八崩賢 極致のシーア 作:蟲の月
「
美しくも恐ろしい殺気のこもった声が轟く。
先程まで己の手のひらで育み続けていた台風が、今度は主人を変えてシュラハトに牙を剥いた。
それも先程とは違って、竜巻の規模も業火の熱もフランメの魔力の後押しによって強化され、大きく増大されている。
そんな勢力を増した業火の竜巻が、上空へ浮き続けているシュラハトをまるで木端のように飲み込んだ。
「俺の魔法で俺が殺せると思っているのか」
しかしシュラハトは微塵も焦りを見せることはない。
彼の瞳の先には、千年先の魔法戦すら捉えられている。
防御魔法もその他の取れる手段も。何もかもが整えられていないこの時代の魔法戦ならばともかく、千年先の魔法系統を把握しているシュラハトにとっては、この状況は特に窮地でも何でもなかった。
「チッ……! またその結界魔法かよ」
「この魔法は別に結界ではないんだがな」
「攻撃を防げるんなら何だって一緒だろ」
フランメは口では文句を言いながらも、防御魔法へ向ける観察の眼差しを止めることは決してしなかった。
この圧倒的に不利な状況下に置かれているにも関わらず、彼女は未だ諦観の念を出してすらいない。
それどころか、闘志の滾った強い目付きでシュラハトのことを睨み続けていた。
「
それに彼女はただ観察しているだけじゃない。
防御魔法を身に纏ったシュラハトが攻勢に転じるのを防ぐ為、絶え間のない攻撃魔法を浴びせ続けている。
更に、彼女は人類にとって未知の領域である空へと打ち上げられているにも関わらず、『
元より類い稀なる魔法の才を有していた彼女が、神話の時代の大魔法使いに師事し、血の滲むような努力を重ねてきた結果、このような所業が出来るまでに成長したのだ。
才能。素質。環境。意欲。その他諸々。
彼女の立ち回りと才能を目の当たりにして、シュラハトは尊敬の念を抱かずにはいられなかった。
だからこそ、残念だ。
「いくらお前が優れた魔法使いと言えども、結局は個の力でしかない。そしてこの防御魔法は遥か未来の叡智の結晶だ。お前が相手にしているのは、これから積み重ねられていく歴史そのものだ」
確かにフランメはこの時代で最高峰の魔法使いだ。
人類と魔族。両方の魔法使いを合わせて考えてみても、彼女に比類する魔法使いは本当に僅かだろう。
だがそれはこの時代ではの話だ。
時代が進むにつれて魔法使いのレベルはどんどん上がっていき、経験や知恵は書物として積み重ねられ、魔道を知らぬ子供ですら最先端の魔法理論を学ぶことが出来る。
歴史とは積み重ねであり、過去を生きた者たちの軌跡だ。
積み重ねの土台を作り上げたフランメあってこその魔法史だが、それは同時に後の時代を進む者たちには決して追い付けないことを証明している。
「お前では無理なんだよ。フランメ」
「ーー
「原始時代の人間が銃火器を持った人間に対抗出来るか?」
「ーー
「自転車すら無い時代に車が走っているようなものだ」
「ーー
「旧時代の魔法理論など、遥か未来の魔法理論の前では落書きに過ぎない。お前の抵抗も取るに足らないものだ」
「ーー
「いくら続けても無駄だ。お前に俺は殺せないーー」
バリン、と。甲高い音が辺りに響いた。
フランメから放たれた十数本の閃光の矢は、執拗に攻撃され薄くなった防御魔法の壁を容易に貫いた。
矢がシュラハトの肩を掠め、薄皮一枚を切り裂く。
「その魔法の弱点はもう分かってんだよ。クソ野郎が」
対峙する者を萎縮させるような純粋な怒気。
それを激しく露わにしながら、フランメはシュラハトに向かって言い捨てた。
「攻撃魔法に同調して威力を分散させてんだろ。お前がずっと展開させてるから検証し放題だったぜ」
「大した観察眼だな」
