に……!」

「分かってる。でも、ここで人類の脅威であるシュラハトを見逃すことは出来ないよ。アイゼン、まだやれるかい?」

「任せろ」

 

 

 魔力の塊に撃ち抜かれたハイターをきっかけに、勇者一行の足並みは崩れ始めた。

 後方支援を担当するハイターが脱落すれば、あとは飛び道具を持たない前衛二人が取り残されることになる。

 戦局は一気にシュラハトに傾き始めた。

 魔法を扱える自分ならば、僧侶の加護がない前衛二人など赤子の手を捻るように始末出来るだろう。

 これなら、きっとーー。

 

 

「はあっ……はあっ」

 

 

 ここに辿り着くまでに、一体何を犠牲にしてきただろう。

 時間。同胞。幸福。感情。或いは、自分自身。

 それに見合うだけの物は手に入るだろうか。

 いや、手に入れてみせる。俺たちはその為に来た。

 この強さを身に付けるまでの日々を想った。

 それは、残酷で理不尽な世界の真実に、己の心を翳らされた時間そのものだった。

 しかしそれと同時に、大切な仲間たちと過ごした掛け替えのない日々でもあった。

 自らを操る天上の糸。

 滅びを強いられている魔族の末路。

 それを思うと憤怒と憎悪がとめどなく溢れ出る。

 だから。アイツらと一緒に、世界をぶち壊す。

 その先のことなんて知らない。興味もない。

 『葬送のフリーレン』という物語が台無しになろうが、幾千幾万もの命が犠牲になろうが、どうだっていい。

 ただ、アイツらと一緒にーー。

 

 

人を殺す魔法(ゾルトラーク)

魔族を殺す魔法(ゾルトラーク)

 

 

 同じ名を冠する二つの魔法が、北の大地でぶつかり合う。

 白いエルフと白い魔族の邂逅。

 世界の命運を分ける戦いの狼煙は、似て非なる魔法の衝突によって上げられた。

 

 

 

 

 傷付き疲れ果て満足に身体を動かせない状況で、膨大なエネルギー波に飲み込まれた場合、まずどうするか。

 ……まあ、とりあえず抵抗を試みると思う。

 そしてあまりの出力の高さに、取れる行動は非常に少ないということを思い知らされるだろう。

 というか、そこまで思考を巡らせられれば奇跡だ。

 ほとんどはそこまで考える前に、考える脳みそごとエネルギー波によって粉々に吹き飛ばされる筈だから。

 そういう俺も、半ばその状態にまで来ていた。

 

 

「……ぐっ、ぎっ……あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 

 頭から爪先に至るまで巨岩でも乗せられてるのか。そう錯覚してしまうほど重い。身体を全く動かせない。

 ならば魔力を振り絞り、全身から放出して相殺するしかない。そもそも魔力が底を尽きている。何も出来ない。

 せめて身体を動かすことが出来たなら……そう考えるが、リヴァーレとの死闘の影響が後を引いていることもあり、本当に指先一つ動かすことすら出来ないのだ。

 前にもこんな状況に陥ったことをシーアは思い出す。あの時は……一体どうやってその場を潜り抜けたんだっけ?

 

 

「………………ぁ」

 

 

 痛い。いや、痛いを通り越して何も感じない。

 無。虚無。もはや何も感じることはなかった。

 この状態がいかに恐ろしいことか。シーアはまだ冷静さを保っている別の部分でそれを考えていた。

 光線に飲み込まれ肉体がゆっくり解けているにも関わらず、シーアが痛みを感じなくなってきているのは、シーアの肉体が既に棺桶に片足を突っ込んでいるからだ。

 痛みとは、肉体の危険を訴えかける生存の為の信号。

 それを激しい光線の熱に晒されて尚感じないのは、間近に死が迫っているからに他ならないだろう。

 

 

「………………」

 

 

 先程までの死闘を思い返す。

 軍神リヴァーレとの命を賭けた拳のやり取り。

 この世界に生を受けてから今までで、一番楽しい時間だった。間違いなく。それは断言出来る。

 だからこそ、だからこそ。

 もしかしたら俺は満足してしまったのかもしれない。

 誰よりも強さを追い求め、『力』という事象を信奉していた俺が、最後の瞬間に『力』と『武』を体現したリヴァーレに打ち負けたという事実。

 全てを兼ね備えていたリヴァーレに、俺の持ち得る全てを出し切って敗北したこと。今際の際に『力』を体現した軍神の姿を垣間見たこと。それで、満足したのかもしれない。

 

 

「……ああ」

 

 

 ドロドロに解けている筈の肉体とは裏腹に、シーアの心中はとても穏やかな感情で満たされていた。

 気持ち良い。心地良い。

 世界が甘美な快楽に満ちている。

 死ぬのは、こんなに気持ちが良いのか。

 微睡みに似た何かが、僅かに残っていたシーアの意識を掻っ攫おうと、津波の如く押し寄せてきた。

 その何かに身を委ねようとして、その快楽を享受しようと瞳を閉じて、そしてシーアはふと想う。

 

 

 ーーこれが、極致に至った魔族の結末なのか。

 

 

 そこまで考えが至った時、ようやくシーアは自覚した。

 冷水をぶっかけられたように、背筋が凍えた。

 リヴァーレとの死闘の末、割って入った何者かの攻撃によってあっけなく殺されていく幕引きが、俺の死に様……?

