八崩賢 極致のシーア   作:蟲の月

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3/"力"に恋焦がれた魔族

 

 

 

 

 

『これは……』

 

 

 そうポツリと呟いたのは、一人の若い男の戦士だった。

 彼はこの村の者からの要請で、近くの大きな都市から派遣されてきた戦士隊の内の一人である。

 その戦士隊の皆が、すぐ目の前にある惨状を前に言葉を失っている。

 

 

 ーー俺は、地獄にいるのか……?

 

 

 世界に地獄が顕現するならば、きっとこんな感じの景色が見れるだろう。あまりの凄惨さに吐き気を催しながら、戦士の男はそう思った。

 それはまるで、世界に存在する災害を一箇所に集めて解き放った後のような光景だった。

 木々は薙ぎ倒され、半ばから折れているものもあれば、根っこから引き抜かれているものもあった。

 特に酷いのは村があったここの地盤そのものだ。

 村の地下の奥深くから、何かしらの大規模な爆発があったのではないか。と思ってしまうほどに地盤は崩壊しズタズタになっており、地面が裂けたり隆起したりしていて真っ直ぐに歩くことすら儘ならない。

 家屋も軒並み破壊され尽くしており、飼われていたであろう牛や馬といった家畜すらも臓腑をぶち撒けて異臭を漂わせながら道に打ち棄てられている。

 そして最も痛ましいのが、この村の住人と思われる人間が全員殺されていたことだ。腕を引きちぎられている者、首から上が無い者、そもそも原型を留めていない者。

 その有様は人それぞれであったが、全員に共通しているものがあった。

 

 

 ーーみんな、人を人とも思わないような殺され方をしていることだ。

 

 

 腕が欠けている死体なんてこの中じゃまだマシな方だ。ぐちゃぐちゃのミンチみたいになっている者もあれば、細切りに人体を裂かれている者もあった。

 村の地面が全て、臓腑と血潮によって真っ赤に染め上げられており、思わず顔を顰めてしまうような強烈な異臭が常に漂い続けている。

 何をどうすれば、人体をこんな風に破壊出来るのだろう?

 何を思い、この村に生きる人たちを殺したのだろう?

 

 

 ーー理不尽。

 ーー暴力。

 ーー死。

 

 

 彼等は殺されるに足る人間だったのか?

 

 

 ーー違う、断じて。

 

 

 誰かを愛し、日々を生き抜き、未来を紡いでいく無辜の彼等に殺されていい理由なんてあるはずが無い。

 腹の奥から強い怒りが湧いて出てくる。

 耐え難い苦痛に苛まれたのだろう。苦しげな表情を顔に貼り付けたまま、息絶えている人たちの姿がどこを見ても目に入るのだ。

 この光景は、誰かを護りたいと、どこかで起こる悲劇を防ぎたいと思い戦士になった男にはとても容認できないことだった。

 手をきつく握りしめ、この凄惨な光景を目に焼き付けようと辺りを見回す。

 何度見ても、あまりに酷い光景だった。

 

 

「なんて有様だ……」

 

 

 同じく派遣されてきた戦士の内の一人が、そう呟いた。

 顔は青ざめて今にも倒れそうで、恐怖のせいか体は小刻みに震えている。

 今ここに居る男たちは、この村の人間から魔族の襲撃に遭ったとの報告を受けて、都市から駆け付けてきた魔族殺しのスペシャリストたちだった。

 そんな男たちですら、ここまで惨い現場は見たことがなかった。

 並の魔族でもこんなに壊滅的な被害は及ぼさないだろう。

 奴らは人を襲うが、家畜などには全くと言って良いほど興味を示さない。にも関わらず、今回は家屋や木々、家畜に至るまで村の全てを蹂躙し尽くしている。

 村一つが、完全に崩壊してしまっていた。

 

 

「一体何の為にこんな……」

 

 

