八崩賢 極致のシーア 作:蟲の月
ーー綺麗だ……。
儚く輝いている星々や、淡く地表を照らしつけている満月を見て思わず呟いてしまう。
空気は澄んでいて一切の淀みすらなく、そのおかげで遠くの景色まではっきりと見渡すことが出来るのだ。
まるでお伽話の中の世界をそのまま引っ張り出してきたような幻想的な風景を前に、シーアは言葉を失っていた。
この美しい世界の原風景をそのまま目に収めることが出来て、シーアは人知れず感動していたのだ。
閉鎖的で窮屈なコンクリートの世界を知っているからこそ、その感動は一入だった。
空を駆けられるようになってからかなりの時間が経つが、未だに空を飛ぶことへの特別感が薄れない。これは他の魔法を使う時もそうだ。
人間だった頃の記憶が残っているからだろうか。魔法とは全てを叶える万能の手段だと言うイメージが根付いて離れないのだ。
かつての幼い頃。画面越しに見たあの超常の現象や、不可能すら可能にする奇跡の所業がずっと心に残り続けている。
前世では魔法を使うことは出来なかったが、この世界ではそれが出来るようになった。
無理だと諦め錆びついていた古い夢が、今や指先一つ動かすだけで簡単に再現出来るのだ。
初めて魔法を使った時のことは今も鮮明に思い出せる。
あまりにも楽しかった。あまりにも面白かった。
俺にとって非日常の代名詞だった魔法が身近に存在する世界に生まれ落ちて、それを好きに行使出来るなんて"特別"以外の何物でもない。
だから俺は魔法が大好きなのだ。
俺のロマンを叶えてくれて、俺にこんなに素晴らしい物を魅せてくれた魔法が愛おしくて愛おしくて堪らない。
ーーだからこそ、許せない。
目の前を悠々と飛んでいる筋肉ダルマを睨みつける。
俺の魔法こそが何より一番なのに……! 俺の魔法こそ世界の頂点に至るに相応しい代物なのに……!
その魔法を以って尚、立ち向かうことさえ出来ずに服従するしかなかった俺自身を許せない。
俺という存在を完全に格下と見て、警戒すらせず呑気に前を飛んでいるバザルトを今すぐぶち殺してやりたい。
ーー忌々しい。
全身に漲る殺意と服従心を必死に抑えながら、バザルトの後ろを飛んで追従し続けること数十分。
やはり俺のことなど脅威とすら思っていないのだろう。
奴はこちらに注意すら向けずただひたすら暗闇の中を飛んでいる。
「……どこまで行くんだ?」
「…………」
「おい聞いてーー」
「黙って着いて来い」
ーーこ、こいつ……!
ーー俺が下手に出れば良い気になりやがって……!
やっぱここでぶち殺す!
そんなドス黒い衝動に駆られたが、力づくで堪える。
ここで奴に噛み付いても状況は悪化するだけだし、むしろ余計時間を取られて解放されるのが遅くなってしまうだけだろう。
本当に嫌で仕方ないが、大人しく着いて行くことにする。
この決意も、この流れも何度目だろうか……?
先程から繰り返しているこの一連の流れに辟易しながらも、それを止めることが出来ない。
憎悪や憤怒は抑えようと思って抑えられるものじゃないし、その度に自制しなければならないので疲れは溜まっていく一方だ。
そしてそれもこれもバザルトが悪いと、また怒りが再燃しそうになる。
正直なところ、もう参ってきていた。
ーーあー! さっさと帰って魔法の研究したい!
何でこんな行きたくもない行事に参加させられなければならないんだ。まるで社畜じゃないか。こんな飲み会強制参加みたいな馬鹿げたことに何で俺ががががががががーーーー!
愚痴ったところで現状が変わるわけでもないが、それでも愚痴らずにはいられなかった。
勿論心の中でだ。万が一声に出してバザルトに聞かれたら「嫌なら死ね」とか言って首飛ばされそうだし。
それに今思い出したが、玉座のバザルトって確かフリーレンにぶち殺された魔族じゃなかったか。
現時点でのフリーレンの実力がどの程度なのか分からないが、玉座のバザルト相手に打ち勝てる程度の力は持っていると考えた方がいいだろう。
よくもまあこの重たそうな筋肉ダルマを吹っ飛ばせたなと感心すら覚えてしまうが、それは同時に俺の脅威になり得るという証でもある。
だって俺もエルフの里襲撃に駆り出される訳だし?