 なんて醜い。なんて情けない。なんて愚かしい。

 この思考が過ぎるまで、大人しく嬲られ続けることを良しとしていた自分にも段々と腹が立ってきた。

 なんてザマだ。これは本当に俺なのか。

 まるで弱者の思考。痛みを恐れて死に逃げる雑魚の思考。

 俺が何よりも許せない、持たざる者の思考だった。

 

 

「……ク゛ッッソがッあ゛あ゛ぁ゛っ゛っ゛!」

 

 

 身体に熱が戻るようだった。

 憤怒と憎悪で、身体を立て直している気分だった。

 しかしそれと同時に、耐えがたい激痛と尋常じゃない圧迫感が、シーアの脳みそに再び舞い戻ってくる。

 だが、怒りに狂うシーアはそれすらもねじ伏せる。

 身体の奥底から湧き上がってくるドス黒い感情が、ドロドロに溶解されてゴボウ並に細くなったシーアの身体を、無理矢理奮い立たせて支えるのだ。

 

 

身躯っを……昇華す゛る魔法ッッ!(ルシフェラーゼ)

 

 

 掛かれ。掛かれ。掛かれ。

 この状況を引っくり返すには、魔法を掛けるしかない。

 シーアは無我夢中で魔法の名を呼び続ける。

 しかし魔法とは魔力があってはじめて成立するものだ。

 それは、『異界からやってきた』という異質な経歴を持つシーアであっても例外ではない。

 既に魔力がすっからかんのシーアが叫び続けても、膨大な魔力波の攻勢には何の影響も与えなかった。

 

 

「…………身躯をっ(ルシッ)ーー!!」

 

 

 魔法が起動しない。うんともすんとも言わない。

 まずい。これは本当にまずい。

 魔力を振り絞ることすら出来ない。魔力が全く無い。

 本当にまずい。このままじゃ、このままじゃ……。

 死んじまうーー!

 

 

『俺と並び立つ程の戦士ならこの程度でくたばってくれるなよ。力に秀でているのならそれに合った打開策を見出してみせろ。出来なければ死ぬだけだ』

 

 

 ふと、リヴァーレの台詞が脳裏を掠めた。

 先程の死闘の際に交えた台詞の内の一つ。何故、この状況でこの台詞が脳裏を掠めたのかは分からない。

 ただ、この状況で、この台詞がシーアの頭の中に呼び起こされたのは紛れもない事実だった。

 激痛と圧迫感と絶望の中。シーアは辛苦の真っ只中にいるにも関わらず、思わず笑みを溢してしまう。

 本当にただの偶然だろう。しかし、リヴァーレとの会話がこの状況で想起されたことに、シーアはなにか運命的なモノを感じてならなかった。

 

 

 ーーははっ……見せてやるよリヴァーレ。

 

 

 今もシーアと同じ状況に置かれているであろう戦友のことを考えながら、シーアはひたすら思考の海に潜り込む。

 どうすればいい。何をすればいい。

 何が必要なんだ。身体はあとどのくらい持つ。

 どうやって魔法を発動して、どうやって命を繋ぎ止めれば良い。

 

 

「……あ」

 

 

 蒸発寸前のシーアの頭の中に、一つの案が舞い降りる。

 魔力が枯渇していると言うのなら、生み出せばいい。

 魔力を生み出す時間が無いのは分かってる。ならばあるところから持ってくれば良い話だろう。

 分解するんだ。

 俺の身体を構成している魔力を分解して取り出し、それを魔法発動の薪にすればいいんだ。

 魔族は死んだら魔力のチリになって消える。

 魔族の身体は魔力で構成されているってことだろう。

 そんなのはもうこの世界じゃ普遍の事実だ。

 分解しよう。ならどこを分解するーー?

 手は絶対ダメだ。相手をぶん殴るには手が必要だ。

 足もダメ。機動力は必要不可欠。 

 目、鼻、耳。五感は俺の情報源。渡せない。

 なら何だ。何を引き換えに魔力を取ればいい。

 ……角。

 角、そうだ角だ。魔族の証たる双角の角。

 敵を突き刺したり、相手の攻撃を弾いたりするのにたまに使うが、用途は別にその程度しかない。

 そもそも敵を突き刺すならぶん殴った方が早いし、相手の攻撃を弾くならそれこそ腕さえあれば良い。

 頭突きなんて角じゃなく額でやれば良いだけだ。

 角はそこそこ有用だが、言ってしまえば細長いヘルメットみたいなモンでしかない。

 長かったり太かったりすれば女の魔族にモテるという訳でもなく、そもそも魔族は番を作らない。

 角を分解しよう。それしかない。

 そしてその魔力を全部『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』にぶち込んで、この状況を打破する。

 

 

「……ははっ、蜘蛛の糸だっ!」

 

 

 勿体無いとは思う。が、この際そうも言ってられない。

 水浴びの時に角を洗ったり、装飾品を巻き付けたりするのはそこそこ好きだったが、致し方ないだろう。

 てか角とかそのうち生えてくるだろ……知らんけど。

 有蹄類みたいに。そんなホイホイ生えるのか分かんない。

 意識を己の身体……頭部の上から二つ斜めに生えている角に向かって集中させる。

 それを構成している魔力を解きほぐし、魔力のリソースとして己に還元させるのだ。これで用意は出来た。

 魔法を使う準備だってもう出来てる。

 さあ、行くぞ。

 俺とリヴァーレの戦いに割って入りやがったクソ野郎を、この手でぶち殺してやるーー!

 

 

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)ッ!!」

 

 

 迸る閃光の中。世界が音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




角生えてるキャラを見るたびに思うんですけど、もっとその角を有効活用しなよって思っちゃいます。突き刺したりブロックしたり射出したりとか。何かに色々使えそうじゃないですか!
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