「だがその魔法は術式が複雑すぎる。私から見れば無駄が多すぎるくらいにな。魔力だって相当消費する筈だ」
「…………」
「旧時代の魔法理論など落書きに過ぎない、と。お前はそう言ったな」
そこでシュラハトはある異変に気が付く。
二人の居る場所が、異常なまでに静まり返っていた。
それは実際の環境音もそうだが、先程まで激しい魔法戦があったにも関わらず、魔力の残滓すらも消え失せている。
それは自然には起こり得ない事象であった。
明らかに人為的な意志が介入していることの表れだった。
その異常な現象に起因するモノ。それはフランメの感情の昂ぶりによって引き起こされた、名も無き激情そのもの。
水面を揺らす波紋が徐々に広がっていくように、フランメを包み込む魔力の質も緩やかに変化する。
周囲の魔力がまるで螺旋のように渦を巻き、中心に居るフランメの元へと吸い込まれて行く。
「その魔法はお前が編み出した訳じゃねえんだろ。ただ未来を盗み見て勝手に前借りしてるだけだ。そしてこうも言った。お前が相手にしているのは、これから積み重ねられていく歴史そのものだってな」
「それがどうした」
先程までの雰囲気とは一転したフランメ。
しかしシュラハトは、急変したフランメの様子に戸惑うことも困惑することも無かった。
何を怒っていると言わんばかりに言葉を返すシュラハトを見て、フランメはほんの僅かだけ悲しげに眉を下げる。
その態度が何を意味するのか。何を証明しているのか。
フランメの聡明な頭は嫌でも理解してしまった。
シュラハトが優れた魔法使いであることなんて百も承知。
あそこまで本気でぶつかり合えば、シュラハトの魔法に対する真摯さが嫌でも分かってしまう。
フランメと同じくらい……いや、もしかしたらそれ以上に真摯に魔法と向き合ってきたのだろう。
だからこそ、分からない。
何故。旧時代の魔法理論は落書きに過ぎないと言えるのだろうか。どうして。そこにある紡がれた軌跡に想いを馳せられないのか。フランメは分からなかった。
魔法を好きだと言うならば、決して旧時代からの積み重ねを軽んじはしない筈だ。出来る筈がない。
遥か未来の魔法を使うのは構わない。でも、そこに至るまでの軌跡や積み重ねを否定するのは絶対に違う。
その魔法は名も無き人々の積み重ねの果てに生まれた魔法であり、決して全知のシュラハトの魔法ではないのだから。
同じ魔法を愛す身でありながら、やはり絶望的なまでに噛み合わない人類と魔族。
フランメはほんの少しだけシュラハトを哀れに感じた。
「歴史ってのは重みがあるんだよ。お前たち魔族と違って、人間は短命なんだ。どうだっていいことも書き留めなきゃ失われちまうから、無くさない為に……忘れさせない為に遺していくんだよ」
「…………」
「経験や知識をただ積み重ねてきただけのモノは歴史じゃない。それに携わってきた人の分だけ想いや信念があって、続く人間に何かを遺したいって願いも含めてこその歴史なんだ。だからこそ重みがあるんだよ」
ーーただ伝えるだけならそれこそ書物でいいしな。
最後にそう言い捨てて、フランメは口を閉じた。
その整った顔には、未だ衰えぬ殺気が込められている。
歴史。積み重ね。遺す意志。人と人。
自分の行いの何がフランメの逆鱗に触れたのか。
他の魔族には分からないであろうことを、しかしシュラハトははっきりと理解していた。
"次代に何かを託したい"。
それは血を繋げられる人間特有の考え方ではあった。
魔族には持ち得ない思考回路そのものだった。
だが、かつてそう在った友の記憶を識るシュラハトだからこそ、フランメの抱いている怒りが理解出来たのだ。
フランメの言うことは全て理解出来る。
その上で何も思わない。感じない。