どれくらいの魔族が動員されるかは分からないが、同じ空間に俺とフリーレンが存在することを考えれば、交戦する可能性も決して無い訳ではないだろう。
まあ、一人の転生者としてはあの『葬送のフリーレン』の主人公たるフリーレンに会えるかもしれないというだけで、すごく興奮してしまうけどね!
フリーレンを生で見れるのなら、この筋肉ダルマに着いて行った価値があるというもの。そう考えると意外と悪くない選択なのかもしれない。
最も、フリーレンはそんなこと知らないから全力で俺を殺しに来るだろうが、その時はその時だ。
エルフの里を襲撃した時がバザルトの最期なのだし、それを考えれば少しは溜飲が下がる。
お前なんかフリーレンにボコボコにやられちまえばいいのさ! 泣いて謝っても魔族絶対ぶち殺すウーマンのフリーレンは許してくれないんだからな!
「見えてきたな、あの城だ」
「……あれが」
唐突にバザルトに声を掛けられ、顔を上げる。
バザルトの視線の先には、古びた城のような建築物が広大な森の中にポツリと佇んでいた。
ファンタジー世界のお城と言えば豪華で、キラキラしていて、輝かしいものを想像するかもしれないが、目の前にある城はそういった物とは正反対を突っ走る無骨なものだった。
余計な装飾などは一切無く、あるのは敵の攻撃を耐え抜く為に作られた肉厚の外壁と、敵を排除する武器を使用する為の覗き穴程度のもの。
うん、完全に戦争用の城だ。
かつて人間たちが防衛用にでも使っていた城なのだろうか? しかしその面影は既になく、人の居なくなった城は時の流れの中で完全に朽ちてしまっているようだった。
石で出来た外壁には所々ヒビが入っており、酷い所だと壁や天井が崩壊していて丸ごと無くなっている部分もある。
……まあ、一言で言うとめちゃくちゃボロボロの城。
ーーこんな所でバザルトは何をするつもりなんだ?
そう疑問に感じ、城を観察しているとバザルトが俺をここに連れてきた理由が次第に分かってきた。
蠢いているのだ。大量の魔力が。
大小様々な魔力の塊が、まるで生きているかのように城の中を彷徨き回っている。
いや、実際これは生きているのだ。
俺と同じ起源を持ち、人類と敵対する幻想の種族たちが一つの目的の下に集合しつつある。
これだけの数の魔族を揃えるなんて、そんじょそこらの魔族に出来る芸当じゃない。
目の前の光景から、これだけの魔族を召集した魔王の力の強さの一端を垣間見た気がした。
あの化け物揃いで有名な七崩賢の大魔族たちですら魔王に従うしかなかったと言うのだから、魔王が大魔族以上の力を持っていることに疑う余地はないだろう。
もしかしたら俺なんかじゃ想像も出来ないような異次元級の魔法でも持っているのかもしれない。
原作では魔王の戦闘スタイルや外見などの具体的な描写が無いから、実際どんな感じなのか分からないけどね。
というか、そんな化け物中の化け物である魔王を打ち倒した勇者ヒンメル一行とは一体……。
まああのパーティの連中はどいつもこいつも人間離れした強さを持っている上に信頼もあって連携も取れているから、そういった魔族が持ち合わせていない要因で魔王に打ち勝ったのかもしれない。勇者ヒンメルなら有り得る。
「さっさと入るぞ、着いて来い」
「ああ……ってカビ臭っ!」
森の中にポツンと建てられている死ぬほどカビ臭い古城の中へ入ると、そこには軍勢と言っても良いほどの沢山の魔族たちが居た。
俺以外にも無理矢理連れてこられたであろう力のない魔族が、こうしている間も続々と入城してくる。
入ってくるのは力のない魔族だけで無く、三度の飯よりも戦うことが大好きそうな修羅の如き魔族もいた。
何故そんなことが分かるのか? だって濃厚な血の臭いがプンプンするし、入城してから中に居る魔族を値踏みするように見回しているからだ。
うん、あれってどう見ても獲物の品定めだよね。ありとあらゆる強者と片っ端から闘ってみたい! って雰囲気が言葉に出さずとも伝わってくるし。
まるでサイヤ人や夜兎のようにイかれた戦闘狂だ。
まさか同族である魔族から殺されることはないよね! 安心! といかないのが魔族の辛い所で、彼等は目的の為なら平気で同族を殺したり利用したりする。うーん、やっぱりイカれてる種族だな。
俺も標的にされる可能性があるが、むしろ俺としてはどんどん戦いを仕掛けに来て欲しいくらいなのだ。
強くなるには誰かと戦って戦って戦いまくるのが一番手っ取り早い。一方通行さんもそう言っていたから間違いない。
最も、あいつに喧嘩を売られても負けるつもりなんて全くないけどね。
続々と城に集ってくる魔族たちの中には、バザルトに及ばないまでも強力な力を持った魔族が何人も居た。
ーーうーん、ぶっちゃけこれ過剰戦力じゃね?