 魔族の行動原理など人間に理解出来るものじゃない。

 それがどれだけ無意味な言葉か頭では理解していても、口に出さずにはいられなかった。

 暴れる心臓と今にもパンクしそうな脳みそを宥めるべく、深く息を吸う。

 咽せ返りそうな濃厚な血の匂いがした。

 右を見ても左を見ても、死体、死体、死体。

 ほんの数十時間前にこの村で起こったであろう惨劇を想像して、すぐにやめた。

 この惨劇を引き起こした下手人への怒りが、止まることなく湧き出てくるからだ。それを悪いことだとは思わない、むしろ人として怒るのは当たり前の行為だとも言える。しかし今は任務中だ。まずは冷静にならなければ……。

 

 

「班を二つに分けて生存者を探すぞ」

「生存者……ですか?」

 

 

 部下の男が下された指示をオウム返しする。まるで、そんなことする意味がない。とでも言いたそうな顔だった。

 正直、自分も生存者がいる可能性は限りなく低いと考えている。

 

 

「…………」

 

 

 地面に座り込んで項垂れている一人の男を見る。

 この村に案内してくれた、今ではこの村唯一の生き残りとも言える壮年の男だ。

 彼はこの村に着くと、そのあまりに凄惨な現場を見て大声で泣き叫び狂ったように暴れていた。

 彼の辛そうな顔を見るだけで胸が苦しくなる。

 確かに生存者がいる可能性は限りなく低いだろう。

 今更捜索しても無駄なのかもしれない。

 それでも、このまま手をこまねいて立ち尽くしているよりはずっとずっとマシだと思えた。

 この煮え返る怒りと、やるせない気持ちを少しでも紛らわせるなら……そう考える自分に少し嫌気が差した。

 

 

「お前たちの班はそっちの方を頼む」

 

 

 そう言って、男は自分の班を引き連れて限りなく可能性の低い生存者を探す為、荒れ果てた村の中へ捜索に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 名無しの魔族、改めてシーアです。

 名前がないのは如何なものかと思ったから、適当に頭の中に浮かんできた言葉をそのまま俺の名前にした。

 もしも名のある戦士と相対した時に、やあやあ我こそは〜! みたいな名乗り合いを出来ないのは嫌だからね。強きパワータイプを目指す俺にとって、そんな美味しいシチュエーションを逃す訳にはいかないのだ。

 それに超今更だが、俺は自分のことを魔法使いではなく戦士だと思っている。

 戦士にとっての名乗り合いは、決闘の醍醐味とも華とも言えるもの。なので己の名前は大事にしなければ。あぁ、早く血湧き肉躍る死闘をやってみたい……。

 そしてつい先ほど追手の人間たちをぶっ殺して窮地を脱した訳だけど、ここでまた一つの問題が発生してしまった。

 

 

 ーーそう、一人の人間を取り逃してしまったのである。

 

 

 これが普通の魔族なら、それがどうしたと言って気にも留めないだろう。

 彼等にとって人間など、手軽に生えてくるサイバイマン程度の価値しかないのだ。尚、そのサイバイマンにやられる魔族もいるにはいる。ヤムチャの様に格下と侮って油断した魔族の末路がそれなのだ。

 そして俺はかつて人間だった頃の知識を持ち合わせているので、これがどれだけ厄介な問題を引き起こすか、何となく想像が付く。

 

 

 ーー俺を殺す為の討伐隊の結成。

 

 

 俺が想像した中で、一番面倒臭い事柄はそれだ。そして同時に一番可能性の高いものでもある。

 こんなことになるのなら、魔法の実験は後回しにして全員皆殺しにしておくべきだったかもしれない。

 流石にまだ戦いのイロハも分かっていない状態で、対魔族のスペシャリストであろう討伐隊の連中と戦うのは気が引ける。

 よって俺が今からすべきことは、逃げた斧の男を追いかけて、どこかに報告される前にぶっ殺すことだ。

 斧の男とその仲間を全員ぶち殺せば、外部から新しい敵を召喚される恐れはないだろう。

 正直そこまで心配することか? と俺の中の魔族が言うが、それを人としての俺が知識を以って抑え込む。

 

 

 ーーここは一つ、ある話をするとしよう。それを聞けば俺が人を取り逃すことを恐れている理由が分かるはずだ。

 

 

 ある所に、一人の男がいた。

 その男は毎年、あるお祭りが開催される時期に村落を訪れていたのだが、ほとんどの世界線で、お祭りの夜に何者かの手によって殺されてしまうのだ。

 その男はフリーのカメラマンとして村を訪れていて、特に村の者の反感を買っていたりだとか、人間関係の怨恨はなかった筈なのにだ。

 

 

 ーーならば何故、そのフリーのカメラマンは真っ先に殺されたのだろうか?