彼女の考えは全て、世界が続くことを前提とした物だからだ。
「そんなもの全部、消えてしまえば意味ないだろう」
歴史とは、世界がどんな軌跡を辿ったのかを記すモノ。
それに携わってきた者たちの想いも信念も。世界が存続するからこそ価値ある物に生まれ変わる。
終わり良ければ全て良しなんて、そんな生易しい話じゃない。終わってしまえば何にもならないのだ。
彼女の言わんとすることは分かる。が、それはどこまでいっても識らない側の意見でしかない。
そしてそれを伝える術もない。
受け入れられることもない。
魔族に対する信用、信頼などそれ以上にない。
「全部消えれば無駄、か。ここまで言葉を尽くしたってのにダメなのか。やっぱり魔族とは分かり合えねえんだな」
「愚問だな。お前ならそんなこと分かりきっていた筈だ」
「……まあ、そうだな」
「それに、防御魔法のタネが割れたところでどうってこともない。代替の魔法は他にいくらでもある」
「だからそういうことじゃねえって言ってんだろ」
「…………」
「お前の扱う魔法には中身がない。積み重ねられてきた重みがない。そんなんで私の魔法を防ごうだなんて甘いんだよ。人間を舐めるなーー!」
ーー
底冷えするほどの冷酷な声が、厳かに魔法を唱える。
その数瞬後。堰を切ったようにドス黒い業火が、フランメの周囲から飛び出しシュラハトに向かってなだれ込む。
「俺はこうも言ったぞ、フランメ」
今この瞬間に至るまで、常にシュラハトは冷静であった。
目の前に地獄の業火が迫ろうとも。頭上に破滅の雷が降り注ごうとも。竜巻が己の身を脅かそうとも。
シュラハトはいつだって先を見据えていた。
そしてそれは、今も同じだった。
「ーーお前に俺は殺せない。とな」
「◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️!!」
「……テメェはっ」
その瞬間は何の前触れもなく現れた。
迫り来る業火を避けようともせず立ち尽くすシュラハトの前に、弾丸の如きスピードで何かが突っ込んできた。
火の粉が舞い、地盤が崩壊し、ドス黒い業火は奈落へと飲み込まれ姿を消して行く。
「魔族……いや、人間、か?」
突発的に舞い込んできたイレギュラーに戦況を乱されつつも、フランメは冷静に回避行動を取りながら、その"正体"を確かめようと目を凝らす。
そうしてフランメが目の当たりにしたモノ。
それは一言で表すなら、黒焦げの人型物体。
それもかろうじて人型を保っているのだろう。身体からは黒焦げの皮膚片のような物がポロポロと崩れ落ち、濃厚な腐臭と肉の焼ける臭いを辺りに漂わせていた。
そしてその正体については依然不明だった。
最初は、全知のシュラハトに連なる魔族が援軍として参戦しに来たのかと思った。
だが、その黒焦げ物体の頭部に当たる部分には、魔族の象徴たる角らしき物が見当たらなかった。
ならば、これは血迷った人間の奇行なのか。
否。この魔力はそんな生易しいモノなんかじゃない。
と言うより、先程まで目に焼き付けていた魔力そのものだった。漁夫の利を狙って殺そうとした二人の魔族の内の片割れだった。これは……。
『戦いにしか生き甲斐を見出せない修羅はね、本当に恐ろしいものなのよ』
『人類の『怒りを買い』そして『殺される』という危機感が、俺を更に上の領域まで連れてってくれる筈なんだ』
その嫌悪感を覚えている。
無辜の民を己の私利私欲によって踏み躙り、好き勝手に悲劇と殺戮を撒き散らすイカれた魔族の嗤い声を。
静かに暮らしていただけのエルフを理不尽に殺しまくって悦としていた、クソみたいな魔族の不快な瞳を。
「てめぇは……!」
ーーあのチビ魔族!
なけなしの書き溜めが潰えました。
またしばらくは書きまくって溜めます!