俺はフリーレンやフランメの実力は把握しているが、他のエルフたちの力量を把握している訳じゃない。
全ての情報をちゃんと知っている訳じゃないから、これが過剰戦力とか心配しすぎだとか強く言えないんだけどさ。
だけど正直、これ程の大軍をぶつければ圧勝出来るんじゃないかとも思っている。
そう思ってしまう程の強者たちがこの場に集っているのだ。
……いや、未来の知識通りに事が進むのならこれでもギリギリなのか? フリーレンだけが辛うじて生き延びたのか、フリーレンが魔王軍を皆殺しにしたのかで話はだいぶ変わってくるが……。
まあ、俺みたいな生まれて数年のペーペー魔族より魔王の方が何倍も物事を見れているだろうから、現状これが一番正しい選択なのだろうけど。
それにしてもこれだけの魔族を動員するなんて、魔王がエルフと言う種族をどれだけ脅威として見ているかが分かる。
……うーん、まあ気持ちは分かるけどね。
魔族をも超える程の永い命を持ち、数えることすら馬鹿馬鹿しくなる年月をひたすら魔法に費やすことが出来るエルフの存在は、人類と敵対する魔王にとっては脅威であり恐怖であり最大の障害であるだろうから。
きっと邪魔で邪魔で仕方がないんだろう。
ぶっちゃけそんなの俺の知ったことじゃないけどね。
そんなにエルフが邪魔なら魔王が直々に出張って始末しに行けばいいのに。
どいつもこいつも偉くなると下っ端にあれこれ命令するようになるのは、人間も魔族も変わらないらしい。はあ、やだやだ……。
次第に城内に入ってくる魔族の数も落ち着き、待機してある程度時間が経った頃。
玉座のバザルトが徐ろに魔族たちの前へと進み出し、今回の作戦の概要を話し始めた。何だか校長先生のお話みたいだ。
集まっている魔族たちもガヤガヤ無駄話などはせず、大人しくバザルトの話に聞き入っている。
この場では実力的にも格的にもバザルトに勝る者が居ないからか、魔族どもはみんな無駄に聞き分けが良い。みんなが静かになるまで何分掛かりました的なイベントは発生しそうでしなかった。
正直バザルトの話が変に長すぎてあまり聞いていなかったが、話を要約するとバザルトの合図でエルフの里に進軍し、各々暴れ回りながら数の力でエルフ共を押し潰す。と言う脳筋すらも真っ青になる程の超ゴリ押し戦法だった。これって作戦なの……?