 

 

 詳しくは省くが、それは彼に番犬部隊と言う強力な武装部隊を呼び寄せる権限があったからだ。

 逆に彼が殺されない世界線では、上手くその権限を活用し無事山狗と言う敵組織を制圧することに成功している。

 そしてここで言うフリーのカメラマンは斧の男、番犬部隊は対魔族のスペシャリスト、山狗は俺と置き換えることが出来る。

 どうだろう? 今の話で何かを召喚することの出来る人間を取り逃すことの厄介さが伝わっただろうか?

 山狗がカメラマンの男を早期に始末することが出来ていれば、彼等の目論見は誰にも邪魔されずに達成出来たのだ。

 つまり俺がこのお話から学ぶべき教訓は、誰かを逃したら助けを呼ばれる前に殺せということだ。うん、実に簡単な行為だ。頭を使わずに済む非常に俺好みの結論である。

 

 

「さて、じゃあ早速殺しに行くか」

 

 

 思い立ったが吉日だ。

 そうでなくても、報告されたら厄介な連中が寄越されることに違いはないのだ。面倒でも早めにやるに越したことはない。

 

 

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)

 

 

 身体に魔法を掛けて、身体能力を極限まで引き上げる。

 五感が一気に鋭く研ぎ澄まされるこの感覚は未だに慣れないが、それは同時に人智を超えた力を獲得した証でもあるのだ。

 魔法を使う度に、この力をもたらしてくれる魔法に対する愛おしさがどんどん強くなっていく。やはり力こそが正義なのだ。万物を打ち砕く力こそが真理。

 力強く地を蹴り、一気に隼の如く加速する。

 遠くの景色が一気にこちら側へ引っ張られ、このまま光の速さまで至ってしまうのではないかと錯覚するほど圧倒的な加速力だった。

 しかしその程度で、目まぐるしく流れていく景色を捉えられなくなるほど俺の五感は甘っちょろくない。

 この速度で動いて尚、地を這うミミズのシワの数や、葉っぱと一体化している芋虫の毛穴までくっきり見えるほど五感が強化されている。

 

 

 ーーまるで風そのものになったみたいだ。

 

 

 目にも止まらぬ速さで木々のヴェールを潜り抜けると、初代火影さんが幼い頃に友と夢を語らったあの崖のような場所に飛び出た。

 周りに遮るもの一つ無い高所から眺める景色は、思わず見入ってしまいそうになるほど綺麗だったが、目先の大仕事が控えている俺にそんな時間はある筈もないので、泣く泣くその景色を視界から振り切った。

 

 

 ーー迂回するのも面倒だし、このまま突っ切るか。

 

 

 減速なんて一切せずに、トップスピードを維持したまま、切り立った崖から飛び降りて山風と化す。

 この動作の全てが俺の魔法によって昇華されているのだ。

 俺が作った魔法によって己の"力"が強化されているのだ。

 この魔法が俺の能力を引き上げていると言うのなら、俺の素の身体能力を鍛えまくれば更に強くなれるということだ。

 

 そのためにもーー。

 

 

 ーーもっと魔法を高めたい。

 ーーもっと力を強くしたい。

 ーーもっと筋肉を増やしたい。

 

 

「……あぁ、もっと強くなりたいなあ」

 

 

 朝露に濡れた森林を駆けていく中で、強くそう思った。

 ただ魔法を掛けて走る。

 こんな些細な行動からでも色々な情報が飛び出てきて、それを深掘りしていけばやりたいことが無限に増えていく。

 それを楽しもうと思えるか、苦しいと思うかでこれからの成長度合いは決まっていくだろう。

 俺は当然、魔法を使うのが楽しいと思う派なのでもっと研究に研究を重ねたいくらいだ。まあ、魔族はみんな魔法に対して真摯な姿勢を持っているから、種族柄そうなのだろう。

 目の前に立ち塞がる木々を薙ぎ倒しながら進んでいると、魔法によって獣の領域にまで高められた聴覚が、不安そうに話す人間の会話のようなものをキャッチした。

 