作戦と言うには考えなしで、無計画と言うにはまとまっている為微妙に反応に困るが、ここで手を挙げて質問しても話が長引くだけだから黙っておくことにする。
授業終わりギリギリに質問して休憩時間にまで授業を喰い込ませる戦犯のようなことはしたくないのだ。
それに、これは俺好みの展開でもある。
作戦なんて指示されてもそれを覚えておける自信なんてないし、逆に行動を縛られて思うように動けなくなってしまう可能性だってある。
変に小難しいことを考えるより、何も考えずにバーッ! と豪快に戦っている方が俺の性に合ってるしね。
ちなみに、この脳筋大作戦は今から一月後に決行されるらしい。
召集された魔族は一月後にもう一度この古城へ赴いて、合図があり次第すぐに動けるように待機していろとのことだった。
俺が時間を掛けまくってわざわざこの古城まで来てやったと言うのに、伝えられたことはその程度のものだった。
いや、その程度のことなら文面とかで教えろよ。わざわざこの城まで来させた意味はなんだったんだよ。
文面だと反故にする魔族がいるかもしれないから、魔力量の差を見せつけて恐怖で支配させる為に一度ここに集めたのだろうか?
バザルトのありがたいお話が終わり、我先にと城内から飛び出して帰っていく魔族たちを尻目に、俺はそんなことを考えていた。
まあ、一月後にフリーレンに殺される
全ては一月後に、エルフの里で。
この闘いを潜り抜けられるか、潜り抜けられないか。
俺の魔族としての命運はそこに懸かっているのだから。
◆
定期的に湧いてくる魔物や、たまに森の中を通る行商人などを殺しながら魔法の修行をしていると、一月なんてあっという間に過ぎ去ってしまった。
行商人から奪った様々な書物や、前世では見たこともない魔法の用いられた娯楽品が手元にあって暇を潰せたというのもあるが、一度集中すると周りが見えなくなってしまう己の性格も大いに関係していると思う。
うん、そう考えると時間が腐るほどある魔族に生まれて本当に良かった。
あれからバザルトからは特に何の音沙汰もないが、一月後に来いと言われた以上そろそろあの古城に赴かなければならないだろう。
この時の為に魔法の鍛錬は欠かさずに行っていたし、並行して魔力量増強の特訓もしていた。
一月そこらではあまり変わらないかもしれないが、これをやってるのとやってないのとではやはり差が出来ると思う。
時間があるのに何の鍛錬も一切の努力もせず、その結果大事な局面であと一歩届かずに負けて死ぬことになったら、俺は自分で自分のことが許せなくなるだろうから。
「
道順は覚えている。
憎きバザルトを前に怒りと殺意を堪えながらも、どこか冷静だった別の部分は通ってきた道を事細かに記憶に留めていた。
飛んで行くのも結構だが、魔法の鍛錬も兼ねて走りで古城まで行くとしようか。
身体に魔法を掛けて身体能力を増強し、何処ぞの忍のように木から木へと飛び移る脳筋高速移動法で地を駆け抜けて行く。
空から見る景色と地上から見る景色にはだいぶ差異が見られるが、目に映る景色に記憶が惑わされることは決してなく、この前と同じルートをなぞって古城へ辿り着くことが出来た。
相変わらず、いや前回来た時よりも若干ボロくなった気がするその古城の中には、既に多くの魔族が到着しているようだった。
壁に遮られていても、魔力の揺らめきで何となく分かる。
既に到着していた大勢の魔族を待たせてしまっているのだからこれは遅刻になるのかもしれないが、そもそも魔族側が名簿のような記録を付けているとも思えないのでノーカンである。流石にそんな細かくチェックなんてしないだろう。
俺一人がバックれたところで気付かれるかどうか分からないし、作戦には何の支障もないと思うけど……。
ーーまあそんなことを考えても今更だけどね、ここまで来ちゃった訳だし。
せっかくこの埃臭い城まで来たのだから、堂々と城の中に入っていけば良いさ。
あれこれ考えていても仕方がないので、そう思い切って城の中へ歩みを進めることにした。
外観だけでなく中身もボロボロな古城の中を、瓦礫や蜘蛛の巣を避けながらひたすら真っ直ぐに進み続けること数分。
魔力が密集している場所へと出て辺りを見回すと、既にバザルトが魔族たちを束ねてエルフの里へ侵攻を開始しようとしているところだった。
どうやらギリギリのところで間に合ったらしい。
ずっと前からここにいましたよ? と言わんばかりの顔を装ってさりげなく魔族たちの行軍の中へと入り込むが、他の魔族からは特に何のリアクションもなかった。それはそれで少し寂しいな。
それはそうと、この古城からエルフの里までは飛行魔法を用いて移動するらしい。めんどくせえ。
エルフ討伐隊の総大将であるバザルトが飛び立つと、後ろに佇んでいた大量の魔族たちも徐々に浮かび上がり追従し始める。
月明かりの下、バザルトを先頭に魔族の大群が夜の闇を割いて飛んでいる光景は何とも美しいものだった。
何となく目を閉じて魔力探知をしてみれば、大量の魔力の塊が宙を滑るように移動している為、この行軍がまるで流れ星のように見えた。
しばらくの間空を飛び続け、何度見ても飽きない夜空の美しい風景を眺めていると、軍全体の動きが突然止まる。
ーーエルフの里だ。
まだ何も確かめていないのに、直感的にそう思った。
目線の先は真っ暗闇で何も見えない筈なのに、俺の目にははっきりと生きる者が放つ魔力の鼓動が収められていた。
それと同時に、森一体を包み込むようなドーム状の魔力も……。
これは恐らく結界魔法だ。
敵の侵入を防ぐ為、或いは感知の為か。
誰が張った? まあ、十中八九エルフだろう。
「全員、攻撃の準備をしろ」
誰よりも前に居たバザルトが、その結界を真っ直ぐに見据えながら俺たちに指示を出す。
ここにいる魔族全員の攻撃であの結界を破るつもりなのか。
一人では打ち破るのは辛くとも、全員が一斉に攻撃を放てば結界も耐えられなくなるだろうし、その攻撃が同時にエルフとの戦いの開幕を告げる合図にもなる。
良いね、そういう分かりやすいのは嫌いじゃない。
昂ってきた気分を抑圧することもなく、掌に大量の魔力を集中させる。
「エルフどもを殺せ」
静かに、だけれども強い闘志を節々から感じさせる言葉だった。
バザルトの言葉を皮切りに、眩い光と共に轟音が辺りに響き渡る。
この地に集結した魔族たちが、思い思いに魔法を放ちまくっているのだ。
バザルトの呟くような声の割に、指示は軍の終端まで届いていたらしく、全ての魔族が結界に向けて攻撃魔法を放っていた。
ーーす、すげぇ。
夜空を彩る破壊の光が美しい。
これら全てがエルフを殺す為だけに放たれている魔法なのだ。
この魔法一つ一つに、エルフたちを殺す意が込められているのだ。
この光景を見て少し既視感を抱く。
うん、この光景どこかで見たことあるなって思ってたけどあれだ。ホグワーツと死喰い人の最終決戦だ。
たくさんの死喰い人が杖を上に掲げて、ホグワーツ全体に掛けられた保護呪文に向かって魔法を放ちまくるシーン。
まさか俺が死喰い人側で再現することになるとは思わなかったけど。
まあ、俺たち魔族はどちらかと言ったら死喰い人側か。
少なくとも主人公が属する人間側じゃない。
魔族たちの一斉攻撃によって結界魔法にミシミシと軋む音が上がり始め、徐々にヒビの入るような音が立ち始めた。
実際、うっすらとだがヒビが入っている。
中に居るであろうエルフたちの姿は未だ捉えられないが、まだ何の対処もしてこないことを見るに中で迎え撃つつもりなのだろうか。
結界の中から攻撃は出来ないのかな?