 

 ーーあの村は……ここら辺か。

 

 

 しなやかな脚の筋肉が地面を捉えて滑り、高速で移動していた肉体は、まるで離した磁石がそのまま鉄板にピタッと貼り付くようにその場に瞬時に留まった。

 その一連の流れは一瞬の出来事だった。

 その生物や法則から見ても異様な止まり方は、側から見ても慣性すら感じさせない不自然極まりないものだった。

 

 零から百へ。百から零へ。

 

 停止した状態から一気に最高速へと切り替え、そして最高速から瞬時に停止する。

 それは究極の静と動。

 本来徐々に切り替わるべきこの二つの状態を瞬時に行おうとすれば、脚の骨や筋肉、そしてそれを支える靭帯に多大な負担を強いることは言うに及ばない。

 そもそも、そんな超高負荷の運動を人間やそれに準ずる生き物が行える筈がないのだ。いや、人間だけでなく、この世に存在する生き物に出来る筈がない動作だ。

 

 

 ーーならば、何故そんな動作が出来たのだろうか?

 

 

 魔法とはイメージの世界だと神話の大魔法使いは言った。

 現実ではあり得ない事象でも、魔法の世界では実現することがあると。

 それなら、俺の『知識』の中に存在するありとあらゆる武も、魔法も使えない道理はないのだ。

 だって、本来あり得ない筈の『出来る筈がない、やれる筈がない』と言った非常識を、ひたすらに打ち破って進んで行く彼らの姿を俺はずっと眺め続けてきたのだから。

 

 人間にはダイヤモンドは砕けない?

 ーーあの人たちと同じ様に、俺ならきっと砕けるだろう。

 

 物理法則に反している?

 ーーそんなくだらない常識に囚われるのはやめだ。

 

 こんなこと出来る筈がない。

 ーーそれを成してきた先人たちを、俺は知っている。

 

 やれば出来る。

 実現すれば形になる。

 不可能すら可能にする奇跡の所業が魔法のはずだ。

 

 それでも出来ないのならそれは俺のイメージが足りないからだ。 

 空想すら形に出来ないのは俺の力がまだそれに及ばないからだ。

 出来ないのなら出来るようになるまでイメージし続ければいい。

 力が足りないのなら更なる極みへと至るまで鍛え続ければいい。

 

 シーアがやったのは結局のところ、究極の思い込みによる自己暗示に過ぎない。

 

 

 ーー出来る筈がない。

 ーーやれる筈がない。

 

 

 高度な脳を持っている生物なら当たり前に抱いてしまうようなおかしな理論でも、無理矢理思い込みによって形にしていく。

 そんなある種脳筋とも言える思考法と、それを叶える力をもたらす魔法によって、本来あり得ない筈の挙動を成せるに至ってしまったのだ。

 それに、『葬送のフリーレン』の世界にはそのような理論を思い込みで打ち破るイかれた人物が既に登場している。

 

 

『ユーベル』

 

 

 彼女はこの『葬送のフリーレン』の世界に登場するネームドキャラの内の一人で、俺が抱くイメージを更に強固なものにしてくれた人物でもある。

 シーアは彼女と言う前例を知っていたからこそ、己の自己暗示をより深く強力なものにすることが出来たのだ。

 彼女は主に『大体何でも切る魔法(レイルザイデン)』と言う魔法を使うが、この魔法は使い手本人が切れると思ったものを切ることが出来る魔法なのだ。

 この説明だけでは、何故それが自己暗示を強化することに繋がったか分からないだろう。

 この魔法の肝となる部分は、使い手が切れると思ったら何でも切れてしまうという点にある。

 それが例え鋼鉄でも、数多の防御術式を重ねた守りに特化した外套でも、防御魔法に匹敵するほどの魔法を何重にも重ねられた毛髪ですらも、使い手が切り裂けると思ったのなら問答無用で切り裂けてしまう。