このままじゃ結界が破られるだろうに。
魔法を放ちながらしばらく結界を観察していると、突如軍の後方に強い魔力のうねりが発生したのを感知した。
何だ何だと思わず振り返ると、一人の魔族が何だか小難しそうな術式を宙に浮かべながら魔力を掻き集め、結界へ放とうとしているところだった。
ーー美しい。
思わず見惚れてしまうくらいの"力"の奔流をその術式から感じ取れた。
俺の『
この魔法を生み出した魔族の思惑はどんな物であれ、それが素晴らしい"力"を内包しているのなら、尊敬の念を抱かずにはいられないのだ。
力こそ俺の愛してやまないモノだから。
それを今目の当たりに出来た奇跡に感謝しよう。
「…………」
俺が目を凝らして見守る中、白熱の高圧縮された魔力の光線がとんでもない速さで頭上を通り抜けた。
そして、そのまま今にも崩れ落ちそうな瀕死の結界に向かって激しく突き刺さる。
瞬間、光と熱を伴った衝撃波が地響きを引き起こし辺りを根こそぎ掻っ攫って行った。
空中に浮いている俺にすら伝わってくる程凄まじい大地の揺れと空気の振動だった。
「結界が破れたぞ!」
一人の魔族が叫んだ。
爆発による砂埃が徐々に落ち着き様子を伺うと、結界には強烈な攻撃魔法によって穿たれた穴が空いており、その穴の周りに蜘蛛の巣状にヒビが広がっていた。
あの傷口の具合じゃ崩壊は秒読みかな……と思うや否や割れるように崩れ去る結界。
それを見てスピードに長けた魔族たちが、結界が崩れた瞬間に合わせてエルフの里に滑り込むように突っ込んで行く。
それを待っていましたと言わんばかりに、森のヴェールの向こう側からエルフの放つ数多の光の矢が飛来して来た。
夜の闇を照らす程の強さを持つ、閃光を纏った魔力の波だ。
全速力で突っ込んでいた魔族たちは、唐突に飛んできた光の矢に対応することも出来ずに、その身を光の矢に貫かれ魔力の塵と化して消滅していった。
その一連の流れをジッと見ている俺に、森の中で息を潜めているエルフの一人が矢尻を向けてくる。
よせばいいのに生意気にもこちらに光の矢を飛ばしやがったので、それを魔力を込めた拳の一振りで消滅させつつ相手の出方を伺う。
ーー宣戦布告か!? 宣戦布告って取っていいよね今の!
先にエルフの里に牙を向けたのは俺たち魔族側だが、それを棚上げしてエルフに対して強い敵意と殺意を向ける。
久方ぶりとなる魔法を用いた殺し合いが今から始まるのだ。
人間や魔物のような雑魚じゃない。
樹木や岩のように物言わぬ的じゃない。
これから戦う相手は永い生の中で魔法を磨き、鍛錬を積み重ね、命を奪う術を昇華させた強者だ。
さあ俺も行くぞ! エルフたちをぶっ殺しまくってやる!
「
ーー
身体に馴染みかけた魔法を即中断し、そのまま思いっきり横に向かってに転がり込む。
純粋な魔力の塊としか形容出来ない光線が、俺の居た場所を魔王軍の軍勢ごと削り掻っ攫って行ったのだ。
さっきまで俺の居た場所が、深く抉れ細長いクレーター状になってしまっている。恐らくこれはただ魔力を力任せに解き放っているだけの純粋な攻撃だ。
しかしここで考えている時間なんてないだろう。
迷っている暇すらない。
この一瞬一秒が生死を分ける。
初めて感じた大きな死の気配を前に動揺してる時間すら、敵は与えてくれないのだ。
敵は俺の体制が整う前に追撃を仕掛けてくる。
これは予想じゃない。経験から来るものでもない。
目に見えずとも知覚出来るから。
人型の中で津波のように荒々しくうねる魔力の奔流を。
木々の奥から殺意と敵意を多分に含んだ魔力の流れを第六感で感じ取り、魔力を全身に回しながら低姿勢で駆け抜ける。
その瞬間、ドン! と鈍く大きな音がすぐ真後ろから聞こえてきた。
ーー思ったより速い!