 それは外套や毛髪に掛けられた魔法の効力ですら無視して、ただ一方的に使い手の「切れる」というイメージを押し付けることが出来る正しく魔法らしい魔法だ。

 ユーベルのそれも、シーアと同じく強烈な思い込みによるものだと言える。だからこそ、魔法や力量に左右されずにイメージを押し通せたのだ。

 

 

『魔法の世界では、天地がひっくり返ることもある』

 

 

 現実であり得ない事象が、確固たるイメージを持つことで容易く覆る。

 『大体何でも切る魔法(レイルザイデン)』でゼンゼの魔法を打ち破った知識を持っていたから、シーアは思い描くイメージを何物にも邪魔されず再現することが可能になったのだ。

 それが例え物理法則に反しているような事象でも、本人が出来ると心の底から信じていれば現実になって反映されるということは、作中で既に照明されている。

 その点で言えば、シーアと魔法の相性は限りなく良かった。

 

 

「あれが例の村か……」

 

 

 村の近くまで辿り着いたシーアは、魔力を最大限抑えて隠遁しながら接近することにした。

 前世の記憶を持つ俺にとって、このケルト的な世界観はとても冒険心に響くのだ。だから、そんな世界に存在する村を一度でいいから間近で見てみたいと常々思っていた。

 RPGではマップを隅から隅までくまなく調べるのが定石中の定石だ。そんな俺と同じ感性を持つ勇者ヒンメルはやはり時代を先取りしている……まあ、俺は村に入れないから外から見るので精一杯なんだけどね!

 

 パッと見た感じ、村の規模はそこまで大きくはないが小さくもない、良くも悪くも普通くらいの印象を受けた。可もなく不可もないなんてまるでマサラタウンみたいだな。

 こじんまりとした木造の建物が十数軒並んでおり、その建物の傍には家畜小屋らしき物も確認出来る。そして村の中央には一際大きい建物が建てられていた。

 あれは恐らく村の集会所的な物なのだろう、それか村長の家か。寄ったらポーションやらゴールドやらくれるのだろうか? 

 

 そして一際目を引くのが、地面に空いている大穴だ。

 激しい衝撃と熱に晒されたのか、大穴の周囲は酷く破壊され尽くしており地表は真っ暗に焦げて焦土と化していた……な、中々に惨い。十中八九俺の暴発したビーム魔法によるものだろう。

 あんな乱雑に溜めた魔力の塊でもここまでの破壊力を生み出せるのなら、『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』と並行して本格的にビーム魔法を開発するのも良いかもしれない。

 

 

「…………」

 

 

 未だ村に迫る危険に気付いていないのか、キャッキャと危なげなく走り回る子供たち。

 それを見て叱りながらも、優しく微笑んでいる老人。

 汗を拭いながら倒壊した家屋の瓦礫を撤去している男。

 不安気な顔でこれからの村の展望を憂う女。

 人それぞれ考えることは違くとも、それでも村の人間たちは何か大切な物を共有しているようだった。

 それらの光景をしばらくの間ずっと眺めていたが、どの世界でも人の暮らしは案外変わらないもんなんだな、と思った。

 家族を愛し、仲間を想い、明日に不安を抱きながらそれでも日々を懸命に生きて行く。今の一瞬で、そんな人の営みを垣間見た気がした。

 ……まあ、みんなぶち殺すんだけどね。

 彼等が日々を懸命に生きていようが、そんなの今の俺には何の関係もないことだ。名も知らぬ他人より、俺の平穏の方に天秤が傾くのは当然とも言える。

 それに、彼等はただ殺される訳じゃない。

 彼等は殺されることで、俺の魔法の血肉になれるのだ。

 魔法の発展に犠牲は付き物だ。

 ただ殺されるのではなく、俺の魔法の発展の礎になることが出来るのだから彼等もきっと喜んでくれるだろう。

 

 

身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)

 

 

 身に迸る全能感の赴くまま、村の中央の大きな建造物目掛けて突っ込んで行く。

 瞬間、響き渡る轟音。

 村人たちはその衝撃に怯みながらも何が起こったかを確認しようとして、そして固まった。

 砂埃に飲まれ、はっきりと見ることは出来ないがそれでも村人たちは見違えることはなかった。

 村の中央に建てられた頑丈な建物が、本当は砂を材料に作られているのではと勘違いしてしまうくらい簡単に崩れてしまったのだ。

 全員がそれを唖然として見つめている中、砂埃の向こう側から一人の男が悠然と歩き姿を現した。

 

 

「何だ、やっぱり建物はすぐに崩れちまうな」

 

 

 シーアは辺りに漂っている砂埃を鬱陶しそうに手で払いながらそう呟く。

 村人たちはシーアを見るなり事情を説明させようと駆け寄るが、彼の頭についているモノを目にした途端表情を一転させた。

 角だ。あいつの頭から、角が生えている。

 

 

 ーー魔族。

 

 

 その言葉が村人たちの脳裏を過ぎる。

 そして、次に過ったのは数時間前に村に放たれた出所不明の破壊の光。その次は原因を調査しに行ったっきり一人を残して全滅した戦士の男たちが過った。

 生き残った男は、強力な魔族が現れたと言っていた。

 そして、近場の街に応援を要請するとも。

 村の者たちは生き残りの戦士の話を聞いて、魔族は手負いだからこの村にはしばらく近付かないはずだと予想していたのだ。

 それがまさか、こんなに早くに村を強襲するなんてーー!

 

 

「ま、魔族だ……」

 

 

 静寂が支配する張り詰めた雰囲気の中で、誰かがそう呟いた。

 それは消え入りそうほど小さい呟きだったが、不思議と村人全員の耳に届いていた。

 その呟きを皮切りに、村の人間たちは堰を切ったように村の出口へ向けて駆け出して行く。

 我を忘れてひた走る者。

 子を庇いながら物陰に身を潜める者。

 同族同士で足を引っ張り合う者。

 腰を抜かしてその場で震えている者。

 頼りない武器を構えて俺へ攻撃を仕掛けようとする者。

 そんな様を見て、同じ人間でありながら末期に取る行動は十人十色なのが何となく面白いなと感じた。

 突如村に現れた一つの強大な存在を前に、張り詰めながらも穏やかだった日常は簡単に瓦解した。

 己に魔法を掛け、その場で右足を大きく振り上げ、そのまま思いっきり地面に向かって叩きつける。

 地を這う衝撃。人工的に引き起こされた地震は、耐震工事なんて施されていない中世の家屋には効き目が抜群だったらしく、まるでドミノ倒しの様に次から次へと倒壊していった。

 瓦礫に巻き込まれる人間の甲高い悲鳴が、俺に抗いがたい快楽を与えてくれる。

 

 

 ーーあぁ、何か良いなこれ。

 

 

 この行為でしか得られない何かがあるのだ。

 そしてそれは間違いなく魔族としての性から来るものだろう。やはり『人喰いの化け物』と評されるだけはある。

 

 地の揺れに耐えられずに思わず膝をついた人間を、拳の一振りで愉快なオブジェへと変えながら、逃げる人間に迫って行く。

 強化された跳躍力を以って真っ先に村の出口へ向かう人間の目の前に降り立ち、その顔を鷲掴みして一気に潰す。

 グチャッと、弾けたトマトみたいに脳漿と血液が飛び散るのが面白かった。体の司令塔を失い無様に倒れ込んだかつて村人だったモノを、人が密集している場所に向かって思いっきり蹴り込んだ。

 まるで大量の地雷が炸裂したのではないかと思うほどの破裂音が辺りに響き渡り、老若男女の悲鳴がそれを彩る様に美しく奏でられていた。

 ボーリング玉に吹き飛ばされるピンの如く、数多の人間たちが空に投げ出されジタバタと手足を動かしている。まるで水に溺れる虫みたいだ。

 近くで寄り添いあって泣き喚いている子供たちの頭を脊髄ごと引っ張り抜き、空中に投げ出されている人間に向かって思いっきり投擲する。

 