逃げている今この瞬間にも絶え間なく続いている光線のような攻撃を、ただ死に物狂いで避け続ける。
魔法を掛けようにも相手の攻撃の出が思っていたより速く、一息つく時間すら満足に取れない。
攻撃の余波で力のない魔族たちが次々と吹き飛ばされて行き、残された魔族は混乱と恐怖によって統率が取れなくなりつつあった。
連携もクソもない個人主義の魔族たちが、遠方からの攻撃による混乱でさらに統率を失っているのだ。
少なくともこの場にいる魔王軍はもう使い物にならない。
精々弾除けとして活用させてもらうことにしよう。
「……よっ、と!」
力のない魔族たちが慌てふためき右往左往しているところへと潜り込み、簡易的な隠れ蓑として利用する。
相手の攻撃の破壊力を以ってすればこの程度の隠れ蓑なんて一瞬で蒸発させられるだろうが、それは別に良いのだ。
この魔族共に耐久力なんて期待してないし、相手の攻撃力の高さはさっき散々見たので防ぐことは悪手だとも理解している。
俺の目的は攻撃を防ぐことじゃない。
相手の攻撃のターゲットを有象無象の魔族どもになすりつけることだ。
木を隠すなら森の中と言うように、俺という存在を上手く隠し敵の目を欺く為にわざわざ魔王軍の中へ飛び込んだのだ。
そして恐らくだが、敵は魔力探知によってこちらを探っている。
様々な障害物が展開している森の奥から、視覚だけでちょこまかと動く俺を捉え続けられる筈がないからだ。
大量の魔力の塊が蠢く魔王軍の中に入れば、敵の魔力探知も誤魔化せて上手く撒けるかもしれない。
現に敵は先程まで俺を標的に攻撃を放っていたのに対し、今は無差別攻撃で魔王軍を殲滅させる戦い方にチェンジしている。
見えない場所から一方的かつ無差別に撃たれるのも危ないと言えば危ないが、徹底的にマークされて付け回されるのに比べれば全然安全だろう。
つまり、敵のマークが外れた今がチャンスーー!
「
即座に魔法を掛け、目の前でボーっと突っ立っている魔族を殴り飛ばして無理矢理魔王軍の中から飛び出す。
目指すはがむしゃらに攻撃を繰り出し続けている敵だ。
相手がこちらに攻撃している時、その魔力がどこから発生しているかは漠然と感じていた。
ここからずっとずっと先の森の中。
得られる情報はその程度のものだったが、贅沢は言ってられない。
情報がなくてゼロから探すよりは幾分マシだからだ。
敵の居る場所に至る為の最短ルートを一気に駆け抜け、その道の途中で狼狽えている邪魔な魔族を何人も吹っ飛ばしながら進む。
弾除けにすらなれない魔族なんて本当に邪魔なだけだ。
相手は迫ってくる俺をようやく認識したのか、魔王軍を殲滅するための大規模な攻撃ではなく、俺個人を穿つ為の精密な攻撃を放ってきた。
「ふんッ!」
ヒュンヒュンと空を切りながら飛んでくる鋭い魔力の波を、魔法によって強化された拳で相殺する。
痛みはなかった。
飛来する魔力波を叩き落とした時の衝撃すらもない。
精密な術式によって成り立っている魔法ならともかく、こんな粗雑に打ち出しただけの魔法なんて俺に効く筈もないのだ。
魔力が尽きかけているのだろうか?
それとも諦めているのか?
敵の攻撃の頻度が落ちてきているこの機会を見逃さず、トップスピードを維持したまま敵陣に突っ込む。
ーー突っ込んだ瞬間、目と鼻の先に光線が掠った。
「!!??」
何が起こったか分からなかった。
分からなかったが、分からないまま即座に足を止め、バックステップを交えてながら距離を取る。
無意識に行ったその行動は結果的に正しかった。
先程まで居た位置にもう一度光線が放たれたのだ。
突然の攻撃に混乱し突っ立っていたままだったら、何も理解出来ずに光線に貫かれて絶命していたに違いない。
俺がここまで駆け抜けてくる時、攻撃の頻度が落ちてきていたのは魔力が尽きたからでも諦めたからでもなかった。
確実に俺を殺せる機を伺っていたからだ。
いきなり訪れた予期せぬ危機に恐れはーーーーなかった。
それ以上に目を惹かれる者がそこに在ったから。
「フリーレン…………!!!」
「……」
純白の長髪。
魔族よりも長く尖った鋭い耳。
翡翠色の瞳。
ーー『葬送のフリーレン』という物語の主人公が、静かにそこに佇んでいた。
フリーレン(原作開始時点よりおおよそ千年前)
vs
シーア(生まれて数年の魔族) ファイ‼︎