 

 一発目、見事に命中。爆発四散する。

 二発目、一人にぶつかり跳弾でもう一人に当たる。ダブルスコア。

 三発目、ビリヤードの様に連鎖的に命中。

 四発目、空を切り遥か彼方へ吹き飛んで行く。外れだ。

 五発目、これも当たらなかった。

 六発目、頭を複数個同時に投擲し、うちはイタチが披露したクナイの的当ての要領で頭と頭同士をぶつけさせ、軌道を変えて複数の人間にぶち当てることに成功。超気持ち良い。

 

 

 空から真っ赤な臓物と血潮の雨霰が、止まることなく降り注いでいる。汚ねえ花火だなオイ。ベジータも泣いてるよ。

 ドッチボールの様な遊びにもそろそろ飽きが入ってきたので、掴んでいる子供の頭部に魔力を込めて村の中心へと投げ入れる。

 

 

 ーー瞬間、眩い極光が辺りを照らしつけた。

 

 

 凄まじい轟音と共に全てが吹き飛ばされる。

 即席の手榴弾と化したかつて子供だったモノは、己が生まれ育ってきた故郷の村を木っ端微塵に吹き飛ばし、胸に巣食う恐怖や理不尽に対する怒りと共に虚空に溶けていった。

 それでも人間という生き物はしぶといもので、まだ何人かの人間が満身創痍ながらも地面を這い続け、ひたすらに生にしがみつこうと足掻いていた。

 俺はまるで芋虫の様になってしまった人間の傍まで歩き寄ると、その人間の服に爪先を引っ掛け、思いっきり上空に向かって蹴り上げた。

 天に向かって吹っ飛ばされ、次第に重力に引かれ落下してくるタイミングに合わせて素早く何回も殴りつける。

 俺は連撃の練習のつもりでやってみたのだが、力を込め過ぎたのか最初の一殴りで遥か彼方へ爆発四散しながら吹き飛んで行ってしまった。

 真紅の血液が尾を引いて、まるで流れ星のようだ。

 

 とりあえず連撃は別の機会に練習するとして、別の攻撃技をやってみるとしよう! 実験体には限りがあるし、その限りある資源を無駄にすることは出来ない。いわゆる勿体無い精神ってやつだ。

 俺の中の日本人的な心が「勿体無い、勿体無い」と常に叫んでいるのだ。分かるぞ、俺も大和魂の持ち主だからな。いや、大和魂は違う気がするけど。

 魔族として転生した俺に、日本人的な心が未だに残っていたことに僅かに驚きながらも、早速課題に取り組むとする。

 

 

 ーー俺が今から取り組むのは『ドレス』だ!

 

 

 この『ドレス』とは、俺が愛してやまないパワータイプの頂点に君臨する、あの『範馬勇次郎』や『範馬勇一郎』が扱う十八番中の十八番である。

 相手の身体の一部を掴み、超高速でヌンチャクのように振り回す暴力の極みのような技なのだ。

 これだけ聞くと、圧倒的な力さえあれば誰でも出来るんでしょ? と言いたくなるだろうが決してそんなことはない。

 この『ドレス』を十全に扱うには、人一人を軽々と振り回せる力と、人体を武器として見立て体の一部のように操れる繊細な技術が必要不可欠なのだ。

 俺には『身躯を昇華する魔法(ルシフェラーゼ)』があるから、身体能力については問題ない。だが、武器として成り立っていない人体をまるで本物のヌンチャクのように扱ってみせるほどの技術はまだ持ち合わせていないのだ。

 俺の夢想するパワータイプはただ力が強ければ良いというものじゃない。『範馬勇次郎』のように、世界中の武や技術、ありとあらゆる知識を蓄えた上で、脳筋ゴリゴリマッチョマン戦法をやってみたいのだ!

 

 力の強いパワータイプも良い。

 それもロマンがあるだろう。

 それでも良いのだが、そんなのはただのパワーゴリラでしかない。真の強者とは、万物を破壊出来るほどの強靭な力と、この世の術理技術全てを紐解ける智を二つ揃えた者のことだと、俺は思う。

 だからこそ、俺は"彼"のように、技術すらも服従させてその上で力に物言わせる戦いをやってみたい。

 これは、俺の矜持の問題でしかない。

 魔族として、そして男としてこの世に生を受けたからには、自分の好きなことには真摯で在りたいのだ。

 

 地を這う男の足首を掴み、天に向けて掲げ上げる。

 男は何とか俺の強靭な手から逃れようと、手足をジタバタとさせ暴れるがその程度で俺の力が緩むはずはない。大人しく俺の糧になってくれ。

 先ほどの反省を活かし、あらかじめ男に強化魔法を掛けておく。

 この強化魔法とは俺のように身体能力を強化する魔法ではなく、物体がその形を保つ為に掛ける魔法だと思ってもらえれば良い。

 さっきは俺のパンチ一発で爆発四散してしまったから、上手く検証が出来なかった。

 でも今回は魔法を掛けたし、俺がどれだけ力を込めて扱おうがボロボロのボロ雑巾になる程度で済むだろう。逆に男からの感謝が欲しいくらいだ。

 

 手始めに男を頭上で大きく揺さぶりつつ、右手から左手へと持ち替えてみる。うん、この程度なら全然出来る。

 もっとスピードを上げつつ段々振り回す場所を拡大して行き、ヌンチャク(人体)を強く身体に打ち付けながら、まるで本物のヌンチャクを扱うかの如く振り回していった。

 ブンブンと重い物体が空を切る時特有の音を出しながら、俺の周りをヌンチャクが素早く駆け巡って行く。

 そのヌンチャクが通った軌道を、紅く美しい液体が後を追って行くのでとても綺麗だった……美しい、なんてビューティフォー。

 唯一の失敗は俺自身の体格がまだ子供と変わらない為、たまにヌンチャクを地面にぶつけてしまうことが多々あったが、それ以外はほぼ絶好調だった。

 

 

 ーーうぉぉおおッッ! 圧壊圧壊圧壊暴力暴力暴力ッ!

 

 

 慣れてきたということもあり、先ほどよりも軽やかに、そして強靭にヌンチャクを振り回すことが出来るようになった。

 完璧な『ドレス』を会得するにはまだまだ時間がいるだろうが、幸い俺は魔族の身だ。時間はいくらでもある。

 ゆっくりとやっていこう。急ぐことなんてない。

 刃牙も言っていたが、戦いを楽しむ者に勝る者なんていないのだ。

 パワータイプに至る為の苦労ならば耐え忍んでみせるが、その苦労を楽しめるのならそれに越したことはない。

 修行に打ち込みすぎて嫌いになってしまうよりは、ずっとずっとマシだろうから。

 ロマンを叶える為の力なのに、力を得る為にロマンを捨ててしまっては元も子もないからね。

 ようやく道のりが見えてきたところなのだ。

 この実験を経て得た物で俺がこれから先どうするか、何を為すか。全ては自分次第だ。

 

 

 ーーようやく俺の求める最低限度の暴力に追いつける。

 

 

 力の極致へ至る為のピースがついに揃おうとしていた。

 身体能力を極限にまで引き上げる魔法。

 悠久の時を生きる魔族の身。

 頭の中に眠っている強者たちの記憶。

 

 後はこれらの要素を磨き、極め、力の高みへと至るだけ。

 

 これから何をしよう。

 何から手を付けよう。

 次は何をやってみよう。

 

 これから来たる己の研鑽の日々を夢想し、胸の高鳴りが止まらなかった。胸中に広がる身を震わすほどの熱い想いが溢れて抑えられなかった。

 

 

「◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️◽️ッッッッ!!!!!!」

 

 

 心を滾らせるその感情に身を委ね、吼える。

 もはや生きる者の途絶えた死の大地に響いたのは、原初の恐怖を呼び覚ますサイレンのような不気味な叫びだった。

 

 

 ーーこの日、後の人類史に大きな厄災をもたらす最大最悪の魔族が、数多の死と共に産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




Powerrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!! Super Powerrrrrrrrrr!!!!!
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